金と品性
貧民街の人間は大きく二つに分けられる。外から入ってきた者、それからここで生まれ育った者。
更に外から入って来る人間を分けるとしたら三つ。どこかで犯罪を犯して逃げ出してきた者、食うに困って住居をなくしてそれでも森へとは入れなかった者に、そして口減らしや養育に困り捨てられた子供たちだ。
そういうわけで、他の街の人口比率とそう変わらず、ここ貧民街にも子供は大勢いる。
そんな子供たちの中で、一人の子供を探す。
難しいと思ったが、鳥たちにとってはわりと簡単だったらしい。
僕は屋根代わりの布が張られた家屋の前で立ち止まる。四方の壁すらきちんと残っていない。薄い木の壁は腐っているようで、ささくれ立った穴がそこかしこに空いている。
その奥、家屋の向こう側にある井戸では、誰かがバシャバシャと水面を叩いている音がした。
「ここですか」
僕が尋ねると、肩の上の椋鳥がほんの僅かに目の端をつり上げながら「そうだよ!」と鳴く。彼らも注目していたらしい。ここ貧民街ではあまり見ないであろう、『鳥の干し肉』を食べていた少年は。
懐かしい。僕もよくグスタフさんに替えてもらっていたものだ。
そして作ることにも挑戦し、作れなかった。
もちろんたまには成功したが、ほとんど失敗したと思う。干し肉を作るのはそう難しくはないはずなのに、鳥肉だと干される前に腐ってしまう。魔法を使えば作れなくもなかったが、そうしなければ香辛料の量や干し場所などいくら工夫しても出来なかった。
製法ももちろんグスタフさんに聞いたが、秘伝のものだと教えてはくれなかった。
……受け継いだ誰かは、いたようだが。
家屋の中にはいないようなので、その奥に回る。
そこは貧民街の中でも重要な場所。共同で使える古い井戸があった。円形に積み上げた石の中に深く穴を掘っただけの簡易的な物だが。
僕も昔はお世話になっていたところだ。
そしてその井戸の横には、先ほど会ったばかりの橙色の髪を伸ばしっぱなしにした少年がいた。
貧民街の住人らしく、手足は細い。僕は十歳くらいと見積もっているが、おそらく貧民街の住民として見なければ七歳かそこら程度の発育しかしていないだろう。
そんな少年が、井戸の底から桶を引っ張り出す。
引っ張り出された桶には網のようなものが重ねられており、そこに引っかかるゴミを横の布に広げていた。
「大変そうですね」
僕が声をかけると、声もなく驚き少年は肩を震わせる。そして身構える。貧民街育ちの悲しい性、とも思えるその行動が、やはり何となく懐かしい。
「……さっきの……!」
「井戸の手入れですか」
僕は井戸の中を覗き込む。
遙か下、日がギリギリ届く位の水面が揺れる。所々に藁か何かのようなゴミが浮かぶが、それでも綺麗な水。
昔からここは変わらない。
飲用にも耐える水。貧民街の住民たちが唯一協力して守り通してきた綺麗な井戸。
「手伝いますよ」
「いらないよ」
舌打ちをして僕から顔を逸らし、仕事に集中するように少年がまた井戸の中に桶を投げ入れる。
やはり今まで通り普段から管理されているのだろう、年季の入った汚れ、ともいうべきものはそこにはない。
仕事をしているから、と少年は全身で示しているのだろう。僕と会話をする気はないと、その態度が表している。それくらいは、僕でも感じる。
だが僕としては、話を聞かせてほしい。
僕も少年を無視して井戸の中をちらりと見る。
深いが、僕の手が届かないほどではない。
「え……?」
煮立ったように水面が揺れる。一度にやるべきではなかったか、と思ったが、やってしまったからには仕方がない。
水が湧き出るように水面が上がってくる。だがその水も流れ落ち、上ってきたのはヘドロ。
綺麗な水とは思っていたが、底には大分泥も溜まっていたらしい。
どこから来たのかはわからない落ち葉や小動物の骨なども混ざった汚泥がどぶりと井戸から這い上がった。
少年の使っていた二畳ほどの布にそれを流し込み、布ごと持ち上げて絞る。
緑に濁った水が滝のようにびしゃびしゃと垂れる。
最後に布を地面で広げれば、水気の取れた井戸の中の汚れが、山となって積み上がった。
「終わりました」
「っ…………」
やったことは簡単などぶさらい。念動力はこういうとき便利だ。
