お邪魔虫
僕とオトフシは揃って聞こえないように溜息を吐き、顔を見合わせる。
「では時間的に、ここで交代しましょうか」
「そうしたほうがよさそうだな」
まだ午前中。本来ルルの昼食まではオトフシの担当だったが、勇者と街へ行くともなれば時間がどうなるかわからない。途中で交代など出来ないだろうし、中途半端な時間になるとオトフシがちょっと機嫌を悪くする。オトフシが。
いやまあ、文句の一つもいわないが、雰囲気的に。
しかしこれからどうするのだろう。
勇者とルルが、街へ出る。それはいうほど簡単なことではない。
まずルルは貴族令嬢。貴族令嬢は大抵の場合、どこへ行くにも警護が付く。
警護といっても物々しいものは少なく、大抵は侍女が兼任できるほどの簡単なものだが。こちらは今回はサロメでもまあいいとは思う。もちろん僕もついていくけど。
そしてそれよりも、問題は勇者だ。今現在この国の要人である彼の場合、重要度的に外では聖騎士クラスの警護が常時必要になる。
お忍びだった前回、エウリューケに会いにいったあの時すら聖騎士が三人警護に就いた。しかもミルラ王女が一緒にいたということもあり、聖騎士団長までもが加わって。だが僕が一緒にいたとはいえ、あれを過剰とは思わない。
もちろん王都の中は比較的治安がいい。勇者一人で出歩くことも不可能ではない。しかし国家の安全管理上、必要なことだ。
今回もミルラ王女の許可は得ている。ならば既に聖騎士団員の手配も出来ているのだろうか。
「でも、どちらへ行くのでしょう?」
「決めてません。適当に雰囲気を感じるために、ぶらぶらしようかなって」
ルルの質問に、勇者は答える。
「私は王都の中は不案内で、案内など出来ませんけれど」
「あ、いえ、いいんです。大丈夫です」
それから慌てるように勇者は言った。多分その言葉の続きもあったのだろう、口ごもるようにして言えていなかったが。
「サロメ。貴方は?」
「簡単な地理ならば把握してございます」
「では頼ることになりそうですね」
もう一口、とルルはお茶を口に含む。口の中を湿らせて、どうにかして言葉を続けようとするように。
「それでは準備を致しますので、少し時間をいただけますか?」
「はい。南西の出入り口で待ってます。一昨日お会いした辺りで。……どれくらいでしょう?」
「四半刻もあれば」
とりあえず着替えるらしい。ルルが今着ている服は普段着で、外を歩くのには向いていない。もちろん歩くことは出来るだろうが、上等な服ということで少々目立つだろう。
……しかしそういった用途の服など、持ってきているのだろうか。
わからないが、まあいい。その辺は口出しできまい。
「じゃ、じゃあ、また後で!」
「では、後ほど」
善は急げ、とばかりに席を立つ勇者を、サロメが先導し見送りにかかる。
そして僕とオトフシがいたパーテーションの横を通りがかったその時に、勇者と目が合う。勇者は初めて僕に気が付いたようで「あっ」と声を上げた。
僕は乳鉢の中の粉を瓶に注いでいた手を止めて、勇者へと会釈する。
「申し訳ありません。ご挨拶が遅れました」
「帰ってきてたんですか」
「ええ。挨拶をしないのも失礼かと思いましたが、歓談中でしたので」
「……それは、ええと……かん、甘露の?」
「はい」
勇者の視線が僕の手元に移る。未だ水気もなく、ただいくつかの生薬を砕いて混ぜただけのものだが、その材料には違いあるまい。
瓶を振るとサラサラという微粒子の音と、カサカサという大きめの破片の音がする。実は今のところ、これは飲むと肺を痛めて体調を崩す程度に毒性が強い粉薬だ。
「まだ調合には工程が必要なので、今はお渡しできませんが」
「ああ、いえ、まだ一本残っているので明日の昼までにもらえれば」
「そこまではかかりません」
具体的にいえば、あといくつかの薬草を煮出して、他にも蒸した薬草を乾燥させて磨り潰す、くらいの工程が必要だ。その後炭酸水と調和水を混ぜることも必要か。
何か段々面倒になってきた。調和水だけ飲ませるだけでもいい気もしてきた。一応作るけど。
しかし。
「……常用しているようですが、身体に不調などは?」
「…………不調、ですか?」
僕が頷くと、勇者が少し悩むように首を傾げる。そちらが少し心配だった。
何せ、勇者が今飲んでいる甘露は本物ではない。エウリューケの目分量で適当に調合したもので、普通に毒性が残っている可能性もある。
それから、勇者は思いついたように顔を上げた。
「……あの、だから飲むなとか、そういうことは言わないでほしいんですが……」
「……まあ……」
ことによっては中止の進言くらいするが、飲むなとは言わない……と思う。
僕の返答に迷うようにしながら、勇者は明るくするように声のトーンを少し上げた。
「あの、甘露って幻覚作用とかあるんですか? たまに変なものが見えます」
「変なもの? というのは……」
今度は僕が首を傾げる。
いや、ないはずだ。少なくとも、使われている生薬にはなかった……と思う。
「具体的にといわれると難しいんですが……視界がピンク……桃色がかったりとか緑色になったりとか、遠近感が狂うとか……」
「……眼に何か……」
視界の色調が変わったり、像が歪んだときまず疑うのは眼病だろうか。もしくは遠近感ということを考えて、脳腫瘍とか……。しかし頭に作用する生薬はなかったと思う。複合して効果が変わったりなどした……のだろうか?
