外堀
僕は溜息をつきながら、食事の皿に匙を置く。
今日の従業員の食堂のメニューは海鮮粥だったらしい。もちろん海産物というのも使われておらず、入っているのは川海老や食用の苔だったりしたが。
残念だ。軟禁されているのが賓客用の部屋ということで、少しは贅沢なものが出ると期待したが。期待しても全く応えられない、というこの国らしい食事だった。
豪華なのは皿だけだった。皿はさすがに、従業員用の食堂で使われているたまに欠けてすらいる粗末なものではなかった。浅い皿の縁には蔦のような文様と鷲が描かれ、そこそこ豪勢なものだと僕も思った。
食後のお茶もあるのは一応贅沢か。ポットに入れられ持ち込まれた白茶も、従業員用ではないだろう。
一口含めば、米の粘りけが残る口の中が洗われていった。
やはり満足、とも言い難い。
美味しくないわけではないが、少々がっかりした。たとえば聖騎士なども専用の食堂を使っているはずだ。もう少し豪勢なものを食べているはずだし、それくらい融通してくれてもいいのに。
それに量が足りない。給仕に軽く聞いたところやや多めに盛ってきたという話ではあったが、それでも僕の胃の容量からすると半分ほどだ。
まあ、文句を言う方がおかしいのだが。
軟禁中。出ないよりマシ。そう考えるしかあるまい。
それよりも。
「食事休憩などは取らないんですか?」
「…………」
僕は横を向いて、部屋の入り口を挟んで待機している二人の聖騎士に問いかける。
先ほど名前を聞いた以外は黙ったままで、僕とは視線を合わせようともせずにただ監視を続けていた二人。……名前を忘れてしまったが、やはり口を開く気はないらしい。
『カラス殿とは話してはならぬ、と言われておりますので』、と二人のうち目上のほうらしき男性は言っていた。誰に? と聞いても反応はなく、彼らの上司らしいテレーズの指示でもないらしい。まあそうすると、誰の指示だかもすぐわかるのだが。
しかしトイレすら行かずに、何も飲まず食わずで立ちっぱなし、というのも大変だろうに。
そういう仕事だから仕方ないとはいえ辛かろう。
そんなことを考えながら、僕はポケットに入っていた薬飴を、お茶菓子代わりに口の中に放り込んだ。
そんなふうにおよそ数時間。皿を下げにきた給仕の女性と少しだけ話した以外には何もすることなく僕は椅子に座り適当に時間を潰した。
食べることもなく、誰に気を遣うこともなければ何もしないで済むのでありがたい。僕が何もしなくていい時間、というのが貴重なのは改めて感じられる。
瞑想というわけではないが、何も考えなければ時間は矢のように速く過ぎる。
現在行方不明中の勇者のこと、それにそれを探すルルやクロードのこと。考えてもいいことは他にも山ほどあるが、全てに共通して今は考えても意味がないことだろう。
暇だ、と思うこともなく僕は時間を潰す。途中あくびを噛み殺した聖騎士が、もう一人に無言で肩を叩かれていた。
やがて、日が傾き、部屋がやや暗くなってきた頃。下女らしき誰かが部屋の明かりをつけに来た。天井の煙突のような換気口に通じる穴の横にあった金具を、持ってきた棒で引き下げて、小さな薪をくべた吊り行灯のようなものを引っかけてまた上に持ち上げる。
他の部屋ではいくつもつけるのに、この部屋では一つだけ。だが薪も通常のものではないらしく、やたらと明るい光が吊り行灯の薄い紙で散乱して部屋を照らした。
