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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
絶対正義

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取扱説明




「あら、リコちゃんの友達の」

「どうも、覚えていていただけて何よりです」

 僕が『麗人の家』を訪ねると、ちょうど店から出てきた親方と出くわした。

 細身の長身に、身体の線が出る薄手の黒い半袖を纏う。髪の毛の房にランダムに癖をつけて、頬紅も塗って。

 僕の知る人間たちの中でも、おそらくもっともファッション的な意味でお洒落な人間だろうと思う。次点はおそらくルネス・ヴィーンハート。


 赤く塗られた大きな口を開けて、親方は笑う。不敵な笑みで。

「聞いたわよ。この街に戻ってきて早々に派手にぶちかましたらしいじゃない。看板娘に近寄らせていいものか考えちゃうわ」

「今日はその友人に挨拶に来たんです。仕事中失礼ですけれど、いらっしゃいますか?」

「いるわよ。仕事中にほんと失礼だけど、まあ、最近忙しかったから気分転換くらい許してあげるわ。……ただね」

「ただ?」


 無言で手招きしてから、道を譲るように親方が扉を開く。

 覗き込むように中を見れば、リコは近くにある彼女用の作業机で座ったまま、おそらく後輩らしき女性と話していた。


 おそらく刺繍の話ではないだろうか。白い布を両手で広げて眺め、笑顔で後輩に話しかける。

「一本取りでやるときにはせいぜい七番の針を使うって俺言ったよね? なんで四番使ったの?」

「え? これ、四番……?」

「穴が大きいのを見てわかんない? それに、整理が雑かもね。まずは道具を見て触って、種類がわかるくらいになるまで慣れてからじゃないとこういうことになるんだよ」

「はあ」

「あと、糸引きすぎ。慣れるまでは枠使ってみようか」

 リコが手近にあった雑布を取り、自分の机の引き出しから刺繍枠を取り出す。それから枠に手早く布をセットすると、「見ててね」とちくちくとそれに針を通し始めた。

「一度目を通したら、手前に引きながら力加減を調整する。この時に、やや布に平行気味にしたほうが俺的には綺麗に出来る気がする」

「なるほどー」

 後輩も、素直に頷いていた。




「…………」

 僕は親方に視線を送り、身を引いて扉を閉めてもらう。

「……機嫌悪いんでしょうか」

 なんかさっきクロードがそんな話をテレーズとしていた気がする。テレーズの不機嫌もわかりやすかったが、こちらも相当……。

 親方は溜息をつく。

「そうなのよ。朝からずっと」


 朝から。その言葉に、モスクの言葉が思い出される。

 『めっちゃ怒ってたから』、と。

 僕のせいか、あれ。


「あの子機嫌悪くなると口数多くなるじゃない? それで知らない子たちからすると機嫌良さそうに見えるらしいのよね。今日は手が空いた昼前から、あんな調子で絶賛みんなの指導中」

「みんな怖くないんですね?」

「いつものあの子は感覚派だけど、今のあの子の話はむしろわかりやすいんだもの。もちろんあたしは戦々恐々よ」

 親方は鳥肌を立てるように、暑い中、寒そうに自分を抱いて一度震える。

「わかってくれる人がいてよかったわぁ……この恐怖、共有出来る子いないのよ」

「わかりやすいと思うんですけどね……」


 たしかに怒ったからといって口調や動作が荒くなったり、黙り込むわけでもないしで実害はないのかもしれないが、それでもいつもと違う何かは感じると思う。

 いつもと違う何かを、皆は『機嫌がいい』と勘違いしてしまっているらしいが。


「せっかくあたしも久しぶりに面倒な仕事から解放されたってのに、あの調子でいられたらやりづらいったらありゃしないわ。あんたも友達なら、リコちゃんの機嫌よろしく頼んだわよ」