「何もないのに音楽がかかったりすることもあるんですよね。何か、女の子が空から見ていたり、幻聴みたいなものも」
「……中毒症状でしょうか」
僕は頭を掻いて、なんとなく勇者の言葉をまとめていく。
視界の色が変わったり、耳鳴りがする程度ならばまだしも、音楽。そこまでいけば、尋常のことではない。
たしかにやはりそれは幻覚剤などの効果と同じ感じだ。鬼草の煙とかも高揚感と一緒にそんな感じの効果があったっけ。鬼草の場合は寄生虫妄想なんかの皮膚感覚が主だったが。
僕が悩み始めたのを深刻に取ったのだろう。勇者が慌てて否定するように胸の前で手を振った。
「でも、今はなんともないんですよ。瞑想中にぼんやり感じるくらいで、身体が動くようになると消えちゃいますし」
「まあいいですけど」
今見る限りでは、残遺症状などはない……と思う。それこそ主観だからわからないけれど、とりあえず客観的には。
問題が出てからでは遅い気もするが、それでも何かあればきっと間に合うだろう。
「身体は動かせるようになりましたか?」
「大分慣れてきました。立ったり座ったりなんかは普通に」
「それはよかった」
一応そちらは順調らしい。実際にそれを見たこともないが、その言葉の通りなら……。
……ああ、見れるかもしれない。
「その感覚で身体を動かすのは、今現在出来たりは……」
「出来なくもないんですけど、やっぱり飲んでないときと比べてかなり難しいです」
勇者は僕の言葉に応えて、腕を持ち上げようとする。しかし、腕の重さが数十倍になったかのように、ゆっくりと力なくしか持ち上がらない。
持ち上がるだけでも凄いことだと思うが。
「では……」
「カラス殿。勇者様。お嬢様の準備がございますので……」
困ったようにサロメが口を挟む。
そういえばそうだ。僕と勇者は揃ってサロメを見て、それから視線を交わす。
黙って聞いていたオトフシが、小さく噴き出す声が聞こえた。
「失礼しました。お引き止めして申し訳ありません」
僕は立ち上がり頭を軽く下げて、そして何故だろう、僕は何かを言おうとした気がした。しかしその言葉が出てこなくて、誤魔化すように僕は勇者の言葉を待つフリをする。
「いえ、じゃあ……」
勇者が会釈し去ろうとして、ふと何かを思い出したかのように僕を見る。
しかし彼も何事も言わずにサロメが開けた扉を潜ると、足早にそのまま去っていった。
「では、僕は警備の様子とか聞いてきますので、その間お願いします」
「わかった」
一応交代はまだだ。オトフシにそう了承させて、僕は立ち上がる。
とはいえどこに行けばいいだろうか。先ほどマアムだっけ、勇者の侍女に聞ければよかったんだけど。好奇心が勝ってしまったのは失敗だった。
まあ、南東口……ということはまた資材運搬口から出るのだろうが、そちらに行けば誰かいるだろう。いなかったらそのまま勇者の部屋へと訪ねていこう。
調合仕掛けの薬を手早く袋へとしまい、サロメと視線を交わす。『出てくる』という合図。それにサロメも頷きで僕に応えた。何となく、最近それで済むようになったのは不思議なものだ。
「……一緒に来ていただけるんでしょう?」
ルルが、そんな僕に向けて尋ねてくる。
その言葉に僕は悩もうとして、そしてニュアンスはちょっと違うがそうだと思い直した。
「ええ。これからの時間はオトフシと交代しますので、私がお供させていただきます」
「……そうですか」
深々と、ルルが頭を下げる。使用人風情にしていい格好ではない。サロメも止めはしないものの、慌てるようにおろおろと視線を僕とルルに交互に向けた。
「よろしくお願いします」
そしてそれだけ言って、ルルは頭を上げた。
「かしこまりました」
僕はどう返していいかわからず、それでも感じられた信頼に応えようと、精一杯の笑みで答えた。
「移動中の要人警護を見たことは?」
「少し前に一度」