天窓以外は窓のない部屋。長い間いると酸欠になりそうだと一瞬思ったが、まあ僕は問題あるまい。問題は、酸素が必要な聖騎士だけで。それにその辺りもきちんと考慮はされているのだろう。暖気が上る分だろうか、床にも換気口がいくつかあるのか微かに空気の流れが感じられた。
「ありがとうございます」
「……い!? いえ!!」
明かりをつけ終えた下女に、社交辞令的に僕は礼の言葉を吐く。だが、給仕のときもそうだったが、僕が彼女らと言葉を交わそうとする度に聖騎士が身動ぎをして反応するのが気になった。
そんなに僕が人間と話すのが気に入らないのだろうか。聖騎士の視線に追い立てられるように部屋を後にする下女の姿に、僕は少しだけ気の毒に思った。
「……少しくらい話しても構わないじゃないですか?」
「…………」
「もうそろそろ夕ご飯の時間ですし、お腹も空いたでしょう?」
僕にしては珍しい親切な言葉。しかしそれでも無視するように聖騎士たちは眉間に皺を寄せて目を瞑る。
そんな姿じゃ、監視も出来ないだろうに。
見つめていると年下のほうの聖騎士が苦々しげな表情を作りながらゆっくりと片目を開ける。その先にいた僕と目があうと、静かにそのまま逸らしてしまったが。
「そもそも何で私と話してはいけないと?」
「……それは」
質問を重ねると、聖騎士が気まずそうに口を開きかける。だが、また年長者のほうが咳払いをすると、姿勢を正した。
……やめようか。
エウリューケ辺りなら、無視を決め込む聖騎士の顔に落書きをしたり、不快な音を微かにずっと鳴らし続けたりとかそういう悪ふざけをするだろうが。
彼らも仕事で、どこかからそういう指令を受けている。ならばそれでいいのだろう。僕の方に何か悪いことがあるわけでもないし。
それでもまあ。
僕は立ち上がり、二人に歩み寄って顔をしげしげと見つめる。改めてみれば、年の頃は僕よりも大分上だろう。共に二十過ぎくらい。
見つめられた聖騎士が、警戒にだろう身を固める。もう一歩僕が歩み寄れば、背中を壁につけるようにほんのわずかに後ろに下がった。
「…………!」
僕が扉を開けようとしているとでも思ったのだろうか。二人が腰の下辺りを抑えるように扉に手をやる。
……正直、この二人相手なら簡単に逃げられると思う。ジグやクロードとは威圧感が違う。
手近な方、若いほうの聖騎士の横に手をつき、その顔をじっと見つめる。こちらを見返そうともせずに、彼は目を逸らした。
ノックの音がする。近づいてきた足音に、僕以外気が付いていなかったのだろう。目を逸らしていた若い聖騎士が、跳ねるように僕の前から脱出した。
「失礼する」
どうぞ、と誰も言っていないのに入ってきたのは、テレーズだった。疲れているような目をして、少し沈んだ声で。
そしてテレーズは横を見て、気まずそうに体ごとよそ見をした聖騎士を見て、「何してんだお前は」と咎めるように呟いた。
「団長、お疲れ様です!!」
年長の方の聖騎士が、すぐさま胸に拳を当てて敬礼する。それに倣って、慌ててもう一人も体勢を整えていた。
「何故こちらへ?」
「何も仕事をしていないのもなんだし、お前たちだけにやらせておくのもどうかと思ったからな。交代だ。そろそろ終わるからお前たちは帰っていい」
「……いえ、しかし、ミルラ様からは二人でと、それも女性は……」
新情報だと僕は唇を動かす。女性は駄目、……というのは、女性聖騎士は監視につけるなということだろうか。そもそも交代無しの二人だけだったけれども、……すると、やはり連日続く予定だったのだろうか?
