別視点
日も入らなくなってきた暗い部屋。
石牢のような壁に囲まれたここはまさしく監獄のようで、やはり小さな椅子と床に転がった毛布以外に、生活感の欠片もない。
部屋の隅からちょろちょろと響く側溝の水の音が、外の雑音よりも大きく聞こえた。
「へえ。それはよかったね」
僕の報告的な世間話に、椅子に腰掛けたレイトンは興味深げに頷く。
僕はエウリューケと別れ、レイトンの居室にきていた。
あれからまた僕とエウリューケは隠行をした上で引き返し、しばらくウィンクの動向を観察していた。
しかし、あれからは何の変哲もない子供だった。
王都と開拓村という環境の違いはあれど、農村地帯という共通点でもあるのか、暮らしぶりは僕の昔いた開拓村と変わりない。昔僕が側で見ていたフラウとも、あまり。
違いといえば、夕食のスープに入る野菜が、少し豪華だった程度だろうか。
一人息子だったフラウとは違い、大人数の食卓。何か粗相をする度に、上の兄姉たちが得意げにウィンクの一挙手一投足を正すのがなんとなく可哀想だった。
食事は楽しく食べるべきだ。
それからエウリューケは一応残るということで、僕だけ帰ってきたわけだ。
そしてレイトンの居室を訪ねたところ、今度はいた。
僕を待っていたということもないだろう。
何を考えていたのか壁を薄ぼんやりと眺めていたようで、在室を確認する僕の魔力波に反応もせずにただじっとしていた。
レイトンは貧乏揺すりをするように、開いた両足の間の座面を両手で叩く。
「闘気と魔力を併せ持つ人間。歴史的発見だし、それを手土産に魔術ギルドにいけば、それだけできみは時の人になれるんじゃないかな?」
「そうかもしれませんね。エウリューケさんはその気はなさそうでしたが」
無論、僕も別にやる気はない。僕の栄達に興味はないというのもあるが、それよりも違う理由で。
「きみは?」
「僕が彼の将来を決めるべきではないでしょう」
僕や勇者を除けば、発表されれば世界初といっても構わない人物。厚遇されるかもしれないし、これから彼には不自由のない生活が待っているのかもしれない。
しかし一抹の不安はまだ消えていない。それは僕自身も持っていたもの。
「それに、実験動物扱いされるのも可哀想なので」
本人に拒否する力があればいい。
僕がそうなりそうになったら、今だったら抗うことも出来ると知っている。
けれども、彼はまだ幼く、魔法の力もおそらく弱い。自身の境遇に抗う術は、まだない。
彼を守るために、僕が第一号になるという手もあるとは思う。
だがそれもやりたくない。僕は自分の身が一番可愛い。
「ままならないものだね。誰も持っていない力なら誇ればいいのに」
「だからこの国は嫌いです。ムジカルならば、そうはならないでしょう」
もちろんムジカルにも彼のような存在はいなかったが、多分、というルートはある。
おそらく魔法使いとして稚児組に入り、魔法使いの教育を受けるとともに体を鍛えさせられる。
ムジカルならば、それ以上はない。
彼の国は聖教会と同じく、魔術ギルドの力も弱い。ウィンクは実験動物のようになるのではなく、おそらく『そういう個人』として扱われるだろう。
魔法使いであり、闘気使い。そうなったとしたら、ただそういう強い人間として。
羨まれることもあるだろうし、妬まれることもあるだろう。それに起因した仲間内での軽いいじめ程度ならばあるかもしれない。
けれどもそれを理由に深刻な危害を加えられることは、おそらくない。誰もが、次の瞬間には自分が標的になるかもしれないことを知っている。
……これは僕の想像がほとんどだが。
「……ムジカルへの移住をおすすめでもしてみますかね」
言いながら、まあ無理だろうと思う。
ここ、エッセンの王都から副都イラインまでは騎獣を使った高額な馬車でも急いで五日以上かかる。そしてそこからは魔物蠢くネルグの森を、参道師を雇って越えていかなければいけない。
南のライプニッツ領を通るか北のリドニックを通るかしてネルグの森を避けていくと時間のロスはある。強行軍は続けられないし、北を通るとしたらリドニックもサンギエも馬車は使えない。
簡単に言えば、頗る時間がかかり、身体的と精神的な負担がかかるのだ。
移住のために長い時間をかけて、そして移住したところでも文化の違いや気候の違いに苦しまなければならない。家族全員で移住するとしたらなおのこと。
行ってしまえば、そして受け入れられれば稚児組の金銭的な援助のおかげで楽には暮らせるのかもしれない。
だがそれまでの負担を、子供一人のためだけに費やせるとは思えない。
これは、僕がほんの少しだけ見た彼ら両親の印象だが。
「事情を話して提案してみれば? 言うだけならただでしょ」
「どこまで信じてもらえるやら……」
石を食べられるわけがない。空を飛べるわけがない。
そう断言した彼の母親が、彼が魔法使いだということを信じるだろうか。
それに、それに関しては僕は初手で失敗している。既に露天商と名乗ってしまった僕とエウリューケの言葉が、どれだけの信憑性を持つだろう。
……ああ。そういえば。
「……?」
一瞬考え込んだ僕に、レイトンは首を傾げる。
彼の母親は信じなかった。しかし、歯形がついた石を見ても信じないのだろうか。
実際まだ飛べていないので、空を飛べる、ということは信じないまでも、浮遊落下する様を見ても、なお。
……見たことがない? 一緒に暮らしていて?
