一歩先んじて
ほんのわずかな時間。赤面していた勇者は我に返ったように首を振ると、やや嬉しそうに首を振った。
「そ、そうですよね。多分男だったらわかってくれるんですけど、やっぱ子供のときのごっこ遊びってったら、やっぱりちゃんばらで……って、この世界だと違うかもしれませんけど」
早口で、それでも恥ずかしいのか一般論に話を広げようとする。
勇者の時代でも、チャンバラごっこはまだやるのだろうか。
……しかし、格好良かった……か。
勇者の素振りもたしかに素人ではないように見えたが、ああいうのが格好いい……のだろうか?
僕としてはあまり剣に対してこだわりもないし、そもそも好きで使っている道具でもないので理解できないのかもしれないけれど。
時代劇は読んだ覚えがあまりない。やはり好みの問題か。
「その辺りは、……どうなんでしょうね。私、昔から殿方と遊んだことはないので……」
そして勇者の言葉にルルが少し顔を曇らせる。
引っかかった場所は多分、『子供の時のごっこ遊び』だろう。
勇者はルルの事情を全く知らないのだ。故に無神経とも言えないが、その言葉は止めたほうがいいだろう。
以前聞いたオトフシの言葉からして、ルルは『子供時代』を奪われたと思っている。この貴族社会に。
そうは思うのだが。
「そうなんですか。俺と一緒ですね」
「……はい?」
「俺も、女の子と遊んだことなんて子供のときにちょっとあるだけなんで」
へへ、と恥ずかしそうに勇者は頭を掻く。
「昔は鬼ごっことかして遊んでたんですけど、やっぱどこかで一緒に遊べなくなるんですよね。何でかなぁ……」
「鬼事はやはり体力の差が出ますから仕方ないのではないでしょうか」
「ま、そうっすよね」
合いの手を入れたマアムには、ぼやくように返す。この二人は主と従者というよりは、何となく友達程度の距離感に思えてきた。
話題が途切れた勇者が、また棚の数打ちの剣に手を伸ばす。一振り銅貨数枚で買えるような大量生産品だが、それでも勇者のお気には召しているらしい。
「いいな、剣欲しいな……」
「後ほど特注で用意させましょう。拵えや造りなども後ほど」
「…………」
勇者の独り言に対するマアムの即答に、勇者が思い悩むように唇を引き締める。
その表情からは、後ろめたい、というよりは躊躇が見える気がした。
それからルルをちらりと見て、喉を湿らせるように唾を飲み込んだ。
「でも俺、テレーズさんを怒らせてしまいましたし」
続けて、それに戦う事なんて、と口の中で呟く。木綿のような薄いシャツの袖を手持ち無沙汰に捲りながら。
「剣一本もらったところで、戦えない俺が持ってても仕方ないと思うんですよ」
「そのような弱気なことを仰られても」
「本当は、だから、テレーズさんのところで鍛え直すつもりだったんじゃないですか?」
「…………」
今度はマアムが沈黙する。その通りだと肯定を返すように。
「やっぱりもっとちゃんと……って思っても、もう遅いんですよね」
勇者が深い溜息を吐く。
「……失敗したなぁ……」
落ち込んだような態度。
その遠因たる僕は、その姿に少しだけ申し訳なく思う。いやまああの当時はテレーズに幻滅されることも有効な手段だったという言い訳があるのだけれど。
……しかしまあ、『失敗』か。
あの手段は、今の勇者にとっては。
誰を咎めるわけでもないが、はっきりと口に出された言葉に僕は複雑な気持ちになる。
戦うことを受け入れつつある、ということに。
そしてその理由が、……。
「……謝ればいいと思います」
ルルが言葉を発する。勇者へ向けて叱咤するような口調で。
そういえばルルもあの時の勇者の姿を見ていたか。無様だったが、あのテレーズ団長に叱られたときにも勇者は剣を振っていたっけ。
ルルの言葉に勇者が目を丸くする。それからばつが悪そうに目を逸らした。
「……出来ればいいんですけど」