勇者が見つからない限り、延々と軟禁が続いていたとしたら……。まああまり苦しくもないが、ルルには悪い気もする。
部下たちを、テレーズが睨むように見る。
「私が一人だと、何かあると思うのか?」
「いえ! そういうわけでは!!」
「なら行け」
「はっ! 失礼します!!」
最後まで名前が思い出せなかった二人は、テレーズと僕に頭を下げてきびきびと部屋を出ていく。
閉まった扉。その向こうで、溜息と共にシャカシャカと早歩きをする音が漏れていた。
二人消えた室内。だがテレーズはそれ以上言葉を発することなく、先ほどの二人と同様に扉の横に待機する。彼女は初めから、壁に背中を預けて腕を組んでいた。
いつも通りの真面目な顔。しかし、これこそ昨日勇者の顔を表して言われていた『思い詰めた顔』だろう。僕もそれ以上何も話すことなく、椅子に戻るべく踵を返した。
数歩の距離。椅子の背もたれに手をかけて座ろうとしたときに、ようやくテレーズは口を開いた。
「勇者が見つかった」
「ああ、やはり」
座りながら僕は応える。
ならばこの軟禁ももうすぐ終わるわけだ。一日もなかった生活。スケルザレの部屋は百日で出ようと思ったが、この部屋はまだそこまでいかなかった。
限界までチャレンジするのも面白そうだったけど。
「やはり?」
「そろそろ終わると先ほど仰っておられましたので」
「敏いもんだな」
ははは、と疲れてテレーズは笑う。目は伏せたまま、呆れるように。
「……発見はされたが、まだ城へは戻ってきていない。カラス殿の蟄居が解かれるのはそれからだ」
「ですが、ならもうすぐですか。夕飯をいただき損ねました」
「食堂へ行けば、同じものが食べられるぞ」
「でしょうね。せめてもう少し豪勢なものが食べられると助かったんですが」
「お前は意外と食い意地が張ってるんだな」
「育ちが悪いもので」
行儀は悪いが、僕も背もたれに凭れて天井を仰ぐ。ならこの軟禁生活ももう終わり。
居心地が悪いわけでもなかったが、待っているだけで問題が解決するこの感覚は中々味わえず好きでも……いや、いつものことだろうか。
「カラス殿は……」
僕としては消化試合とでもいうような最後の休憩時間、ゆっくりしたかった。だが、その視界の外からまた話が始まる。テレーズの、何というか『大人』らしくない声で。
「カラス殿は、勇者殿が発見されたことを喜ばしいと思うか?」
「…………無事に見つかったことを喜ぶべきではないでしょうか。この王城内では考えづらいとはいえ、人さらいや事故などに遭っていた可能性だってあったことですし」
僕は、テレーズの質問には外向きの言葉で応える。しかしまあ、それも本気だ。王城を飛びだし、山で獣に食われていました、とかだったら残念に思うだろう。
そしてこの様子では、テレーズは、多分。
「私は正直喜べなかった。一人で外へ出たという報は安心して、見つかったという報を先ほど聞いて、まず浮かんだのは『失敗』という言葉だった」
「失敗、ですか」
「逃亡に成功してほしいと思っていたんだな、私は。その時になってようやく受け入れることが出来たよ」
「…………」
テレーズの組んだ腕がギュウと音を鳴らす。体全体が震えるのを、それで抑えるように。
「陛下から与えられた私の仕事は、勇者殿を戦場へ出せる程度に、……戦えるようにしろというものだった。もちろんそれに反しているし、考えてはいけないことだとはわかっている」
テレーズが、「わかっているんだが」ともう一度小さな声で繰り返した。俯き長い髪が顔にかかるのも構わず、そのまま直さずに。
「カラス殿も知っているだろう。勇者殿に処刑を執行させる話。あれが、昨日の話だ」
「存じております。何より、勇者様が直接話しに来ましたから」
「うん」
ようやく顔にかかっていた髪を耳にかけるように払う。右耳のピアスがよく見えた。
「……一般人が人を殺す様を、私は直接見たことがなかったというのも初めて気が付いた。やはりああなるのだな。断てるはずのものが断てず、無防備な体に剣を突き立てることすらままならない。新兵以下だ。まるで、刃を突き立てている方が罰を受けているようにすら見えるような」
テレーズの説明が抽象的で曖昧なものになる。本人も思い出しながら口にしているのだろう。僕も直接見た勇者の処刑風景を思い出してわずかに溜息が零れた。
「致命傷は与えていたが、結局首を落としたのは私だ。勇者殿に謝られたよ。『上手く出来なくてごめんなさい』とな。……謝るのは、私たちのほうなのに」