無関心な親、ではないだろう。
今日、あれから見た彼らの姿でも、むしろ躾に熱心な支配的な親という印象だ。泥程度子供ならば口に入れるし、子供のたわ言でも真に受けることは通常あまりないと思う。子供のいない僕の想像だが。
「……いえ、信じてもらえますかね?」
「どうだろうね。その様子じゃ、信じてもらえないだろうな、ときみが思っていることはわかるけど」
レイトンはケラケラと笑いながら、僕をからかうように言う。
そしてレイトンも、「ああ」と何かに気が付いたかのように声を上げた。
「なるほどね。きみがなんでそんなことを、と思ったけど」
「また」
考えていることを、と続けようとした僕の言葉を遮るように、レイトンは口を止めない。
「きみは子供がいないからね。だから不思議に思うんじゃないかな?」
「……子供はたしかにいませんが、それがどういう……」
「子供が石を口に入れる。子供が『空を飛べる』なんて言う。どっちも親からしたら、すぐにでも止めるべき事だろう?」
「……まあ」
言っている意味は多分伝わったと思う。たしかに、ウィンクの母親はそういうことを言っていた。
「石を口に入れて、食べてしまえば体を損なう。『空を飛べる』ということは、高い場所への恐怖がないということだ。もしも高いところから飛び降りてしまえば、足が折れるだけじゃ済まないこともある」
要は、躾の一環という話だろう。たしかにそれは必要なことだ。子供のいない僕ですらそう思う。
もしもそれが、普通の子供だったのならば、の話だが。
「でもそれは」
魔法使いでない子供の話だ。そう言おうとするが、やはり言えない。
「確認のためにでも、じゃあやってみて、なんて親が言うと思う? 万が一そうでないとしたら、取り返しのつかないことになるようなことを」
「…………」
レイトンの言葉に、僕は言い返せなくなる。
そして、自分の軽率さに気が付く。あの程度の藁山の高さならば大丈夫だと思っていたが、たしかに、心配になる人もいるだろう。エウリューケのように。
「…………それは、そうかもしれません」
「そして、子供も子供なりに考えている。そういうものを見せてもいい叱らない大人と、見せてはいけない叱る大人と。子供にとって親というのは、大抵後者だとぼくは個人的には思うよ」
叱るということは、相手が心配だからすることだ。
なるほど。たしかに、僕にはそういう相手がいない。
「もちろん、多少の怪我は必要だろう。自分で考え失敗をして、痛い思いをしてそれが『いけないこと』だと子供は知っていく。けれども、その後の人生に大きな影響を及ぼす失敗は、させたくないというのも親心だ」
「…………」
「ね?」
黙った僕から返答を引き出したい、という雰囲気を前面に出し、レイトンは僕に笑いかける。
言っていることは至極真っ当だと僕は思うし、まあ頷くことに異論はない。
けれども、一つある。
「……偶然にも、見かけることはなかったんでしょうか」
飛び降りたときの挙動はまだしも、歯形のついた石は残るし、もしかしたら食いちぎられた石すらあるかもしれない。それを不思議に思わないというのもおかしな話だ。
「きみはその場を見ていたからね」
レイトンは、椅子の横に立てかけてあった剣に手をかける。
次の瞬間、天井の石が一つ外れて落下してきた。
僕の横に落ちてきたそれは、澄んだ音を立てて、跳ねずに床に広がった。
砕け散るように、地面に落ちて散らばる欠片。
一つ足下に転がってきたそれをレイトンは拾い上げて、片目を瞑り僕に示した。
「犬」
「……?」
何を言っているのか一瞬わからず、その小石を僕は受け取りしげしげと眺める。
そして方向を変えて、幾度か悩んで気が付いた。犬、とは形のことか。
言われてみれば、団子のようなその欠片は角度によってはたしかにそうも見えなくもない。耳はない上に、足もほとんど左右繋がり、尻尾は短い突起にしかなっていないが。
「まあ、そんなふう」
「なわけないじゃん」
納得しかけて僕が同意の言葉を吐こうとすると、レイトンは僕を指さして馬鹿にするように笑う。
僕、怒ってもいいところじゃないだろうか。
「でも、そう見えるだろう? 言われてみれば、ね」
