料理とは
昼近くになって。
買ってきた食材をルルの部屋の炊事場に並べていた僕たちのところへ、下男が少し大きめの箱を肩に担いで持ってくる。
「ふいごといくらかの食材をお借りしてきました」
「ありがとう」
そして下男はそれをテキパキと広げると、足で踏んで空気を送るタイプのふいごが出来上がる。すぐに竈の薪入り口にセットされたそれを軽く踏んで踏み心地を確かめると、ルルはうんと声に出さずに頷いた。
「こんなところで大丈夫ですか?」
僕が問いかけると、ルルが事も無げに微笑みながらまた頷く。いや、あまり大丈夫そうにも見えないのだが。
サロメの話によると、王城の調理場も借りられたらしい。もちろん、そちらのほうが設備も整っているし、何せ料理のために作られた場所なので動きやすく作りやすいだろう。
けれども、ルルはそれを固辞した。
今僕たちがいるのは、いつものルルの部屋。その申し訳程度に設置された炊事場。
本来湯を沸かす程度が精々な小さな竈に、軽食ならばまだしもおよそ普通の食事を作るには足りないであろう大きさの台。一応そこにまな板も包丁も一組用意してあるが、それも家庭用の大きさで、しかもそれを置いただけで台の半分近くが埋まっている。
流し台というか簡単な洗い物が出来る排水溝もあるが、それも食材のかすなどを流せば簡単に詰まってしまいそうなほど貧弱な装備だ。
「他は知りませんが、食堂の設備って案外貧弱だったんですよ。もちろん火は一つじゃありませんし、道具はもっと細かくありますし、食材の用意も簡単にできるようにきちんと配置されてましたけど」
王城の設備を使わなかったのは、単なる遠慮だった。
これからそちらは他の令嬢たちの食事を用意するために多くの家に使われる。そこの一角を占領するのは、迷惑だろうと。
正直気にしなくてもいいと思うが、まあ本人がいいと言っているのならば仕方あるまい。
僕としては、美味しいものを食べられれば何も文句はないし。
「もちろん料理を床に置くわけにもいきませんし、そっちの机も使わせていただきます」
サロメから予備の衣装を借りて、とルルは袖を捲る。皿を数えて、食材と、先ほど王城から少し分けてもらった調味料なども確認しつつ。
「といっても……何から作りましょうか」
「決めてなかったんですか?」
「……漠然とは考えてあるんですけど……まだもやっとしてます」
もう一度、食材を眺めて、魚の顔をつついて、とルルは笑う。
「水席のようなものにしようと思いつつも、それだけじゃお腹に中々溜まりませんし、まだあんまり暑くもないので水物は少なめにしようかなと」
「先に下ごしらえなど必要なものがございましたら私がやっておきますが……」
考える時間が欲しいのならば、とサロメがそう申し出る。しかし、ルルは首を振った。
「あとで片付けだけお願いするかもしれません」
「皮を剥く程度ならば私にも出来ますので、遠慮なさらず」
「でも蟹扱えないじゃないですか」
「……うっ……!」
薄く笑いながらルルが言うと、サロメは思い出したのか蟹の包みがある方を向く。今のところ動いてはいないが、またガサガサと動き出しそうな気配もしていた。
ルルの表情が少し変わる。やや明るくなったようで……多分、一品決まったのだろう。その程度の表情が僕にも読めるようになってきたように思う。
しかし、見てみても統一感はあまりない食材だ。
豚の背中の肉。鮎に似た魚。沢蟹よりも少し大きな蟹。季節の野菜と果物数種類。それに、岩塩や黒糖、肉醤や穀醤などの基本的な調味料。
今日の昼食だけでは使い切れない気もするけれど……まあ四人でも少し多いが大丈夫か。普通に僕だけでも食べきれる量だし。
「カラス様。申し訳ありませんが、火を起こして頂いていいですか?」
「わかりました」
二人すれ違えない調理場。僕はその外から薪に着火し火を起こす。本来ならば火口に火をつけて、息を吹きかけて、と手間がかかるものだけれども、魔法使いはこういうときにとても便利だと思う。
どうしても立ってしまう煙は中庭側の換気口に流す。すぐにパチパチと音を立て始めた薪に、よし、とルルが頷いて小さな鍋を手に取る。
