対抗心
「そんなに悪い噂とかはないですねぇ……」
「そうですか」
勇者と別れた後、その足でというわけではないが僕は令嬢区画と官僚たちのいる区画の間ほど、その外側にある洗濯場にいた。
会いに来たのはアネット、この城一番の……というわけでもないが情報通の彼女。たまたま廊下の奥にいた姿を発見し、仕事中ということを置いておいて会いに来たわけだが……。
「そもそも接点がありませんもん。ザブロック家の……ルル様、と私たち」
「ですよね」
僕は納得する。
勇者の動向は公式発表よりも早く知っていた彼女。ルルの噂も、彼女なら知っていてもおかしくはないと思っていたが。
しかしならば、何故接点がない勇者のことは知っていたのだろう。……いやまあ、自分たちから嗅ぎ回ったのだろうな、という予想はつく。
アネットは、木の幹などに掛け渡してある縄に干してあった布を簡単に伸ばして畳み、籠の中に放り込んでいく。
食堂などで使うテーブルクロスのような布。ソースの染みがまだ残っているのを見て、こすり合わせて消えないのを確認し、見なかったフリをして畳んでいた。
一応まだアネットたちの間では、ルルの『素行の悪さ』は知られていないらしい。
今のところ一部の貴族令嬢たちの間で収まっているようで、まあ広まっていないのはいいことだ。
「……たぁだぁ……」
先ほどよりも適当に布を畳んで、アネットが言葉を溜める。にやにやとした笑いが顔に浮かび、布を洗濯籠に放り込んで僕の方を向いたときには、その笑顔が最高潮に達していた。
「わざわざオルガさんが苦労して外出許可を取ったのは知っていますよ? 勇者様のお相手最有力候補ってことも」
「…………」
「悪い噂はまだ流れてませんし、そんなに人となり自体知らないんですけど、これからのカラスさんの誠意次第では、……この先わかりませんね」
「…………脅しているんでしょうか?」
「いやいやまさかそんな。ただ、ちょっと本当のことを教えてもらえないと、あることないこと誰かが言ったところで何も言い返せないなぁ……って思いまして」
へへへ、と笑い顔が少しいやらしく歪む。クロードと同じようなことを。
まあ、外出許可自体はなにもやましいことはないけれど……そうなるか。
僕は言葉を選び、ゆっくりと口を開く。
「食堂から道具や調味料を借りたことはどうせご存じでしょう?」
アネットの付き合いは、食堂関係にも広がっている。ならば、普通に下男がそこを訪れて、色々と借りていったことは昼食の時にでも話しているだろう。
いつも通りだ。言わずにいたほうがいいことは伏せておく。それだけで充分だろう。
「はい。誰か腕を振るったんですか?」
「その腕を振るうための仕入れです」
しかし、言いながら、まずいかな、とも思う。
自分で買ってきた食材で料理を作る。それは、明らかに『らしくない』行動だ。
取り繕うべきだろうか。……いや、押し通れる。
アネットが、『だから誰が?』とばかりに首を傾げる。
「ルル様の趣味でしてね。先ほどご相伴いただきました」
「え!? てぇことはザブロック様が作ったんですか!?」
そして僕の言葉に、アネットが心底驚いた顔をした。まあ当然だろう。通常、自分で料理など貴族令嬢はしないものだ。
だがもちろん、中にはお菓子作りなどを趣味としている者もいる。ルルもその同類としてみてもらえればいいだろう。……あの腕前と動き方は、趣味レベルでもないものだったが。
「そう言ってるじゃないですか」
「え、ええと、その……聞きづらいんですけど……美味しかったですか?」
「それはもう」
僕が言いきると、アネットがまだ疑うように眉を顰める。まあ下手の横好きという言葉も聞いたことがあるから、そちらを疑っているのだろうけれど。
「毎日でも食べたいくらいでしたね」
「はー、それはそれは」
アネットはもう一枚取り込んだ布をバサリと払い、皺を伸ばす。大物はそれで最後か。
「で、え? 街に出たのってそれだけですか? 買い出しだけ?」
「買い出しだけです」
「それじゃつまんないじゃないですか!!」
「つまらないと言われましても……」
街に出た目的も、そして実際取った行動もそれだけだ。何を面白がることがあるというのだろうか。
そもそも、面白いことがあったなら多分アネットには喋らない。そのくらいの節度は僕にもある。
