嘘の報告
夕暮れ時の探索ギルド。そこは依頼終了の探索者達で混雑していた。
「うわ……これは……」
テトラもこの様子を見て若干引いている。それもそうだろう。
泥だらけの鎧や外套に、血飛沫が染みついた布袋。酒の匂い漂うこの建物の中は、いつも僕が見ていたギルドとは全く違う様相を呈していた。
もちろん、失礼ながら汚れた服装の者ばかりではない。街中での仕事や野外に出ない仕事をしたのだろう、小綺麗な格好の者たちもいる。しかし、おそらく討伐任務を果たしてきたであろう探索者達のインパクトはとても強いものだった。
「テトラさんは魔術ギルドの魔術師でしたよね。こことは違うんですか?」
「全然違うわ」
げんなりとした顔をしながらも、キッパリとテトラは言う。
「扱ってる仕事がちょっと違うからでしょうね。研究が主だから、衣服が汚れるような人はあんまりいないわ。私みたいに、実用方面に出ている人もいるけど……ここまでは……」
「まあ、そこは慣習の違いでしょうね」
物でも人間でも、汚れても少々傷んでも役に立てばそれでいいという探索者。それと比べて、常に完璧に近い状態で運用したい魔術師。
さらに前者は誰にでも挑戦出来て、後者は魔力を持つ一部の者のみが所属する。そういうところでもフィルターが働いているんだろう。
「さて、それでも並ばないと駄目かぁ……」
依頼終了を申告するためのカウンターには長い列のようなものが出来ていた。それでも十数人ほどで、待っていればそれなりに早く済むだろう。
「すみませんが、お付き合い願います」
「わかってるわよ」
砦の最上部にある火事にでも遭ったような、黒焦げの部屋。その部屋を作った原因に向かい言うと、渋々といった感じでテトラは僕の横に並んだ。
「そういえば、あの黒い外套、似合ってたのに捨ててきちゃってよかったの?」
「あー、いいんですよ。昨日買ったばっかですし、思い入れもありませんので」
フルシールの血が付いてしまったローブは、先程死体と共に置いてきた。気に入ってはいたが、また明日にでも山刀の修理のついでに買ってくればいい。
だが次回こういう目にあわないように、素材収集でなくとも、荷物には大きな布を追加しておこう。それくらいは僕も学習するのだ。
やがて僕の番が来た。
「依頼を受けていたカラスです。砦の害獣駆除が終わったので、ご報告に」
「はい。お疲れ様です。ええと……」
受付嬢は手元の依頼箋の束を捲る。そして一つの依頼箋を見つけ出し、束から引っ張り出した。
「ああ、はい。お待たせしました。カラス様、砦の再開拓ですね。受付の日付は昨日……昨日!?」
「そうですね。昨日の昼過ぎに受けたものです」
僕がそう補足すると、受付嬢は僕と依頼箋を交互に見て、また僕の襟元に着けてあるバッジを見て、納得したように頷いた。
「……流石に早いですね。問題ありません、確認いたしました。それで、これからですけれど」
「はい」
「これからというより、明日になりますが、ギルドから確認の職員を送ります。それで問題無いと判断されれば終了になりますが、よろしいですか?」
「大丈夫です。報酬はそれからですね」
「はい。二日後以降、来て頂いた際に結果をお伝えの上、お支払いか再駆除となります。再駆除の場合は、またよろしくお願いします。……まあ、そんなことは無いと思いますが」
二日後以降。つまり、ギルド職員が確認を取って戻ってくるのに一日はかかるということか。そこで、疑問が湧いてきた。折角だから聞いてみよう。
「あの……依頼を受けたときにも思ったんですが」
「はい、何でしょうか」
「せっかく駆除しても、またすぐに野生動物って入り込みませんか?」
仮に全て追い払っても、一日二日有れば、またすぐに動物たちのねぐらとなってしまう。僕が追い払って、後日職員が入るというのもおかしな話ではないだろうか。
「それについては問題ありません。仮に何匹か職員が発見しても、依頼は達成となります。今回の駆除依頼は数を減らすことが目的ですので、大部分追い払ってあれば結構です」
「はあ。たしかに、おびただしい量いましたからね……」
恐らく、鼠や犬猫、鳥たちまで全種類合わせて数百匹は超えるだろう。
「それに……」