僕は、愛想笑いの代わりに乾いた笑い声を上げる。
腹立ち紛れに指で弾いたその小石を身を逸らして避けながら、レイトンは補足を続けた。
「子供の歯形、というのはきみたちも見ていたからその通りなんだろう。でも、その場を見ていない人間にとってはそうも見えないものかもしれない。ぼくたちは、信じたいものを信じる。何か違うものと思っても不思議ではないと思うよ」
僕は一歩下がり、壁へと寄りかかる。
「親は、本当に知らないだけだと……」
「そこまでは知らないけどね。気づかなくてもおかしくないんじゃないかな、って話さ」
レイトンは立ち上がり、石の欠片を側溝へと蹴り飛ばす。
察した僕が念動力で全て側溝へと流し込むと、レイトンは「ありがとう」と呟いた。
で。話題も途切れたし、そういえば僕の用事がまだだった。
「それで、昨日のことですが」
「いや、昨夜の演武は見事だったね。きみは期待通りの活躍をしてくれたよ、ありがとう」
僕が文句を言おうと口を開いたところで、取り繕うようにレイトンは遮る。
というか、疑問へのほぼ答えだ。やはりあれはレイトンの差し金か。
「一つの行動は千の言葉に勝る。上手く勇者の剣への憧憬を煽ることができた」
「……勇者への贈り物だった、と?」
「そうだね。どうせならベルレアン卿を打ち負かしてくれるともっとよかったけど」
「無理でしょう」
僕の言葉に、ヒヒ、とレイトンは笑う。同意らしい。
「……しかし、何のために? 勇者は今、魔術の修練を始めるというのに」
剣への憧れ。それを煽る必要があるのだろうか。
彼は今から魔術を学ぶ。仮に、戦場で戦う力を、というのであればそちらでも充分だろう。……習熟すれば、の話だが。
「勇者は剣術を修めているようだからね。……それに、煽ったのは、剣への憧憬だけじゃないんだよ。きみが剣を持って戦った、というのが重要なのさ」
「ぼくが?」
「そう。ここからはまだまだ続きがあるから、楽しみにね」
「楽しみにしたくないです」
僕が口元を歪めながら抗議の意を示すが、レイトンは全く応えないらしい。
「それでも、もう始まってしまったのさ。本当は、きみが始めたことだけど」
「心当たりがないですね」
というか、まだ何かをさせられるのだろうか。もうあんなことは懲り懲りなんだけど。
「迷惑なんでやめてもらえません?」
「やだ」
しかし、やはり抗議は意味がない。
「まあ、そんなに怒らないでよ。良いこともあったでしょ?」
「それこそ心当たりがないんですけど」
「きみの姿が知れ渡った。聖騎士や令嬢たち、彼らの態度は変わったはずだ」
レイトンの言葉に、ああ、と僕は納得する。
今日の王城の中での変化か。すれ違う人たちに挨拶され……ラルミナ家令嬢も訪ねてきたっけ。
「ぼくは実際見ていないけど、すれ違い様に声をかけられるくらいはしたんじゃない?」
「人によっては」
「挨拶。これは副次的な効果だ。でも、きみにとってはとても重要なことだと思うよ」
レイトンは空を見上げる。
先ほどまでは多少明かりが入ってきていた天窓の向こうは、今となってはほぼ暗闇の中だ。
「昼に飛ぶ烏。グスタフが死ぬ少し前、きみにその話をしたね」
「ええ」
グスタフさんからも聞いたことがある話。
烏が、夢見心地に人里に降り立ち、死ぬ話。
「昼に飛ぶ烏は、なんで石に打たれたんだと思う?」
「……目立ったから、という話でしょう。目立つなと、レイトンさんの言葉を借りれば、爪を隠して生きていればよかった、と」
やはり、その話はもう僕は烏視点にしか立てない。
もちろん棲み分けが必要で、そして烏は森の中にいるべきだった。けれど本当は、森から出て何が悪いのだろう。
夢で地位を得た気になった烏が、調子に乗って森から出る。それがいけないと、身分相応に生きるべきと初めて聞いたときグスタフさんは言っていた。
人は里で、烏は森で、そう暮らしていれば悲劇は起こらなかった。
烏が悪い? そんなわけはない。
殺したのは人間で、そして一方的に殺されたのは烏だ。
殺されたのはお前が悪い。そう、ただただはみ出し者を責める話。
「森の外に出るべきではなかったとぼくも思う。殺されることを知っていたのならね」
