閑話:逃げ道
「――でし……」
「綴りが違います、勇者様」
「あれ?」
マアムの言葉に応えて、ヨウイチが筆を止める。もちろん間違えているつもりもなかった彼は、本当だろうか、とマアムが書いた手本と何度も見比べた。
「三文字目が『ゲ』となっております。――は『ゲ』ではなく『ヒュ』と……」
「ああ、はい、すみません」
もう一度、と単語の羅列を途中から続けてゆく。手本をしっかり見て、そして同じように線を曲げ、同じように途切れさせるように。
そして、今度は上手く出来ただろう、と思いマアムの顔を見れば、落胆したような微笑ましいような表情にどう返していいかわからない思いだった。
「……ええと、……」
「読めなくもないですが、……独特な字ですね」
「独特、ですか」
独特な字。それが遠回しに、下手な字、と言われている程度のことならばヨウイチにも読み取れる。だがやはり、見本と見比べてみてもヨウイチにその区別はつかなかった。
アルファベットと勝手が違う。ヨウイチはこの世界の文字を見る度にそう感じた。
ローマ字に近い表音文字。初めはそう思った。しかしその形は全く違い、ルーン文字とアラビア語を組み合わせればこうなるのではないか、と密かに考えていた。
しかも。
(読めねえ……)
自分が描いたその単語の羅列を見ても、そう思う。
ヨウイチとて、中学校一年程度の英語ならば理解出来るつもりだった。だが、ここまで理解出来ない言語というのも悔しい思いだった。
何せ、発音が読み取れない。表音文字、であるのに。
「『ヘー』の跳ねが弱いので、これでは『火』ではなく『豆』に見えてしまいますよ」
「はい。えっと、『火』の綴りが……」
もちろん、『火』と言われても、ヨウイチの前にある単語は漢字やひらがなの『火』ではない。
この国の文字五つの連なりからなる単語、『火』。その一文字ずつの発音をマアムに聞いて、ヨウイチなりに解釈しようと努力すれば、舌を上顎に当てた後の破裂音に巻き舌を組み合わせたようなものだと解釈出来た。
けれども、単語になると何故か話は違った。その単語の発音をマアムに何度聞いてもヨウイチの耳には『火』としか入らない。
表音文字、ならばその単語は意味はともかくとして読めるはずだ。
しかし、読めない。表音文字の場合、仮に五文字の単語のうち一文字を変えても、そう変わった発音にはならないはずなのに。
なのに勇者の耳に届いた音は、一文字変われば全く違う。『火』が『豆』に。『水』が『鞠』に。その違和感に、いつまで経っても文字の規則が読み取れずにいた。
マアムはヨウイチのその姿に少しずつ苛立ちを覚えていた。
文字が汚いのは構わない。幼児期から書き取りをさせられる貴族やその使用人の中にも、どうしても綺麗な文字が書けない者はいるものだ。だからこそ代筆をする者が職を失わず、そしてそういった技能が使用人の売りになる。
しかし、その他の要素。何度教えても間違える単語の綴り。それに発音。
もしかしてこの勇者は、何かしらの障害を抱えているのではないだろうか。
何かの折に、マアムは治療師に聞いたことがある。聖典を写本とするとき、どうしてもその文章が理解出来ないような者が治療師の中に現れることがあると。またはどうにかして自分用の写本を作り終えた後にも、そこに書き込みをすることが出来ない者がいると。
それがヨウイチの世界では識字障害と呼ばれていることはマアムたちは知らない。けれども、筆無し、もしくは文無しと呼ばれるそういった者たちがいることは、一部の治療師の間では問題になっていた。
同じように、目の前の勇者もそうなのではないだろうか。
そんな予感がマアムの中によぎる。
けれども。
「やっぱり、……私には、こちらの方が難しいように思えますが」
「使い慣れた俺には、こっちの方が簡単ですけどね」
