どうしよう
僕はエウリューケと別れた後、城の中、勇者の部屋を訪れていた。
「というわけで、ご協力お願いします」
「十の鐘、金物通りですね。かしこまりました」
ちょうど勇者は食事中。なので会うことは出来なかったが、代わりに侍女のマアムが応接室で僕の応対中だ。
当然、彼女には勇者から事情を伝えてもらっている。早ければ今日出ることになると承知していたし、……まあ昨日の勇者の叫び声を聞いているのだ、彼女らなりに意図も汲んでいるのだろう。
座り心地の良さそうな肘掛けつきの椅子はあるが、お互い座らずに立ったまま向かい合う。
ここでなくともよさそうなものだが、一応の内緒話だ。声を潜ませずに、それでも周囲には聞こえないようにとお互い心得ていた。
当然、お茶の一つも出ない。煩わしいから別にいいけど。
「ミルラ様には?」
「さすがにお伝えしないわけにはいきませんので、私からお伝えしておきます。聖騎士団にも。ただ、……そのため、おそらく勇者様には護衛の者がつくことになりますのでご了承ください」
「そこはまあ仕方ないです」
仕方ないのはどちらとも。
ミルラには話しておくべきだろう。侍女が知っているとしても、僕が誘拐したようにとられてしまうかもしれない。……何年か前にそんなことがあった気がする。
そして、護衛も。
僕がいるし勇者自身戦えないわけでもない。それに王都の中は一応治安はいいほうで、刃傷沙汰などもほとんどないのだろう。それでも、だからといって僕に護衛を任せて勇者を好き勝手に出歩かせるわけにはいかない。
「……しかし、ミルラ様に話して、反対などはされませんか?」
「されるかもしれませんが、大丈夫ですよ。あの方も大分参っていますから」
フフフ、とマアムが笑う。細くなった目に、泣きぼくろの位置が上がって見えた。
「参っている、ですか」
「ええ。勇者様がせっかくやる気を出したのに、昨日は成果が全然上がらなかったので。またやる気を失ってしまうかもしれない、と」
何となく楽しそうだ。別に貶めているようではなく、微笑ましく見ているような表情だが。
「それにカラス様とのお出かけともなれば、あの方も否とは言いませんでしょう」
「何故です?」
「あらゆる可能性を、と侍女のアミネーは申しておりました」
「アミネー様が? …………?」
「私も応援しております」
マアムが握り拳を両手で作り、胸の前で軽く振る。
要領を得ない回答。だが何故だろう、この話題は、これ以上続けてはいけない気がする。
そして、マアムの方もそれに気づいたかのような雰囲気で、表情を変えて話題を打ち切った。
困っているようでもないのに、困っているように真剣な表情で。
「では、どうしましょう。十の鐘に金物通りということは、少し早めに準備しなければいけませんね」
「どれくらいになりますか」
「九の鐘が鳴ってから、でもまあ大丈夫だとは思いますが……」
指で唇を歪ませながら、消え入るような声音でマアムが呟く。たしかにそんな距離でもないし、……とは思ったが、よく考えたらこの王城内を移動する時間もある。
王城からの移動の時間と、王城内の移動の時間。廊下の複雑さもあり、もしかしたら同じくらいかもしれない。それは言い過ぎか。
「勇者様にはお食事を少しだけお急ぎいただく必要がありますね。さすがに馬車の用意をすると目を引きますし、城外で目立たないよう、それなりの衣装を用意いたしませんと」
「……楽しそうですね?」
「フフ……あ、いえ、そういうわけではないんですけど」
僕の指摘に、慌ててマアムが緩み始めていた表情を引き締める。先日の舞踏会のときもそうだったが、勇者の衣装選びは、この女性にとって楽しいものらしい。
「とりあえず、カラス様はご自身の準備をお願いします。南西側の資材運搬口からそれとなく出るということでいいでしょう。ちょうど子女区画もそちらにありますし、八の鐘が鳴ってから……いえ、それももうすぐ鳴りますが、勇者様の準備が整い次第先触れを出します」
「わかりました」
するとあんまり時間がない。