「でも、烏はそうは思っていなかった」
むしろ彼は、鳥たちに讃えられると思っていたのだ。もちろんそれは、勘違いなのだが。
「では、なんで人間たちは烏に石を打ったんだろうね?」
「愚かな人間たちの傲慢さ故にでしょう。そこで戯れる小鳥たちと違うその姿に、自分たちの居場所が脅かされると思ったから」
本来いるべき場所ではないところへ現れた。だから。
「人間たちは、怖かったんだと思うんだよ」
「怖い?」
どこがだろうか。
昼に飛ぶ烏の原典ですら、人間たちは石を投げて、労をせず烏を殺しているのだ。そんな弱い存在が、怖いことなどない。
たとえば、虎が怖いというのはわかる。その牙や爪は容易に人体を穿ち、命を奪う。けれども、猫が怖い人間はそういない。その小さな牙や爪は精々肌を傷つけるだけに留まり、急所へ攻撃されようとも命の危機に陥ることがそうないからだ。
だが、そんな弱い烏を、怖がる理由などない。
「烏は森の中に住んでいた。闇夜に紛れて飛び、人の目につかないところで」
先ほど僕が弾き、レイトンが避けた石の礫。それが壁を跳ねた後椅子の下にあるのを見つけて、レイトンが拾い上げる。
「人間たちは烏を知らなかったんだ。その、小鳥と比べて大きく、小鳥たちと違い光弾く、黒い翼を持つ彼を」
小石を指先で潰す。砕けるかと思われた小石は、わずかな白い光と共に、レイトンの指先でまるで粘土のように形を変えた。
「知らないというのはそれだけで恐怖だよ。窓の外から響くおどろおどろしい声も、闇夜で揺らめく妖しい影も、ただの猫や草花ということもある……人と人とも、同じさ」
言葉を切り、レイトンが僕を見てニと笑う。それだけ見ればまるで好青年なのだけれど。
というか、ほぼ明かりのないこの暗闇の中でも、普通に僕を見ているのが本当は驚きのことだと思う。
「エウリューケの支離滅裂で奇天烈な言動も、きみにとっては何のことはない普通のものだろう。けれど、彼女を知らない人間にとってはそれは不気味なものに映る」
「……そんなに怖いものではありませんし」
そのたとえは失敗な気もする。彼女を怖いと思ったことはあまりなく、不気味というのは想像がつかない。
しかし、知らないものは怖い、という感覚はわかる。かつてミールマンの地下で体感したもの。何者かわからないときの笑い女は、恐怖だった。
「話せば誰とでもわかりあえる、なんてことを言う人もいるけど、それは違うと思う。話しても話しても、まったくの平行線で交わらないものもいるからね。同じように、全部さらけ出すというのも違う。どんなに愛しい人であっても、他人である以上、嫌いな要素は必ず一つはあるものさ」
でも、とレイトンは人差し指を立てる。
「敵対さえしていなければ、どんな人間でも、ほぼ必ず交わし合えるものがある。それだけすれば、知らない不気味な存在から、少なくとも知ってる無害な存在へとなれる魔法の所作が」
「……挨拶ですか」
「そうだね。『おはよう』、『おやすみ』、『こんにちは』、『さようなら』、『こんばんは』、『ごきげんよう』、『ありがとう』、『どうも』。その他色々、『よう』なんて簡単なものまで」
一息でレイトンは並び立てる。長い文章を、息一つ切らさずに。
先ほどから、ようやく言いたいことはわかってきた気がする。
「これは正直、ぼくの計画外の副産物だ。多分先ほどの表情からすれば、面倒、なんて思ってるんだろう。けれども、心からの助言をするならば、透明化してやり過ごそうなんて思うなよ。きみがこの王城でも『昼に飛ぶ烏』になりたくないのならね」
「……お気遣いどうも」
ヒヒヒ、と得意げに笑うレイトン。しかし正直あまり礼は言いたくない。
挨拶の効果のご高説はごもっともだが、それが僕の身を危険に晒しての行動の結果というのは未だに引っかかる。というか、先ほどからレイトンが主張していることが本当ならば、僕にとっては後付けの利点なんだけど。
「それで、結局どこまでがレイトンさんによる僕の行動なんですか?」
「ぼくがやったのは演武の予定を組んだこと、それとベルレアン卿との接触の手配だよ。ちょうどよかったから、ビャクダン大公子息の行動を早めたのもあったかな」