「正直私には、オギノ様が何か悪いことをしたのかどうかすらわかりませんが……。悪いことをしたと思うのであれば謝ればいいし、そうでなければ胸を張ってまた申し入れればいいのではないでしょうか」
もどかしそうにルルが自分の肘の辺りを握る。視線は床に落ちて、段々と勇者に向けた言葉ではなくなっているようにも聞こえた。
「そう……っすかね」
「そうですよ。テレーズ団長も、話を聞いてくれる方だと思います」
勇者が一度ルルを見て、露骨に視線を逸らして下ろしたままの拳を握る。
それからまたルルを見て、決意したようにマアムへと視線を向けた。
「テレーズさんの予定、聞いておいてもらっていいですか。話が出来る時間」
「……かしこまりました」
マアムがわずかに頭を下げて、下げたままルルに視線を向ける。
よくやった、という雰囲気が漂い、そしてルルもそれを感じたのだろう、唇を結んだ。
音が鳴る。ルルたち三人は聞こえていない音。金属の震えるベルのような音が。
僕の耳にだけ聞こえた……わけでもないだろう。
発信源は護衛の男性聖騎士の腰にぶら下げられたU字型の金属。震えるように微かな音を発したそれは、本来着用者に振動で情報を伝えるものであり、音を出すものではない。
その震えに顔を上げた男性聖騎士は、ゆっくりさりげなく腰の剣に手をかけて、店の中を点検するように見回す。もちろん今のところは、店主と僕たちしかこの部屋の中にはいない……と思うのだが。
聖騎士の腰の金具が、わずかな間隔を開けて鳴らされる。
共鳴でもしているのか、その金具がどうやって鳴らされているのかはわからないが、多分店の外で周囲を警戒している女性聖騎士の音から察せられた動作からすると、笛を吹いたようだ。
その符丁に、僕の警戒心も上げられる。
実際には聖騎士たちの間の符丁はわからない。けれど、それが昔ここ王都へルルと向かう旅の最中、キーチたちが使っていたものと同じならば。
短く四回。それは、『不審者』を示すもの。
「申し訳ありません、マアム様」
「何事ですか?」
男性聖騎士が勇者に歩み寄り、声をかける。その剣幕に、マアムが眉を顰めて応えた。
勇者からは一歩離れ、声を潜める。潜めているとはいえ、ルルはまだしも勇者には普通に聞こえてそうな声の大きさだったが。
「店の周囲で不審人物を確認しました。現在ケイトが対応中です」
「…………それはどのような?」
「わかりません。確保はまだ出来ていないようです。状況が変わり次第、この店を発ちましょう」
「……わかりました」
話を終わり、マアムが勇者の方を見る。今の剣呑な話題を表に出さないように。
「申し訳ありません、勇者様。楽しい時間も名残惜しいとは思いますが、少しだけ事情が出来てしまいました。王城へと帰還していただけますでしょうか?」
「不審者……というのは?」
心配そうにそう口にした勇者に、マアムの笑顔が固まる。
わざわざ隠したんだからそうなるとも思うけど。
諦めたように聖騎士が短く溜息を吐いて一歩前に出た。
「詳細は私にもわかりません。しかし勇者様の御身が第一です。確保の連絡が来ていない以上、手間取っているのか、それとも……。安全が確保されてから、速やかに王城へと帰還していただきます」
「は……はあ……」
呆気にとられたように、勇者が了承の言葉を返す。
さて、僕はどうしようか。この状況で不用意なことをすると、聖騎士たちに印象も悪くなるだろうし……。
扉が小さく叩かれる。
三回、そのあと二回。やはり、あのときのキーチたちが使っていたものと基本は同じらしい。
動きを止めた三人を尻目に、ゆっくりと聖騎士が歩み寄り、その扉を開く。
これも本来なら、一人が扉を開けてもう一人が警戒をするのだろうが。
それから細く開かれた扉の隙間から見えた女性聖騎士に、少しだけ警戒心を解いて男性聖騎士が頷きで返す。