「だって、わざわざ私に聞きに来るくらいですから、なんか噂が流れてそ-、とか思ってたんでしょう? 何のために来たんです? 面白そうな話の一つや二つあるんでしょう??」
言いながら、二つの籠のうち一つを持ち上げようとする。腰の下まである大きな籠、取っ手もないため中々運びづらそうに。
情報料として、とは言わないが僕はそれを片手で担ぎ上げ、もう一つも魔法で補助しながら担ぎ上げる。
「……これは、どこへ運べば?」
「今誤魔化しましたよね? 無視ですか?」
「いいえ。特に言うことが見当たらなかったので」
「もうちょっと上手い誤魔化しかたとかあるでしょ、普通」
文句を言いながら、それでもアネットは「こっち」と示す。リネン室のような部屋があるであろう、室内へ繋がる廊下の先へ。
そしてリネン室のような場所の手前にある部屋。洗濯物を畳む専用の一室だろう、大きな台の前に二つの籠を置いて、僕はアネットと別れた。
情報収集は半分外れと言っていいだろうか。
アネットたちはそもそもそういった情報は持っていなかった。クロードへ陳情したという貴族令嬢たちもそれしかしていないのだろう。
たとえば使用人を使った印象操作とか、目立つような行動は何も取っていない。純粋にルルへの嫌がらせとして、警護の責任があるクロードたちへと言いつけた、といったところだ。
それはまあ朗報と言っていい。まだまだその段階なのだ。まだほんの小さな火種で、このまま終われば特に何の対策がなくとも消えてなくなる悩み程度の小さな問題。
もちろんその先があり得る以上、忘れ去って放置してしまうことも出来ないのだが。
道の端へと避けながら、見知った男爵家の令嬢と挨拶を交わす。
しかしまあどうしよう。こういうときの選択肢が、僕には『距離を取る』しかないことは少しだけ残念だ。僕ならば迷いなく採る選択肢を、採れない人もいる。その場合の対処が難しい。
本当に帰ってしまってもいいんじゃないだろうか。と思いつつも、それが出来ないことも……。
考えていると、先ほどの勇者の顔が浮かぶ。
『好きなんです』と少しだけ恥ずかしそうに、ルルへの思いを告白した彼。
ルルが帰るのは、ミルラも許さないだろう。だが、それ以上に、勇者の意向に背くことになる。
協力してほしいと言われた。
協力とは、何をすればいいのだろう。ゴールはどこだろう。勇者の設定した、ゴールは。
……いやまあ、それも考えるまでもないことか。この城にいて、そして彼のために女性たちは集められている。
想定されている行き先は決まっているのだ。まず婚約。それから、結婚。
婚姻。通常それは、家同士の結びつきを強くするものだ。人はどうしても身内には甘くなる。家族を貶めることはし辛いし、困っていれば思わず助けてしまうこともある。
勇者に『身内』を作る。異邦人である彼を、この国の兵として使うために考えられた涙ぐましい工夫の一つだ。
本当に下種の勘ぐりだとは思うが、先代勇者もそんなことをされていたのではないだろうか。
もちろん、前回は人類の危機だった。こんな風な準備期間もほとんど取れないし、大々的にも出来なかっただろう。
だが彼の仲間、聖女に獣人、武闘家、ついでに妖精も全て女性だ。
聖教会から一人、ミーティア人から一人、武闘家……は多分その時の有力国家から一人。各勢力の思惑を含んだ集まりだったのだと思う。妖精は個人的にも勇者にぞっこんだったようだが。
そして結局先代勇者は誰も選ばず、日本に帰ることだけを願って息を引き取った。
子供は残っていない。僕の知っている限りは、婚姻もしていない。
今回の勇者も、そうしてくれないだろうか。
誰も選ばず、そして……。
廊下の曲がり角。その先から歩いてくる人間を無意識に確認して、僕は自分の思考に違和感を覚える。
勇者が誰も選ばないほうがいい、という僕の思考は今どこから出てきたのだろうか。
誰も選ばなかったからといって、事態は全く好転しない。避けたいわけでもないが、ムジカルとの戦争は起きる。それにルルへの嫌がらせも少なくなるかもしれないが多分収まりはしない。
いや、少なくなる、それだけで充分だ。
それに今大々的に、たとえば『誰とも結婚せずに、それでもエッセンのために戦います』とでも言ってくれればこの王城の宴は解散される。ルルへの嫌がらせもなくなる。