まずお湯を沸かすらしい。言われたらそのままお湯にするのに。
だが、時間が必要なのだろう。申し出ようとした僕は、半尺程度の細めの魚を手に取ったルルを見てそれをやめた。
まな板の上に乗せた氷魚。川底の苔が主食のため、火を通せば内臓まで食べられるというその魚。本来ならば、そのまま串に刺して焼けばいいと思うけれども。
水を手桶に少し汲んで、そこに塩を溶かして丸の身を洗う。がしゃがしゃとやや雑にも見えるが、周囲には全く水が飛んでいなかった。
包丁が走る。三匹共に魚の頭が落とされ、内臓が手際よく掻き出される。
「まずは冷えても大丈夫なものからですね」
誰にともなく解説をしながら、掻き出した内臓部分をまた塩水で洗うと、横倒しにした魚たちの胴を押さえ、一息に包丁をまな板の上で滑らせた。
「…………!?」
僕は、若干の驚愕と共にその手際を食い入るように見つめる。
ぴ、ぴ、と無造作に包丁を振ったようにしか見えなかった。
なのに、既にまな板の上には……。
三枚に下ろしたのだろう。その結果だけはわかる。その中骨には身がほぼ残っておらず、そして身は輝くような切断面で、綺麗に下ろされた魚たちが並んでいた。
僕の驚きをよそに、ルルは身からそぎ落とした小骨を横に置いてあった壺に落とし、切り身もまな板の横の皿にどける。
今度は、泳いでいたときと些かも形が変わっていないであろう骨を、前後で三つに分ける。それも、固いものを切った音など一切させず、ただまな板の上を金属の刃が擦るような音をさせただけで。
その骨と身を先ほど沸かした湯の中に放り込み、今度は茄子を手に取った。
そちらも、手の先でくるんと簡単に回すようにしながら……多分切り込みを入れて、包丁の根元で細かく穴を開けた……と思う。
金串を刺して、竈の中に少しだけ差し込んで待つと、煤と焦げで茄子の紫色が真っ黒に変わった。
先ほどと別の水。そこにその茄子を入れて、冷やすようにしてからまな板に戻す。
手で掴める温度になったそれをぐっと掴んで、へたの部分を引っ張ると、そこにくっついて皮が一度に剥けた。
……おかしい。
魚の三枚おろしも、茄子の皮剥きも、僕はどこかで何度か見たことがあるし、僕自身やったこともある。だが、僕も含めて皆ここまで手早くはないはずだ。魚を下ろすときは骨にそって何度も包丁を動かすはずだし、茄子の皮だってもっと焼いて、もっと細かく剥くはずだ。
しかし、目の前ではきちんと魚は下ろされて、塩水の中には皮を綺麗に剥かれた茄子が既にいくつも転がっている。
一度鍋の温度を上げるために、ふいごを何度か踏んだルルの顔が、下からの炎に照らされて輝いている気がした。
しかし、僕がその手際を見つめていたことに気が付いたルルは、いつもと同じ顔に戻り僕へと振り返る。
「……あ、あの……向こうで待っていて頂いても構いませんよ?」
「いや、あの、何か手伝いを、と」
「慣れてますので、大丈夫です」
むしろ見られていると気が散る、とばかりに促される。僕とて邪魔をしたいわけではないのだが、……。
言って、それでも動かない僕からルルが視線を外す。その手の先では、当然のように芋の皮が、へこんだ部分まで綺麗にほとんど一息で剥かれていた。
……少しでも手伝いを、と思ったが、これはたしかに僕の手伝えることはない。一応竈の煙が部屋の方に来ないのは僕の力なので、そういうところだけは力になれる。しかし料理に関しては何もなく、精々出来上がったものを運ぶとか、そういうことしか出来ないだろう。
塩水から上げられた茄子が包丁の腹で手際よく叩き潰される様を見つつ、僕はそう思った。
仕方なく僕は、少し離れたところにある机の上を拭く。これも本来サロメの役割だが、手持ち無沙汰なので仕方ない。まあ、警護ということで、玄関脇に待機しているのが僕の一番の仕事なのだが。
「見ましたか、あれ」
そんな僕に、ひそひそとサロメが話しかけてくる。彼女は彼女で、僕が拭いた後に匙などを並べていた。