「申し訳ありません。取り逃がしました」
「相手は?」
「おそらく一人。遠くからの視線に私が気づいたことを悟ったようで、逃走を選択。追跡は軽く行いましたが、陽動の恐れを考えて途中で断念しました」
「了解した」
向き直った男性聖騎士が、店主を見る。
彼はといえば、さっぱり状況が飲み込めないようで手を止めてこちらを見ていたが。
マアムもそこにようやく気づいたようで、声を上げた。
「申し訳ありません。お騒がせしております。後ほど謝罪と事情を説明しに人をやりますので」
「……構わないけど……何事だ?」
「申し訳ありません、それも後ほど」
要領を得ない。そう瞬きで存分に主張している職人を尻目に、マアムが聖騎士に視線を向けた。
「これから?」
「表からのほうがよろしいかと。裏口は道が入り組んでおります」
女性聖騎士の返答に、今度は勇者にと視線を向けた。
「慌ただしくなってしまい申し訳ありませんが、指示に従っていただくようにお願いします」
「か、構いませんけど……、不審者、ですか? 何で?」
問われた男性聖騎士が、ほんの少し苛立つようにもう一度店内を見回した。
「わかりません。しかし尋常な用事ではないでしょう。勇者殿の素性を知っていて、監視をする以上は」
「やっぱり狙いは、俺?」
「ザブロック様かもしれません。しかし、警戒するに越したことはない」
…………。
「カラス様」
ルルの声。そのこの状況ではまったくの脈絡のない言葉に、店内の注意がルルへと向いた。
まあ、呼ばれたのだ。それに今の聖騎士の言葉。反応しないといけないだろう。
「ここに」
誰の視線も向けられていない部屋の片隅。そこで僕は姿を見せる。
「…………!?」
僕の声に心底驚いたように聖騎士は剣の柄を強く握り、マアムも勇者も小さく声を上げた。
だがルルだけは驚いてもいないようで、何事もないように僕の方へと視線を向ける。
「仕事を、お願いします」
「お任せください。ルル様には悠々とご帰還していただきましょう」
「カ、カラス殿? いったいどこから?」
「お嬢様の警護としては、離れるわけにはいきませんからね」
驚く聖騎士を適当にあしらうように応えながら、僕も入り口から周囲を見渡す。不審人物、というのかはわからないが、この武器屋の入り口で固まっている状況は普通に目を引いているようだが。
「状況をはっきりさせましょうか」
「……どういうことです?」
「お嬢様と勇者様、二手に分かれて帰還するというのは」
聖騎士に応えつつ、扉の枠に手をかけたせいで指についた埃を擦って落とす。掃除はあまりしていないらしい。
口をついて出たような適当な案。
だが、有効でない案というわけでもない。僕の責任がただ増えるけれど。
「突然現れて何を仰っておられるのでしょうか?」
マアムがやや怒気を帯びながら僕へと問いかける。まあ追い払ったと思っていた僕がここにいるのだから、面白くはないだろう。
「護衛対象は二人より一人のほうが簡単。狙われている……かどうかもわかりませんが、相手の監視対象がどちらかわからないのであれば、分かれてついてきた方が対象です」
その怒りに取り合う気はない。
「とまあ考えましたが、聖騎士様たちのご意見を伺いたいです。もちろん、聖騎士様方ならば、二人一緒でも問題ないと思いますが」
「……いかにも探索者らしい発想ですな」
「ですよね」
僕が笑うと、男性聖騎士も不敵に笑う。以前ならば、多分怒りと共に反対された意見だっただろうが。
しかしこの反応からすると、悪いものではないらしい。レイトンの張った布石、どこまで有効なんだろう。
「お嬢様の警護をカラス殿に担当していただくということですね」
「元々私の仕事なので、そうなります」
サロメの言葉に僕は同意を返す。単なる確認、だが重要なことだ。
「……私も、聖騎士様ではなく、カラス殿に命を預けることになりますが」
