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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
喜ばしきこと

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目的地へ



 ルルはしばらく動かない。

 ただ先ほどの『海原冒険記』の表紙をじっと見つめて、俯いたままだ。

 もはやページもめくらずに、ただじっと。


 おそらくそのまま数分。沈んだ空気に僕がどうしようかと悩んでいると、僕の耳には朗報が飛び込んできた。

 人の話し声。それも、書庫の外から。足音はさせない優雅な歩行だが、踏みしめる振動は消していないようで、その足音の主は急いでいるかもしくはせっかちか、という程度が読み取れた。

 

 そして、書庫の扉が開かれる。

 ルルの位置からは見えないが、僕からは振り返って下を見ればよく見える。その誰かは、侍女を伴って何かを目指して歩を進めた。


「……誰かいらっしゃいましたね」

「そう、ですか?」

 ルルが見えないだろうに背筋を伸ばして足音の方を見ようとする。絨毯ではない木の床は、廊下とは違いきちんと足音を発していた。

 

「最近の右筆の記録はこちらにまとめてございます」

「ご苦労。下がってかまいません」

 僕の見えない足下の方で、そんな声が響く。司書に案内されて、とある棚に辿り着いたミルラ王女は、苛立つような吐息を隠そうともせずにその棚からいくつかの資料を引っ張り出していた。


「……そろそろお暇する時間らしいですね」

「…………」

 僕が立ち上がると、ルルも同じく立ち上がる。先ほどのお願いを、覚えておいてくれたらしい。

 僕が視線を向けた階段。そちらに足音が近づき、それからやがてミルラ王女の全身が見える。侍女と共に数冊の雑に装丁された資料を手に、のしのしと上がってくる。


「本当はお嬢様には思う存分本を楽しんで、とも思うんですけど。申し訳ありません」

「いえ」

 別に机にこだわらなければ、ここじゃなくても読み続けてもらっていいんだけど。先ほどの空気が続くのであれば、まあそれも無理か。


 僕が避けるように机から離れると、僕らの横をミルラ達が通り抜け……僕が座っていた椅子に腰掛ける。そして資料をドンと机に置くと、とりあえず一番上のものを乱暴に広げた。

 中身は業務日誌……というよりも、時事ニュースのようなものだろうか。見出しのページに『使用人』や『王族』などの大きな項目ごと簡単なニュースが記され、その次のページにその詳細が書かれている。綺麗な字でほとんど個性を消しているのだろうが、それでも詳細ページはページごとにわずかに筆跡が違うため、これは集団で作っているのだろう。


「お父様を説得できるような……何か……」


 何か調べ物らしい。乱暴に置かれた資料の横に、自分の持ってきた分をそっと置いた侍女が、心配そうな目でミルラを見ていた。



 僕はルルに向き直る。ミルラについてはどうでもいいや。

「今度は正面から入ってみますか?」

「先ほどの通路を使わずに、ですか?」

 ルルが首をわずかに傾げる。

 聞き返されて、意図が伝わっていなかったと僕は内心苦笑した。

「そうではなく、ディアーヌ様が練武場を借りている例もあります。願い出れば、許可がとれるかもしれません」

「あ、そういう」

 先ほどまでの表情も薄れ、少しだけ明るくルルがそう声を上げる。

「……でも……」

 しかしルルの声が若干沈む。ミルラと、その横にいた侍女を見て。

 そして、静かに首を横に振った。


「いいえ。また連れてきてください。カラス様と一緒なら、そんな手間もいりませんから」

「……わかりました」

 否とは言えない。だが、少しだけ意外だった。

「当然、サロメは連れてこられませんけど……」

「それは私の力不足で申し訳ないです」


 透明化魔法を使う負担は、たとえて言うなら視界の中に次々常に現れる単純な足し算を解き続けるという感じだ。

 対象を増やす負担は、同時に計算する式を増やすという感覚。僕一人なら単純な足し算を一つ、誰かもう一人を入れるなら視界の中にもう一問増える。さらにまた一人増やすというと、さらにまた一問増える上、そのどれもを正確に答えなければならない。二人分ならばもう慣れているからいけるけれど、増やすとなると更に難易度が増す。魔力消費量も増えて、失敗……つまり、消えられないことも出てくる。

