揃って同じ方を
「一度体験させてみればいいんだ」
「んな無責任な」
昼餐を終えて、戻ってきたルル。そこに付き添うジグに、先ほどのディアーヌの事を相談してみた。
そうすると、溜息をつきながら返ってきた答えがそれだ。
曰く、『カラス殿の戦い方は、教えるには向いていない。それを実感すればもうそれ以上は言われないだろう』と。
要は、一度指導をしてみて、それでディアーヌが『これは駄目だ』と思ってくれればいいと……。
それは、以前僕が薦めた手だ。それも、勇者に向けて。
僕がジグの案に否定的な反応をすると、ジグはそれに不満げに首を振った。
「しかし、それ以外にないだろう。まさかこのまま『また今度』と不誠実な真似を繰り返す気か?」
「誠実か不誠実かで言えば不誠実なんでしょうが……」
言いながら、いや、と僕は内心反論する。今のまま断っても充分誠実だろう。僕は事情を包み隠さず説明し、断っているのだから。
「でも実際、教えられる事なんてないじゃないですか」
剣の技術、というのであれば僕は我流に近く、未熟で拙いものしか持っていない。それはジグも認めているし、事実その通りだと僕も思う。そんな半端なものを教えられてもただ害になるだろう。
そして僕の我流混じりの不完全なものを水天流として扱おうものならば、それこそジグら正規の門下生たちへの迷惑にもなる。
「誰も水天流を教えろなどとは言っていないだろう。件のディアーヌ嬢は、『剣を教えろ』と言ったんだ。カラス殿の剣を……」
言いながら、ジグは手を口に当てる。それから悩むように眉根を寄せた。
「まあ、無理だな。剣術ではないからな……」
「でしょう?」
「しかしだから、一度経験させてみろと言うんだ。やってみれば、蒙昧でもない限り自ずと気づく」
「ディアーヌ様の件ですか?」
着替えを終えたルルが居間へと戻ってきて、僕とジグの会話に参加する。寝室から居間へと通じる扉を開けた直後に、ということは気になっていたのだろうか。
「……そうです」
ルルの服装はいつもの普段着に戻っていた。彼女に似合うモノトーンのドレスだが、ほとんど形は変わらないのにきちんと用途別に何となく違って見えるから不思議なものだ。
「先ほどディアーヌ様がこちらにいらっしゃいまして、催促を受けてしまいました」
「……お断りしてもいいと思いますが」
「私もそう思いますが、向こうが諦める気がなさそうなので……」
言いながら、僕は考える。
そうだ。諦めさせればいいのだ。ジグも言っているとおり、向こうが諦めれば問題ない……ものの、それをどうすればいいのだろう、という話だが。
やはり一度やってみるしかないのだろうか。
それに、先ほどのサロメの件もある。
あれも嫌、これも嫌、と断り続ければ、僕はともかくルルたちに迷惑がかかるだろう。
「僕なんかよりも、聖騎士様などに指導を受けた方がよさげなものですが」
ちらりとジグを見るが、ジグもまあそう思っているだろう。受け継げるような「技術」は、彼らの方が長じている。
「……そんなに違うものですか?」
ルルも、握った手の掌を口に当てて、悩むようにそう口にする。彼女ら的な理解はどの辺りまでなのかわからないが、僕としては、そう、と頷くしかない。
咳払いをするような気配を発し、ジグが口を開く。
「馴染みのない方には少しわかりづらいでしょうが、カラス殿の戦い方は『体術』なのです。それを教えるのは、中々難しい」
「体術……? 武術ではなく……?」
「……なんといいましょうか……」
ポリポリと頭を掻きながら、ジグは俯く。それから辿々しくも、説明を加え始めた。
ジグが、三本の指を立てる。
「十の身体能力を持つ者が三人いるとします。実際にはそのように綺麗にはわかれませんが、全くの素人、武術の専門家、体術の専門家」
「……はい」
首を傾げながら、聞き入るようにルルは表情で続きを促した。
「素人が……そうですね、魔物でも何でもよろしいでしょう、物を叩く。そうしたときに、素人はその身体能力を十全に使うことは出来ません。五使えれば良い方で、まあそうしたときには五の力を使って五の効果が出る」
空中を殴る軽い突き。手打ちだろうが、彼らがやるとそれでも重そうに見えるから凄い。
「対して武術の専門家は、……まあ武術の鍛錬で自然と体術も鍛えられるので、そこまで極端ではないですが、それでも使える身体能力は素人と変わりない。しかし、叩く角度、叩く場所、理想的な瞬間、その辺りを捉えて、五の力を使って十の効果を出す」
また、空中を突く手打ち。そして多分想定上、ジグの視界には僕と同じ体格の男性がいるのだろう。顎と目に、綺麗に突きが入った、と思う。
それからちらりと僕を見て、またルルへと視線を戻した。
「そして体術の専門家は、身体能力をその他の者よりも十全に近く扱える。理想的なことを言っているので、ここでは十としましょう。十の力を使って、しかしその当て方は素人と変わりないので、十の効果を出す」
今度は腰を使った綺麗な突き。どこを殴った、などはわからないが、それでも衣擦れの鋭い迫力ある音が室内に響いた。
「実際にはこれらは複合しているので、もちろん武術家は体術にも熟達し、十の力を使って二十やそれ以上の効果を出すように動くわけですが」
最後に、とジグは想定上の誰かの急所を綺麗な動きで的確に狙い撃つ。
目、喉、金的にみぞおち、とまるでその相手が見えるかのような、迫真の演技だ。
「ごく単純に言えば、カラス殿はより速く、より強い力で動いているだけなのです。最適な身体の動かし方。しかしそれは自分だけの感覚で、通常人から教えられるものではなく、武の鍛錬を通じて自分の中で徐々に練り上げていくもの」
少し乱れた衣服を自分で直しながら、今度はジグは僕を見る。
「それのみを教えるとしたら……私には、ひたすらの実戦稽古しか浮かびませんな」
まあ僕も大体同意見だ。
頷き、渋い顔を作る。
もちろん剣や槍の振り方や足の位置、など基本的なことは僕もシウムの訓練を見て知っている。それを教えること程度ならば出来るが、それくらいは、あれだけ鍛えているのだしディアーヌもわかるだろう。
いや、体術を専門として鍛えることが出来る人は知っている。
北のリドニック、そこにいるグーゼル・オパーリン。彼女ならば、体術も理論だって教えることが出来るだろう、スティーブンの言葉を信じれば。
だが僕には出来ない。紹介するくらいが精々だろうか。
「しかし、相手は男爵家のご令嬢。剣で打ち据えるかもしれないそんなことなど、とてもではないですがすることは難しい」
「でも、『もっとこうしたほうがいい』など、そういうことは教えられるのでは?」
「私の身体とディアーヌ様の身体は違いますので、私のやり方を教えたところで……」
僕は言葉を止める。
そうだ。だから、ディアーヌは『剣を教えろ』と言ったのだ。『体術を教えろ』ではない。
僕が口を閉ざしたところで、ルルも「ん」とわずかに頷き僕とジグを見た。
「……私も素人なので、無理なら無理と仰ってもらっても構いませんけど」
「はい」
ルルと視線が交わる。なんとなく、言いたいことがわかった気がする。
「今なら、何とかなる気がいたしませんか?」
僕は頷く。
「……そうですね。今日までなら」
いたずらを思いついたように、ルルが微笑む。思ったことは同じだったようで……いやまあ多分だが……、僕とルルは、揃ってジグの方を向いた。