窓口
一旦別れた後、夕方まで待って、夕食はモスクと一緒に取ることになった。
モスクの職場……商工会議所のような建物から目的地に歩き出した僕ら。
リコは忙しいからと誘わなかった。もっとも、僕がこの街に来たことは、既にそこそこの噂になっているため知っているはずらしいが。
「そんなに噂にすることかな」
「お前だけじゃねえよ。俺たちにとっちゃただの世間話みたいなもんでさ、どこどこの有名な傭兵が街に入っただの、あの有名な探索者は参加しないのか、だの」
「……あまり、その趣味は理解出来ない」
「お前は参加する側だもんなぁ」
しみじみとモスクが口にする。だらりと垂らした左手を握りしめ、その前腕を揉んで自身の筋肉を確かめながら。
参戦したかったのだろうか、彼も。
「お兄さん来るなら先言っといてくださいよ」
「……ただの客っしょ?」
夕食を取るのは、モスクも馴染みとなったササメの家が経営する食堂だ。着いて席に案内されるやいなや、ササメがモスクに唇を尖らせながら文句を口にした。
「お客さんですけどお兄さんですよ。乙女には準備ってもんがあるんですよっ」
「え? いや? 客だよな?」
まったく、と言いながら奥へと入っていくササメ。それを困惑しながら見送るモスク。
モスクも随分と仲のいい常連になったらしい。僕は机に置かれた籠に適当に銀貨をじゃらじゃらと入れながらそれを眺めていた。
荷物の中から適当に掴みだしたせいで一枚金貨が混じっていたが、まあ問題あるまい。
とは思ったが、モスクは籠の中を見て眉を顰めた。
「多くね?」
「今日の宿を提供していただくんですか……だから。奢る」
「いや、そりゃありがたいけど、この店で金貨とか使うわけねえじゃん」
「この店で一番高い料理は?」
「今までだと、丸ごと子豚の飴炙り。銀貨五枚」
からかうように聞いてみたが、モスクは即答する。なかなかの値段だが、ならそれを五つ頼めるわけだ。
まあ五つも同じ料理だと絶対に飽きるので、他にもいくつか欲しいところだけれども。
しかし、そう考えるといけそうな気がする。
なら適当に高い料理を頼んでいこうか、などと考えていた僕。だが。
「あのっ、でもそれ予約が必要なので、後日来てください。いつにしますか?」
先ほど奥に引っ込んでいたササメが、すす、と僕らの横に立つ。何というか、笑顔が不自然で声も何となく高い。
「予約ですか……」
「子豚一頭をつきっきりで丸ごと炙るので、時間がかかる上にお父さんも手が離せなくなっちゃうんですよ。あと最低四皿は頼んでもらわないといけません。大抵は宴会とかで出すんですけど。で? いつです?」
ずい、とササメが笑顔で顔を近付けてくる。手に持った手帳は、日付順に何かが書かれているのかぎっしりと細かい文字で埋められていた。
「あと数日で戦場に出るので、またその後にします」
「明日でいいですか? 明日?」
「そんな急には出来ないでしょう」
子豚一頭を材料にするというが、その材料はすぐに手に入るのだろうか。
そして手がかかるのであれば、下ごしらえの時間も取られてしまう。手が離せないとなれば、営業中に片手間に作るわけにはいかない。
どんな料理かはわからないが、なるほど、予約が必要で、なおかつおそらく貸し切りに近い状態にしなければいけないのだろうと思う。
ならば明日急にというわけにはいかないと思う……のだが。
「娘の一大事ですからっ、明日のお客さんに我慢してもらっても、お父さんは許してくれると思うんですよ」
「ササメちゃん、近い近い!」
食い入るように僕に顔を近付けるササメを、モスクが止める。
ササメが少し遠ざかり開けた視界の先、カウンターの向こうでササメの父親が包丁を手にこちらを見ていた。
あれは『許せない』のアピールだろう。
「……駄目っぽいので、やはり後日で」
「仕方ないですけど……じゃあ、いつにします?」
「材料を無駄にしては申し訳ないので、戦争が落ち着いた後に改めて決めさせてもらいますよ」
戦争後。それは、僕も戻ってこられる保証がない。というかそもそも、期日もわからない。いつこの戦争が終わるのかもわからないのだ。
「じゃあ一月とちょっと後でいいですねっ。わあちょうどぴったり私の誕生日っ!」
「あの、勝手に決めないでくれません?」
僕の抗議を聞き流し、ササメが奥へとドタドタと走っていく。客商売で、これも営業活動とはいえ……いいのだろうか?
