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見せられる人




「と、そういうわけで薬を分けて頂けたらと参りました」

「……はあ」


 クロードも交えたディアーヌの訓練から幾日か。そしてあれをまたもう一度行った日の午後。またしてもルルの部屋に、招かれざる客がやってきていた。

 客といっても、ルルに対してではない。面倒なことに、僕にだ。


 客人は男爵家の令嬢。それも、事前の約束などがない者。

 こうして本人にもご足労頂いている以上呼びつけられるよりも断りづらい。ディアーヌの行動に近いが、それを狙ってのことだったら少しだけ腹も立つ。

 僕と令嬢は、応接室の机で向かい合う。令嬢の後ろには、椅子に腰掛けずに侍女が一人立つ。

 ザブロック家側は僕一人、そして入り口から離れてしまってはいるが、まあ警護の任に支障はない。


 相談内容は、以前受けたカノン・ドルバックのものと同質のもの。ただし今回はサロメ伝いではなくカノン伝いの評判だったようなので、やや緊張した面持ちで最初応対したサロメも面食らっていた。

 今回の相談は、口内炎が酷いということ。いつもならば屋敷に招いている治療師に相談することだったが、火急のものではないので、王城の治療師に相談していいものかと迷っていたそうだ。そして、カノンの噂を聞いて来たという。

 

 少しばかり詮索してみたが、例によってカノン本人と彼女の接触はないそうだ。そしてその話も、侍女も含めていつの間にか知っていた、と出所が曖昧だった。

 この前のルネスの事を考えるに、カノンから直接ルネスには伝わっているのだろう。……だが、そこからだけ、ではなさそうだ。


「どうでしょう。材料など、なければある程度こちらで調達できますが?」

 瞼が重そうで、ころんとした体型の令嬢は、そう自信ありげな強い口調で言う。

 どうしよう。口内炎……ほっといても大抵命に関わらないし、あまり手を出したくもない話だ。もっとも命に関わるものなら尚更手を出したくないものだけれど。

 

 まあいいか。

「……とりあえず、口の中を見せて頂けますか?」

「……は?」

「原因がわからなければ薬など調合できませんので」


 ありふれているアフタ性に効果があるものならすぐにでも作れるだろう。だが、カンジダなどならちょっと時間がかかるし、それ以外なら材料がなかったりもする。外傷性ならば薬の性状から変わってくる。

 そうして一応やる気になった僕。

 しかし僕の言葉に意外そうに眉を寄せて、令嬢は否定的な反応をした。


「治療師は何もせずにすぐに治療をしてくれますが?」

 怪訝な視線。それに僕も戸惑いながら、言い分を頭の中で考える。

「それは私のような薬師には無理ですね。同じ病でも、人によって生薬の配合を変える必要があります」

 むしろ、治療師でも彼女の口内の確認は必要だろう。法術を使う感覚には詳しくないが、エウリューケの話では、《賦活》をかける際は対象の体格などによる魔力量の調整などをその場で行っているそうだし。おそらく病でもそうだろう。


 ……お抱えである以上、『いつもの』で済んでしまうのかもしれないが。

 しかし僕は、お抱えではない。


 憮然として、令嬢は口をぽかんと開ける。舌にとりあえず一つ。喉手前右側に二つ。他も今見えなくもないけどどうでもいいや。

「……治療師ではない……この国では珍しい、薬の専門家とお聞きしましたが、その程度ですか?」

「申し訳ありませんが、無責任なことは致しかねますので、その程度とされるならばその程度かと」


 先ほどこの応接室に案内する前に、ルルに相談し断ってある。

 たとえ後にこの令嬢の家との関係が悪化しようとも、薬を処方するべきではないとしたら処方せずともいいと。それを僕が判断してもいいと、お墨付きだ。

 そしてその上で、今回は処方するべきではない、と僕の勘が告げている。僕の勘は当てにならないけど。


「どうか、お引き取りを」

 一度頭を下げつつ、そう僕は口にする。令嬢はほんのわずかに戸惑いが混じる残念そうな顔で、僕を眺めていた。




 結局彼女は治療師に相談するらしい。僕がサロメと共に彼女らを見送ると、彼女が廊下の奥へ消えた後、安心したようにサロメが溜息を吐いた。

 