そうは考えたが、それも無理か、と僕は内心頭を振る。
この前のカンパネラの言葉。それを考えると、王は何も求めずに戦う無欲な勇者など信用しまい。どうにかして懐柔しようと考えると思う。より多くを与え、心変わりを促す。
火のないところに煙を立てて、水をかけさせる。怯えとはそういうものだ。
結局のところ、富も名声も、そして『誰か』も勇者に与えられ、そしてその『誰か』はこのエッセンの国民性故に苦しむこととなるのだ。
傍から見れば栄誉なことだろう。
異世界から召喚された勇者。上手くいけば新たな爵位でも与えられる英雄。そんな男と、オトフシ曰くの『恋愛』をし、妻となる女性。
その座に価値を見出す女性もいるだろう。窮屈な貴族社会の中で、自分の選んだ男性と恋に落ち、本当に愛されて選ばれる。もちろん、それは輝かしいことでもあるかもしれない。
けれども、現在それで迷惑を被っている女性もいる。
……。
…………。
とりとめのない思考が続く。何の手立ても浮かばずに、ただ無力感を覚えるだけの思考。
だが、何故だろう。
こういうときは大抵そうだろうとも思うのだが。
また、因果を逆に考えている気がする。僕が、僕の思ったことに理由をつけている気がする。素直に考えられていない気がする。どこでだか、よくわからないけれども。
視界の端で、廊下の壁紙がペラリとめくれる。
そう思い、焦点を合わせたが違ったらしい。剥がれたのは壁紙ではなく、両手ほどの小さな紙。剥がれ落ちるのに合わせて畳まれるように折れていき、地面に落ちる寸前で鳥の形となって飛び上がった。
オトフシか。
紙燕が僕の肩に乗り、ちょこちょこと左右に動く。
「遅かったな」
「少し他からも話を聞いていたので……そちらはどうです?」
いくつか監視の目でも用意していたのか。それとも探し回りでもしたのだろうか。ともかくとして、今彼女と会話出来るのはありがたい。
「昼の三の鐘から、ヴィーンハート家主催のお茶会があるそうだ。そちらに向けて、そろそろ妾たちも出る」
「では今戻ると入れ違いになりますね」
「そうだな」
言葉が途切れると、紙燕はただの折り紙のように微動だにしなくなる。いつもの無駄な生物らしさとのギャップのせいだろうが、こういうところは少しだけ不気味かもしれない。
「お前の方は、どうだった?」
「どちらを報告しましょう」
「どちらもだ」
僕は立ち止まり、周囲に人影のないことを確認する。あまり人に聞かせたい話でもない気がする。
そしてまあ、大した報告は出来ない。
「アネットさんに聞いたところ、まだお嬢様の悪評は使用人の間には広まっていないそうです。まだあくまで勇者の花嫁候補の間だけで広まっているもののようで」
「朗報だな」
ふふん、と鼻を鳴らしてオトフシは笑う。
「そもそも、ルル・ザブロックのことは未だによく知られていないようですね。花嫁候補筆頭、ということがようやく伝わってきたそうで。おそらく僕やオトフシさんの方がまだ知名度が高いかと」
ルルは貴族令嬢、僕たちは使用人の探索者。個人としては、どちらかといえば身分が近い僕たちの方が使用人たちの間の話題にも上るようで、そこそこ知られている、らしい。
もっとも僕の方は、おそらくレイトンのせいで無駄に知名度が上がっているのだが。
「だが、これから話題に上るようになるだろう」
「…………」
「花嫁候補、その筆頭、ならばこれから使用人の間でも有名になろう。……アネットの口を塞いでおいたほうがいいな」
「アネットさんの、ですか?」
オトフシの言葉に僕は聞き返す。アネットの口一つ塞いだところで、噂の広まりは止められないと思うのだが。
だが、紙燕は人間のような仕草で深く頷いた。
「正直、効果は薄いし、無駄だとも思うがな。だが、これから使用人たちの間でルル・ザブロックの話題が出たところで、アネットはどういう反応をすると思う?」
「他の噂と同じように、聞いたことを違う人間に広めていくんではないでしょうか」
「そうだな。だがアネットには、他の人間と違うことがある」
くり、と紙燕が首を捻りこちらを見る。紙が丸まった音がして、これが紙で出来ていると改めて感じて感心した。
「お前という優位性だ」
「……ああ、たしかに」