少年は一瞬礼のようなものを言いかけたようだが、すぐにそれを苦虫を噛み潰したような顔で堪えていた。
少年はホウキと呼ばれているらしい。
どこかしら渾名のような響きだが、ここ貧民街ではよくある話だ。名前をつける親がいない子供は、周囲からそれこそ渾名で呼ばれ、それが名前と定着する。
「で? なんだよまた」
井戸の横にある家。先ほど椋鳥に案内されたここがやはり現在のホウキの住処らしく、井戸の掃除を僕の手で強制的に終えたホウキは僕をそこに招いた。
しかしまだ瞳から警戒心と猜疑心は抜けていない。招かれた部屋の中でも、居場所は僕が奥で、彼が出入り口の隣。これは奥が上座で僕が客だから、などという何の意味も感じられない理由からではない。出入り口近くのほうが逃げやすいからだ。
僕はその目を見つめながら努めて明るく言う。
「先ほどの話の続きを、と思いまして」
「…………」
ホウキの目つきが値踏みをするように鋭くなる。
「さっきあんたにも言ったろう。ニクスキーさんの居場所なら知らないよ」
「でも接触はありますよね」
「…………?」
僕は室内をそれとなく見回す。貧民街の他の住民の家と同じく、雑多な家財がちょこちょこと集められていた。
手作りの棚。それに、どこかへぶつけ壊れたような椅子……はおそらく新年祭でちょろまかしてきたものだろう。その他には手作りらしい箒や雑布が、部屋の隅で存在を主張していた。
だが部屋の中には調理道具はない。少なくとも、干し肉を作れるような塩も、包丁などの道具も見当たらない。他に倉庫などがある様子もない。
「ただ教えろとも言いません。何か条件があるならば聞きますけれども」
「あんた、馬鹿にしてんのか?」
少年の額に怒気が浮かぶ。正直、僕も失敗したと思う。失礼な物言いだったとも。
だが、その反応も良い反応だ。
「銀貨一枚、二枚……その程度で済めば安いものです」
罪悪感を覚えながらも、僕はポケットから適当に硬貨を掴み出す。出てきたのは銅貨と銀貨が二枚ずつ。その内の銀貨一枚の縁の両脇を持ち、僕の顔の前に示した。
「ニクスキーさんの居場所を教えてくれれば、この銀貨は置いていきましょう」
「ふざけんな」
ホウキは人差し指と中指を立てて、僕に手の甲を向ける。
いくつかの地方で見られた、侮辱のサイン。
「そもそもニクスキーさんの居場所なんか知らねえし。無駄足だよ。とっとと帰れよ」
「……本当に、貧民街の人間らしくない」
僕は銀貨を指で上に弾き、手の中に落として納める。彼にとっても喉から手が出るようなものだろうに。
「はあ?」
「こういっては失礼なんですが、多分さっきあそこで家を壊されていた方に同じ話をしたら、銀貨を受け取ってニクスキーさんの居場所を素直に話してくれたと思いますよ」
「……あいつは知らねえよ」
「でしょう。当然、教えてもらった場所に行っても誰もいませんけど」
失礼な話だし、僕の偏見もあるだろうが、ここ貧民街の人間は単純な嘘を平気でつく。
おそらく先ほどの男に同じ事をやれば、銀貨欲しさに適当な作り話をするだろう。もしかしたら本当に知っているのかもしれないが、その場合も同じく。
銀貨を受け取らないという選択肢はない。まして、その嘘をつかれた僕は銀貨を置いてとりあえず確かめにここを去る。逃げる時間が少しでもあるそれを、この街の住民は躊躇しない。
なのに、この少年は嘘をつかなかった。
いや、『知らない』という嘘は多分ついているけれども。
……先ほどまでは少々不安でもあったが。でも今は確信出来る。
『あいつは』という言葉は聞き逃せない。
ホウキが後ろ手に壁に手をつき一歩後退る。もう一歩で出入り口から外へ駆け出せるように。
僕を睨むような視線。僕の一挙手一投足を見逃すまいという視線。
別に脅かす気もないのに。
ホウキの頬に冷や汗が垂れる。
「拷問にでもかけるのか?」
「するわけないでしょう。それで吐くなら……いえ、試してみます?」
苦痛を与える魔法は知らないが、恐怖を与える魔法は知ってる。
本当に脅かしてみようか。
案外素直に吐いてくれるかもしれない。
一歩僕が歩み寄ると、合わせたようにホウキがまた一歩後退る。しかしその後ろは壁で、むしろ出入り口からは遠ざかったような形だった。
「……っ……」