 招かれるようにルルの部屋に戻り、玄関扉を後ろ手に閉める。とりあえず用事は済んだが、一応顛末を報告するべきか。そう考えつつ部屋の奥へと視線を向けた僕に、サロメがもう一度溜息交じりに語りかけてきた。

「最初は私の行為のせいでございますが、災難ですね。とても申し訳ないです」

「……まあ、その通りなので何も言えませんが……」

 いいよ、とは返せない。そう告げるとサロメが愕然とした顔を作って僕へと見せる。最近打ち解けてはこれたと思うが、コミカルな演技までするようになったか。


 ツッコミはせずにルルの方へと歩み寄ると、ルルは机の上に広げていた本をそのまま奥へとどけて、椅子に浅く腰掛けた。

「結局、どうなさったんでしょう?」

「証を見るのを拒否されたので、申し訳ありませんが何もせずにお帰り頂きました」

「そうですか」

 淡々とルルが呟く。ルルとしても別にどっちでもよかったのだろう。そもそもルルとも知り合いではないらしい。もちろん知識として顔と名前は覚えているが、直接話したことはない、とさっき双方から聞いた。


「……なら、何をしに来たのでしょうかあの方は?」

 サロメが不可思議そうに僕に尋ねる。たしかに、薬を作るのに必要なことをしたくない、と言い張り去っていった彼女が、何をしたいのかもわからない。いやまあ、薬をもらいに来たんだろうけれど。

 しかし詳細をどこまで言ってしまっていいものだろうか。……まあいいか、別にこの世界、薬師に守秘義務はない。


「口内炎をどうにかしたいというのでいらっしゃったそうです」

「口内炎……放っておいてもいいと思いますけど、そんなに酷かったんですか?」

「わかりません。口の中を見せて頂けなかったので」


 見えた範囲ではいくらかあったが、そもそも痛みが酷いのかそれとも規模が大きいのかはさっぱりだ。

 色もほとんどわからない。残念ながら、僕に出来ることはない。


「口の中を……あー……」

 サロメが納得するように呟く。ルルもその顔を見て、思い至ったかのようにわずかに頷いた。

 僕としては、何に納得したのかわからないのだけれど。

「何か?」

「たしかに、見せるのを躊躇してしまうかもしれませんね。その、殿方というか、カラス様には、特に……」

「僕ですか?」

 僕には見せられないと。……なら本当に何をしに僕に会いに来たんだろう。


 サロメはごく小さく咳払いをして、得意げにも見えるよう胸を張って口を開く。

「案外、口の中を見せるって恥ずかしいものですよ。虫歯があるなら尚更ですし、臭いとかもそうですし、そういうのではなくても汚れてないかとか気になってしまうかもしれません」

