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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
絶対正義

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閑話:道標なし




「いつも通りだ」

「はい」

 貧民街にほど近い十二番街の住宅地。この副都でもっとも新しい街ということで新しい家屋が建ち並ぶ場所ではあるが、その各家屋の状態は住民たちの手入れにより差が出るものだ。

 掃除が行き届かず、石の階段が粉塵に塗れて薄汚れて見える。酔っ払いの吐きかけた汚物が石壁にへばりついて消えない染みとなって残る。特にそんな汚れに関しては、その住民の思考が如実に出るものだった。


 建ち並ぶ家屋の中で、特に薄汚れた建物。その建物に備え付けられた往来から直接二階に上る階段の前で、貧民街の少年にニクスキーは言い聞かせる。

 その少年の名はホウキ。貧民街に据えられた井戸を清掃する、現在ただ一人の勤勉な人間である。


 命じられた仕事は簡単だ。

 この二階にニクスキーが滞在している間、この場所を見張ること。仮に何かしらの不審な出来事があれば、ニクスキーにそれを知らせること。ただその二点だけ。

 

 その業務は、ニクスキーにとっては本来不要のものだ。

 無論、意味のないことではない。この街で非公式であるが賞金首のような存在となり、半ば逃亡生活のような隠棲をしているニクスキーにとって、追っ手の感知は重要なことである。

 建物の中から外を確認するのは常人には難しい。そしてその結果衛兵団が建物を包囲することを許せば、大方の犯罪者に待っているのは拘束からの破滅である。


 だがやはり、ニクスキーには不要のものだ。

 常人ならざる範囲の気配をその五感で捉え、包囲されようとも拘束出来る戦力などがほぼ存在しない彼にとっては、まったくの不要な仕事。


 しかしそれでも、ニクスキーはホウキに対ししばしばこの業務を依頼していた。

 現在の貧民街から、彼を追い払うために。




 手摺りもなくただ左右の壁が迫るように狭い階段を、足音もなくニクスキーは上る。

 そこにあるのは行きつけの酒場。本来犯罪者が使うのは憚られるような普通の。

 

 手配をされている犯罪者である。捕縛を免れるには官憲から隠れ、貧民街やもしくは別の街で隠遁生活を送るのが常道であろう。

 けれど、ニクスキーはそれもしない。

 かつての石ころ屋のように。かつてのグスタフのように。

 もちろん素性を隠し、自身の居所は掴ませぬように常に立ち回ってはいる。しかし、この街を逃げることはしない。見つけてみろと、衛兵たちに殊更に自身を示していた。


「いらっしゃ……」


 最近髪の毛の寂しくなってきた店主が、扉を開けたニクスキーを見て挨拶を止める。石ころ屋の潰えた今、昔々に貧民街を脱出した彼にとって、ニクスキーは常連であっても煙たい存在だった。

 ニクスキーは気にせずいつもの席に座る。その横に、見知った金の髪がいることを知りながらも。



 金の髪の青年は、すり切れた座布団のついた椅子をギイと鳴らしてニクスキーへと半身を向ける。

「やあニクスキー。そろそろ来る頃だと思って待ってたよ」

「……王都での仕事は終わったのか」


 席に着いたニクスキーに、店主がいつもの酒を振る舞う。十三年ものの蒸留酒。底の広い硝子の器で、氷は少なめに。

 礼も言わずにそれを受け取り、ニクスキーは一口含んだ。


「まだまださ。もうすぐ仕上げってとこ」

 レイトンは自分の頼んだ林檎酒を傾ける。溶けかけた氷がカランと鳴った。

「でも少なくともこれで、王都陥落はないだろう」


 目的達成のための一つの要素。エッセン王国滅亡の回避はおそらく成った、とレイトンは宙を見て答える。

 勇者は問題なく戦場に出る。それにつられ、多くの雑兵は戦場に送られる。もちろんそれだけでは到底足りない戦力差ではあるが、いないよりは大分マシだろう。

 王城では兵站や備品に関する書類を書き換え、不足するはずだった軍備品を滞りなく送られるように調整した。経理の人間がきちんと精査すれば露見してしまうだろうが、勝てば構うまいし、犯人は見つかりはしない。