ヨウイチは笑う。
ヨウイチが、単語の横に描く不可思議な文様。それがヨウイチの世界で使われている文字だと知って、筆無しということも考えづらくなる。
マアムが見ている間にも、おそらく数百種の記号が出てきているのではないだろうか。
日本語。そのマアムの方もヨウイチに何度聞いても理解出来ない文字は、表音文字と表意文字が複雑に組み合わされた難解なものだった。
書き取りは続く。だが、ヨウイチが理解を拒まずとも、文字の方がヨウイチを拒むような錯覚に襲われているヨウイチの疲れは溜まっていく。
もちろん、この文の練習はヨウイチが願い出たものだ。だがそれは、苦痛とは思わないまでも、苦痛。まるで親に命じられた宿題をしている子供のように、それとは関係のない思考が頭に満ちていく。
(こんなことしてていいのか……俺……)
まるで自分が無意味で、余計なことをしているようにも思えてきた。文章の練習をして何になるのだろう。自分がこの国に来た理由は、そういうことではないはずなのに。
そうだ、戦うためだ。剣を手に、この国を侵略する敵国と……。
嫌なことのはずだった。戦うとは、人と争うこと。そしてこの世界で人と争えば血を流すことになる。
嫌なことだ。間違いなく。
だが、ここまで来てしまった以上、逃げることなど出来はしない。
ヨウイチの心境は今、歯医者の待合室にいるようなものだった。受付も済み、もう逃げられない。診察室の中からはドリルの音と子供の泣き声が聞こえる。痛いのは嫌で、逃げたくてももう逃げられない。
そして目の前には、苦痛でしかない文字の練習。
知らず知らずのうちに筆は遅くなり、やがて口を開いてそれを誤魔化すようになる。
『文字』と『戦い』。そのどちらも嫌なものだったが、今となっては少しだけ、遠くにある『戦い』のほうがマシに思えた。
「……戦争っていつ始まるんですか?」
「…………」
ヨウイチの呟いた言葉。その唐突な話題にマアムは面食らうも、すぐにそれは立て直される。大方、目の前の練習に飽きてきたのだろう、と推測して。
「王と敵国の意向次第、といったところでしょうか。ムジカルとは依然緊張状態にありますが、未だ直接的な行動もないのでまだ遠いかと」
「そうですか」
言いながらマアムは考える。時間があれば、ヨウイチにエッセンのものと同じくムジカルの歴史を学ばせてもいいかもしれない。歴史といっても好意的なものではなく、どれだけムジカルが残虐で非道な国か、ということをあらわすようなものを。
「……しかし、ムジカルは動き続けています。先日、ムジカルの北にあったストラリムという国が滅ぼされました。牧畜の盛んなのどかな国と聞いていましたが、その豊富な家畜を接収するために……」
「そんなことが……」
「東にあった小国テリアは併合済みでしたが、少し前にムジカルに対して独立を宣言、反旗を翻したと聞きます。しかし……そう長くはないでしょう。彼の国は、裏切りを決して許さない」
マアムとしても反吐が出そうに思えた。その小国にはめぼしい資源がほとんどなく、小さな森と小さな湖から採れる獣と魚による自給自足、それに周囲の国との貿易で成り立っていた。併合しても、資源的な益はほとんどなかったのだ。東砂の宝石と讃えられた『美しい国民たち』以外は。
マアムの顔が真面目に引き締まる。
「私たちも身を守らなければ。この国の民のために、……いいえ、ネルグ西側の全ての人たちのために私たちが戦わなければいけないのです」
「……そう、なんですね……」
ヨウイチとしては、単なる現実逃避のために出した話題だ。
けれどもそのマアムの顔、その話題の深刻さに声が沈む。
戦わなければならないのだ。自分が。そのためにこの国に呼び出され、そして厚遇を受けているのだから。
何の気なしに、ヨウイチが日本語で『戦争』と紙に書く。