「僕は気にしませんけど」

 特に、今回食事中というわけでもないし、食事直後と言うことでもないだろう。それにそもそも今回僕が望んで見るわけでもないし、必要だからと願い出たんだけど。

「女性はそういうの気にするものなのでございますよ。男性でもそうかもしれませんが」


 まあたしかに、見せられないときもあるかもしれないけれど……。しかし、だったら。

「治療師には見せるんですかね」

「女性相手には抵抗が少ないかもしれません。でも、やはり、あの、カラス様ですから……」

 サロメがうーん、と悩むようにしながら口にする。やはりあまり納得できないけれども。

 治療師ではない僕に、躊躇なく見せた前例がある。今回の件の発端の人物、カノン・ドルバックが。

「そうなると、薬師が信用できないならこなければいいのに、とも思ってしまいますけどね」

「信用できないわけではないと思うんですが……」

 サロメの歯切れが悪い。


「薬を使わなければいけなかったんでしょうか?」

 口ごもるサロメから矛先を逸らすように、ルルが声を上げる。最近、そういうのが多い気がするのは気のせいだろうか。誰かを庇うような。気を遣うような。


 しかしその話題もどうだろう。僕は、ん、と考えて口に出す。

「簡単な炎症や傷に伴うものだったらすぐにでも治すことは出来ると思いますが……そういうのはやはり治療師の業なので、あまりやるわけにはいきませんね」

 通常、法術は魔法使いにも扱うことは出来ない。

 傷の治癒程度ならば自然と体得できる者もいるだろうが、それでも、病を癒やしたり劇的な効果を出すには法術の訓練が必要だ。

 より正確に言えば、聖典を読み込み正しい奇跡の模倣を行う訓練と、身体の構造と機能を熟知し正しいものを選ぶ訓練が。


 それを行ったとは思われていない僕、もしくは、行っていたがその道を踏み外したとされる僕が扱っていいものではない。それも正確には、扱っていい顔はされない。


 だが僕のその言葉に、ルルがわずかにじとっとした目を向けてくる。

「……この前も先ほども、ディアーヌ様には使ってらっしゃいましたが」

 正直、その言い分はもっともだと思う。

 僕は両手を胸の前で開いて同意を示した。

「……あまり気にしていなかったと言いますか」

 そして僕の理由としてはそんなところだ。隠す気がなかった、というのは言い過ぎだが、この国でそれを見せていいものではないと思っていながらも、あまり隠そうという気にならなかった。

 昔ムジカルへと渡る前、イラインにいたときならば、おそらく何とか誤魔化すか使わなかっただろうけれど。

「怪我は薬師よりも治療師ですからね。思わず、使ってしまいました」

 頭を軽く掻きながら、努めて明るく僕は言う。実際には多分それだけではないだろう。その前に、クロードに仄めかされていたから、というのは言い訳になるだろうか。


 そして彼女の場合は、そういう心配はあるまいとも思っている。

「ディアーヌ様はおそらく吹聴はしないでしょう。そういう方、だと思います」

「……そうですか?」

「ええ」

 ルルに対して自信を持って回答するが、これに関しては少しだけ自信がある。当たらない僕の勘からも、そして彼女を見ていた印象からも。

 そしてまず、損得勘定からも。


「もしも僕が魔法使いだと吹聴し、さらに治療の業を使ったと周囲に言いふらそうものならば、私はあの稽古に参加できなくなりますからね。どう考えても、彼女は黙って私を利用し続けた方が得でしょう」


 魔法使いだということを隠してはいないし、そういう認識の人間も多いだろう。その上、僕はあの演武で闘気を使って見せた。そういうことに疎い類いの令嬢たちはさておき、おそらく聖騎士たちはもう察しがついただろう。

 もしかしたら、魔法使いが闘気使いのフリをした、と考えられているだけかもしれないが、やはり中にはクロードと同じように僕が両方を使い分けられると気が付いた者もいるだろう。


 だろう、だろう、と状況への推論を重ねていく。

 だがその推論が正しければ。闘気と魔力は排他的なもので、両方を扱える者などいない。そういう常識から外れた存在である僕は、一応許容されつつあるのだ。

 もちろんそれは、口に出さない暗黙の了解の中で。


 既に気づいた者がいる。しかし、僕の身には今のところ何も起きていない。

 ならば、現状維持を選んだのだろう。知った者は。


 ウィンクのときに悩んだこと。闘気を使える魔法使いの今後をあの時に考えたが、その答えは今出つつある。

 つまり、魔術師ギルドに注目されなければ問題がない。ただ皆が黙っているのであれば。


 そして、ディアーヌの目的意識は異常とも言えると思う。

 誰が、打ち身骨折などがほぼ必ず起きる稽古に、喜んで参加できるだろう。参加してなお、恐怖を覆し笑みを浮かべられるだろう。

 その理由は定かではない。けれども、きっと彼女は剣を学ぶことを心底望んでおり、その環境を整えるのに妥協しない。


 だから、言わない。闘気と魔力を併用できることを殊更に騒ぎ立てることもなく、治療の業を言いふらすような真似もしないだろう。

 たとえ彼女が敬虔な聖教徒であろうとも、彼女の剣の上達に、僕が必要な限りは。



 もっとも、僕としては少し気に入らない。

 考えつつ、少しだけ不機嫌になりそうだったのを指を捻って誤魔化す。


 暗黙の了解。秘密の共有での結束。

 どちらも、人間たち特有の風習。下らない話だ。ディアーヌが関わっていなければ、そして今ルルの下で働いていなければ、僕から大々的に吹聴して、そんな結束など台無しにしてネルグの奥へと消えてしまいたいほどの。