僕が一歩また近づくと、何もしていないのにホウキの顔が恐怖に歪む。僕が軽く上げようとした手に反応し、肩を震わせた。
「……ぁゎ……!」
「冗談です」
声にならない声を上げようとしたホウキの手を掴み、先ほどの銀貨を落とす。買収するわけでも何でもない。これはただのお詫び。
一瞬不思議そうにその手の中のものを見たホウキが次の瞬間には怒りに我を『取り戻す』。勢いよく僕を見る。
「だから……!」
「それはお近づきの印と、お時間を取らせたお詫びです」
そして挑発に近いことをして気を悪くさせたお詫び。……そこで銀貨を渡してしまえば、詫びにもならない気がするが。
「……僕に居場所を教える必要はないです。もしも今日か明日、ニクスキーさんに会ったら伝えてください。カラスが会いたいと言っていたと」
「勝手に話を進めんな」
ホウキの言葉を半分無視して横を通り抜け、僕は外へと踏み出す。
壁に遮られていた呻き声や叫び声がまたどこからか聞こえてきた気がする。
「ぜってえ教えねえからな!!」
歩き出せば、背後からそうホウキが叫ぶ声が耳に入る。
僕が振り返り「構いません」と言えば、何故だか悔しそうに地団駄を踏んでいた。
貧民街から立ち去ってすぐ。
「はいはい、全員分あるのでゆっくりどうぞ」
僕はそう言いながら、石畳に僕用のおやつをばらまく。小麦粉を指先程度の大きさに練り固め、いくらか味付けをしたお菓子。僕が食べる以外にも、こういう用途があるのがいい。
ばらまいた菓子を十数羽の椋鳥たちがつついて取り合う。ここにいる総数以上の数はばらまいたのに、同じ菓子を取ろうとした鳥が喧嘩を始めそうになる。
「食べられなかったら他のを食べてください」
取り合おうとする鳥に僕が言うと、「えっ!?」と周囲を見渡し、誰の手もつけられていない菓子を今見つけたかのように向かっていく。単純というべきなのだろうか。
そうやって先ほど協力をいただいていた椋鳥たちに報いていると、鳥たちの中に違う鳥が混じる。
椋鳥よりも一回り小さいが、まああまり大きさは変わらないだろう。
探索ギルド所属、僕の担当の鳥。
彼女もまた、椋鳥たちに混ざってお菓子をつついてまわっていた。
「……仕事をしてください」
僕の言葉が最初誰に言われたかわからなかったようで無視をしていた彼女だったが、じーっと見つめると、ぷい、と小さく鳴いてから僕を見る。それから慌てて僕の前に飛んでくると、足につけられた銀の管を示した。
「忘れてたんじゃないからね!」と鳴く彼女を適当にあしらいながら、銀の管の中に入っていた手紙を見る。
そこには広げた紙目一杯の大きな字で、『断る!!』と大きく書いてあった。
手紙はどうやらギルドを経由せずこちらに直接来たらしい。紙の端が一度濡れたようによれており、そこを嗅げば発酵した果物の匂いがした。
「レシッドさんのところまで案内は頼めますか?」
僕が問いかけると、担当の彼女は首を一度傾げる。
「この手紙を書いた人間のところまで、案内してください」
意味がわからなかったのなら、ともう少し簡単に言い直せば、彼女は元気よく「いいよ!」と鳴いた。
「だーかーらーよー、戦争なんて俺は出ねーって!!」
彼女に案内されて辿り着いたのは、十二番街の酒場だった。今は真っ昼間。それでも十五人分ほどある席には、レシッドの他三人ほど既に酒を酌み交わす人間たちがいた。
カウンター席、レシッドの隣に座る。すると挨拶もそこそこに、泥酔したように呂律の回らない先の言葉が響いた。
「まだ詳しい話をしていませんが……」
「わぁってんのか? 詳しい話をしねーってことは! ことは……? 大抵はよ、なんか後ろめたいことがあるってことだかんな!?」
瓶で頼んだらしい。レシッドはきつい匂いがする蒸留酒を手酌でグラスへ注ぐと、つまみもなしにそれをグッと飲み込んだ。
レシッドは最後の記憶からするとかなり軽装で、前は気に入っていたらしいケープも着けていない。だが首元に何かを巻き付けていないと落ち着かないのか、白いカッターシャツに、ごく細く短い臙脂のネクタイを身につけていた。
「しかし、探索ギルドで聞きましたが、指名依頼を断り続けているとか?」
「んー」
「何故でしょうか? どこかからの依頼でも待っていたり?」
「んー」
返ってくるのは適当な返事。まるで、ではなく確実に酔っ払い。真面目な話など出来ようもないほどだが、……。