そしてそれを読もうとして違和感に気が付いた。ごく小さく口の中で呟かれた言葉は舌で弾いたような発音で、決して『戦争』ではない。
ヨウイチが筆を置く。その仕草に、マアムとしてはそう驚きはなかった。
「ちょっと集中が途切れてしまったようです。……少し気晴らしに、歩いてきてもいいですか?」
「……ええ」
近くに控えていた別の使用人に片付けを目配せしながら、マアムは応える。やる気はあっても、集中力がなければまあこれ以上の勉強は無駄だろう。そう考えたのはマアムも一緒だった。
一日とおかず掃除される綺麗な絨毯を踏み、ヨウイチは日暮れ近い廊下を歩く。
強い日の差す昼とは違い、間接光しか入らないやや薄暗い廊下でも、ヨウイチの高感度の眼は何ら変わりなくその空気を映していた。
もう早いところでは夕飯時なのだろう。どこかからか美味しそうな匂いがしたと思えば、廊下の曲がり角から銀の手押し車を押してどこかの家の使用人が現れる。その手押し車の上には、やはり夕食らしき銀の円蓋がいくつも置かれていた。
ヨウイチがすれ違おうとすれば、使用人は車を止めて廊下の端へと寄る。そのままヨウイチが通り過ぎるのを頭を下げて待っているのには、未だにヨウイチは慣れていなかった。
「あら、勇者様」
使用人をやり過ごしたところでまた新たにやってきた一団。どうやら数人の貴族令嬢の集まりだったようで、引きつれた使用人たちの数にヨウイチは少しだけ戦く気分だった。
「こんばんは」
その名前を確認しながら、ヨウイチは軽く頭を下げる。いつも立食会でも見かける二人の女性は、確かに記憶の中にあった。
「ごきげんよう」
扇子の代わりにさりげなく手で口と頬を隠し、令嬢の一人が微笑む。もはやヨウイチに対する緊張などは、ない。
「この時間お見かけするのは珍しいですね。どちらへ?」
「あ、いえ、どこにいこうというわけでもないんですが……ただの散歩を」
「あらあら、そうですか」
お互い特に興味もない話題。それを令嬢はわかっているため、そこから話を広げる気はなかった。
「私たちは夕食のお招きに与っているんです。……そうだ、勇者様もいっしょにどうでしょうか?」
「夕食ですか?」
「ええ。ビャクダン家からのお招きですの。一人二人ならば他にも連れてきていいといわれていますし、勇者様ならば、もちろん歓迎してくださるでしょう」
ビャクダン。晩餐会でも近くにかならず座り、立食会でもまず一番最初に挨拶に来るその名前は、もちろんヨウイチも覚えている。
詳しくはわからないが、マアムにも聞いている。大公家とも呼ばれる彼の家は、王族を除くこの貴族社会の頂点の一つだと。
当然何度も話したことがある。
少し毒舌だが、一応の客である自分にも物怖じせずに堂々とした態度を取っている彼。
深くは語らず自分の話を聞いてくれるカラスとは対極ながらも、それでも頼れるその仕草は、いわゆる『兄貴肌』というやつなのだろうとヨウイチは思っていた。
だが。
「申し訳ないです。実は今、勉強の時間に抜け出してきているので……」
斜め後ろにいるマアムを横目で見るようにしながら、ヨウイチは言い訳がましくそう告げる。
それは本当のこと。だが本心としては、そういう他人との会食をあまりしたくなかった。
「あらそうですか。残念」
誘った令嬢は深くは誘わない。彼女とて、どうでもよかった。
勇者の相手はもう決まっているという噂だ。ならばもう自分の方を向くことはなく、むしろ邪魔をしてはミルラ王女からの視線も厳しくなる。
それならば、諦めよう。既に半数ほどの令嬢たちが至っている境地だった。
交わされた社交辞令は打ち切られ、令嬢はまた頭を下げて去ってゆく。
その後ろ姿を見て、ヨウイチは少しだけ寂しい気がした。その寂しさが、何なのかも彼には言語化出来なかったが。