「お嬢様が料理をするところなんて初めて見ましたが……」
「なかなか手際がいいですね」
「いいというどころではないでしょう」
抗議をするように、サロメが僕の言葉に応える。それには僕も同意だ。
以前には食堂で調理経験があるとは聞いた。しかし、そのブランクも感じさせない動き。戸惑いもなく、手先に迷いもない。むしろ、もしあれでブランクがあるとするならば、三年前ならばどういう動きをしていたんだろうか。
食材を切ったり煮たりする動きの精妙さがすばらしく、しかもそれだけではない。
調理のために食材を鍋や水の中に入れる動きが、調理台を空ける動きになっている。ゴミはその都度捨てられてその後の手間を軽減させており、洗い物も多分普通に作るよりも少ないだろう。
調理と皿洗いなどに分業され、調理器具を贅沢に使い捨てる感覚で料理する王城の料理人とは多分種類が違う動き。
少人数のために最高の料理を作るものとは少し違う、多人数のために多くの料理を作り続けるということに重点を置かれた動き。それはきっと、食堂の経験の賜物なのだろう。
しかしそれを置いても……。
「サロメさん、魚下ろせますか?」
「……苦手ですが、なんとか……」
何とかできる、という顔ではない。多分魚を触るのも苦手なのだろうと思えるような顔でサロメが頷くが、それは深く追わずに僕はルルを視線で指す。
「ではさっきみたいに」
「あんな速くは無理でございます」
出来るわけないだろう、と細かくサロメが首を振る。それにも僕は同意だ。そしてその他の手際も、到底僕らが及ぶものではない。
料理風景だけを見て、料理上手か下手かは、どちらかに極端でなければ中々わからないと思う。多少手際よく見えても、出来上がった料理はあまり美味しいものではなかったり、逆に不器用な手際でも、腹に染み渡る滋味あるものを作り上げたり。
けれど、彼女の技能は、なんとなくわかる。
「……楽しみですね」
「…………ええ」
僕らは頷きあう。小さな金属皿の中で、何かを潰すように混ぜ合わせるルルを遠目に見ながら。
お互い、『楽しみ』という感情に、少しだけ『畏れ多い』という感情と緊張が混ざった気がする。
「楽しそうだな」
「……!」
突然、机の上に響いた声に、サロメが驚く。オトフシの紙燕が、僕の拭いた机の感触を確かめるように一歩一歩足の裏を確認しながら僕らの前に躍り出てきた。
「生身で来ればいいのに」
「今から行くぞ。なに、不審者とお前に思われたくはないのでな」
「では、この足音はオトフシさんですね」
「そうだ」
紙燕が頷くと同時に、扉の外でほんのわずかに響いていた足音が止まる。それから静かに扉が開かれると、逃げるような仕草で紙燕がその隙間にすぐに飛んでいった。
開いた隙間の向こうには、紙燕を肩に乗せたオトフシ。紙燕はその肩の上で、ないはずの毛を繕ってくつろいでいた。
オトフシは静かに僕たちのところまで歩み寄ってくる。
「この度はルル様の開かれた昼餐会にお招き頂いて、光栄に存ずる」
「昼餐会、ってほどでもないんですけど……」
オトフシの言葉に、奥から姿を見せたルルが答える。お盆の上に載せられた小さな皿には、もう食べられるであろう料理が四人分乗っていた。
サロメが慌ててそれを受け取り、食卓に並べていく。今回、机も新調ではないが他と入れ替えている。ここで食べられるように、膝までしかなかった机から、背の高いダイニングテーブルへと。
並べられた皿には……これは……先ほどの魚だと思うけれど……。
「先付けです……けど、一応料理が揃うまでまだお待ちください」
「はあ」
僕を牽制するように両手を突き出しながら、ルルがそう言う。ということは、今回コース料理ではないのだろう。まあもちろん、そうするとルルが一緒に食べられないのでその方がいいとも思うが。
出されている料理は、多分先ほどの茹でた魚をほぐしてから擦り、煮た出汁と叩いた茄子を混ぜたもの。水っぽくはなっているが、一応昔見たなめろう程度には固まっている。
味付けもされているようだが、匂い的には、主に辛味がつけられている感じ……?