まあ仕方ない。
「……美味しかったんですか?」
「ん、ああ、美味かったけど……」
気を取り直して、僕はその皿の感想をモスクに尋ねる。別に気になるわけでもないが。
モスクが両手の人差し指と親指で輪を作り僕に示す。
「豚丸ごとっても、これくらいの大きさに切った皮を食うんだよ。脂でぱりっぱりのやつ。親父さんは、この国のやつには向かないって言ってた」
「リドニック料理は脂が豊富だからねぇ」
なるほど。リドニック料理の脂の多さ。僕がリドニックで唯一辟易したことだったが。
「そうそう。中の肉は別の料理の具になって出てきた」
「私も要望がなければ作らないようにはしているんだよ。この国の人には脂が多すぎるらしくて」
話に入るように、店主が僕らの席に小さな小鉢を二つ置く。開かれてしまっていて何の魚かはわからないが、ぱりぱりに焼かれた骨煎餅が二つ。突き出しか。
「やあ、モスク君はよく来てくれているけれども、君は久しぶりだね。ササメと仲良くやってくれているようで何よりだよ」
それから店主が話しかけてきたが、笑顔のはずが目が笑っていなかった。
この前も、こんな感じだった気がする。どこからか出てきた牛刀が、机に屹立したときのこと。
僕は社交辞令も兼ねて会釈を返す。
「こちらこそ、気軽に声をかけてくれて嬉しく思います。あまり、人付き合いが得意ではないので」
「うるさくてすまんね」
「いえ、誰とでも話せる明るい女性、と誉めるところでしょう」
店員の役割としてはササメは充分やっているだろう。僕はどちらかというとこの手の接遇が苦手なので、こういう対応をされると次からは違う店にしようなどと考えてしまうが、これだけ友好的に話しかけてもらえれば嬉しい客もいるだろうと思う。
「はっはっは、何を言うのかい。たしかに明るいだけが取り柄な娘だけども、誰とでも話せるわけじゃないよ。うちの娘がこれだけ気にかける男は特に少ない……で、娘とは何もないんだね?」
「……質問の意図がよくわからないんですが」
「君は独り身かな?」
「その通りですけど、……何か疑われてるんですか?」
「はっはっはっは、私としては可愛い娘が少し心配でね。君のことをよく知っておかなければと……」
キイ、と微かな音がして厨房と食堂を結ぶ扉が微かに開く。
その向こうで、女性が顔を半分だけ出してこちらを見ていた。
何故だろう。寒くもない部屋の中なのに、吐息が白く見えた気がする。
「シズリッ!?」
ササメの母親だったはずだが、店主はそれを見て肩を震わせる。それからシズリさんが笑顔のまま、何かを口だけで言う。すると挨拶もそこそこに、店主が厨房に駆け込むように戻っていった。
それからササメの手により適当にいくつかの料理が運ばれてくる。
前と同じく、エッセンの人間の口に合うように調理されたリドニック料理の数々。酸味と脂が特徴的なリドニック料理が、おそらく印象はそのままに見事に作り替えられていた。
雪海豚の三枚肉は豚で代用され、その厚みの半分以上を占めていた脂身は三分の一程度に収まっている。狐の肉は脂煮を一度しているようだが、どうやったのか油抜きのようなことをしたらしく、軽い風味となっている。
針槐の花の素揚げはどちらかというとエッセンの風を感じ、リドニック料理ではなさそうだったが。
酒は飲まない。モスクも今日は飲まないらしく、理由を聞けば、『自分だけ酔うのは嫌だ』だとか。
酒場に近い食堂に来て、酒を飲まないとは申し訳ない気もするが……その分料理を食べるということで許してもらいたい。
「そういえば、お兄さん、戦場に出るんですか?」
頼んでいない魚の海漬けを机に置きながら、ササメが首を傾げて尋ねてくる。
先ほど一応言ったが、そういえばきちんと伝えてはいなかったか。
「ええ、従軍することになりました。といっても、正規兵ではありませんが」
「誰かに雇われたんです?」
「はい。王都で知り合った方の名代として出陣します。死なない程度に頑張ってこようかと」
「そうですか。……そっか、そっか」