「請け負いましょう。もっとも、私たちに直接危害を加えられることはないと思いますが」
狙われているとしたらルルか勇者。
ここがイラインだったとしたら、僕という可能性もあるが。しかし王都では、あまり……。
すぐに一つ例外が浮かび、僕は脳内で呟いていた言葉を止める。普通に僕が対象という可能性もあるのか。それはこの場で言いたくないけど。
「……探索者に、警護を任せるというのですか……?」
「カラス殿ならば問題ないでしょう。もしもカラス殿が守り切れずに負傷する相手ならば、私たちなど相手になりませんからね」
女性聖騎士からの援護も入る。
不気味でもあるかもしれない、この変わりよう。逆にマアムからは少しばかり敵意まで持たれてる感もあるが。それはレイトンとは関係ない僕の行動の結果だろう。
「しかしそれはさせられないと私は思います。私たちにも責任がある。もう対象は、勇者様だけではありません」
そしてその言い分もわかる。これで仮にルルに何かがあれば、離れていたとしても、それは彼女らの責任だろう。
「……ならば私は」
ルルの声に、女性聖騎士もルルを向く。
「私は、足手まといになりたくありません。私には彼がいます。勇者様のためにも、聖騎士様方は聖騎士様方のお仕事をしてくださいませ」
「しかしそれは、ザブロック様が囮になるということでもある」
「承知しております」
囮というのも少し違うと思う。
ルルに対象がついてくる。ならば、その場合は元々対象の狙いはルルだ。勇者は元々安全で、ルルにそれを擦りつけたわけでもない。
もっとも、重要度的にも状況的にも、監視対象はルルではなく勇者だと僕は確信しているけれど。
本当は透明化して全員連れて帰れればいいのだが。
しかし、それで巻き込むのは一人が限界だ。ならば僕はルルを守る。勇者がそこに入ることはない。
「囮ではないでしょう。その場合は、正しく私の仕事です」
「でもそうしたらルルさんが……」
「安全に帰します」
言いつのろうとする勇者にも、僕はそれなりに強気に応える。
そもそも何かあるとするならば、何かあるのは多分勇者だ。
それに、何かあるならば既に何か起きているだろう。
女性聖騎士の話であれば、監視役は既に逃げている。女性聖騎士を退けようともせず、まったくの反撃なく初手で逃走を選択した。
力がないのかその気がないのかはわからないが、そもそも対抗の選択肢がないのだろう。単独で監視していたのかもしれない。
だから多分、これ以上はない。
「ここで時間をかけるのも悪手。私たちは一旦東へ向かってから、王城へと戻ります」
「ならば勇者様には西から、…………了解した」
男性聖騎士は賛成らしい。快く応えると、女性聖騎士の方も見る。
先ほどのルルとの問答で既に不承不承と了解はしていたようで、しぶしぶ頷いた。
「では、オギノ様、失礼いたします」
「……はい」
事の重大さにようやく得心してきたようで、勇者は深刻そうな顔で頷く。
少し歩いただけでこれだ。しばらくデートは出来ないのかもしれないが、その辺は知らない。
「カラス様、ご武運を」
「ええ。聖騎士様方も」
僕も頷きと言葉を返し、一歩先んじて外へ出る。
青空。温かいが涼しい風。その先に、僕らへと向ける不審な視線はない、と確認して。
「頼みます、カラスさん」
「承知しております。では、参りましょう」
とりあえず、東へと向かう道を選びつつ、僕はルルを待つ。
分かれたことを示したい。しばらくは透明化は使えないだろう。
エスコート、ではないが、ルルに『お手を』とでも声をかけるべきだっただろうか。
そんな軽口を心の中で押し留めつつ、僕はルルとサロメの斜め前をゆく。
その背中に向けられた勇者の視線を切るように、僕はわざと人混みを盾にした。
パズルみたいな書き方してるからこんな失敗するんだ