「正直お断りしたいですね」

「なに? リコちゃんに用があって来たんじゃないの?」

「用があって来たんですけど」

 今度は僕が静かに親方に怒られる。勢いで用があると言ってしまったが、別に挨拶に来たわけで用事があるわけじゃないのに。

「じゃ、行きなさい」


 言うが早いが親方が扉を開く。

 そして笑顔で言う。そんなに大きな声でもないが、元気のいい声で。

「リコちゃーん、お友達が来たわよ!!」


「……?」

 リコが反応した声。

 突き飛ばされるように中に押し込まれた僕は、蹈鞴を踏んで体勢を整える。

 それから顔を上げる。


 目が合った。





「仕事もあるし、俺も忙しかったからね。仕方ないよ」

「……そうですね。いや、本当ご無沙汰して申し訳ないです」

「何をそんなにかしこまってるのさ。それに敬語やめてって言ったよね?」


 笑顔で僕を迎えたリコは、僕の言葉にいつものように応える。

 別に言葉遣いがおかしいわけでも、毒を吐いているわけでもないが、多分親方と僕にはわかる。言葉ではなく声に棘がある。そんな気がする。

 話しながら、先ほど後輩に指導していた刺繍を完成させるべく刺していくリコ。手先の動きがやたら速く見えた。

「いやでも、何で? とは思ったね。俺が家に材料を持って帰ってまで仕事仕事で頑張ってたときに、君とモスク君は美味しいリドニック料理かぁ。どうせいけなかったけど、誘ってくれるくらいはしてもいいじゃん?」

「忙しそうと聞いたので……ごめんなさい」

「だから怒ってないって。仕方ないよ、忙しかったし」


 とりつく島がない、という気がする。

 たしかに怒っていない、という感じもするが、これは違うだろう。

 助けて、と背後を振り返ると、さりげなく半身を覗かせて見ている親方と目が合う。……僕が見ていることに気が付くと、さっと躱すように逸らされてしまったが。


 仕方ない。

 僕たちが機嫌が悪いとき、ほぼ効果のある最強の札を切ろう。

「じゃ、その時のお詫びも兼ねて、今日慰労ということで、どこかで豪勢にご飯でも行きましょう。モスクも呼びますし」

 言い切ってから、リコの反応を確認する。だが、そこではきょとんとした顔で首を傾げる姿があった。

「行きましょう? ますし?」

「……呼ぶし」

 訂正されて、言葉尻だけ言い直す。

 真顔でリコに見つめられると何となくやはり怖いのだが。正直、竜相手の方が余程やりやすい。


 一瞬静止し、長い時間が経ったかのように感じる。

 でもやはりそれは一瞬のこと。それから噴き出すようにリコは溜息まじりに笑った。

「……ごめんごめん。これくらいにしとくよ。俺本当に怒ってるわけじゃないし」

 柔和な笑み。

 これもまた何も変わっていないようにも見える。しかし、いつもの調子が戻った、と僕には思えた。

 僕の詰まっていた息が、無意識に抜ける。

「それで、飯? 奢ってくれるの?」

「慰労なんで、主賓に出させるわけにはいきませ、いかないし、それはもちろん」

「やりぃ!」

 リコが刺繍枠から片手を離して拳を握る。

 それくらいでお詫びが出来るなら問題ない。……そもそもよく考えれば、何を謝っているのかわからないが。不義理にだろうか?



「でも、カラス君も忙しいんでしょ? わざわざ俺なんかのところに来なくてもよかったのに」

「モスクに聞いた?」

「うん。戦争に向けて仲間を集めてるって」


 最後とばかりにリコが刺繍枠の上で手を動かす。糸の始末だろう、縛り、糸切り鋏で糸を切り離す。

 コトリと音をさせて置いた刺繍枠には、ごく小さく、白い薔薇の花が精密に刺されていた。

 

「君のことだからもう会えてるだろうけど、ニクスキーさんはどうだって?」

「駄目だと断られた。だから今集まっている味方は二人だけ」

 後二人はいるが、それはどちらかというとお荷物だろう。治療師としては役に立つとしても。

「そっか」

 