とんぼ返りみたいなものだ。移動だけでかなりの時間を食ったらしい。
といっても僕はあまり準備というものはない。一応手荷物を点検するくらいか。
勇者の方も、着替えくらいしかないと思うけれど。
「では、勇者様によろしくお伝えください」
「はい。ではまた、後ほど」
応接室を出て、短い廊下を越えて僕は大通りの廊下に出る。ここは一応勇者の家扱いで、そして僕は一応彼女らと同格でも客人扱いらしい。マアムが付き添い、扉まで見送ってくれた。
扉を出てすぐに、その横に立つ聖騎士と目が合う。第二聖騎士団、クロードの団だ。
警護中であまり反応できないだろうに、彼はほんのわずかに首を振って僕へと会釈する。それに応えてから僕は歩き出す。背後からはマアムの視線。
やはり煩わしい。
挨拶も、人も。
「またお出かけに?」
「ええ。慌ただしくて申し訳ありませんが」
朝食を終えたルルは、部屋で食休みのまっただ中だった。
先ほど僕がここに戻ってきたときには誰もいなかった。その時は留守番代わりの下男たちがいただけでなんとなく寒々しい感じだったが、彼女がいるだけで何となく部屋が華やいだ気もするから不思議なものだ。
「昨日お話しした元治療師と、勇者様を引き合わせることになりまして」
「……その女性が、勇者様のお力になると?」
「力になるかどうかはわかりませんが、あの魔術師長とは違う考えを持っているようです」
『今時あんな古い修行法を』と言っていた。ならば本人を前にすれば何か方策が浮かぶかもしれない。直後に瞑想の効果は認めていたし、それもいいかもとは言っていたが。
……まあ半分は、『彼女ならば』という僕の願望が入っているのも認めなければいけないだろうか。
「よくカラス様のお話に出てくると思いますが、……そんなに優秀な方なんですか?」
「優秀ではありますね。とっても変な人ですが」
「まあ」
変な人、という言葉を強調しながら付け足すと、ルルはクスと笑う。
「心配はないのでしょうけれど、勇者様にご迷惑をかけないようにしてくださいね」
「迷惑は……努力はしましょう」
僕がかけるわけではないが、エウリューケがどうなるかはわからない。勇者も望んだこと、という免罪符もあるが、まあ大丈夫だろう、きっと。
そうだ。僕は少しだけ逸らしていた視線を戻し、顔を上げる。
「そういえば、『散歩の末に森に迷い込んだ少女』、もう少しで読み終わりそうです。王子と二人、木々の隙間から平原が見えたところで」
昨日の夜も読んで、残りは十数頁といったところだ。
煙の泉の水を飲み、王子とはぐれて大蛇と会った主人公。
最初は楽しく話をしていたが、だんだんと恐怖を覚え始めたキリカは、冠を被った大蛇から逃げるように森を駆け抜けて、木の実代わりに文字の実る木のうろに隠れてやり過ごした。
その後紆余曲折あり、最後には大蛇の中から王子が出てきて二人は再会する。
再会した二人は互いの無事を喜び、それからふと木々の向こうに、森に迷い込む前にいた平原を見るのだ。
「ですがまだ、王子の正体とかその辺りがよく……」
「そういうことは、そのすぐ後にわかりますよ。森から出るところなんですけど」
「そんな急展開なんですか?」
残り少ない中。王子の素性を特定する伏線などほとんどなかったと思うし、主人公もあまり気にしてはいなかった。それが森から出るところでバタバタとわかるとは、ここまで楽しんでおいてなんだが、伏線の張り方が下手な気がする。
僕が頭を掻きながら思わず問うと、ルルが得意げに笑う。
「いいんですか? 言ってしまって」
「……あ、いえ」
「でしょう?」
先のことを明かさないで、と言ったのは僕だったか。それみたことか、とルルは笑い直し、椅子に深く座り直す。
「……でも、読み終わったら最初からまた読み直すことをやっぱりおすすめします。知ってからだと、挟まれた描写に『あっ』と色々と気づきますから。ここまで楽しんでいただけているのでしたら、多分、なおさら」
「そうするとしましょう」
まあ、それがおすすめならばそうしよう。