あまり食べたことのない料理だ。
それにしても、一応魚はこれで使うとして……蟹と肉がまだあるが、あと二品以上出るのだろうか。
色々と考えている僕を尻目に、ルルがててて、と調理場に戻る。先ほど煮立っていた湯は捨てられて、新たに芋を水から茹でているらしい。まだ匂いもしないはずだが、芋を茹でている特有の匂いが湯気から感じられた気がする。
「一応手土産だ。毒味済み、妾の奢りでな」
「どうも、ご丁寧に」
オトフシが、サロメに包みを手渡す。中から瓶がぶつかる音がした。……酒か。
「そんな強いものでもないが、今日の料理に合えばいいが」
「どうでしょうか? まあ、お嬢様の意見を聞いてからでございます」
「そうしてくれるとありがたい。四人では些か量が多い、どうせ今日全ては飲めんしな」
「ナミンたちは来ませんでしたからね」
サロメが、並べられた食器を見渡す。一応上座下座に分かれて置かれたそれは、ルルの要望もあって、サロメの分も含めて四人分。
本当はここに六人並ぶはずだった。下男と下女も招いていたのだが、どうしてもそれは無理だと本人たちが遠慮したのだ。ルルとしては、一緒に、と言っていたのだが、どうもそれはただの社交辞令だと彼らは解釈したらしい。そうではないと別に僕から薦めても、『いやいや』と笑っていた。
調理場から、トトトトト、という小気味のいい音が響く。今度は、野菜を切っているらしい。
ちらりと覗けば、見る間に横に増えていく人参や大根といった根菜と葉野菜。拍子木切りや細切りに細かく分かれており、多分用途別なのだろう、別々の器に落とされていた。
見えない位置だろうに、オトフシが、困ったように笑う。
「空に上った鷹、とはよく言ったものだな」
「手伝うところがなくて困ってございますよ」
「まあもちろん、妾は手伝う気はないが」
慣用句としては、水を得た魚、といったところか。まさしく言い得て妙だろう。
オトフシが手伝わない、と言っていたが、それも仕方がない。手伝う気もないのはまあ別のこととして。
そしてルルの手際を僕と同じくちらちらと見ていたサロメが、う、とわずかに漏らして身を引いた。
当然……というのもおかしいが、仕方ない。ルルが持ったのは、掌ほどの小さな蟹だ。
そのわずかに動いている蟹にルルは包丁を向けて、突き刺すように何度か上下させて……。
突き刺すようにしたと思うのだが、僕は首を傾げる。
突き刺すようにしたはずなのだが、特に蟹に穴が開いたようには見えない。傷をつけた、というところだろうか? どこに?