溜息をつけば、カウンター越しに年配の女性と目が合う。年配というより、老婆に近い女性だった。
「お客さん、何にする?」
「……こういう店で出す金額がよくわかっていないんですが、これで適当に何か一杯飲めますか?」
「一杯なら銀貨まではいらないわよ?」
僕が机の上に出した銀貨を、店主がそのまま押し返す。ならばと銅貨を出せば、笑顔で頷いてそれを受け取った。
何が出てくるかわからないけれども、毒じゃなければいいや。
結局出てきたのは、ごく普通のあまり匂いのない蒸留酒。多分、それを水で割ったもの。
「ごめんねー? この前まで若い女の子もいたんだけどねー?」
「やっぱりそういうお店でしたか」
店主が言うが、その言葉で僕も納得する。店の中に漂う酒の匂いや、カウンターの中に置かれた酒の種類が少ない。明らかに酒自体を楽しむような店ではなく、そして料理などを売りにしているようにも見えない。
ここは酒場。それも、若い女性が接待するような。
「うう、ノンナちゃん……」
若い女性、という話をした途端に、レシッドが泣くように顔を押さえて俯く。さすがに泣いてはいないようだが、それでも真に迫っていた。
「何かあったんですか?」
「んーと、あまり大きな声では言えないんだけどね?」
そのおそらく元店員とレシッドの間に何かあったのだろう。そう半ば予想しながら店主に聞くと、困ったように店主は笑う。
それから僕にカウンター越しに顔を寄せてくる。老婆にしては化粧が薄い、と思ってしまったのは失礼だろうか。
「ここだけの話よ?」
「はい」
「飛んだの」
「……?」
飛んだ、と聞いて一瞬僕は何のことかわからなかった。
だが構わず店主は続ける。カウンターの向こうで、どこか遠く空を見上げるように、胸の前で手を組んで。
「今頃どこかしら? 先月くらいにね、レシッドちゃんからお金借りて……今頃旦那と二人でねぇ……」
ふふ、と店主が笑う。それでも目が笑っていなかったのが、気になった。
それにしても飛ぶ、とは。それにそもそも、前後関係がよくわかっていないのだが。
「……その、ノンナさんという方が、どこかへ逃げたということですか? レシッドさんから借りた金を返さずに」
「そうねぇ……レシッドちゃんからだけならまだよかったんだけど」
店主がまた目は真顔でフフと笑う。
未だよくわかっていないが、それは。
ようやく店主も落ち着いたようで、カウンターの向こうの机に手を置いて、気取ったポーズを作る。何となく、『夜の店の女性』という風情で。それもムジカルの娼館で見てきたような淫靡な雰囲気でもない。
「少し前からうちで雇っていた女の子がいたのよ。その子がノンナ。気立てのいい子だったわ」
店主が遠い目をした。まるで自分の娘を語るように。
「その子目当てにレシッドちゃんも通い詰めてくれてね。レシッドちゃんも、私も信用しちゃったってとこかしら。いつの間にかレシッドちゃんからお金を借りてて、私もお店のお金を給料の前払いってことで渡してたんだけど……」
「まだよくわかりませんが、それはつまり、詐欺というか、……」
「ノンナちゃんはそんな子じゃねえよぉ…………」
恨みがましくレシッドが僕を見る。だがそれから、鼻水を啜った。
「弟さんが病気だからって聞いて、二人っきりの家族だからってさぁ……」
「まさかあれが旦那とはねぇ……私も見事に騙されたわぁ」
そして今度はレシッドと店主が揃って項垂れる。
なんというか、大丈夫だろうかこの店。
「ええと、まだよくわかってませんが、……なら、尚更レシッドさん今大変な状況では?」
事情は未だに全部わからないが、レシッドは今その女性にお金をだまし取られたという。しかもこの様子では、少額ではあるまい。
「どれくらい貸したんですか?」
僕が言うと、レシッドは恐る恐ると指を出す。ピースサインのような形。つまり、二だけども……。
「金貨二枚?」
「…………」
一般家庭二月分の収入。それでも大金だろう、と僕も思うが、違うらしい。
レシッドが微笑みを讃え、首を横に小刻みに振る。ならその『二』は……。
「貯めてた金貨、二十枚」
そしてレシッドはぼそっと口にすると、微笑みながらポロポロと涙を流した。
「もう俺働くのやめるぅぅ……」
