ただ売りに来ただけ
「死体そのまんまじゃ目立つよなぁ……」
街へ向かい、歩いていく僕たちのあとをふよふよと付いてくる狐の死体。森の中であれば誰の目を気にすることもなかったが、これから街中に入れば充分目立つものであろうことは想像に難くない。
事実、野良仕事をしている人たちも、作業の手を止め遠巻きにこちらを見てくるのだ。
もうすぐ夕方になって人通りが減るとはいえ、街中をこのまま歩ける気がしない。
というか、街に入る門をくぐれる気がしない。
「何か布とかで覆うべきか……」
悩む僕に、申し訳なさそうにテトラが口を開いた。
「悩むのはいいんだけど、早くしてくれるとありがたいわ。正直、魔力がちょっと……」
「あれ? まだ事前に言われた時間には遠いはずですが?」
確か先程は、二時間半ほどと言っていたはずだ。まだ一時間ちょっとしか経っていないのに限界とは。
「普通なら持たせる自信はあったわよ。普通なら」
「冗談ですよ。さっき酷く疲れてましたからね。もういいです。替わりますよ」
魔力は精神的な疲労に大きく影響される。高速で揺さぶられた彼女の魔力が、通常より早く減少していったのは仕方の無いことだろう。
闘気を使い、持ち上げる。
ぐにゃりとした感覚が手に伝わってきた。それと同時に浮遊の魔術が解けたようで、狐の四肢がだらりと垂れ下がった。
持ち上げづらいし、やはり何かで包もう。
そう思ったが、僕もテトラもそんなもの持っていない。
よく考えてみれば、砦の倉庫を探せば布ぐらいあったかもしれない。スコップのような物とかもきっと置いてあっただろう。もっとキチンと探すべきだった。
後悔しても仕方が無い。今から戻るのも時間がかかるし、あるもので何とかすべきだろう。
結局、昨日買ったローブに包んで行くことにする。大きさ的に入るか心配だったが、一応体の大部分は隠すことが出来た、
本来の用途とは違うが、狐を売ればまた金が入る。その金でまた買えばいいだろう。
いきなり脱ぎだした僕にテトラがどん引きしていたが、気にしない。
ギルドまで来たが、また困った。死体が大きくてギルドの入り口に入らない。
こういう場合はどうすればいいのだろうか。テトラに尋ねても、魔術ギルドとは勝手が違うようで、首を傾げていた。
「中で相談してきますので、このまま見といてもらっていいですか?」
係員を外まで呼ぶとか出来ればいいが。
「いいけど……この状況で?」
見回せば、それなりの数の野次馬がいた。大きな死体をそのまま持ってくるのが珍しいらしく、遠巻きに何の死体かを予想し合っている。きっと、こういう所で名を売るべきなんだろう。
脳裏に、狐の死体を前にして冒険譚を語る僕の姿が浮かぶ。
『煙がスウッと現れたかと思うと、それは煙ではなく化け狐でありました。ここであったが百年目、覚悟しろ化け狐、とそう私は刃を構え、その突進に備えてにらみつけます。やはり頭からかかってきたこの化け狐を、私はえいやえいやと……』
……やめよう。想像しただけでも無理だとわかった。
というか、そんな啖呵売みたいことをしている探索者など見たことがない。
想像しただけで顔が赤くなってきた。というか、想像の中で僕は何でこんなに古臭い口調なんだろうか……。
「な、それ何の死体だ?」
ついに野次馬の一人が直接尋ねてきた。
別に隠すことでもないので普通に答える。
「狐の死体ですよ。ちょっと大きいですけど」
「は? 狐? 何でそんなもん売りに来てるんだ?」
仕事帰りらしい男性は、無精髭をこすりながら目を瞬いた。
「魔物なんですが、珍しいらしいんで、売れるかと思って」
僕がそう言うと、男性は目を見開いたあと、大きく噴き出した。
「ハハッ! 馬鹿言うなよ! 確かに大きいが、魔物じゃねえだろ。それとも何か? お前じゃなくて誰かが狩ったやつを拾ったのか?」