パタパタとお盆で自分の腹を叩きながら、ササメが納得したように引き下がる。引き下がるというのもおかしな表現のような気がするが。
「あ、これ美味え」
「……?」
運ばれてきた料理をモスクが口に含み、感嘆の声を漏らす。この店の料理は大抵美味しいが、そんな料理をよく食べているモスクが驚く程か。
僕も隠し包丁が入った表面が焼かれた魚をフォークで突く。マリネのようだが、魚の見た目は小鰭に似ているだろうか。少し照りがないようにも見えるが。
そして口に含むと、リドニック料理らしい強い酸味と、それをそっと支えるような柑橘類の匂いがする。レモンだろうか、酢の代わりに何らかの果汁を使ったようだ。
印象的には、まさしくこの店の料理だ。明らかなリドニック料理が、僕たちの舌に合うように調整されている。
「美味しい料理は男を射止めると聞きますからねっ! どうです? お兄さん、夢中になりそう?」
「その言葉に異論はないですし、すごく美味しいと思います。店主さんに射止められたくはないですけど」
添えられた生の玉葱も歯ごたえ良く、辛味が完全にない。どういう魔法だろう、これは。
僕の称賛の声に応えるように、ササメが笑う。
「フッフッフ……、これ作ったの私ですよ。さあ、今こそ私に夢中になるときっ」
勝ち誇ったかのようにササメが宣言し、何かを呼び込むように両手を広げる。僕とモスクは呆気にとられて、何も反応を返せなかったが。
「……はあ」
「反応薄くないですか? 一応看板娘の手料理ですよ。男を殺すのは料理と枕の下の剣って知りません?」
何やら物騒な話だ。毒でも入ってるわけじゃあるまいし。
「いや、美味しいと思いますよ」
「美味しいのに何この反応の薄さっ!」
「ササメちゃん、俺これすっげえ好き!!」
「ありがたいけどそういう反応お兄さんに求めてたんですけどっ!?」
モスクが誉めるがササメ的には気に入らないらしい。別に誰に誉められようが構わないだろうに。
ちぇーっ、とわざとらしい舌打ちをしながらササメは奥へと入っていく。
僕たちはそれを見送って、静かになった食卓を見つめた。
「……で、お前を雇うなんてどんな馬鹿だよ」
「馬鹿とは酷い」
別に、モスクもまだ僕を雇ったのがミルラとは知らないだろうに。擁護をする気はないが気の毒にもなってくる。
僕が半笑いで言うと、モスクが溜息をつく。
「だって、調べればわかんだろ。お前がイラインじゃどんな扱いかって。実力はともかく、自分の名前に傷がつくとか考えないのかよ」
「売り込んだのは僕だからね。それに、相手も変わらない。仲間みたいなもので……」
「で? 誰だ?」
「ミルラ・エッセン王女殿下」
「……?」
僕がその名前を出すと、一瞬モスクが眉間に皺を寄せて宙を眺めて思案する。
思案するほどよくある名前でも称号でもないだろうが。
そしてその名前が誰であるか思い至ったのだろう。視線を僕に戻して一拍おいてから驚愕に顔を歪めた。
「ばっ……!? え……? ば……あ、ああ」
「証拠もあるけど、見る?」
「い、いや、いいよ」
小刻みにモスクが首を横に振る。それから僕の荷物をちらりと見て唾を飲んだ。
「昼に持ってた旗か?」
「そう。一応紋章入り」
戦場での僕の所属を示すための旗。本来は陣地でも建ててそこに置くか、かつてのスティーブンのように背中に背負うか、兵の集団を作り誰かにこれを振らせるとかするのだろうが。
「王女様と、お前が……なぁ……、え? どうやって知り合ったの?」
「向こうで僕を雇った貴族とよく接触してたから、その縁で」
「え? じゃあその人もお偉いさんじゃ?」
「話せば長くなるけど、聞きたい?」
長いしあまり楽しい話とも言えないと思う。少なくとも僕には、こんな政治上の話は。
だがモスクはやや楽しげらしい。身を乗り出して、「聞かせろよ」と一言いう。
ならばまあ、仕方ない。酒の肴ではないが、話のネタとして。
僕はルルや他の人間たちの迷惑にならないよう、ミルラ王女と勇者に関わる話を掻い摘まんで紹介した。