「…………」
僕は、その沈痛な面持ちに、静かに目を逸らす。
「本当に、謝るのは私たちなのに……」
消え入るような沈黙。それに僕はまた、内心溜息をつく。
今日はこういう日なのか。昼前にもあったが、人の愚痴を聞く日。そういうのは別の人にしてほしい。特に、テレーズは。
話題が話題だ。その気はないが、僕は嘲るような雰囲気をなるべく出さないように、視線をテレーズに落とす。
「なら、謝ってみたらいかがでしょう。幸運にも勇者様は城へとお戻りになられますし」
「出来るわけがないだろう。私のしている任は陛下からのものだ。私が間違っていたと謝罪すれば、それは即ち陛下が間違っていることになる」
「謝るのはこちらと先ほど仰っておりましたのに」
「……この……」
舌打ちをするようにして、テレーズが唇を歪める。空元気だが元気がないよりは結構だろう。多分。
それから、苛立たしげに足で地面を軽く叩くテレーズが、僕を睨んだ。
「……主のいないお前にはわからんよ」
「そうかもしれません」
納得のいかないことも、主人の意思ならばしなくてはならない。そこまでは理解出来なくもないが、それならば、納得のいかないことを命じる主人に仕えるのは理解出来ない。
「お前は、ルル・ザブロック殿に納得のいかないことを命じられたらどうするんだ?」
「…………どうするんでしょう。まず理由を聞いて、会話をします」
もちろんそれも、テレーズには出来ないことだと知っている。僕はルルに対し口答えもするかもしれないが、それはそういう雰囲気が出来上がっているから出来ることだ。仮に今回の件、テレーズが口答えしなければいけないとしたら、それはこの国の王に対して。そして、この国でそれが許されていないのは知っている。
「そしてそれでも翻らなかったら……多分従うんでしょうね」
そしてルルの顔を潰せない。その点に関しては、テレーズの意見にも賛同出来る。
僕が何かしらの失敗をすることで、ルルが何かを失敗したということにはしたくないし、そしてしたくなくてもそうなってしまう。僕が問題を起こせばルルが責任をとることになる。
半ば自動的にそうなってしまうとはいえ、そうしたくない、という気持ち。それは理解出来るだろう。
だがそれは、雇い主は違えど僕にとっての主人がルルだから思えることで、仮にミルラに雇われていたとしたらそうは多分思えない。わざと失敗する気は多分起きないが、それでも失敗を避けようという気にはならないだろう。
仮に『陛下』に仕えていようと同じことだ。
テレーズは、僕の答えに笑う。ただし、嘲笑うように目は笑っていなかった。
「カラス殿だって従うんじゃないか」
「そうですね。そうなりそうです」
僕も笑う。あまり楽しくはないが、合わせるように。
「それで、心の底ではそうしたくないと思いながら、これは自分の意思ではないと言い訳をしながら命令を遂行するんだ」
「………………」
「滑稽だな。その手は誰の手だ? その口は誰の口だ? 何故主に方針の転換を申し出ない? 自分の力ではそんなことは無理だと諦めているんだ?」
「…………私はそれを聞いて、怒ればいいんですか?」
途中までは黙っていたが、僕が言い返すと、今度はテレーズが黙る。そして目を瞑って噴き出すように笑った。
「……わかってる。すまん、八つ当たりだ。これは全て私に言っているんだ」
「実際問題、テレーズ殿には逆らうのは難しいのではないでしょうか。爵位があるとはいえ騎士爵。職位的にも明確に王の下にいる以上、その手は王の手ですしその口は王の口でしょう」
「やれないのとやらないのは違うし両立するよ。私は、やらなかったんだ。鹿の処理すら手間取っていた勇者殿を時期尚早として処刑に関わらせなかったことも出来たし、王に勇者殿の処遇転換を直訴することも出来た。……焦っていたんだな」
「焦っていた、ですか?」
「ああ。焦っていた。勇者の訓練などという任を預かり、それで団の位階を上げるための何か爪痕を残せればと焦っていた。勇者殿の心根を慮ることのなかった私の失敗だ」
へえ、と僕は呟く。もはや僕とは目を合わせる気もないような、影の差すテレーズをどこか遠くで眺めながら。
団の位階を上げたい。第七位から六位、五位、と。……そんなに上位は魅力的なのだろうか。
「上位に上がれば何か特典でも?」
「ないよ。ただ、箔がつくだけだ。団長に、そして所属する団員に」
「なら別に」