廊下を進み、階段を上り、やがて辿り着いた小部屋は塔の尖端にあった。
数百段にもなる階段を息一つ切らせずに上れるのも、もはやこの体になってからは慣れたもの。違和感を覚えることはなかった。
ヨウイチに与えられた部屋からすると、何分の一、という程度の小さな部屋。日本にいたときの自分の部屋はこれくらいだった、などと考えつつ窓辺に立った。
硝子窓すらない素通しの窓は風を通し、日が沈みつつある夕焼けの光景を見せる。
縁に手をかけて見下ろせば、眼下には城の単一な灰色の屋根が、まるで海のように広がっていた。
そしてその海の向こうには。
「街、綺麗ですよね」
「そうですね」
マアムがヨウイチの呟きに応える。マアムにとってはどうと言うことはない風景ではあったが、綺麗と言われてみれば綺麗、という程度には同意出来た。
街が広がる。松明が灯され、強い橙色の明かりがぽつぽつと光り、青く染まりつつある建物をじんわりとした柔らかな橙色が照らす街並みが。
この世界に召喚されたときには感じなかった。
この街並みの中で、好きな女性が生まれ育った。そう思えば、その光景は自分の生まれ育った街と同じくらい綺麗な街に見えた。
その光景を見ながら、ヨウイチは先ほどのマアムの言葉を思い出す。
戦争。襲われた牧畜盛んなのどかな国。侵略者に立ち上がった小さな血気盛んな国。
幸運にも、ヨウイチには戦争の経験は無い。
生国日本が過去に参加したそれは、ただひたすらに遠い世界の隔絶したどこかの出来事。生まれてから遠い国で行われていたものすらも、ただ教科書を通して、映像を通して知るだけのものだ。
故に想像する。聞いた限りでは、鉄砲などもないこの世界。
近代的な戦車や小銃などがなく、ヨウイチの拙い知識の中で、たとえていうならば、さながら戦国時代のようなその蛮行を。
使われる兵器は弓と剣、それに魔法。ムジカルの兵士たちが黒金の鎧を血に染めて、山野や街を駆けてゆく。迎え撃つ街の人間たちは、手に小さな小剣や鍬を持ち、腕まくりをして身構える。
悪逆非道なムジカルの兵たちは、建物を打ち壊し、中にいた人間たちに情け容赦なく剣を突き立ててゆく。幼子を抱いた母までも、その背中から赤子ごと。
その、襲われるものにはそれぞれに友がいるだろう。愛する人もいるだろう。それをムジカルの兵たちは、情け容赦なく踏みにじってゆくのだ。
眼下に見下ろす綺麗な街。
ヨウイチは想像する。その街が、血に染まった無残な姿になることを。
火がつけられ、黒煙が立ちこめる。死体が辺り一面に散乱し、血の臭いが鼻につく。
マアムも、先ほど自分に話しかけてくれた女性も、仕事に従事していた使用人も、それに……。
ふとどこかで『オギノ様』と、自分を呼ぶ声がした気がする。明らかに空耳で、ヨウイチすらもそれは想像上のものだと確信できたが。
それに、この世界にきて、好きになった人がこの王城にいる。
彼らを傷つけさせるわけにはいかない。
優しく、清く生きている彼らを、汚い剣の餌食にするわけにはいかない。
守らなければ。
思わず力を込めてしまい、指をかけた窓の縁、石に亀裂が走る。
それを誤魔化すように、手を離して外を見る。そこから見えた中庭で、誰かが井戸から水を汲んでいた。
「本当に毎日毎日、もう……。部屋の壁から噴水みたいに湧いてくりゃいいのに……」
文句を言いながら、使用人のアネットは持っていた水桶に井戸から水を汲み上げていた。
使用人たちは部屋ごとに水瓶を持ち、そこに水を汲む当番というものが存在する。今日はアネットがその番で、そしていつもは上長に内緒で次の日の分を汲んでおく彼女たちだったが、これは今日今から使う分だった。
たまたま、ということでよくあることだ。たまたま拭き掃除や竈の掃除で手を汚す者たちが重なり、手洗いに水が多く使われた。皆が喉が渇き、飲用のものもなくなってしまった。