南東の口には、明らかに資材搬入する業者などではない者が二人待機していた。街中で見られる一般的な庶民の服。男女、しかし鍛えられているその姿は、やはり聖騎士だろう。
話しかけてみればたしかにそうらしく、今日の勇者の警護を担当するとミルラから指令を受けていた。
「人数は三人、一人が要人について、もう二人が少し離れて前後を挟む」
「……その時はそうでした」
今日はどういう形で、と簡単に尋ねると、聖騎士たちは快く教えてくれる。その前に、『ああ! クロード団長と!』という言葉と共に肩を叩かれたので、あの演武を見ていたらしく、やけに好意的な二人だった。
「それが標準的な体制ですね。ただ、今日はミルラ様の要望で……」
聖騎士はそう言い淀み、周囲を見渡す。
いつもはここで作業している者も人払いされいなくなり、周囲には僕たち以外の人影はない。
そう、人影はない。僕と、聖騎士二人しか。
「……一人足りないようですが?」
「…………」
僕が軽口を口にするように尋ねると、聖騎士は困ったように頬を掻く。
今ここにいない一人。それがたとえば既に勇者に付いているとか、ただ単にここに来るのが遅れているとか、そういうわけではなさそうだ。残念ながら。
わずかな沈黙の後、言いづらそうに、聖騎士は口を開く。
「出来れば勇者様の他には、ザブロック様と侍女程度に留めてほしい、と」
「そうですか」
彼に反論しても仕方ない。とりあえず僕は納得するように頷くと、聖騎士もホッとしたようにわずかに表情を緩めた。
つまり、聖騎士は二人。離れて前後を挟むだけ。そして僕は……。
「ザブロック家には探索者の警護がいる。そうミルラ様もご承知だと思いますが、私共についての言及はございましたか?」
「……多分、侍女以外は……という話なので……」
一応確認してみるが、僕の認識に相違はないらしい。
要は、ミルラは僕に『付いていくな』と言っているのだ。直接の言及はないが、侍女以外は避けろというのはそういうことだろう。
まあわからなくもない。若い男性が、女性を誘っているのだ。その意味は、そういうこととは縁の遠い僕でもわかる。
二人きりのデート。邪魔はさせたくないのだろう。……侍女付きだが。
「そうですか」
「カラス殿には申し訳ありませんが、一応ザブロック家の侍女にもそう伝えるとも言われておりますので、そんなところで」
「…………」
僕も軽く頭を掻く。
どうしよう。僕がついていってはならないとなると、警護が出来ない。
まあ、それで心配なわけではない。当然のように、彼らもいるし勇者もいるし、ルルに危険はないだろう。
……いや、違うな。
彼らは勇者の警護。ルルの安全も守るだろうが、優先されるのは勇者だ。
緊急時、最悪ルルは無視される。
もちろんそんな最悪の事態はほぼ起こらないと言えるけれど。
それも違う気がする。困っているのはそんなことではない。
今し方ルルに言ってきたばかりだ。ルルに付き従うのは僕で、供をすると。それを嘘にするのは嫌だ。
最悪姿を隠したまま帯同すればいいけれど、…………。
「お話は承りました。たしかに聖騎士様は、私に連絡いたしました」
「…………?」
姿を隠したままでもいいが、何となくそれも避けたい。
そして、一つ僕にも言い分がある。先ほど思い浮かべたそれを使おう。
「しかし私にも責任はあります。ルルお嬢様を警護するという仕事の。それらは聖騎士様たちの仕事と干渉することはあっても完全に重なることはないはず」
「……まあ……」
ルルは見捨てられる。もちろん、そうするしかない場合に限るが。
「お邪魔はしないようにします。勇者様には私から許可を取りますので、許可が出たら目を瞑っていただけませんか?」
「……そういうことでしたら、……わかりました」
彼らはきちんと僕へと注意した。
ミルラの意思に適うように、勇者とルルを少人数で行動させようと。
僕はここからは勝手にやったのだ。彼らの注意を聞き入れず、勝手に勇者に許可を取り、帯同を申し出た。