「襲わせた、と」
あっけらかんと明かすものだ。悪意を持って行えば、単なる嫌がらせだというのに。
だがやはり、レイトンは悪びれもせずに組んだ足に肘をつけて頬杖をつく。
「遅かれ早かれあったさ。ユスティティア嬢はプリシラの誘導で、そこに乗じた形にしたのはぼくだけど」
「オルガさんは、プリシラさんの……」
僕は思わず口元を押さえる。オルガさんにまで姉弟の手が伸びているのか。
僕だけならばまだしも、勇者とは全く関わりのない彼女にまで。
「奴の擁護をする気はないけど、単に誘導しただけでお膳立てまではしてないと思うよ。行動を起こしたのも、あの場に誘い込む事を発案したのもユスティティア嬢と下女の二人さ」
「……そうですか」
納得したような言葉を出しながらも、二人へのわずかな嫌悪感は募る。
彼女の人生の一大事を、自分たちの目的のために。
「……では、次は?」
「言わない。ここ王城は何をするのにも関わる人が多くて、とにかく調整が厳しいからね」
では、次は何をさせられるんだろうか。
何をさせられる人が出るんだろうか。そう聞いてみるが、レイトンははぐらかす。狂言回し役も結構だが、この自らの手を汚さない風な雰囲気はどうにかならないものか。
しかし、ならば。
「では、目的は何です。最終目標は」
「プリシラの殺害。それくらいはわかっているだろ?」
そして、最後の目標はあっけらかんと吐く。そこに至る道筋で、どれだけの人に迷惑をかけるかどうかわからないのに。
というか、言うのか。プリシラに聞かれているのかもしれないのに。
……聞かせてる?
「ぼくは長年奴を追ってきた。リドニックでもそうだったけど、奴を逃す最大の理由は周囲の障害物だ。ぼくらの家伝、葉雨流は感覚や意識の死角をつく技術。それを排してぼくは奴と相対したい」
「障害物がない場所なんて、この王城内にいくらでも」
広い部屋がいくつもある。そこの椅子や机を片付ければ、だだっ広い空間などいくらでも作れるのに。
「そうはいかない。ぼくらは広い平原でも、身を隠せる衝立一枚あれば追いかけっこが出来るからね。そしてその場では、追うよりも逃げる方が大分楽だ」
「……何故殺そうと?」
「言わない」
ニコリと笑う表情が、先ほどと少し違って見える。
「場所の候補はいくつかあるけど、そこに簡単に誘い出させてくれるわけがない。だから、今この王城で演出を続ける必要があるのさ」
「勇者をどうするつもりです?」
演出。その向かう先は、勇者へのものだろう。おそらくレイトンの演出する舞台、その主役は勇者だ。
異世界に拉致されて、ようやく魔術という興味の対象を見つけた今。それを邪魔してほしくはない。
「きみの心配はわかるけれど、その心配は必要ないよ。彼に関しては戦争するまで生きててもらうし、始まった後は好きにして構わない」
レイトンが拳を差しだし、言いながら開く。中には、丸められた石が入っていた。
「……その勇者の瞑想もそろそろ終わるだろう。これから夕食が終わってからになると思うけど、おそらくきみの部屋を訪ねるか、もしくは接触しようとする。これに関してはどうしても構わないけれど、行ってあげなよ」
「僕に話す気はないんですね」
「きみだけじゃない、誰にもさ」
主語を省いた言葉。だが、やはりその抗議も通じないらしい。わかっていたことだけど。
これ以上の問答も無駄かな。
では、と僕が立ち去ろうとするのを、レイトンが呼び止める。
「それと、さっきのエウリューケとの話」
「……何ですか?」
僕が振り返ると、レイトンは先ほどから指先で弄んでいた潰れた小石を側溝へと投げ込む。
ポチャン、と小さな音がした。
「これはその分野には彼女よりも、それこそきみよりも詳しくない素人からの予想だけど……他にもまだ、探せばウィンク君は見つかると思うよ」
……他のウィンク。つまり、闘気持ちでありながら魔力を扱う人間。
「それは」
何故、と聞こうとするが、レイトンは首を横に振る。
「そう思っただけさ、根拠はない。急ぎなよ、ザブロック嬢も心配するよ」
さっさと行け、というようにレイトンは手を振る。
僕は聞こえるように溜息をついて、それに背を向けて階段に足をかけた。