 だがまあ、それに関してはやらないと僕は決めている。彼女らのせいにする気もないが、まさしく彼女たちのために僕はやらない。

 何かと戦っているディアーヌを、邪魔しないためにも。



「まあそれよりも、そうだったらいいな、という希望的観測と願望からですけれど」

「そんな、軽く……」

 ルルが小さく溜息を吐く。

 そういえば、ここまで話したけれども。

「……ルル様は、驚かれませんでしたね」

「え?」

「治療が出来るとまるで知っていたかのような……」

 僕も話題を変えようと、ほんのわずかな疑問を口にする。

 ルルも見ていたはずだ。闘気を使う僕の姿を。そしてその上で、薬を用いない治療をすると既に知っていたかのような……。……ああ。


「それは」

「そういえば、見せたことがありましたか」


 ルルが口にすることを取ってしまったようだが、そういえばそんなことがあった。

「覚えててくれたんですか」

「正直なところを言いますと、今思い出しました」

 少しだけ嬉しそうなルルの表情を曇らせるようで悪いが、僕は出来るだけあっけらかんと返す。本当のことだし。

 ルルが膝の上に置いた手を重ねて握りしめる。

「お母……ストナの怪我を癒やして頂きましたもの」

「懐かしいですね。もう三年……四年くらい前でしょうか」

 正確な日付は覚えていない。だが、それくらいだろう。まさしく僕がこの王都にルルを連れてきた日。僕が、ルルを渦中のあの館に運んだ日。

 彼女の母親が、刺客に襲われ死に至る所を助けたこと。そういえば、見せていた。


「じゃあ……聞きますけれど」

 上目遣いに拗ねたように、それでも不機嫌ではなさそうだが、ルルは唇を尖らせるようにおずおずと言葉を選んで口に出す。

「はい」

「カラス様は、魔法使いですか? 闘気使いですか?」

「…………」

「私たちは、どっちとして扱えばよろしいのでしょうか?」


 ようやく聞けた、とばかりに何となくすっきりとした顔でルルがそう僕に問いかけてくる。その後にルルが視線を向けた先にいるサロメは、ようやく何かに思い至った顔をしたが。

 しかし、どちらとして……と言われても……。


 正直、好きにして、と言いたいことだ。どっちも使える以上、どっちでも正しいし僕はどちらにだってなれる。

 ……それに勝手に選べばいい。多くの人間たちと同じように。


 そう口にしそうになり、それを口から出せずに僕は唇を締める。

 どうでもいい人間たちならば何と呼ばれても構わないが、どうでもよくない人に視線を向けて、静止する。


 昔から、見て見ぬフリをしていた選択肢を突きつけられた気分だ。

 森から出たあの日は、闘気使いでいいやと考えたっけ。

 そしてグスタフさんには魔法使いと名乗った。

 今にして思えば、よくそんな僕を受け入れてくれたものだ。普通に考えれば、魔道具を使うか魔法で嘘をついているか、もしくは何らかのトリックを使っている胡散臭い子供なのに。

 そしてよく考えれば、ルルもまずすべき大事な質問が抜けている気がする。前提条件というか、まず確かめなければならないことを。

 


