ギルドからの提案
「結論から申し上げますと、値段を付けることが出来ません」
裏に運び込んだ死体を検分しに、幾人もの担当者が来て協議した結果、そういう結論が出たらしい。殺した場所や状況など、散々質問を受けて辟易していたときにようやく出た結果だった。
テトラはギルド内で用事を済ますと言い、先程ギルド内に入っていったままだ。この街を目指していた理由とやらに関わるのだろう。
申し訳なさそうに頭を下げる職員に、僕は事情を尋ねる。
「価値がない……という様子ではないですよね?」
「ええ。価値がないわけではありません。しかし、事例が少ないので、相場が存在しないんです」
「そんなに出回らないんですか?」
希少なものであるけれども、利用方法がわからないので価値が上がらない。そういうことか。
「過去に狩られた例は僅か二頭。それぞれ、その当時もっとも有能だといわれている探索者によるものです。他の遭遇例では、少人数で遭遇した者はほとんど死んでいます」
「そんなに強い魔物ですか? この狐」
二回とも、魔法に気をつければ特に問題が無かったと思う。それなのに、皆死ぬとはあまり考えられない。
職員は口を結び、奇妙なものを見るような目で僕を見た。
「……貴方はこの魔物の恐ろしさをご存じない?」
「怖い魔法を使うとは思いましたけど……。あとは、少し力の強い狐としか……」
僕がそう答えると、職員はキリッとした目を開き、大事な話をするように居直った。そしてゆっくりと口を開く。
「先の戦争をご存じでしょうか」
「ええ。少しだけなら」
僕が生まれる前に、ネルグを挟んだ向かいの国ムジカルと、この国エッセンが起こした小競り合いだ。
ネルグを囲む聖領全体を領土にすることを目指し、ムジカル側が宣戦布告したという。
この街はネルグに接している分、その戦に深く関わっていたとか。
ちなみに、そのとき隣国の工作員がネルグの魔物を釣り出し、イラインを襲わせた。そのせいもあって、以前の竜暴走事件ではグスタフさんは焦っていたらしい。結局、前回の竜暴走は犯人はわからずじまいだったが、戦争に関わる物ではなかったということでグスタフさんはホッとしていた。
「その当時、両国の主力の一部ともいえる騎士団のぶつかり合いがあったのですが、……戦場にフルシールが現れて両陣営とも壊滅しました」
「壊滅、ですか。混乱する程度ではなく」
「ええ。壊滅です。ただし、フルシールに直接殺されたのは全体の一割ほど。あとの七割ほどは自害だそうですが」
「……失礼ですが、その騎士団の方々が無能だったりとか」
本当に失礼な話ではあるが。
「ありえません。もともとネルグに接するこの国の騎士団は精鋭揃いです。ましてや主力部隊ともなれば、探索ギルド所属の上位探索者達と比べてもひけを取りません。それらが千余集まった戦場が、ただの一匹で壊滅です」
職員の話に熱が籠もる。
「ですから、これは異常事態なんです。貴方のような年若い探索者が、騎士団を壊滅出来る恐ろしい魔物を狩ってきた。正直、この街のギルドでは対応出来る気がしない」
殺したときは気付かなかったが、そんなに強い魔物だったのか。
だが、強さ自体にあまり興味は無い。
であるならば、それならば、ギルドとしてはどう対応してくれるのだろうか。
「わかりました。それで、今回ギルドとしては買い取り不可ということでいいですか?」
「いえ、そういうわけにはいきません」
曲がりなりにも、探索者を支援するために存在している組織だ。ここで何もしないことは出来ないのだろう。
「確かに買い取ることは出来ません。価値が不確定な以上、値段を付けることは出来ない」
「では」
「探索ギルドとしては、剥製として競売にかけることを提案いたします」
「競売、ですか」
「はい。過去に狩られた例のうち、一件は競売にかけられています。同様に、ギルドから競売にかけ、その売却益を貴方の手に、というのはどうでしょうか」
なるほど。ギルドで値段を付けられないから、更に別の場所へ委託するということか。
悪くない提案に思える。
「ちなみに、もう一件はどうなったのでしょうか」
「狩られた死体の損壊が激しく、死体は廃棄されました。全身に夥しい量の傷が付いていたそうです」
素材を狙い狩った物ではなかったからか、それともその探索者がそういう性格だったのかわからないが、それは勿体ない。