そしてオトフシの言葉にも、確かに、と僕は感心する。そうだ。人間たちの噂の広め方を考えてみればその通りだった。
伝言ゲームはほとんど確実に伝わらない。どこかで必ず伝えた人間の脚色が入るし、言い忘れることや、逆に話を盛り上げるために誇張することがある。
地鳴き一つで概念までやりとりする鳥たちとは違う、不便なところだ。
そして今回の場合。アネットには、付き合いのある僕がいる。
ルル・ザブロックの話であれば、アネットからの話は僕を担保に信憑性が格段に上がる。まかり間違って、自分の表現に『カラスさんに聞いたんですけど』とでも付け足してしまえば、それが嘘でも真実となる。
「しかし、塞ぐと言ってもどうやって?」
まさかそれも、殺してしまうとは言うまい。噂話の一つだけで人の命を奪うなど、さすがに僕でも無法が過ぎると思う。
「…………」
オトフシがまた黙り込む。考えているのか、それとも通信が切れたのか。
それでもほんの少しの後、僕から視線を外して前を向いた。
「……お前は向いていないだろう」
「どういうことです?」
「素直に事情を話し、事実と異なることや都合の悪いことは口を噤んでもらう。正攻法といってもいいが」
「素直に受け取りはしないと思います」
「フフン、だろうし、お前にそんな話術はない」
アネット自体を信用出来ない。別に悪い人間でもないが、噂のスピーカーとはそういう者だと思う。都合の悪いこと、など教えてしまえば殊更にそれが広まるだろう。
そしてそれをアネットに問い詰めれば、『知りませんよ』と素知らぬ顔で言うのだ。
いやまあ、彼女が信用出来る人間だったらここまでの予想は全部外れなので、申し訳ないことこの上ないが。
つまり、下手に話せないのだ。先ほど僕が会いにいったのも、今となっては悪手に近い。
そして。
「失礼な」
「事実だろう」
きっぱりとオトフシはそう口にする。たしかに、交渉ごとやお願い事は僕には向いていないけれど。
「そもそもそういった噂話の操作や目くらましの情報統制は、石ころ屋のお家芸だったはずだ。そのあたりの薫陶は受けていないのか?」
「自分でやったことはないですね。何かあれば、いつもグスタフさんにお願いしていました」
本当に、こういうときに頼れる店がないのは困る。
……もっとも、石ころ屋がなくなって困っている僕は、石ころ屋にとって腹立たしい存在になりつつあるのだろうけれども。
そしてそういうことが得意な男は、既に連絡が取れなくなっている。一回きりの権利をルルのことに使ったことに後悔はないが、出来ればもう一度使いたい気分だ。
「……僕に、何か出来ることはないですかね」
「妾に聞かれても困る……、何かあれば既に話しているからな」
「ですよね」
オトフシも今回は完全に放任しているわけではない。
今となっては仕事の同僚だ。ルルの警護に役立つのならば、僕が聞かずともオトフシの方から何か言ってきているだろう。
しかしまあ、出来ることはない。
つまり今僕には仕事がない。ルルの愚痴を聞くという大変な仕事はあるが、そもそもしなければいけないかどうかまだわからない。
本当に、戦うか生き残るしか能がない。
人の世で生きる才能がないのだろう。今世でも、前世でも。
まあ、聖騎士の監視というか保護はルルについているのだ。
ならばあらぬ疑いというのは噂以上の効果はないし、風評はまだしもとりあえず身体的に何も起きまい。僕やオトフシもいるし。
多分その監視は今もついている……と思うのだが。
「ちなみに監視というのは今もいらっしゃるんですか?」
「ん? ……ああ、いるぞ。もうすぐ庭に出るが、上の階から見られているらしい」
「なら今のところは安心ですね」
「直接的なものはな」
言い終わってから、暇そうに紙燕が羽を噛む。毛繕いの動作だろうが、本当にいらないだろうに。
「しかし、贅沢ともいえるな。ルル・ザブロックには、実質聖騎士の護衛が一人増えたような物なのだから」
「そうですね」
まるで王族のような扱いだ。……いや、王ならば衛兵になるし、もっと多くが控えているだろうが。
「それでもう一つ、はどうだった?」
「もう一つですか……?」
何の話だ、と一瞬だけ悩んで、僕はそれに思い至る。
勇者のことか。
「勇者の魔法ですね」
「そうだ」