彼らに咎はない、……ともまあどれだけ繕おうとも完全には言えないんだろうけれど、それで納得してもらえないだろうか。
「ことがミルラ様に知れたら処罰を受けるかもしれませんが、もちろん私が勝手にやって止められなかったとでも仰ってもらって構いませんので」
「そこまでは」
ははは、と聖騎士は笑う。喋らなかった女性の方も、口元を隠して。
まあもちろん、断られたら食い下がりはすまい。その場合は僕は姿を隠してついていく。どうにかしてルルに伝えないといけないが、それはその時考えよう。
そんなことをしている間に、まず勇者の準備が終わったらしい。
……というよりも、多分勇者は待ちきれなくて急いだのだろう。
エウリューケのところへ訪れたときと同じような簡素な服装で、角を曲がってくる姿が見えた。今度は後ろに同じように服の仕立ての良さを隠したような侍女マアムを連れているが、その勇者の顔は以前とやはり一緒だ。
楽しみにしている顔。遠足や、家族旅行の前の日のような。誰かとどこかへいくのが楽しみだという事を隠さない顔。
そんな彼の楽しみに水を差してしまうのは大変申し訳ないのだけれど。
「勇者様」
「……カラス、さん」
僕の姿を見て、勇者はゆっくりと瞬きをする。何をしに来たのか疑問に思っているのか、それとも僕がここにいないとでも思っていたのか。
いや、そういえばそれよりも先に彼らの方が挨拶が先か。僕が視線で聖騎士の二人に先を促すと、彼らも静かに頭を下げた。
「本日警護の任に当たらせていただきます。どうかよろしくお願いします」
「ど、どうも……」
代表としてか女性聖騎士がそう口にすると、勇者はどもりながら応える。
それからやはり僕が気になるのか、ちらちらと視線を向けてきた。
もちろん、その斜め後ろのマアムも、僕を少し眉を顰めて見ている。まあ、本来ならば僕はここに来てもすぐにいなくなっているはずだしそうなるだろう。
咳払いをするように一拍開けて、僕は口を開く。
「私はルル様の警護として帯同させていただきます。……というつもりでしたが、少し込み入った事情がおありのようで」
「……はあ」
「私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
改めて、そう勇者に尋ねる。
だが一瞬意味がわからなかったようで、ぽかんと口を開けた後勇者は「ああ」と小さく呟いた。
「えっと、あの……」
「カラス様。それは申し訳ありませんが」
そして、勇者が口を開きかけると、それを遮るようにしてマアムが前に出る。僕と勇者を引き合わせようとしていたときとは、まるで違う顔で。
その顔を見つめて続きを促す。口元だけ笑みを作りながら。不遜のようだが、彼女は別に僕の目上でもない。
「申し訳ありませんが、今回はミルラ様から……」
「遠慮するようにと聞いております。ミルラ様からではありませんが、聖騎士様から」
「でしたら」
「駄目でしょうか? もちろん聖騎士様たちが付いておられるのです。何が起きても大丈夫とも思いますが、私たちの目の届かないところで何事かが起きたのを把握できないとこちらも困ります」
聖騎士たちは、自分たちの仕事をした。僕へと言葉を伝えたが、僕は聞かなかった。
そうアピールしつつ食い下がってみたが、どうやら駄目らしい。ミルラ王女の根回しの方が早かった、ということだろう。権力もあるが。
勇者を見つめるようにして無言で問いかけてみるが、やはりこちらも結果は芳しくない。
駄目か。
「……わかりました。では私は、ここでは失礼いたしましょう」
「そうしてくださいな」
ホッとしたような顔で、マアムが応える。
しかし素直にする気は僕にはない。ここで本当に失礼しては、僕は普通に職場放棄になってしまう。
ちょうどルルもここにいないようだし、まあ本当にちょうどいい。
「それでは。ルル様をよろしくお願いします。勇者様も……頑張ってください」
「あ、いえ……」
勇者に礼を、そして聖騎士たちへと会釈をして、僕は踵を返す。申し訳なさそうに聖騎士も僕へと目礼していた。