 そして何より、()()が味方についた。それが何よりも大きな収穫だ。


「これでプリシラの王城での興味は尽きる。あとは戦場へとお招きするだけさ」

「何も考えずに誘き出されるような馬鹿とは思えない」

「ひひひ」


 もちろん、それもその通りだ、とレイトンは内心同意する。

 何も考えずに誘き出されてくれるわけがない。本能に忠実な野生動物とは違う。何かを考え、賢しいからこそ進んで来てくれるのだ。

 プリシラの性格にもっとも詳しいレイトンは、そう付け加えた。


 レイトンは肴として出された炒り豆の殻を指先で割り、上を向いて中身を口の中に落とす。

 かりかりと噛み砕かれた質の悪い豆の味に、店主の心の濁りが見えた。


 誰にも聞こえないように溜息をついて、レイトンは腰の隠しを探る。指先に触れた小さな瓶の半分ほどを満たす琥珀色の液体は、心臓に病を抱えた人間に対する治療薬。


 レイトンの仕草を意に介さず、ニクスキーは酒の杯を揺らして眺める。溶けた氷と酒の層が、ゆらゆらと動き続けていた。

「あの少年を、カラスを使うのか?」

「これ以上彼に何かをさせたいわけじゃないよ。一つ協力はしてもらうけれど、それが最後さ」

「五英将を狙うというのは?」

「あれは彼が自分で決めたこと。ぼくとしてはどうでもいいことかな」

 しかし、ありがたい、ともレイトンは思う。五英将の欠けたムジカル軍と、現在のエッセン軍。それが均衡のために最低限近付けるべき戦力差だろうと。

 さもなければ〈山徹し〉デンアに余計な仕事を頼まなければいけないところだった。もしくは目の前のニクスキーを動かすくらいしなければと覚悟していたが。

 それにしても。

「気にするくらいなら協力してあげればよかっただろう?」

「……俺が協力せずとも、あの少年ならばどうとでもなる」

 ぐい、とニクスキーが酒の杯を傾ける。喉の奥が焼ける感触が落ちていった。

「本人が望まない以上歩むことがなかったとはいえ、どこの騎士団でも衛兵団でもあの少年は大成した。戦場においては、俺よりも役に立つはずだ」

「それは場合によると思うけど」


 個人の兵としては有能かもしれない、とレイトンは一部内心同意する。

 そしてどうもニクスキーは彼に関する裁定が甘い、とも。


「たしかに、人を率いない階級まではすんなりといくだろうね。でも、カラス君に指揮官の器はないよ」

「……そうか?」

 ニクスキーの手元で、溶けた氷がひとりでに鳴る。客が二人しかいない店内にはやけにその音が響いた。

 レイトンは続ける。

「いやまあ、何事もそつなくこなす彼のことだ。たとえば、同じ兵力と兵科をもった平凡な指揮官相手じゃ、たしかに勝つんじゃないかな。でも、少しばかり熟練の指揮官が出てきたら負けがこむだろう。彼は大を取り小を捨てるという指揮官にとって大事なものがない」

「…………」

 言われてみれば、とニクスキーは納得した。その性格までに思い至らなかったことに気づき、レイトンにしか読み取れない微かな笑みを浮かべた。

「逆に彼は戦場でも、自分の道理に照らし合わせて小を取り大を捨てかねない。一度や二度ならまだしも、そんな指揮官についていこうなんて酔狂な者はいないさ」

「……お前は、俺に協力しろというのか?」

「そうとも言わないよ。お前が決めたお前の道だ。グスタフの全てを受け継いだ最後の石ころ屋。お前が石ころ屋として協力出来ないのなら、それはそういうものだろう」

「受け継いだ気などない」


 ニクスキーは言い切る。

 正確には、受け継げる気などしない。

 ただグスタフの意に添い、指示に従い何も考えずに生きてきた自分には。

 今までも、尊敬するグスタフのように、自分なりに『何か』を考えて生きてきたつもりだった。しかし、それが間違いだったと知った。石ころ屋、グスタフの残した手記や資料の全てに目を通したその時に。


