誰よりも
ちょっとした作者の環境の問題で、短いです
「で、何をやっているんです?」
エウリューケにそう問うと、彼女はいきり立つように座ったまま上半身を前にかがめた。
「よく見てみろやー! どう見ても謎の美少女露天商エウリューケちゃんじゃろがい!!」
「はあ、謎の……。はい」
露天商、と言われるとその通りだろう。先ほどの呼び込みもそうだが、エウリューケの周囲に並べられている粉などの袋はたしかに売り物っぽくなっており、そしてそれも言っていた通り香辛料が多い。
乾燥させた唐辛子の赤い粉や、何かの根の粉末らしき白っぽいもの。それに乾燥させた香草のようなものが麻の袋に詰められている。
量り売りということか、袋の中には升が入っており、半分粉に埋もれていた。
なるほど。まあ、確かにその通りかもしれない。途中ちょっと引っかかりそうなところもあったが。
「謎の、……そうですね、はい。謎の露天商でした」
「お? 何で二回言った? お?」
エウリューケが黒眼鏡をずらして、上目遣いにメンチを切る。そこまで絡まれる覚えはないのだけれど。
「何故そんな格好を?」
「変装。あたしみたいな美少女は目立っちゃうけど、これだけやりゃあ名前も覚えらんないし、素性もわからんじゃろ、な?」
「相変わらず……」
話している最中、子供が背後を走って行く。
「おっすエウリューケまたなー!!」
すれ違いざまに、名前を呼びながら。
「おう! 転ぶんじゃねえぞい!!」
それに応えるエウリューケの笑顔が眩しい。手を振って、まるで友達を見送るように明るく応えていた。
だがやがて、その笑顔も消えて、若干真面目に目を細めたエウリューケは僕を見る。
「それで……」
しかし、その声も途中で止まる。遮られたわけではない、遠くから小さく聞こえた先ほどの子供の声に、エウリューケが口を閉ざしたのだ。
「あの姉ちゃん魔術師なんだってよ!」
「マジで!?」
子供たちの声が、僕らの間を通り抜けていく。
なるほど。
「変装、上手くいってるみたいですね」
「……やはりこれだけ姿を窶して見せても、溢れ出るなんか色々は誤魔化せないもんね。てへ」
ペロ、と舌を出してエウリューケが笑う。相変わらず、自己評価が高いらしい。
「レイトンさんに、ここら辺で実験をしていると聞きました。これも、『実験』のための?」
生活の糧に露店商を、というものではないと思う。そもそもの生業は知らないが、そんなに金に困っているという印象はない。
そもそも治療院でも、五年働けば一生食べるのに困らないといわれる上等治療師よりも上の位階にいた彼女だ。石ころ屋時代や魔術ギルド時代を考えずともそれだけで普通に考えれば金には困らない。……いや、僕もだけど普通に考えちゃいけない気もするが。
だが思った通り、眼鏡をずらしたままフレームの両脇に手を添え、ニヒと笑ってエウリューケは頷いた。
「そうなんよ。あちきの商才と美貌を活かした素晴らしい計画なんやけんな」
「闘気と魔力を併せ持つ誰かを探す、それと魔法陣の研究でしたか」
「そうよ、そうよ。すごいべ?」
「……詳細を聞いていないので、なんとも」
「とりあえず誉めとけよそこは」
はぁ、とため息をついて、エウリューケが腰の後ろにおいてあった小さな袋を探る。他の麻袋よりもかなり小さく、そして中からはわずかに金属音が響く。……穀物ではないらしい。
「ほい」
「……?」
投げ渡された金属片。二つの欠片が綺麗に僕の顔に当たる位置に飛んで来る。
それを払い落とすように受け止めれば、ヘアピンと、それよりも少し小さい円筒形……というよりも切れ目が出来るようにチューブ状に丸められた金属製のなにかだった。
それぞれに白く濁った米粒のように小さな石がつけられており、その周囲をなんとなく金属を盛り上げて作られた細工のようなものが囲っている。
何だろうこれ。ヘアピンはわかるけれど。
「これは?」
「こうつけるの」
もう一組を袋から取り出したエウリューケは、フフと笑いながらそれを髪と……耳につけた。
「どう? 似合うー?」
僕よりも大人の女性なはずだが、その仕草は十歳にも満たないくらいの女子が自慢しているようで、なんとなく微笑ましい。
だが、それはあれか。イヤーカフス……だったっけ?
「髪飾りに耳飾り……。正直関連が見えないんですが」
一応共通点としては、白い宝石がはめ込まれているということだろうか。この光沢からすると、ガラスとかその辺りにも見えるのだけれど。磨りガラスのようではないので、やはり何かの白い宝石だろうか。
宝石には詳しくないし、あまりこれだけで何がわかるということでは……。
しかし次の瞬間、その宝石の性状を詳しく知ろうと魔力を込めた僕は、少し驚いた。
まず、その宝石の中が上手く読み取れない。どうやら細かい構造物が中にあるようで、白い色がついているというよりも細かいヒビで白くなってしまっているという感じ……というところまでは読み取れた気がする。
だがそれ以上は、読み取ることは出来ない。
そしてその代わりに、僕の目に新たな光景が現れる。
僕の目の前、見つめていたその宝石の色が、じわじわと変わっていく。
緑の斑点が浮かび、それが広がっていったかと思えば、端からまたそれが変色していく。
黄、橙、また緑、と変化し、そしてそれは最終的に透き通った薄い青に落ち着いた。
魔力で情報が読み取れず、そしてそれに関して何かしらの変化を起こす。
これは……!
「魔法陣が刻み込んである、んですか」
「そうさー。硝子と金属を練り混ぜるのは勇者の召喚陣の一部を流用してみたんだけどー、案外上手くいって良かったね、おめでとう!!」
曲げていた片膝を伸ばし、足を投げ出してエウリューケは座り直す。今目の前で起きている事象を起こしたとは思えないほど、幼い仕草で。
しかしこれは。
「……神器じゃないですか、まさしく」
今変化させたのはヘアピンだが、イヤーカフの方も魔力を込めればそうなるだろう。
いつもは魔法陣を描くだけだった。しかし、とうとう作ったのだ、これは。
だが僕の驚嘆と賞賛を含んだ言葉に、エウリューケは首を横に振った。
「色が変わるだけだし、そこまで大したもんじゃないよん、前にも言ったけど!」
「これは不可逆的な変化でしょうか?」
エウリューケの謙遜を半ば無視して、僕はもう一度魔力を込めなおす。しかし最早中の構造は完璧に均一な一様の物質になっており、単なる着色ガラスとなってしまっているようだ。
何の金属でこの色になるのか覚えていないが。コバルトだとちょっと薄い気がする。
「うん。中の魔法陣は傷みたいなもんだからね。変化させると崩れて何の意味もなくなっちゃう」
「これはたしかに、凄いですね」
もう一度僕は感嘆の息を吐く。
色が変わった、というだけの変化。きっと傍から見れば何かの手品や単純な仕掛けによるものとしか見えないのだろう。しかしその実は、この世界でも最高峰の技術の粋が込められている。
「はははん、でもでも、こんなんまだまだ序の口さいさいだったでござるのよ」
「……??」
「見つかったんだよ。これを使って。カラス君の言っていたような、カラス君みたいな子が、さ」
驚いていた僕。
しかし得意げに、そして遠い目をして吐き出されたエウリューケの言葉に、僕は今日これまでで一番の驚きを覚え、思わず「は?」と声に出してしまった。