 将来的に出来ないとは言わないが、すぐには無理だ。


「まあ、また次回」

「はい」


 今度は煩わしい話を抜きにして。そう続けたかったが、多分この話題はルルももう出さないだろう。触れられたくない秘密があるように、触れたくない他人の秘密もあるだろう。

 なんて様だろう。僕はそれをリドニックで学んだはずなのに。そう、内心自嘲した。


 本は持っていくことにした。数冊なくなっていてもおそらくばれないし、仮になくなっていても僕たちの仕業だとは気づくまい。

 ルルが読み終わったら僕が戻しに来る。そう決めて、持ってきていた大きめの巾着袋に三冊の本を入れて口を閉じた。


「とりあえず出ましょうか」

「はい……といっても、また、あの……」

 ルルの視線が部屋の隅を向く。視線の先には先ほど入ってきた蜘蛛のいる通路。さすがにあそこは嫌だろうし、僕も通す気はない。

 僕は首を横に振る。

「いいえ。次も正規の扉ではありませんが、次はあそこからでどうでしょうか?」

「あそこ……?」

 ルルの質問に答えつつ僕が指さしたのは、天窓に通じる天井の穴。当然、本来は出入りのための場所ではない。そして、隠し通路とかそういうのに類するところでもない。


「掃除のために、屋根の上から天窓に近付ける扉があるんです」

 蜘蛛が嫌いなら、最初からそこを使えば良かった。そうは思うが、知らなかったのなら仕方ない。知っていたらさすがにこっちを選んだ。

「あの、でも、どうやって」

「私は魔法使いなので」

 首を傾げるルルの目の前で、僕は一歩足を踏み出す。その足は床に触れることなく、階段を踏むように空中で静止した。

 まだ不思議そうな目をしているルル。だがもう一歩僕が踏み出したところで意味がわかったらしい。

 もはや宙に浮いた僕の身体。

 ウィンクの真似。創造性がないのは僕の欠点の一つだろうか。


「行きましょう。階段を上るように歩いてもらえれば、そこに足場があります」

 色をつければわかりやすいだろうか。

 そう思い、輪郭だけを示すように宙に光の線を飛ばす。周囲には見えていない不可視の階段。頷いたルルは、恐る恐るとその上に一歩踏み出し、僕の後をついてきた。



 鍵のかかった金属の小さな扉。そこを開き、潜り抜けるように二人で通れば、書庫の屋根の上に出る。

 不快なものではなかったが、書庫の中ではかび臭いとか、そういう古い紙の臭いがしていたのだろう。屋根の上の空気を吸うと、新鮮な空気が肺に満ちた。


 ルルも同じなのだろうか。小さな扉を潜り抜けた勢いで大きく背伸びをして、深呼吸を繰り返していた。

 なだらかでとっかかりのない屋根の上。そんなに危険はないとはいえ、気をつけてほしいところだけど。


「さて、それでは次は……」

 どこへ行こう。今日の目的へと思考を戻せば、そろそろレイトンの言葉通りに行かなければいけないところだけど。

 しかし、何か他に楽しみたいところがあればそちらでも構わない。もともと、レイトンも上手くいくかはわからないと言っていたことだ。それならばいっそ、今日は王城内の探検を楽しんでもらったほうがいい、と僕は判断する。

 しかし。


「そういえば、カラス様。私を連れ出した目的があったはずでは?」

 ルルの方から、その話題を振ってくる。ルルの部屋を出るときとは全く違う明るい表情に、その先が楽しくはない場所とは言いづらい。

 しかしまあ、嘘はつけない。

「そうですね。時間も時間ですし、ご足労頂きましょうか」


 僕はその目的地の方へと視線を向ける。

 目的地はここよりも、むしろルルの部屋からの方が近い。令嬢達が使う区域。その共有スペースに性質が近い庭園。

 そこで行われている行事だ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] まるで王子様ですね。いや、怪盗紳士的な方かな? [一言] ルルちゃん、色々言いたいこと飲み込んでくれたんやろなぁ。
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