「他の例はないと。では、前例に則り、競売にかけるのが良さそうですね。結構時間かかりそうですが」
「お手間は取らせませんが、時間は少々かかりますね。一週間から二週間ほどでしょうか。落札され次第、ギルドに請求すれば落札金額から私どもの手数料を引いた分お支払いいたします」
……利益が確定していないのが引っかかるものの、それでも損にならない取引。
いいだろう。託してみたいと思う。
「わかりました。お願いします。手数料はいくらくらいですか」
「落札金額の一割を頂きます。つまり、上手いこと落札されなければ私どもの利益もない」
「いいですね、それ。是非とも頑張って下さい」
自分たちの利益のための行動。一番信頼出来るものだ。
それから細々とした話をして、競売の件は決まった。
二週間ほどしてからまたここに来る。そのときに結果はわかるそうだ。
「あ、ちなみに、前回のフルシールはいくらで落札されましたか?」
「前回は……金貨六十五枚でしたね」
「ありがとうございます」
テトラに売却額の五パーセントを支払うと約束している。
しかし、落札後に決まるという不明瞭な金額よりも、今それなりの報酬を払っておいた方がいいだろう。
勿論テトラの意向にもよるが、多分納得してくれるだろう。
テトラは建物の中に入っていったきりだった。
中に入ればまだいるだろう。あとは彼女に、三番街の探索ギルドで証言をしてもらわなければならない。
結構な時間中にいるが、何をしているのだろうか。
そう思い、受付の周囲を見回すと、探している赤毛の女性はいた。
テトラは受付に食ってかかるように、叫んでいた。
「部外者の貴女には、依頼を撤回する権限がないんです。ご理解下さい」
「だから、探索ギルドとしてそんな態度でいいの!? 片棒を担いでいるのよ、あんたたち!」
厄介ごとを起こしている。
僕は、今日何度目かわからない溜め息を吐いた。
「討論中悪いんですが、あとどれくらいかかりそうですか?」
「ああ!? なによ、あん……た……、いや、カラスさん」
激しさを増していくテトラの弁舌は、もはや端から見ているとクレーマーのものだった。
クレーマーの中には、一旦誰かの横やりが入ると止まるタイプがいるという。
試してはみたものの、テトラがその、水を差すと勢いが止まるタイプでよかった。
「どんな用事かは知りませんが、早いところ三番街まで行きたいんですよ。貴女と一緒に。出来るだけ早く済ませて頂けるとありがたいです」
何とかしてほしい。そう思って受付嬢の方を見ると、こちらもうんざりしている様子だった。
「何度も申し上げていますとおり、私どもとしては、その申し出を受けることは出来ません。お引き取り下さい」
苦々しい顔で、テトラは受付嬢を睨みながら言った。
「……わかったわよ。もういい。他の場所で……っていっても、きっと返答は一緒なんでしょうね」
「ご理解いただけて、幸いです」
何だかよくわからないが、落着したのであればいいだろう。そう思いたい。
ギルドを出ると、既に日は傾いており、もうすぐ夕方という時間だった。
「無駄足だったわ。それで、あんた……じゃない、カラスさんの方の首尾は?」
「だから、敬語は要りませんよ。フルシールですが、競売にかけることに決まりました。利益が出るまでに時間がかかりますので、運搬の手間賃は以前のものから算出して、今払ってしまってもいいでしょうか?」
「……いいけど、きっと大金よね?」
「少なくはないですね。端数を切り上げて、ざっと金貨四枚です」
「はぁ!?」
僕は金貨を取り出し、数えながら言う。しかし、テトラは中々手を出そうとはしない。
「えぇ……、いや、今路銀も無い状態でもらえるのはありがたいんだけど……でも、そんな大金、あれくらいで……うぇ……」
「もしかしたら足りないかもしれませんが、今テトラさんが仰ったように路銀がないんでしょう。今受けとれた方がいいと思っての提案です。嫌なら後でいいです」
僕がそう言い切ると、テトラは恐る恐るというふうに手を差し出した。
「うぅ……、こんな所で手を出してしまう弱い私……見守って下さる英雄様方ごめんなさいぃ……」
レシッドといい、テトラといい、どうしてみんな報酬を受け取ろうとしないんだろうか。
僕ってそんなに怪しいかな。
密かに傷つきながら、僕らは三番街のギルドを目指す。
遅くなってしまってもまずいので、途中から建物の上を走って行った。
テトラは今度は叫ばなかった。