 愕然とした。

 石ころ屋の業務は、この街における違法薬物や盗品の流通の掌握。更に副都にある夥しい量の商店の汚職などの隠蔽。犯罪者の隠匿。あらゆる情報の収集と管理。それらを行った際に生じる諍いの解決。その他諸々。

 それら全てにグスタフが関与し、そして精密かつ迅速にやりとげてきた。犯罪者を使い、彼らを信服させて、己の手駒とし。


 元々、その全てを受け継ぐ気はなかった。

 だが、改めて思った。この仕事を、全てを受け継ぐことなど、誰も出来はしないと。


「俺はあそこまで、人のために、世のために働けない」

 

 持っていた酒を飲みきり、ニクスキーは店主にその器を示す。

 もう一杯と再度酒を求める。ニクスキーにしては珍しいことだった。


 そしてレイトンは、そのニクスキーの弱音に噴き出した。

「ぼくらが世の中のために働くって?」

 可笑しかった。石ころ屋が作られて五十年以上経つこの時に。自分よりもそこに長くいた、ニクスキーがそんなことを言うなんて。

「それは逆だよニクスキー。ぼくらは悪党。この世の中を全て混沌で満たし、完膚なきまでに破壊するまで止まるべきではないのさ」

 楽しそうに笑うレイトンを、ニクスキーは申し訳なさ半分、憤り半分に見る。

 

 信用出来ない男だと思っていた。

 プリシラの情報を求めて、石ころ屋に所属することになったこの男。いつでも腹に一物を抱えていると思っていた。カラスにも忠告した。信用するべきではないと。

 だが、違っていたことをグスタフの死後にようやく知った。


 腹心といえども、自分は所詮道具であるとニクスキーは思っている。

 そんな自分よりもむしろ、レイトンはグスタフにより近い場所にいた。その思考を、思想を理解していた。そんな目の前の男に、いつか謝罪する気でもいた。


 そしてその露悪の言葉。これはレイトンからの指導でもあり、それが本来自分が言わなければいけない言葉と思いつつも、ニクスキーは反論する。

 グスタフの遺した手記や日報を読み、心から溢れ出た弱音。


「だが、それでも俺たちは正義を待ち望んでいる」


 それはそうして、正義がこの世を直してくれる日を待ち望んでいたからだ。いつか自分たちは絶対的な正義に完膚なきまでに負け、正しい法の下裁かれ、この街には平和が訪れる。

 人々は笑みを浮かべて言うのだ。『これで悪は潰えた』と。

 後に残るは、石ころ屋とは何の関わりも持たずに生きてきた、潔白で清廉なる正しい人々だけ。


 そんな美しい光景を待ち望み、日々働くその姿。

 それが世のためでなくて何のためだ。

 

 そう、グスタフの手記に対して独り反論したのはつい先日のことだ。


 レイトンはニクスキーの言葉にしない意図をその目で読んで、炒り豆の中身を掌に出しつつ口を開く。

「そう。だけどそれは、この社会が平和になることを望んでいるわけじゃない。ただ、倒すべき敵として、倒されるべき敵として、この世の全てを補正してくれる正義を相手にしか倒れたくないというだけなんだ」


 平和になることを望み、悪の去った美しい景色を喜ぶ。そんな資格など自分たちにはない。

 血に塗れた手を持ち、人の死を商売にしてきた自分たちには。

 そう、ニクスキーが望む言葉を牽制として吐き出した。


「そして、そんな敗北すらぼくたちは迎え入れる資格がない」

 グスタフは死んだ。プリシラに看取られ、貧民街の片隅でひっそりと。

 正義は現れないのだ。どれだけ待ち遠しくとも。この世を正し、皆に愛すべき平和を与えてくれる誰かは、絶対に。

「胸を張れよ。お前は立派に石ころ屋をやってるさ。今の貧民街を見ればわかるだろ? あの、更地になりつつある不細工な土地をさ」

「…………」

「ぼくらは今や貧民街の連中から恨まれつつある。あの区画整理を招いた元凶として。家を潰され土地を追い出され、寝る場所も食うものにも困っているのは、ニクスキー、お前が逃げ回っているせいだから、ってね」