受付嬢は、意地の悪い顔で笑いながら続ける。
「外敵が侵入してすぐに戻ってくるほど、ネルグの動物たちは愚かではありませんので」
それは、ネルグの逞しい動物たちを信頼しているからこその一言だった。
まあ、受付嬢が言っているのならそれで大丈夫だろうし、今回はそれに加えて嫌忌剤も撒いてある。そうそう犬猫が入ってくることもあるまい。
特に無条は、魔物すら近寄らないとグスタフさんが太鼓判を押していた。だからこそ使ったのだから、そこは期待しておこう。僕は野生動物よりも、グスタフさんを信用したい。
「あとは駆除の際、何か特記すべき点などございましたでしょうか」
「えーっと、何かあったかな…ああ、はい。そういえば、最上階なんですが……」
テトラが視界の端に入り、思い出した。危うく忘れるところだった。
最上階というワードが出た途端に、隣でテトラが緊張する。
「部屋の中が、焼け焦げていました。僕が入る前、この女性が訳あってそこに入ったそうですが、そのときから焼けていたそうです」
修繕費を請求されてはたまらない。弁解はしておかなければ。
テトラの方を見ると、唾をゴクリと飲み込んで、申し訳なさそうに口を開いた。
「ぅ……私が、あの部屋に入ったあと、」
「焼け焦げた部屋を発見したそうです。以前、ネルグの発火現象にでも巻き込まれたのではないでしょうか」
「火炎魔……へ?」
「そうですよね? テトラさん」
受付嬢から見えないように、テトラのつま先を踏みながら問いかける。話のつなぎ方が強引だったとは思うが、仕方ないだろう。
「カラス様が火を放ったわけではないと」
受付嬢は、羽根ペンで依頼箋にメモを取りながら確認した。
「そうですね。結構損傷もしていましたし、あれは壁の修理から必要でしょうね」
「確かですか? ……ええと、テトラさん」
テトラに問いかける受付嬢は、嘘を見逃さないというふうにしっかりと真正面から見ながら問い詰めていた。
僕はつま先の圧力を強める。
「……はい。黒焦げになっていたんで驚きました」
目を伏せながら、テトラは観念したようにそう言った。それでいいのだ。
「参考までに、テトラさんは何故その場にいたのでしょうか? 浅層とはいえ、ネルグの森の中ですが」
「それは」
「襲われていたそうです。それで砦に逃げ込んだとか、ね?」
先まで言わせないように、言葉を被せる。テトラを見ると、黙ってコクコクと頷いた。
「僕が見たときに魔物がいたんで、驚きましたよ」
「その魔物はどうされましたか?」
「討伐しまして、死体は嵩張るので十二番街のギルドへ委託してきました。ギルドの方で競売にかけるそうなので、こちらでも把握は出来るかと」
「……わかりました」
言葉では納得した様子だが、顔を見るとやはり内心納得していないのだろう。笑顔が不敵な笑みに変わっている。
しかしそれ以上追及することはないようで、羽根ペンを置いた。
「損壊の様子なども、以上でしょうか?」
「そうですね。それくらいです。あとは、窓が破られていたり中の壁が傷んでいるところもありましたが、経年劣化の範疇でしょう、と思います」
「わかりました。では、これで報告も終了ということで。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
「……ました」
テトラも僕も、頭をぺこりと下げて後ろに下がった。
そして、一歩踏み出したとき、前方に大きな壁が出現した。
「おいおい、女連れたぁ良い身分じゃねえかガキ」
見るからに柄の悪そうな、大柄な男性が振り向いたすぐ前に立っていたのだ。討伐帰りだろう。背中に背負った大きな斧と、鎧が血に汚れている。鎧はまだしも、斧は拭いてくればいいのに。
「ああ、すいません。次どうぞ」
見ていなかったが、きっと列の後ろに並んでいたんだろう。僕は道を譲り、カウンターの前を空ける。
しかし、カウンターの前に進もうとはしない。
「……何かご用ですか?」
ならば、何か僕に用事でもあるのだろうか。そう思い見上げると、ニヤニヤとした顔で僕を見つめ返してきた。
……ギルドに来る度にイベントに見舞われている気がする。
普通に仕事がしたい。
僕は心の中で、盛大に溜め息を吐いた。