もう一冊借りた本は未だ手をつけていないが、後回しにしてもいいし。……そういうことを考えるのは、とりあえず読み終わってからか。
今読んでしまいたい気もするが、そろそろ勇者の準備も出来る頃だろう。
細かく読み進めてきたが、最後くらいはまとめて読んでしまいたい。後にしよう。
多分、今廊下の外を近づいてきているのは、勇者の使いだ。
ノックの音が響く。相手の素性がわからないので、サロメが応対のために出ていく。ジグも警戒のために立ち上がり、横で息を潜めた。
「……でも、羨ましいですね」
「何がでしょう?」
僕がサロメたちの様を見ていると、ルルが呟く。その声に僕が振り返れば、ルルは俯いて自分の足先を見つめていた。
「街に出て、色々としているの。カラス様だけ休暇なんてずるい気もします」
「……それはまあ、申し訳なく」
今僕がもらっている休暇は怪我の休養のための休暇だ。実際もう必要ないし、私用で街を歩き回っているので遊んでいるととられても仕方はない。
ルルたちに現在目立った仕事はないとはいえ、彼女らは休暇とも言いづらい日々を過ごしている。
……といっても、ルルが自由時間をもらっても、自分から外へ出て遊ぶとは思えないが。
しかし今の言い方ならば。
「……出ますか? 街への遊行ならば、お供しますが」
「え?」
とりあえず物理的に外へ出たいのではないだろうか。ルルも。
そう思い問いかけるが、やはりといっていいのか、それとも外れといえばいいのか、ルルは僕の言葉に戸惑うように首を傾げる。
「勇者様に付き添いますし、いつ解散になるかわからないので今日は難しいですけれど、どこかでまた」
むしろ、出てはいけないとか言われていないだろうか。
王城から出て、令嬢たちが遊びにいってしまう。実際のところはわからないが、担当者……それもいるかは知らないが、担当者にも嫌がられることかもしれない。それは一応後でサロメに聞いておこう。
「カラス殿、勇者様の準備が」
「……あ、はい」
サロメが僕に向かって振り返って言う。扉の向こうでは、マアムではないもう一人の勇者の侍女が、申し訳なさそうに頭を下げていた。
「それでは、失礼いたします」
僕もルルに頭を下げて、床に置いていた手荷物を担ぎ上げるように持ち上げて一歩歩き出す。
「…………」
無言で見送られる感じがする。
だが、沈黙していたルルが口を開いた気配がした。
「ええ。是非」
僕が振り返ると同時に、ルルが呟くようにそう言う。
ならばそうしよう。
「わかりました」
「……。 ……お気をつけて」
応えた僕に、ルルは軽く頭を下げる。まるで貴族が下の者にとるようではない柔和な態度。それに僕はもう一度頭を下げて、廊下へと歩き出した。
聞いた集合場所は、やはり南西の資材運搬口。その手前には、人払いがされているようで、騎士が通行を制限している廊下。
進んでいけば、地面は踏み固められた泥に変わる。資材の搬入はやはり止まっているらしく、台車のようなものが所々に乱雑に放置されている以外、廊下を遮る者がいない。
そして勇者たちの待っている場所に到着した僕は、我が目を疑った。
「ああ、カラスさん、おはようございます」
「おはようございます」
街の人間……いわゆる『普通の格好』をした勇者の挨拶に手前で立ち止まり、僕は深々と頭を下げる。今し方したのは立礼だが、本当は伏礼でもするべきだろうか。
目の前には三人の人間。
勇者の横に立っているのは、女性。それに斜め後ろに背の高い筋肉質の男性。
「では、参ろうか! カラス殿!!」
「…………ごきげんよう」
僕を見下ろすような位置から大きな声を発したのは、聖騎士クロード。
そして視線を逸らしながら小さく苦々しく挨拶したのは、いつもよりも大分地味で、町娘にしか見えないような格好をした金髪の女性。
僕は膝を立てて跪く。
「この度は……」
「非礼は今日に限り不問にいたします。立ちなさい」
一応、という風に膝を折った僕に対し、頭上からまた苦々しい声が発せられる。目の前の女性からだが。
僕もまた渋々、という表情を努めてあえて作り、立ち上がる。