勇者たちを背に廊下を進んでいく。視線はこちらへ向いていないものの、注意を未だに向けていることはよくわかった。
警戒ではなく、何だろう、単なる注意。
ちらりとみれば、口元を隠して聖騎士たちだけが何事かを会話していた。
そうして歩いて角を曲がり、またしばらくして。
僕を探していたのか、単に先行させていたのか、オトフシの紙燕が天井付近を飛ぶ。
室内を飛ぶ折り紙の鳥。いつもならばしない不自然な行為だが、今はこの辺りには人がいないはずなので構わないのだろう。
紙燕が僕の下へと舞い降りる。それを静かに指で受け止めれば、また無意味な毛繕いの仕草を見せた。
「首尾は?」
「今回の警備は聖騎士二人。勇者を前後離れて挟んで帯同する形になるようです」
「……なるほど」
動きを一度止めて、まるでただの折り紙に戻ったかのように鳥が佇む。それから一度身体を上下に揺らすと、また口を開いた。
「ルル嬢と妾は今そこから二つ角を曲がった先だ。交代はそこで?」
「それはちょっと。少し事情を話したいので、今から行きます」
言いながら、僕も歩を進める。
三人共に足音を立てるような人種ではないが、それでも絨毯越しに床を叩く微かな足音と衣擦れの音を頼りに廊下を進めば、お互い角を曲がったところでちょうど姿が見えた。
見えたルルの姿は、いつものモノトーンのドレスとはやはり全く違うもの。恥ずかしがる様子もなく堂々と、『一般庶民』とでもいうべきいつもと比べて粗末な衣服を身に纏っていた。
立ち止まり、向かい合うようになるのを避けるために僕は端に寄る。
「ご報告が」
「何か?」
僕が呼びかけると、サロメが少しだけ驚くように瞼を上げる。とりあえず、先ほど言われたことだけは伝えておかなければ。少しだけ声を落として、僕はサロメに告げる。
「ミルラ様からのお言葉です。ルル様に帯同するのは、侍女一名のみでと」
「……それはつまり、カラス様は」
「付いてくるなというところですね。なので、ルル様には先ほどの言葉に半分ほど反してしまい申し訳ないですが、表だって私が付いていくことは出来なくなりました」
「それは……」
「まあ、警護の任としては、聖騎士様はいらっしゃいますし王都の中でそうそう何かが起きることもないでしょう。私がおらずとも問題はないでしょうが」
僕としては、付いていけない一番の弊害は、先ほどのルルと交わした言葉を違えることだ。まあ、今回はデートと考えれば、無粋なことをしているのが僕だということも承知だけれど。
一応僕の不在は勇者の希望だということは伏せておこう。
「なので、私が付いていくことをお許しいただけませんか。姿を見せることは出来ませんが」
「姿を?」
僕の言葉尻をルルが捉える。そういえばルルもサロメも知らなかったか。
「ええ。失礼ながら、隠れてお供いたします。もっとも、それもいらないと仰るならば私は城で留守番をさせていただきますが」
「……一緒には行けないんですね」
「ついてはいきますが、道中何事もなければおそらくルル様は私の存在に気づくことはないでしょう」
つまりはいつもの警護の任だ。ただ姿を見せないだけで。
「わかりました。…………」
やや不満げに、それでも了承するルル。
……何故だろう、僕もまあ残念な気がした。
「それでは。オトフシさんは勇者様のところまでで」
「仕方ないな。了解した」
「……行きましょう」
ルルがまた会釈して、僕を通り過ぎて歩いていく。サロメは僕を心配そうに見ていたが、すぐに視線を切って角を曲がった。
オトフシが苦笑するような表情を浮かべながら、僕に向けて右手の人差し指と親指を勢いよくつまむように二度動かす。……ええと、たしか……『失敗』のハンドサインか。
……何に対しての失敗だろう。それに、失敗したのは僕……であってるだろうか?
とりあえず、ここでじっとしているわけにはいかない。
僕はまた姿を隠し透明になって、その後を追った。