 まあいいか。

「王城では闘気使いでよろしいでしょう。探索者をやっているときは魔法使いですが、演武で皆様に闘気を披露してしまいましたからね」

 時と場合により変えられる。僕の強みはそこだ。嘘をついていると言われても、やはりそこは最大限活用しよう。

 僕は人差し指を立てて、薄く闘気を活性化させる。そこからだけ立ち上る白くか細い光。仮に魔法で再現しようと思えば、簡単にできるのだろうけれど。


「そういうことで、よろしくお願いします」

「…………」

 僕がまじめくさって言うと、じ、とその指先を見つめてからルルが噴き出すように小さく笑う。

「ではそうしましょう。サロメも、いいですね」

「了解しました?」

 半笑いで言うルルに戸惑うようにサロメが了承の言葉を返す。何となく首を傾げているのは、何か納得できていないことがあるのだろうが。


 冷めてしまった薬湯を飲みつつ、ルルが僕たちから視線を外す。

 そんな彼女を見ながら、僕はふと思う。



 ……さっき僕が思ったこと。一つだけ撤回すべきかもしれない。

 秘密の共有。

 その楽しさが今、少しだけわかった気がする。




「では」

 ルルから発せられた真面目なトーンの声。僕とサロメの視線が、それだけでルルに集中した。

 ルルは机の上で開かれていた本に押し花のような栞を挟んで閉じる。それから椅子に深く腰かけ直した。


「そうすると、問題が出てくると思うんです」

「問題、でございますか?」

 サロメが聞き返すと、ルルが頷く。何となくいつもの彼女よりも、力強い仕草だった。

「ルネス様にはどう釈明致しましょう。先日、カラス様はルネス様の目の前でどちらも使ってしまいました。それに、治療師と同じようなことまで」

「まあ、そうですね」


 たしかに、口封じというか、彼女には何かしらのアクションが必要かもしれない。

 ディアーヌと違い、僕の秘密の暴露を躊躇する理由が見当たらない。殊更に暴露しそうな気配もしなかったが。

 あの時ごくわずかに頼んだだけで今まで過ごしてしまったが、そういえばその話は広まっていないのだろうか。お茶会を頻繁に開いている彼女の口から漏れてしまえば、それも公然のものとなってしまう気がする。

 そこから魔術師に伝わってしまえば、あるいは。


 しかしそれも。

「……ルネス様も、あまりそういうことを言いふらすような方にも見えませんでしたが。もしも心配でしたら、またお願いすれば確実に……」

「カラス様は、簡単に人を信じすぎていると思います」

「そうですか?」

 むくれるように反論してきたルルに、思わず素で聞き返してしまう。僕はそんなに人を信じやすいだろうか。

「ディアーヌ様は、たしかに私にもそういうことをしなさそうに見えましたけれど……、でも、ルネス様は…………」

「ルネス様は?」


 言い淀み、俯くルルの言葉が止まる。言いづらそうに。

 何となくその様は、後悔しているようにも見える。その話題を口にしてしまって。

 そしてルルは、僕とサロメを一度ずつ見て、スカートの膝辺りを握りしめた。


「……あまり……あまり、信用できません」

「…………」

 ぽつりと呟かれた言葉に、サロメが小さく「お嬢様?」と聞き返す。それからサロメが助けを求めるように僕を見たが、僕もなんと言っていいかわからず首を横に振って返した。


 それでも、ルルの意見に異を唱えるなら、譜代といった感じのサロメよりも、外様の僕だろうか。

 口の中だけで咳払いをして、拍子を取った。

「私も個人的に知ってはおりませんので擁護するわけでもないですが、……どういうところがでしょうか?」

「……………………」

 困ったようにルルが目を背ける。具体例が思いつかない、といった感じで。

 まあ、僕も見た限りではそうなのだけれど。だからこそ、同意できずに困っている。

 もしも仮に、僕の目の届かないところでルルが何かをされているというのであれば、僕がどうにかしようと思う。僕にどうにか出来ることであれば。

 けれども僕の見た限りでは、その兆候は、ない。



 だがやがて、ルルが顔を上げる。唾を飲んで、覚悟を決めたように。

「カラス様、サロメ」

「…………」

「……作り笑い。見てて不快になりませんか?」

 唐突な言葉。同意を求めるように、弱々しい語調で。


 ルルの口から吐かれた『作り笑い』という単語。

 最近形を潜めていたその類いの話題に、僕は前にオトフシと話したことを思い出し、内心「ああ」と呟いた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 「ルネス様は?」 言い淀み、俯くルルの言葉が止まる。言いづらそうに。何となくその様は、後悔しているようにも見える。その話題を口にしてしまって。そしてルルは、僕とサロメを一度ずつ見て、スカート…
[良い点] だからカラス君、君はイケメソなのだと何回言えば……(言っても伝わらん気もするけど。)
[一言] ふつふつと長い間、溜まっていた悩みがここで解決するといいなぁ…
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