「かしこまりました。ミルラ王女殿下」
そしてもう一度、今度は胸に手を当ててもう一度会釈すると、視界の外から鼻を鳴らす音が聞こえた。
「探索者カラス。これより、街に出る勇者様と私への帯同を命じます。よろしいですね?」
「かしこまりましてございます」
見た目は普通の町娘、という風情のミルラ・エッセンが、僕へと向かってそう命令する。
これは中々面倒そうな……。
ちらりと、半袖の体の線が出るシャツにカーゴパンツのような深緑のズボンを履いたラフな格好のクロードを見れば、ニパッと笑ってから咳払いをする。
「今日は私がミルラ様と勇者様の警護を務めさせていただく。カラス殿、よろしく頼むな!」
「……よろしくお願いします」
そして、こちらも。
おそらく事情を知っているであろう騎士たちに見送られ、僕たちは出入りの業者用の通行口を通り外へ出る。
視界の外、前後を誰かがついてきているのを感じつつ。
「金物通り、というところに行くんですか?」
「はい。少し歩くことになりますが」
「構いません」
僕の斜め後ろには、楽しそうで、いつもよりも歩幅が少し大きな勇者。ミルラは勇者の隣、そしてその二人の後ろにはクロード、と続く。
しかしどうしよう。ここまで来たら会わせないわけにはいかないが、無礼の塊のエウリューケをミルラに会わせるのはすごく不安だ。
街の石畳のでこぼこが強くなったように思えた。
というか、何故この男もここにいるのだろう。
クロードの団は、王城内の令嬢区域の守護を担っているはず。その責任者たるこの男が現場を離れてどうする。
そう思ってクロードをちらりと見ると、少しだけ小声でこちらも楽しそうにクロードは口を開いた。
「王城内のことであれば心配はいらない。テレーズの団に応援を要請し、指揮権はテレーズに委譲してある」
「……そうですか」
こちらの心配など察している、ということだろう。なるほど、一応強化はされているようだが。
そして今度は声には出さずに、ミルラにはわからないように口だけで言葉を続けた。
「また、人手が増えた余裕もあるし、大公子息以下、問題児には監視の目がある。無体なことは出来ぬように」
「そうですか」
僕も口だけで返すと、両手を胸の前で振って、クロードは得意げに片眉を上げた。
僕はまた、路地を曲がる際にちらりと見えた後ろ姿を確認する。
視界には入らないように努力しているらしいが、たまに前後に見える男女。クロードも気づかないわけがないし、それでいて警戒している素振りもない。聖騎士だろう、おそらくは。
警護はクロード一人だけではなく、聖騎士複数名。
ミルラもいるし、複数名の聖騎士の警護つきの勇者に帯同する。僕の仕事は、勇者の案内だけ、ということになる。誘拐犯になる恐れもないみたいだし、そう考えればまあ、多少は楽でいいか。
朝の騒がしさも落ち着いてきた街。それでも人通りの多い王都の中を、僕たちは歩く。
ここからはおそらく数キロメートルの距離。目測だが、十の鐘ギリギリにエウリューケの所へは着くだろう。このまま歩いていけば。
……だが。
「相手の魔術師というのは、どういう方ですの?」
「どういう方、ですか」
僕はミルラの言葉を繰り返しながら、返答を考える。どう答えればいいだろうか。正直に答えてはいけない気がする。
口ごもった僕に不審を感じたのか、ミルラは冷たい表情で僕へと続ける。
「当然でしょう? 素性危うき者を勇者様に近付けるわけにはいきませんもの」
「……優秀な魔術師でございます。元は聖教会の治療師でしたが、故あって魔術ギルドに移籍した……」
魔術ギルド破門の件は言うべきか、言わないべきか。……あれ、なんで破門されたんだっけ、昔聞いた気もするけれど。
「名前は?」
「……エウリューケ・ライノラット、と」
こちらはこの後知ることだ。こっちはいいが、やはりどこまで素性を知らせてよいものだろう。
しかし、脳裏に昨日のエウリューケの格好を思い出し、僕は内心首を横に振る。
素性どころか、会わせて良い者にもあまり思えない。