「レシッドちゃん、何言ってるの! 働きましょう! 働いてツケを返すのよ!!」
「……なんというか、大変なときに来て申し訳ないです」
カウンターに突っ伏すレシッドと、それを励ますように声をかける老店主。この分だと、老店主のほうも切実な理由がありそうだが。
……しかし、お金の問題ならば何とかなりそうだが。
「なら、やっぱりレシッドさんも僕と一緒に戦争に出ましょうよ。そうすれば、金貨二十枚なんてあっという間に取り返せますよ」
「だって、お前の依頼じゃん……絶対なんか裏があんだろ? わかってんだよもう。俺は誰も信じないって決めたんだよ……」
「前だってモスクの護衛だけだったじゃないですか。今回も簡単ですよ」
僕が言うと、「そういや」とレシッドが顔を上げる。眠たげな瞼をそのままに。
僕は荷物の中から、先ほど鳥が持ってきたレシッドのサインがない依頼箋を出す。
それをレシッドの前にずい、と押し出すと、レシッドに顔を寄せた。
「戦争に出るだけですよ。出て、ちょっと何人かと戦ってもらえればもう依頼達成ですよ。こんな簡単な依頼、レシッドさんが見逃すわけないじゃないですか」
「そう、そんな簡単な……何か、うまい話しすぎて怪しくない?」
店主が水を差すように言うが、僕はそれを無視するように努めた。あまり反応してはまずい。
「僕の裁量に任された仲間集めですが、それをレシッドさんに向けて話しているんですよ。そう、たしかにうまい話ですが、レシッドさんだから」
ね? と僕は念を押す。
「むしろ、僕も出るんですよ? そんな何か危ない話があるんなら、僕も出ないと思いませんか?」
「そりゃまあ……んん……」
「実は昨日、他の方からもいい返事をいただきました。まだ言えませんが、レシッドさんも名前を知ってる有名な方です。そんな人に怪しい話を持っていくとかありえないでしょう」
本当は言えないわけではない、が、スヴェンの名前を出せば今は逆効果だろう。
「……たしかに」
レシッドが微かに頷く。思った通り好感触だ。
「ねえレシッドちゃん騙されてない!?」
外野はうるさいが。
「そうだよなぁ……細けえ話聞いてねえし、やっぱ裏がありそうだよなぁ……報酬が金貨百枚とか……」
言いかけて、レシッドの瞼が開く。そして反射的だろうか、店主と顔を見合わせ、また僕を見た。
店主も興奮気味に目を見開く。瞳孔が一気に開いた。
「いいじゃない! 受けなさいよ!! そして後輩君、レシッドちゃんを説得したって事で私にも報酬はあるのよね!?」
「そこまでは考えてませんでしたが……」
店主の意見がガラリと変わる。
報酬の金貨百枚はミルラ持ちだ。一人当たりその程度、と言われているためその値段にした。別にそれ以外に手持ちの中からいくらか払うのは吝かではないが、あまりに図々しすぎやしないだろうか。
「いやでも、なあ……。こんな高額なもん、たしかに細かい話聞かないで引き受けるのもなぁ……。五英将と戦えとかそんな無茶なこと言いそうだもんなぁ……」
「…………」
「本当に簡単なんだろうな……?」
僕が反射的に黙ったからか、レシッドは訝しげに僕を見る。
僕は必死で表情を変えないように留意しながらもう一度依頼箋を押し出した。
「……もちろん、レシッドさんなら簡単なことをしてもらうだけです。それよりも、ほら、指名依頼を断るのもお金がかかって大変でしょう?」
「そりゃまあ、……うん……」
「僕も今仲間がほしい。レシッドさんは金欠から解放される。この酒場はツケが支払われて楽になる。みんながいいことばっかりですよね」
レシッドにちょっと言っていないことはあるが、それは仕方あるまい。泥酔しているレシッドに伝達の失敗があっても困るし。もちろん少々説明不足かもしれないが。
きっとレシッドなら大丈夫。僕は本当にそう信じている。
「……しょうがねえな。おばちゃん、何か書くもん」
「前金は出るのかしら? 出るのよね?」
「まあ、では金貨十枚は前金ということで」
いそいそと店主が墨の入った瓶とガラスペンを用意する。
その間に机に積み上げた金貨。そこからレシッドは一枚取ると、筆記用具と交換するように店主に差し出す。店主はそれを手にとって、小躍りするように喜んでいた。
あの人 (レシッド)