「……どういう意味でしょうか?」
おかしいな。いきなり喧嘩を売られた気がする。
周囲を確認すれば、僕と男性をニヤニヤして眺めている者や、呆れた様子で人の輪を離れていく者たちがいた。
ああ、これは、久しぶりの。
侮蔑の視線。僕には無理だという、根拠の無い決めつけ。
それを感じた僕は、早々に話を切り上げる。
「紛れもなく、僕が狩った狐ですよ。……もういいですか? 早くギルドに売りに出したいんです」
「ブハッ! お前みたいなちっこいのが、魔物を狩れるわけがねえじゃねえか」
周囲からも嘲るような笑いが響く。嫌いな声だ。
テトラの心配するような仕草が視界の端に映ったが、それを手で制した。
「まあ、普通の人にはそう見えても仕方ないですよね」
言外に、お前には見る目がないと嫌味を込めて言ってやる。
貧民街にいたときであれば、騒ぎがなるべく起きないように穏便に済ませていた。
しかし、もうそれをする意味が無い。
だが同時に、ことさらに騒ぎを起こす必要も無いだろう。
「まあ、何と言われようがこれは僕の狩った狐です。早く売りたいので、喧嘩を買うのはまた今度にしておきますね」
そう言い残し、まだ何か言おうとする男性を無視してギルドへ入っていく。
視線を向けると、テトラの心配そうな顔が目に入った。
「すみません、ちょっとの間、頼みます」
「早くね」
そうだ。早く売り払ってこの場を去ろう。
「買い取りをお願いしたいんですが」
素材買い取りカウンターに、ギルド証を見せながら話しかける。受付嬢は一瞬気のない返事をしたものの、僕のバッジを確認すると、すぐに笑顔になった。切り替えがはやい。
「はい、かしこまりました。どのような素材でしょうか」
「素材というか、魔物の死体なんですが……。正直、買い取ってもらえるかもわかりません。知人の助言で丸ごと持ってきましたが、表に置いてある死体を確認して頂いてもいいですか」
「死体を丸ごと……ですか。何かに使える魔物であれば買い取ることは出来ますが、解体していない分値段は下がりますよ?」
「はい、大丈夫です」
「わかりました。係の者がすぐに参りますので表でお待ち下さい」
笑顔でそう促される。正直今出たくはないが、まあ仕方ない。
ギルドから出ると、まだ先程の男性は去っていなかった。僕はそれを見て、露骨に顔を顰めてやる。
テトラは助けを求めるように、僕を見て口をパクパクと動かしている。恐らく、「早く」と言っているのだろう。
「お待たせしました。そちらの魔物でよろしいですか?」
男性を見て思わず立ち止まった僕。それを追い越すように歩いてきた男性職員が、僕を見て尋ねる。狐の死体を指さして、困ったように笑っていた。
「ええ。お願いします。フルシールという魔物らしいですが」
「フルシール!!?」
職員の笑顔が、一転して驚愕に染まる。
何だろう? そんなに驚くものなのだろうか?
職員が駆け寄っていき、包んでいるローブを開ける。その首無しの死体を見て、先程絡んできた男性が息を飲んで下がった。
「あ、ああ、これは……」
職員も唾をゴクリと飲み込む。手が微かに震えて見えた。
「申し訳ありません。お手数ですが、ギルド裏までこちらお運び頂いていいでしょうか。私一人では判断出来かねます」
そして立ち上がると、僕を手で促した。
「構いませんけど……」
大事になっている気配がする。魔物自体は取引されているはずだが、何故僕が狐一匹持ち込んだだけで大騒ぎになっているんだろうか。
絡んできた男性は呆気にとられている。
ただ売りに来ただけなのだから、すんなり帰してくれないだろうか。
こういう大事は、面倒くさそうだから嫌だ。
僕は狐を持ち上げて、深い溜め息を吐いた。