話を聞き終えたモスクは、感心するように「はー」と一息つく。
「面倒くさい話もあるもんだなぁ」
「本当に」
僕は頷く。
話したのは王城で勇者が召喚されたこと。その勇者の接待のために女性たちが集められたこと。その女性たちや勇者の管理をミルラが行っていたこと。
勇者がルルを好きになり、そのためにルルとミルラがよく接触していたこと。
最後に。
勇者が、この戦争の褒賞に、ルルの身を望むであろうこと。
そしてルルが、それを望んでいないこと。
「お前が参戦するっていうから、何かしらの理由はあると踏んでたが、そうかぁ……」
両手を頭の後ろで組み、モスクが天井を仰ぐ。
「で、……勝てるのか? これ」
「僕の力がどうとかは言いたくないからそれは除くとしても、仮にエッセンとムジカルが戦ったら……」
僕は言い淀む。一瞬、モスクの立場を想像した。
今この街で、戦争のための準備に携わっている彼の立場。もちろんお上の意向が一番だが、一応は戦場で勝つための準備を重ねている彼。
……だが、いいだろう別に。
「多分、負けるだろう。両国に滞在して見てきた僕の予想からしても」
現状、エッセン軍がムジカル軍に勝つ予想が出来ない。
最高戦力は西方に留まっている第一位聖騎士団長〈隻竜〉。だが、彼は出てこない。故に戦場に立つ最高戦力はクロード・ベルレアン第二位聖騎士団長。
クロードと五英将……内の序列がわからないから何とも言えないが、一応一番露出の多かった〈成功者〉ラルゴと比べると、もしかしたらクロードが上かもしれない。
だが、戦争とは個人同士の戦いではない。仮にクロードのほうがラルゴよりも強かったとしても、クロードの率いる第二位聖騎士団とラルゴの率いる魔法使い団の強さはわからない。
特に、用兵に長けるという噂のあるラルゴ相手ならば。
「……この街まで戦火が伸びないことを望むばかりだなぁ」
「もしも押し込まれたら、確実にムジカル兵の手は伸びるよ。ムジカル兵にとってはそれが褒賞にも繋がる大事なことだから」
起きないわけがない。開拓村の小競り合いで気が済むわけもなく、ムジカル兵はこの街に必ず乗り込んでくるだろう。戦略拠点だからというだけではない。エッセン東側でもひときわ大きく豊かな街だからだ。
「で、お前はどうする気だ?」
「正直、滅ぼされればいいのにとも思わないわけでもないけど、まあ守るよ」
イラインを守るというよりは、イラインまで踏み込ませないつもり、というのが正しいけれども。
「俺的には複雑な言葉ー」
「それはごめん」
冗談めかしたモスクに僕は応える。たしかに、やはりいい気はしまい。
「あまり具体的なことは言えないけれど、ここからは僕の予想」
「……?」
「聖騎士団は九つ参加する。このイラインに駐屯するのはその内の一つか二つ。多分クロード・ベルレアン率いる第二位聖騎士団がその内の一つになる」
グラスの結露を拭い、その指で机に丸を描く。戦略図。あまり、こういうのは得意じゃないけど。
「司令って感じだもんな。それで?」
「主戦場はネルグ南側。それぞれ騎士団を引きつれて、残り七つが動く。多分、その内三つか四つ……本当に多分、四つが予備兼守備としてネルグ南にある開拓村を拠点に使って散開待機。残りの三隊がムジカルへと進軍する」
「えらく単純な構図だな。それも、直線的」
「王城に残っていた戦史を少しだけ覗いてきたけれど、そんな感じしかない。戦術段階での進路の決定とか回り道はあっても、戦略的にはどうも」
ここ数回の戦の資料を見てきたが、言ってしまえば、エッセン側も力押しの進軍ばかりだった。ムジカルの必勝型、津波のように物量をぶつける作戦を笑えない有様だった。
数少ない奇策の応酬の事例といえば、二つ前の戦のラルゴと第三位聖騎士団〈日輪〉との三日八度に及ぶ遭遇戦だろうか。
糧食の調理する煙を囮にした陽動や、捕虜を使った偽報策、部隊を分けての分散計、など。正直そこだけは資料でも見ていて面白かった。
エッセン側五百、ムジカル側七百の兵。エッセンの資料のためラルゴ側は推定だが、共に半数以上を失う奇襲合戦が行われたらしい。