「だが、……私には追いつきたい奴がいる。いつの間にか私よりも遙か上に行ってしまった男がな」
焦る必要もない、と僕は言いたかったが、その言葉を遮りテレーズが呟いた言葉に僕は黙る。
その『追いつきたい奴』。まあ、間違いなく第一位ではないあの男だろう。
感慨深げに呟き、テレーズも何かに気が付いたかのように言葉を止める。それから、今度は寒々しく笑った。
「ああ、すまんな。どうもカラス殿には何やら私たちに喋らせる何かがあるようだ。これはミルラ殿下も仰っていた警戒が正解だったのかもな」
「ミルラ王女の警戒……というのは、先ほどまでいらっしゃった聖騎士様たちが頑なに私との会話を避けていたあれでしょうか」
「そうだな。女性は誑かされる。そうでなくとも、勇者殿からも信頼を得た話術に翻弄されてしまうから、と忠告を受けていたそうだ。いや、怖い怖い。私までついべらべらと喋ってしまっていた」
「どちらも身に覚えがないですね」
「覚えはなくとも、納得出来るという話だ。八つ当たりした上につまらない話を聞かせてすまん」
「いいえ」
話は終わりか。
僕は背もたれに深く腰掛けまた天を仰ぐ。首の辺りが伸びて筋肉の擦れる音がした。
「その、なんだ。お前は何かないのか? 私の愚痴を聞いてもらったんだ。お互い様、何かあれば言ってくれよ」
「特にないですね」
「いやいや、あるだろ。ミルラ王女殿下のせいでこんな小さな部屋に監禁されてる文句とか。ルル・ザブロックの困ってるところとか」
「特にないです」
困っていることは特にない。煩わしいと思っていることや、考えたほうがいいと思うことはたくさんあるけれども。仮にあったとしても、数度しか顔を合わせたことのないテレーズに話せることなど限られているだろうに。
テレーズやアミネーなどが変わっているのだ。親しくもなく、信用に値しない僕に向けて本音を吐露するなんて。
「いいから、言えよ」
「ないです」
「言えよぉ!」
「ありませんって」
腕を解き、いきり立つように下向きに伸ばしてテレーズが叫ぶ。一応応接用なので外に声が漏れづらいとはいえ、聞こえる音量ではないだろうか。
仕方ない。僕は溜息をつき、後傾させていた首を下に戻す。そして、テレーズに向けて人差し指を立てて示した。
「……なら一つ」
「なんだ」
「弱音を吐くなら、外部の人間の私ではなく、クロード殿が相応しいと思いますが」
「…………」
ぽかん、とテレーズが口を開ける。
すぐに解せないような難しい言葉ではないはずだが、おそらくその頭の中で複雑に解釈し遠回りをしていたのだろう。
一瞬後に、まるで後ろめたいように両肩をいからせ両手を胸の前でかるく握った。
「な、なな、何故そこでクロードが出てくるんだ!?」
「今現在、王城にいる聖騎士の中で一番位が高い人だからですけど?」
僕がそう言うと、テレーズはまた一瞬考え込んで、焦りを隠すように目を逸らした。
そもそもその反応がおかしいということは気が付かないのだろうか。
「いや-、まあ、そうか? いやまあ、そうなんだが……」
「あと、幼馴染みなんですから」
「何でそれを知っている」
「本人から直接聞きました」
「あの野郎……」
そしてこの反応もおかしい。幼馴染み、別に隠すようなことでもあるまいに。
なるほど。ジグの言っていたとおり。わかりやすい。少なくとも何か思うところあるというふうには。
「職場も同じ。私的にも仲がよいのであれば、相談相手としてまず挙がるはずでしょう」
「まあな」
それでもテレーズはそれで納得したように頭を掻いた。それからまた腕を組んで、ふん、と鼻息を吐いた。
「いやいや、あいつは王城では後輩だからな。弱音は吐けんよ、あいつには」
「水天流の掌門という恰好の役職もあるじゃないですか」
「私は水天流ではない。なら、掌門だろうが切り紙だろうが同じことだ」
格好良くそう言い切る。だが、また何かに気が付いたかのようにビシッとテレーズが僕を指さす。
「……というか、弱音ではないからな! 愚痴だ愚痴!!」
「一緒じゃないですか」
「お前、油断してたが! わりと口が減らないな!! クロードと一緒じゃないかお前!!」
叫ぶその姿に先ほどまでの落ち込んだ顔はほとんどなくなり、元気な表情で。
地団駄を踏む剣幕に適当に応えながら僕は思う。
こういう役目こそ、やはりクロードのものだと思うのだが。
そして僕がルルの部屋に舞い戻った直後。
違和感を覚えたのは、僕を迎えた部屋の雰囲気と、それとルルの態度だった。




