勝手な奴と
「……。手間を省きたい。正直に答えてくれるとありがたいな」
朗らかな笑みで、クロードが僕にそう告げる。その和やかな口調や微笑みに反して、僕の首の横に添えられた剣は微動だにせず僕を威嚇していたが。
そして、次の瞬間表情が変わる。へにゃりとしていた眉が、キリと引き締まる。
クロードは視線を向けずに、背中越しに親指で死体を指さす。
「……やったのは、お前か?」
「いいえ」
しかし威圧されてばかりはいられない。
僕は胸を張るような気持ちでそう答えた。正直に。
「おおよそクロード様の推察通りです。いくつか訂正したい点はございますが」
「言ってみろ」
先ほどよりは重々しい空気。張り詰めるような空気の中、僕は小さく咳払いをした。
「助けを呼んだのは私です。突然押し入ってきたその男たちに襲われたのも、私です」
「男たち?」
僕の言葉尻を楽しそうに聞き返してくる。先ほどの様子であれば、その程度は当然だろうか。
「ええ。押し入ってきたのは二人。まずその男……ええと、ムーダスといいましたか。それと、もう一人……ジキ……なんとかという探索者です。痩せて長身の、茶色混じりの長い黒髪でした」
「……そのもう一人の男は?」
「その男を刺して、逃げました」
僕の言葉に、クロードが「ほう」と小さく呟く。彼の推察で間違っているのは、大きなものではその二つだろう。襲撃者は二人。そして、刺したのは僕ではなく襲撃者の内の一人。
視界の端では、未だもう一人の聖騎士も警戒を緩めない。
右手はだらりと下げて左手を腰の剣の柄頭に添えている。あたかも気を抜いているような姿勢だが、その姿勢から一呼吸で鞘から抜き打ち切り上げる技を知っている。……それだけで確定できるものでもないが、水天流か。
「では、そのお前を襲った某は、何故?」
「わかりません。どこかへ連れ去ろうとしていたみたいですが」
それは本当にわからない。魔法使い四人を嗾けてきたフラム・ビスクローマと同じく。
カンパネラやレイトンと同じ目的と考えてもいいかもしれないが、そうではないとも思う。なにせ、先ほどの二人も僕を殺して連れてきてもいいと言われているのだ。『死んでもいい』とはそういうことだろう。
「ではでは。……さっきの話を聞いていたならば、既に事態はわかっているだろう。ビャクダン大公猊下、もしくは大公ご子息に何かされる心当たりは?」
「……ありません」
それも本当だ。ジュリアン・パンサ・ビャクダンとは廊下をすれ違った程度しか接点がないし、ビャクダン大公本人に至っては見た覚えすらない。
行きずりの男を嬲って遊ぶ……程度ならばするかもしれないが、それにしては色付き二人を使うとは大げさなものだ。
「……では、話の核心に触れようか。その、逃げた男はどこに?」
「わかりません」
クロードの問いに僕が端的に答えると、クロードは堪えきれなかったように噴き出す。
「なるほど。理由も不明。仲間を殺した男がどこに消えたかも不明。わからない、わからない。わからないことだらけだな」
クロードがちらりと入り口に待機している聖騎士を見る。見られた方は微動だにせず、ただ僕を睨むように見つめていた。
「お前の噂は聞いている。探索者カラス。戦史に残る規模の被害を出した化け狐と同種族の一頭を討伐し、別の戦場ではかの最強の砲撃戦技《山徹し》を模倣したとされる怪物。……今は雇われの身らしいが」
「ええ。縁あってザブロック家に雇われております」
未だに僕の首の横に添えられた剣は微動だにしない。
闘気は一応込められていないが、おそらく『その時』にはごく短時間で準備は完了し、僕の首を落とすのに苦労はしまい。
「ひとつ、不審な点が残っているな。お前は何故ここにいた?」
「何故と言われましても……」
理由は簡単だ。アネットに誘われ、オルガさんと二人きりになった。ここが普段あまり使われていないからこそ、密会に便利だったから。
その密会の内容。それはあまり言いたくない話題だ。だが、言えないは通じないだろう。
背後でオルガさんが息を飲む。黙っていてくれるのは、少しだけ僕の気が楽でありがたい。
「ここは休憩室ですよね。たまたま一人で使おうと思いまして」
「……カラス様……?」
オルガさんが抗議のように疑問の声を上げる。
もちろんその声は、今のところ誰にも届いていない。
「少し前に、ここはあまり使われていない場所だと城の使用人に聞いたので。なら使ってもいいかななんて思ったんですけど」
少しだけ笑みを浮かべてそんな言葉を口にする。全て嘘、だが……。
「駄目でしたでしょうか?」
「……ここは一応官吏たちの部屋だからな。まあ、本来は控えるべきだろう」
少しだけ溜息を吐き、クロードが剣を引く。肩に担ぐようにして天井に向けられた剣が、橙色の光を弾いた。
「まあいい。信じよう」
……通った、かな?