「けれど、今回いつもと違うことがある」
「何が?」
「今回、多分ムジカル側は本気で来る。侵攻に使う五英将は、いつもは一人か二人……けれど、今回は三人か四人全員で」
先ほどの拙い戦略図、その聖騎士団と向かい合うように僕は凸の形に四つ描く。
「ムジカルの雑兵相手なら、聖騎士団どころか騎士団でも相手は出来ると思う。同じくらいの数だったら。でも」
「……肝は本隊同士の戦いかぁ……」
「エッセン側はいつもと同じ構えとすると、侵攻した三つの団が壊滅するまで予備もクロードも前には出ない。なら、三対四で、こちらが不利」
ごくごく単純に考えれば、拮抗した戦力同士が二つぶつかって膠着しても、相手には余りが一つある。一つに対して二つ当てられ、そこから雪崩れるように各個撃破されてしまうだけだろう。
「……なら、『もう二つ』あればいいんだろ?」
「簡単に言えば」
モスクは、簡単な対策を言い放つ。
もちろんそうだ。実際戦う聖騎士団が三つで、相手の主力が四つ。それで負けが確定するならば、どこからか二つ持ってくれば五対四で立場は逆転する。
だが、それはおそらく無理だろうとも僕とミルラとは話が合っている。
「でも、聖騎士団の背後には貴族たちがいる。誰も、投入した人員が死んで欲しいとも思っていないし、誰もがどこかやりやすいところで戦果を上げて欲しいと願っている。……誰も、は言い過ぎたけど」
貴族の投入した騎士団たちが死んで欲しいと思っている人間は少なくとも一人いた。この国でもっとも偉い人間が。
「今回の戦で指揮権を持つのは……」
「イライン領主、ダルウッド公爵か」
「猊下をつけたほうがいいらしいですよ」
「知らんし」
く、とモスクが蜂蜜を溶いた水を飲み干す。中で小さくなった氷がカランと鳴った。
「とにかく、たしかダルウッド公爵猊下は政治的に太師派……と聖騎士内部の政治派閥争いは知りませんが、確実にそんな感じの政治的な利権が絡んでくる」
その辺り、未だに僕はふわっとしか理解をしていないが、そういうことだろう。そういうことに関しては、ミルラの方が詳しかったのは感心するところだったと思う。
「個人的な知り合いとして、クロード・ベルレアン聖騎士団長とは話が出来るけれど、それでも大きな配置転換は中々出来ない」
「……まどろっこしいな。早く質問に答えろよ。お前はどうする気だって?」
溜息をつき、モスクが氷を口に含み噛み砕く。視線を逸らし、興味のない風にも見えた。
だが、違うと確信がある。
「僕の最終目標は、勇者に活躍の場を与えないこと」
「勇者ってのはどうしても前の方に出るだろ。さっき言った前線に出る部隊のどっかに」
「すぐには出せない。少なくとも、前線の安全が確保されるまでは」
「ならその前に、敵兵を全員ぶっ殺すとか?」
「簡単に言えばそう」
僕は頷く。モスクの視線にはまだ、『早く全部言え』という雰囲気が含まれている。ならば言おう。一番手っ取り早い窓口に。
「一人や二人を各個撃破したら、さっきのエッセン側の状況とムジカル側の状況が逆転するだけ。だから、五英将以下の小物は適当に殺しても、五英将は数日をおかず一度に片付けたい」
じきに作られるとしても、膠着状態は長くは続くまい。必ずどこかで均衡は崩れる。
一人はスヴェンに任せられるとして、もう何人か任せられる人間が欲しい。
それこそ、『あと二つ』は。
「だから、楽しい食事会はここまで」
「…………」
「この街に来てすぐに会えて嬉しいのはもちろん、ちょうどよかった。実はさっきモスクの仕事終わりを待っている間に、僕の家だったところを見てきたんですよ」
友人として話したいけれど、ここから先は友人としては難しい。
現時点で僕よりも、社会の裏側を知っているであろうモスク個人に用がある。
「ニクスキーさんの居場所、知りませんか?」
姿を眩ました、最後の石ころ屋。その居場所を知っていそうな、彼に。
モスクの口の中で、氷が一粒砕けた音がした。