 鼻で溜息をついて、リコが天を仰ぐ。

「俺も戦えればいいんだけどなぁ……モスク君と比べても、俺役には立てないもんね」

「充分すぎる支援をしてるでしょう。この工房からも、供出品が出ているんだから」

 僕が言うと、リコがクスと笑う。「戦争にじゃないよ」と小声で添えて。

「でもカラス君は使わないじゃん。弓掛けも脚絆もいらないでしょ」

「まあ使わないけど」

 弓も使わないし、鎧も着ない僕には必要のないものだ。脚絆くらいはつけてもいいかもしれないが、正直要らない。

 しかしそういう点で言うならば、もはや僕はリコの強力な支援を受けている。生半可な鎧よりも頑丈なこの外套、防具としては最高に近いものだろう。

「今回はこの外套に頼らせてもらうつもり」

「今のところ使い心地はどう?」

「……まだこれを着てそんなに仕事はしてないから詳細はわからない」

 そういえば、これを着た状態で戦ったのは、結局この副都を出る前後のムジカルの魔法使い相手くらいだろうか。

 着心地が悪いとはいえないが、これで打たれた感触はまだわかっていない。わざとやられたくもないけれども。

「君の場合は喜んでいいやら残念に思えばいいやらわかんないなぁ」

 けれども、ケラケラと笑うリコに、それで正しかったのだろうと僕は思った。



 それからも少し話していると、歓談中に失礼します、とまたリコの後輩が訪ねてくる。

 先ほど自分でやってみていた刺繍。リコの助言通り、今度はきちんと刺繍枠を使っているらしい。

 間近で見れば、透けるほど薄手の白い布に、同じように白い糸で薔薇の花と葉の刺繍を施している。……そういう技能がない僕からすれば、彼女すらも先ほどのように指導を受ける人間だとは思えないけれども。


「布がどうしてもよれちゃうんです……」

「これは繊維の方向。こうするとへにょっとなっちゃうから、どっちかというと斜めからぐいっとやらなくちゃ」

「……??」


 リコのジェスチャー混じりの説明に、僕よりも小さい茶髪の女性が垂れた目を瞬かせる。

 袖無しのチョッキにフードがついているのは彼女のお洒落だろうか、などと適当なことを考えて眺めていると、ポカンと口を開けたままにした彼女がこちらを見て眉を顰める。

 刺繍枠をリコから返されてからも、まだ納得がいかないように固まったままで。

「あの?」

「他にも何かある?」

「……結び刺しが浮いているのは駄目、ですよね?」

「いい感じになってるから今くらいなら問題ないかな」

 簡単に言えば、そのままでいいよ、というリコの言葉。一応優しくは聞こえるが、後輩にとっては何か引っかかるらしい。後輩の手元を見ているリコの目元を見つめながら、まだ何回か瞬きを繰り返していた。