誰が意図したものでもない、本当にたまたま発生した追加の仕事。だがそれを快く引き受けることは彼女には出来ない。
水桶にはおおよそ五升の水が入る。そして井戸から引き上げる桶には一升ほど。つまりそれだけで計五回。
そして手洗いなどに使う水と飲用の水。その二つの水桶を満たすために、それを二回行わなければならない。
累計十回。底が暗くて見えないほど下にある水面から水で満たされた桶を引き上げる作業を行わなければならなかった。
一度なら、そう苦労はしない。二度でも、多少疲れるだけで済む。
しかし、それを何度も繰り返さなければならないのは酷く疲れる作業だ。もちろん軽作業が多く同年代の女性の中では体力のあるアネットすら、嫌になる程度には。
とりあえず、飲用のものは先ほど運び終えた。あとはもう一度、同じ作業を繰り返さなければ……。
こういうときに、やはり魔法使いがいればいいのに、とアネットはよく考える。彼らならば手を触れることもなく、桶すら使わず水を汲み上げることも出来る。魔法使いでなくてもいい。闘気使いでも、軽く引っ張るだけで井戸の上まで桶が勢いよく引き上げられることだろう。
けっしてそれは、昼に見た顔を思い出してのことではない。そう自分の考えを打ち消しながらも、その『魔法使い』に特定の男性の顔が思い浮かぶのは仕方のないことだった。
両手を掲げ、自分の背よりも高い位置の縄を掴む。そして体重をかけて思い切り引き下ろせば、縄の方向を転換する車輪の根元がギシリと音を立てた。
もう一度、と桶が落ちないように注意しながらそれを繰り返そうとする。
「…………!?」
しかし、掲げた手の少し上。そこを掴む誰かの手が、突然現れたようにアネットには感じた。
振り返れば、黄昏に照らされて浮かび上がる顔。そこにいたのは、見慣れない男性だった。
「手伝いますよ」
その男性、ヨウイチは言う。その後ろでマアムは、止めるのも無駄と溜息をついて見ていた。
「あ、ありがとーございます」
「いえ。大変そうですもんね」
言いながらもヨウイチはアネットと同じように体重をかけて縄を引く。実際には彼の腕力ならばそうしなくともよいのだが、景気づけにと派手に。
「…………あ! じゃなくて……!!」
そして、ようやくアネットは気が付く。
目の前に現れた男性の背後にいるのは、明らかに貴人に随伴している侍女。正直、誰だかは知らないが、それでもこの男性と一組で遠目に見たことがある気がする!
「いえいえいえいえいいえいえいえ、私っ! 私がっ!! やりますっ!!」
手伝わせるわけにはいかない。目の前の男性。貴族ではないとは思うが、それだけにまずいことをしている。
顔の雰囲気が皆とは違う。そして、地位の高い人物。そんなおぼろげで微かな手がかりに、アネットはその目の前の人物に正確に辿り着くことが出来た。
「失礼しました!! 勇者様! お手を煩わせるわけには……!!!」
そんなアネットの焦る仕草が剣道部の後輩に似ていて、ヨウイチがふと面白くなる。
そしてそんな姿を見て、先ほど考えた言葉がまた強く脳裏に浮かぶ。
(守らなくちゃ、……)
優しい人たち。良い人たち。
そんな人々が集まるこの国を。
悪逆非道のムジカルから。
ヨウイチの脳裏に浮かんでいた、王都が蹂躙される光景。
その中に一つ足された。剣を手に、良い人たちを背に、鎧の悪漢に立ち向かう自分の姿。
「手、手を止めてくださぁい!!」
「ですから手伝いますって」
アネットが叫びながら、マアムへと助けを求める視線を向ける。
その仕草がとてもとても面白くて、ヨウイチは結局水汲みをやり通していた。
その『守る』と、そして『傷つける』ということ。
それらが一組となっていることを知ったのは、それから数日後のことである。