「俺は、喜ぶべきなんだろうか」

「怒るべきさ。何せ、貧民街の連中は石ころ屋のお得意様だ」


 無論、全員ではない。しかしグスタフが生きているときには、そういう者ばかりだった。

 街で盗んできたものや森で手に入れてきた何かを石ころ屋で売り、代わりに幾ばくかの金銭や食料を得る。グスタフは街の住民たちを、そうやって選別してきた。

 そんな商売を邪魔されるならば、それこそ怒らなければ。



「……俺は、どうすればいい」

 しかし、ニクスキーの思考は沈んでいく。今までは、グスタフという灯台があった。その光を目指し、歩いていればそれで済んだものを。

 レイトンはその仕草も羨ましく、そして好ましく思う。

 自らの歩む道に悩む。それは、国家民族老若男女問わず必要なことだ。そうするからこそ、選んだ道に価値が出る。誤りを誤りと、正しさを正しさと認められる。


「グスタフはもういない。それはお前が考えろよ」


 レイトンが置いた杯には酒が一口だけ残っている。しかしそれ以上、飲む気もしなかった。

 銅貨を三枚机に置いて立ち上がる。

「お前にだって、あいつが遺したものはあるだろ? 志を掲げグスタフが開いた雑貨店、石ころ屋。その客の第一号のお前にも」

 石ころ屋店主として、グスタフは数人を特別扱いしていた。

 本草学はカラスに渡った。秘伝の薬の調合法は、彼の頭の中にある。

 エウリューケにはカラスや自分たちを引き合わせた。その繋がりは、きっと彼女の特別なものだ。

 同じように、ニクスキーにも、大事なものが。


「ぼくもこれから戦場に行く。お前ともお別れだ、ニクスキー」

 レイトンは、そのために来た。

「…………」

「この三十年ちょっと、楽しかったよ」


 ニクスキーは正面を見つめたまま動かない。

 しかし返答をニクスキーの仕草から読み取り、レイトンは満足げに頷く。

 葉雨流当主として最初で最後の弟子。彼に対し、少しでも師匠らしいことが出来たと感じ。


「親父さん、勘定は置いておくよ」

「……どうも」

 はげ上がった頭を軽く下げ、店の主人は礼を言う。

 店主はその内心では舌を出していた。石ころ屋の一味。そしてニクスキーとの話しぶりを見ていれば、彼と同じく重要な人物。早く帰ってくれと願いつつ。

 だがその願いむなしく、まだ何かを言おうと目の前の客はこちらを見つめていた。

「最近、物騒だよね。聖騎士を名乗る人間が色々と聞いて回っているとか。ここにも来ていない?」

「……は、はあ……?」

 来てますけど、という言葉は口の中だけに留め、店主は曖昧な返事をする。

「その人のいうことを信じると酷い目に遭うらしいから、気をつけたほうがいいよ」

「はあ」

 どうも、ともう一度頭を下げると、満足げにレイトンは店の扉を開ける。

 扉が閉まると同時に、店主には店内がほんの僅かに暗くなった気がした。

 


 レイトンが店の階段を降りると、そこにいた少年と目が合う。

 なるほど、彼が次の。そうホウキを見て思いを巡らせた。

 ホウキは見つめられ一瞬戸惑うも、すぐに気を取り直して気丈に振る舞う。目を逸らし、諍いを避けるために。


 そんなホウキの目の前に、細い指で摘ままれた小さな瓶が差し出される。もちろん、その差出人はレイトン。

「……なんすか?」

「あげる。使ってよ。もうぼくには要らないからさ」

「…………なんなんすか?」

 レイトンの仕草の意味が理解出来ず、ホウキは手も出さず固まる。これは不審人物だとニクスキーに知らせるべきだろうか。いや、彼は今酒場から出てきた。それでニクスキーが何事かを起こしていない以上、別に不審人物ではないだろう。

 だが、やはり不審だ。

「心臓の薬。脈が弱い人間に飲ませると、普通の脈になる」

「……?」

「普通の人に舐めさせると、血管が破裂して死んじゃうけどね」

「いらねえっす」

「だろうね」

 レイトンは、笑いながらその琥珀色の液体を腰の隠しにしまう。会話の掴みはこれくらいでいいだろうと。

 薬をしまった後も、まだ立ち去らない目の前の男に警戒しながらも、ホウキはその目を逸らし続けた。

「ニクスキーの知り合いだろう?」

「…………」

 そして、その名を出されて内心慌てる。ウェイトと名乗る聖騎士の仲間だろうか。だとしたら、今店の中にいるニクスキーに悪いことが起きる。そこまで考えて、それでも先ほど店から出てきたことを考えて、いやと首を横に振る。彼も、知り合いだと考えた方が自然だ。あのカラスと同じように。