 ありがとうございました、と頭を下げて遠くへ行った後輩。その背中を見送り注意を向けていると、自分の机に戻った彼女がひそひそと隣の男性と何事かを話す。

 陰口ではないが、何かを話した後、こちらを窺い見る。

 僕がじっと見つめると、二人はへにゃりと愛想笑いをして、作業に戻るべく手元に視線を戻した。



 まあ、いいや。

「忙しそうなので、僕はこれで。あとでまた落ち合いましょう」

「今度は仲間はずれにしないでよね」

「しませんって」

 僕が言うと、リコが椅子を揺すってギコギコと鳴らし、「本当かなぁ」と笑って呟いた。

 それから、そうだ、とリコが手を叩く。


「さっきの子の作ってるのはさ、花嫁衣装の袖なんだよね」

「そうなんですか」

「だから思いついたってわけでもないけど、その外套貸してくれない?」

「……繋がりが見えないんだけど」

 僕が心底不思議に思い首を傾げると、まあまあ、とリコが笑みを浮かべて手を差し出す。

 早く脱げ、ということだろう。外套に何をしようというのだろうか。

 僕がおずおずと脱いだ外套を差し出すと、リコはその袖を裏返した。


「本当はね、……違うな、ちょっと今回のとはやっぱり違うんだけど、まあいいや。『袖通しの槍』って知ってる?」

「勉強不足でして」

 僕が応えると、リコはクスクスと笑う。それから裏返した外套の袖に、白墨でいくつか印をつけ始めた。


「古い風習らしいんだけど、戦いに出る人へ向けたおまじない」

「というと、……この靴の糸結びのような?」

「気付いてたんだ?」

 僕はリコに作ってもらった靴を、つま先を上げて示す。その端の出し縫い糸には結び目が作られており、スティーブン曰く、それは戦いに出る男性の安全を祈願するものだと。

「そういうのをよく知っているお爺さんに聞きました」

「よく知ってたなぁその人も」

 感心しつつ、リコが顔を上げる。その手元の外套の袖には、黒地に白墨で微かに線が引かれていた。

「でも、そんな感じ。戦いに出る騎士に向けて、……、……家人がやるおまじない。自分のつけ袖を渡すか、袖を切り取って身につけてもらう。そしてそれを戦場で身につけた騎士は、家に帰ってその袖を返す。多分、帰ってくるようにって願を込めたんだろうと思う」

 もう片袖にも白墨が引かれていく。まだぐちゃぐちゃの、何の意味もなさそうな線だが。

「俺も適当に袖を渡せばいいんだけど、……違うし……、芸がないじゃん?」

「何か縫い付けるんですか?」

「何か刺そうと思って。君がちゃんと生きて帰ってくるように」


 気に入らなかった部分があったのだろうか。

 白墨の印が、毛が固く細い刷毛で拭い落とされる。だがその上から、僕の目にはあまり変わらないぐちゃぐちゃの線がまた引かれていた。


「何か最近ハイロも付き合い悪いし、モスク君も忙しいから顔あまり合わせないし、で仕事ばっかりはさすがに嫌んなってくるんだよね。だから、せめて君くらいはさぁ、普通に今まで通りにしてほしいじゃん?」

「生きては帰ってきますよ。間違いなく」

「どうだか。また危ないところで危ないことしそうだし」

 リコが静かに目を落とす。一応は、笑ったままで。

「戦場でも、君はきっとみんなを助けてあげるんだろう? 俺にやったみたいに」

「正直、今回はそのつもりはないですね」

 そもそも今回は、自分の身を守るだけで精一杯だ。更にスヴェンやレシッドならばまだしも、別部隊のことなど言われなければ気にするつもりもない。

「そのつもりがなくてもするよ。君は。間違いない」

 だがリコの声には、確信があった。


「だってさ……」


 そして何かを言いかけるとほぼ同時に、どたどたと外から足音が響いてくる。

 その内にドンと勢いよく、扉が開かれた。


 顔を見せたのは親方。

「ちょっとカラスまだいる!? またあんたなんかやったのかしら!!?」

「……?」


 僕とリコが揃ってそちらを見てから顔を見合わせる。

 何の話だいったい。


 しかし、その胴を親方の小脇に抱えられている誰かを見て、僕は何かしらの事態が動いていることを悟った。

「……ぉぇ……」

 具合が悪そうにしているのは疲労性のものらしい。橙色の髪の毛をまさしくその名前の通りに振り乱し、貧民街の少年、ホウキはぶらんと力を抜いたまま耐えている。

 だが僕の顔をふと見て暴れだし、親方の小脇から抜け出して床に落ちた。


 起き上がれないようでもがくが、別にどこかに酷い怪我をしているというわけではないらしい。ただ単に焦りと疲れによるものだろう。多分、長い距離を走って。


 四つん這いのまま足を後ろに放り出し、何とかホウキは顔を上げた。

「……あんた、カラスっていったな、……あんたなら……、あんたなら……」

「…………」

 震える足で立ち上がり、一度転び、僕の足に縋り付く。


「頼むよ! ニクスキーさんを、助けてよ!!」


 ホウキの叫ぶ声。

 そして視界の中のリコは、口だけで「ほらね」と言っていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] リコスキー発言の人とおんなじ気持ちです。 この作品の女性の中で一番リコが好きだし、カラスと一番長く幸せに入れそうに思う。 作者様的には女性性を持ち出さないからこその2人の関係なのかもしれませ…
[一言] ニクスキーさんより、リコスキーな自分はなんとなくリコと結ばれて欲しかったなぁ
[一言] 調子に乗った偉そうな聖騎士をボコボコにするニクスキーさんが見たい。
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