「……王城魔術師長ヴァグネル様とはあまり良い関係ではない、ということも添えておきます」
「貴方との関係は?」
「それは少し難しいです。恩師の元部下、というのが一番正しい表現でしょうが」
「恩師……。それは、本草学の?」
「はい」
一応は普通の受け答えを装いながら、僕は内心驚く。
ミルラまで知っている。僕が本草学を修めていることを。僕は広めていないし、その兆候を出した覚えもない。なのに、一応勇者伝いに僕のことを知っているとはいえ、一国の王女が、僕のことを。
「貴方はそのライノラット女史に魔術の教えを乞うた、と?」
「いえ。魔術は私は使えませんので」
「……どの程度の魔術師なのでしょう」
「私の知る限りで、最も優秀な」
最後の言葉は自信を持って口にする。テトラもスヴェンもシャナも、魔法使いとしては優秀でも、優秀な魔術師ではない。匹敵するのはオトフシくらいだろうか。それでも、オトフシよりも上だと思う。
見知っているから、という贔屓目もあると思う。けれども、王城魔術師長の魔術を簡単に見た後でも、やはりエウリューケの評価は揺るがない。
そうだ。これも言っておかなければまずいだろうか。
「お願いがございます」
「…………?」
僕からの発言に、ミルラは眉を顰める。非礼を許す、と先ほど言ったのに。
「彼女はとても……奔放な方で、衆目に晒すことを禁じられた魔術をつかうことに躊躇いがありません。魔術師長との新たな諍いを避けるため、今日見たことは、ミルラ様の胸の中にだけ留めておいていただきたいのです」
「もとより、余人に言えることではありませんわ」
何を今更、というふうにミルラは溜息をつく。態度は少し悪い気もするが、まあそれならばいい。
「ありがとうございます」
会話のために、少しだけ歩調が緩んでいた。
「アジア系の……、でも人の雰囲気はヨーロッパみたいなとこも……」
興味深げに周囲の建物や人や食べ物を見ている勇者に視線を戻せば、ミルラも歩調を早めに戻す。それからミルラが勇者に向けて周囲の紹介を始めたときの笑みの変わりように少しだけ不快感を覚えながら、僕は勇者の斜め前を歩き続けた。
そして、エウリューケの下へと辿り着く。
彼女のいるであろう通り。先ほど僕と約束をした場所には、やはりエウリューケがいる。
しかし、様子は変わっていた。
遠目に見えていた聖騎士のような人物が、その少し手前で振り返って、僕たちの後ろを歩くクロードに指示を求める。クロードは困ったように頬を掻く。
異変に気が付いたミルラが立ち止まり、そしてそれにつられて勇者も立ち止まり、僕も止まる。
どうしよう。
「……あの方、ですか?」
「ええ」
僕も苦笑いで応える。遠目に見えるエウリューケの姿は昨日見たとおりの黒眼鏡で、まあ胡散臭いのは構わない。
しかし、今日はそれだけではない。
僕たちが視界に入れた直後、エウリューケに歩み寄る影があった。それも、複数の。
銀の鎧を着て、槍を持つ集団。明らかな、衛兵たち。
取り囲むようにエウリューケを見下ろす彼らは、威嚇するように言葉を発していた。
ミルラには聞こえているだろうか。勇者とクロードには間違いなく聞こえる声量で。
「怪しげな物品を配り歩いているというのはお前か!!!」
「ひぇ!?」
びくびくっと肩を震わせているエウリューケ。そこまで威嚇することはないだろうに、と彼女の側に立った事を現実逃避代わりに考えながら、僕は溜息をつく。
どうしよう。
それから二,三言の問答を繰り返した彼女は、おもむろに小麦の袋を手に取ると……。
「ええい!! ままよ!!」
「ぶわっ!?」
それをまき散らし、煙幕を作る。
辛い粉でないのは優しさだろうか。白く周囲が煙り、完全にではないが姿が見えなくなる。しかし、その煙が晴れるまで衛兵が咳をしながら悶え、その煙幕が晴れたときには。
「会わせたい魔術師とは、あれか?」
「……ええ」
クロードが呆れるように口にしたときには、その煙幕の中には誰の姿もなく……。
いや、気配は残ってるけど。
振り返った先には、呆気にとられた顔の勇者と、僕を睨んでいるミルラの姿があった。