 返答がないことを気にせず、そして内心にカラスの名前が出たことを読み取り、レイトンは構わず続けた。

「今日この後、ニクスキーは君を一時引き離そうとするだろう。でも、追わないであげてよ。彼のためにも、君のためにも」

「何故? ……何があるんすか?」

「何もないといいけどね」


 全くの噛み合わない返答に一瞬虚を突かれ、ポカンとホウキは口を開ける。

 その隙にと軽く手を振ってレイトンは歩き出す。

「……! ちょ、待てよ! 何だよいったい!!」

 ホウキはその後ろ姿に声を上げるが、瞬きをしたと同時に、レイトンの姿はどこにも見えなくなった。



 ほどなくして階段からニクスキーも降りてくる。

 足音のないその姿が視界の端に映りホウキは一瞬驚いたが、それもいつものことだと飲み込んだ。

 

 代わりに、今の男の言葉を伝えるべきか。そう悩み口を開こうとしたが、ニクスキーがこちらを見ていないことに気が付くと、何故だか唇が動かなかった。

 行くぞ、と言わずに姿だけで示し、ニクスキーは歩き出す。

「っ……」

 ホウキは何故だか寂しそうに見えるその後ろ姿を、ただ追っていくしか出来なかった。




 二人の客が消えた店内。閑古鳥が鳴くような寂れた店内で、客が使っていた食器を店主は洗う。

 一度水洗いしてから灰を塗り、その灰ごと洗い流すようにまた水をかける。どす黒く染まった水が、排水溝の中を流れていった。

 杯の水気を拭き取り、布巾の上に逆さに並べればまたいつも通りだ。いつも通り、ここで埃を被るまで次の客が来るのを待つのだろう。


 静まりかえった店内。そこに、店主の溜息が響く。


「毎日買わなきゃいけねえ氷代も馬鹿にならねえしよ。こんな裏通りに客は来ねえし」


 独り言として呟くのは、この店の窮状。この酒場は大分前から客足が途絶えはじめ、経営の危機に陥っていた。


 経営に行き詰まる典型的な場末の酒場。

 さしたる理由はない。ただ、つまらないのだ。目新しい酒もなく、店主の話が面白いわけでもなく、料理が美味いわけでもない。立地が悪いのも拍車を掛ける。

 こんなはずじゃなかった、と店主は毎日動かない扉を見つめて思う。もっと楽なはずだった。酒場ならば、適当に買ってきた酒を出しておけば客は勝手に来るものだと思ったのに。


 店主が何かしらの情熱を持って開いた店であれば、ここから挽回出来たのだろう。料理が美味い酒場を目指してもいいし、接客に力を入れた酒場でもいい。

 けれど、彼にその気はない。


「金が要るんだ。仕方ねえんだよ。俺たちみたいな一般庶民にはよ」


 言い訳のように店主は呟き、腰の隠しを探る。そこにあったのは銀色の細長い笛。

「悪いなあ、ニクスキーさん。俺だって、生活に困ってんだよ」

 もう一度、と覚悟をするように目を閉じ、笛の口を唇に宛がう。何故だかその唇が、何かの滴を感じた。


 違和感を気にせず、許してくれよ、と内心呟きながら、店主はその笛を思い切り吹く。


 人には聞こえない音を感じ、辺りにいた野良犬が一斉に吠えだした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 正常な人が摂取するとハッスルしすぎちゃう心臓の薬かぁ くわばら、くわばら
[良い点] ペロッ…これは血管が破裂する薬…! ちゃんと忠告はするレイトン優しい(誤認) [気になる点] 強者がほぼ高齢なこの作品において珍しく普通の年齢だったのかニクスキー。 そう考えるとかなりポテ…
[気になる点] レイトンは予想してたかなこれは [一言] ウェイトくんさぁ
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