まだ公開されてもいないし、誰に明かされてもいない。そろそろヴァグネルは知るだろうが……そう考えると、勇者が一番に僕に教えたのは信用されている証としていいのだろうか。
今、あんまり信用もされたくないけど。
「剣撃を遠くに出現させる魔法ですね」
「以前の勇者と同じく、斬撃を飛ばす、ということか?」
「そうでもないらしいです。斬撃の空間転移、というのが近い……んでしょうか」
今適当に考えたが、それが一番近い気もする。障害物の有無に関係なく、対象を斬る魔法。打撃なども出来るのだろうか、なども確かめればよかったと今思いついてしまった。
「曖昧だな」
「本人もよくわかっていませんでしたので。とりあえず、剣を振って遠くの物を斬る魔法でした」
「使い勝手は良さそうだが……地味だな」
「派手だからいいということもないでしょう」
僕の言葉に、オトフシは「たしかに」と小さく同意する。
「まあ、上手く使えることを祈るしかない」
「祈りましょう」
実際、一対一なら便利だと思う。
明らかに遠い間合いから、不可視の斬撃が飛んでくる。それは盾や障害物などを無視して迫ってきて、威力は不明だがとりあえずは通常の剣と同等の威力を持つ。
通常の接近戦では、相手の攻撃への対処は割と限られている。横や縦に動いて、攻撃の射線を避ける。相手の攻撃が届かない場所まで距離を取る。相手の攻撃を、こちらの武器で迎え撃ち防ぐ。その三パターン。
勇者の魔法は、その後者二つをほぼ無効化する。
距離を取った場合、無意味の上、こちらの攻撃が届かなくなるという明確なマイナスとなってしまう。
防いだ場合、その防いだ剣や盾などをすり抜けてくる。……勇者が持っている剣自体を止めた場合はわからないので、こっちはないかもしれないけれど。
結果、彼の攻撃は、闘気の防御で追いつかない場合は避けるしかない。相対した場合、勇者が常に目の前にいる、という想定で動かなければならない。
角度や範囲などの調整も出来ると仮定してしまえば、更に手強いこととなる。
避けても無意味。間合いの中であれば、躱しても飛んでくる必中の斬撃がほぼ無制限に飛んでくることとなる。
剣と分離した斬撃。
……まるで、レイトンのようだ。
昔一度だけ相対したあの男。あの男の持つ魔剣も、数は違えどそのような効果だった。
「……どうして、そういう魔法なんでしょうね」
「…………?」
僕は無意識にぽつりと呟く。勇者の魔法。剣を使ったその不可思議な効果。それを思い返しながら。
「勇者だから剣の魔法。そう思えば簡単なんでしょうが」
魔法は、それを使う魔法使いの性格や認識が反映される。
僕が鳥と話せるようになったように、姿を隠すことが出来るようになったように。
石をパンとして、鉄を食べ物として見る魔法使いがそれらを食べられるように。
ならば、遠くを斬る剣。それは、どういう。
「……勇者は剣術を学んでいた、のだろう? ならば、その鍛錬の結果、才能が花開いた……とでもしておけばいいのではないか?」
単なる世間話。そんなトーンでオトフシは言う。もう報告も終わりだろうと、力を抜いて。
「剣術の研鑽の結果、ですか」
「何か思うところでもあるのか?」
「いいえ。わからないから言ったので」
紙燕が、「よくわからん」と嘴をギリギリと鳴らす。僕はその紙燕を手に乗せて、じっと正面から見つめた。
勇者は剣術の鍛錬を積み上げて、魔法を発現させた。
努力が実った、と思えばそれは優しい話なのだろう。
積み上げてきたものがこの世界に来て、確かに形になって姿を現した。
僕はこれでも勉強して、いっぱしの薬師のつもりではいる。まだまだ未熟な限りだが、それでもこの国では僕以上いないのではないかという淡い自負もある。
そういう努力を否定されたくない。
だからだろう。
人の魔法を、便利だな、と思うことは今までもあった。たとえばスヴェンのように体を変質させる術は便利だと思うし、壁抜けも使えたらな、とは思う。それを羨ましいと言語化もしただろう。
でも、多分初めてだ。
剣を使っての魔法を使いたいとは思わない。それでもその勇者の魔法が、羨ましく思える。
多分、初めてのことだ。人の魔法が羨ましいと感じたのは。
そして、あの恥ずかしそうな笑みを思い出し、なんとなく言葉を加えれば。
……羨ましいと思ったのは、それだけだろうか?
それは未だに、言語化出来ない気持ちだった。