そのまま蟹が、芋を茹でている鍋に放り込まれる。
中は見えないが、蟹たちは見る間に真っ赤に染まっているのではないだろうか。続けて放り込まれたためだろう、湯気の匂いに甲殻類の匂いがわずかに混ざった気がする。
そしてまたふいごで温度を上げて、じっと中を見つめる。
きっとその頭の中では、すぐに次の動きの予定が組まれているのだろう。
往復に五歩もいらない小さな調理場。そこが今、とても広く複雑な機能を持つ何か見えた。
完全に油断していた僕。
その僕の奥襟をガッと掴まれたのに気が付いたのは、その腕が引かれて僕が引きずられてからだった。
引っ張ったのは、無論、オトフシだ。それ以外に出来る人間は、ここにはいない。
「あまり無粋な真似をするな」
「どうも気になってしまって」
弁解するように僕が言うと、オトフシが鼻を鳴らす。
「どうにも気が緩んでいるようだな。今が仕事中だということを忘れていないか?」
「別に忘れてなど……」
言われて、オトフシのその言葉の意図に気が付く。
いやまあ、言い訳をするならば、扉の前に立たれれば僕も気が付くと思うけれども。
隠している足音。それが廊下の外で響いている。明らかに目的地はここ。武装などはしている様子もないが……背は高く、筋肉質。
「どなたです?」
「今はお前の仕事だろう。……まあ、危険ではない」
オトフシは、それが誰か知っている。しかし奥歯にものが挟まったかのように口にせず、ただサロメと僕に指で外を示す。
まあ、危険はないならいいけれども。その言い方だと、おそらく貴族令嬢の誰かというわけでもないだろうと思う。
とりあえず客人かと、僕とサロメは頷きあい、扉へと歩み寄る。
その途中にノックの音が鳴り、急ぎ僕が応えながらゆっくりと扉を開いた。
そこには、白い肌着のようなシャツに、ジーンズのようなラフなズボンを履いたクロードが笑みを浮かべていた。
「不躾な訪問、恐れ入る。ザブロック様に、カラス殿はいらっしゃるな」
「……目の前に出てますからね」
いらっしゃい、に類する言葉を反射的に飲み込んで、僕はサロメとアイコンタクトを交わす。
どうあしらったらよいものだろうか。
とりあえず、危険は確かにない。それを確認した僕は横に避け、咳払いしたサロメに道を譲った。
「これはベルレアン卿。本日はどういったご用件でしょうか?」
「少々込み入った話があってな。簡単に済む連絡なのだが、中に入れてはもらえまいか?」
「今は……」
サロメが中を見る。
サラダのような野菜を盛った皿を、しぶしぶと運ぶオトフシと目が合う。
それをクロードも見ていたのだろう。扉に手をかけて一歩後ずさった。
「食事時だったか。ならば出直そう。後に……」
「構いませんよ」
オトフシを追い越して、ルルがエプロンで手を拭いながら現れる。先ほどまでの雰囲気に、よそ行きの顔が混じっていた。
「ベルレアン卿も、どうでしょう? 会食でも何でもない身内の集まりです。無礼講でよろしければ、の話ですけれども……」
「嬉しくありがたい申し出だが、遠慮しておこう。気の置けない友人たちとの集まりならば、私がそこに入るのはまだ早いと感じる」
「……そうですか」
ルルもそれ以上は誘わない。
「一刻の後、またお伺いしよう。詳しい話はそのときに」
「わかりました」
サロメも承ったと頷いて、踵を返すクロードを見る。それからきびきびとした動作で出ていったクロードを見送ると、扉を閉めてホッと息を吐いていた。
「なんでしょうかね」
「用件くらい言っていけばいいと思いますけど」
サロメと僕は、何だったんだ、と顔を見合わせる。込み入った話、というのがどの程度込み入っているのかはわからないが。
また、面倒そうな話があるのだろうか。僕にも。
「あとでまた来るそうですから、今は気にしないでいいでしょう」
ルルがそう告げて、また調理場へと戻る。いつのまにか、よそ行きの顔をやめて。
それから澄ました顔で椅子に座って待つオトフシと共に僕とサロメは時間を潰す。
僕はルルの手で引き抜かれるように足の殻だけ剥かれた蟹の姿や、竈であまり見ないほどに立ち上る炎に一歩も引かずに鍋を振って肉野菜を炒めるルルの姿を見て、絶句しつつその時を待っていた。