窺うようにその目を見るが、クロードは少しだけにやついた顔で剣を鞘に収める。
「……意外そうだな?」
鯉口を切っては戻し、と繰り返しながら発せられた言葉に、僕は思わず頷く。
「ええ、……失礼ながら」
一顧だにされることはないと思っていた。僕の今吐いた嘘など、正直僕でも信じられないのに。
だが、確信を持っているようで、僕への警戒がなくなっていくのがわかる。振り返ったクロードは死体から小刀を引き抜くと、まだ血が滴るそれを僕に向けた。
「お前はビャクダン大公の縁者ではない。ならばこの小刀は、盗んだものでなければその男たちが持ち込んだものだろう」
床に血液が垂れる。木の床に勢いよく落ちた滴が細かな飛沫となって弾けた。
「もちろんその男たちが盗んだものかもしれんがな。そして、襲われたお前はその小刀を手に凶行を働いた、かもしれん」
「…………」
ならば、疑いは一切晴れていないだろう。
真犯人の確保と自身の潔白の証明は別ものだと昔エウリューケに言い含められたと思うが、やはりその二つは平行して行うとより強固なものになる。先ほど逃げた探索者、あいつが見つかるまでは、やはり僕はまだ黒に限りなく近い灰色のままなのだろう。
「お転婆な女と、お淑やかな女、どっちが好きだ?」
「……え?」
ニパッと笑い、クロードが突然僕に問いかける。もちろんというか、僕は聞こえているのに理解が追いつかずに聞き返してしまったが。
「答えろよ」
「…………」
僕は意図が掴めずに瞬きを繰り返すが、クロードは僕の答えを待つように僕の瞳をじっと見つめる。何故突然この質問なのだろうか。
「お……」
そして、答えようとして一瞬息を飲んだ。姿を隠して後ろに佇むオルガさんには、この話題はクリーンヒットだろう。……まあ、どちらも当てはまりそうにないからいい気もするけれど。
僕は絞り出すように返答を口にする。
「……お淑やかな方……でしょうか?」
「だろうな、そんな気がした!」
ハッハッハと笑いながら、クロードは僕を笑顔で見下ろす。本当に、死体のある部屋には似つかわしくない。その足を一歩引けば、血溜まりの中に足が入るというのに。
オルガさんは、背後で何か納得したように頷いた。
クロードは訳知り顔で人差し指を立てた。
「とまあ、そんなところだ。突然の質問にお前は戸惑う。お前は演技は上手いのかもしれんが嘘は下手だ。先ほどの『知らない』『わからない』は本当のことだろう」
「はあ……?」
いつの間にか、僕の性格まで把握されているらしい。……いや、初対面でそうわかることだろうか?
「ならばやっていない」
「……しかし団長!」
入り口を塞ぐ聖騎士が、クロードのまとめに抗議の声を上げる。
しかしクロードが一睨みすると黙り、姿勢を正した。
「それより何より、確かに逃げていく血液痕が残っているのだ。お前の他にな」
「しかしそれは」
「もちろんそれもお前の偽装かもしれん。しかしならば、もう既に逃げていればいい話だ。先ほどの隠行を使えば反対方向にだって逃げられる。わざわざここに残って危機に陥る馬鹿はいまい」
自分にとって不利な反駁をしようとした僕の言葉を遮り、クロードはまた笑う。
「ま、一番はやはりビャクダン大公絡みだからということがあるがな。この男には悪いが、殺人でも大仰な事件化は出来んし、するならばとりあえずの下手人がいる」
「…………」
「わかっているようだが? その場合はお前を捕縛すれば済む話だ。少々の疑問点は残るとはいえ、それで片付いてしまう」
からかうように、クロードは笑う。それからまた振り返り、死体の胸に手を当てた。
「だが、それはさせない。少なくとも、俺が納得するまでは」
足音もなく、また二人誰かが部屋に入ってくる。
「遅れました。応援は必要でしょうか」
服装から見ても、間違いなく聖騎士。今度は男女一組か。顔を上げたクロードは一瞬動きを止める。
「いらん……が、そうだな。この男を運び出して埋葬の手続きを取ってこい。それをもって、状況六は終了とする」
「りょ、了解です?」
飛び込んできて、突然出された指令。それに少しばかり慌てる様子だが、彼らは速やかにそれに従事する。ベッドに使われていた毛布を使い、一応血が滴らないように止血をしながら巻いていく。
作業中、女性の方はその間に僕を見て怪訝そうな目をしたが、少しだけ考えてから何か納得したように首を振り、それきり僕を見なかった。
途中にも出されたクロードの指示により、一見すると死体に見えない荷物が出来上がる。それを男性が担ぎ上げ、そのまま部屋から出ていった。
しかしまだ、床には血溜まりが残っている。木の床に吸い込まれていくらか消えてはいるが、ほとんどは吸収されずに粘る赤黒い液体が水溜まりのように広がっている。
「あとは掃除だな。さすがに鼻血を出したなどでは済まんか」
また、ハハハと笑う。こんな状況下なのに、笑顔が多い男だ。
「まあその辺りは何とかしよう。小刀を返しがてらビャクダン大公をつつけば、部屋ごと改築されるかもしれん」
とりあえずはしばらく封鎖だな、とクロードは呟く。まるで一人芝居でも見ているような光景だった。
「……さて」
そして、一人芝居も終わり、落ち着いたという風情でクロードが呟く。
「先ほどもいったとおり、今回の件、カラス殿は疑いについては不問とする」
「ありがとうございます」
いいながら、懸命に表情を作る。しかし、多分作り切れていなかった。声もおそらく不機嫌さが出てしまっているだろう。そんな気がする。
確かに今は礼を言うべきところだ。僕は冤罪をかけられることすらなく、解放される。あとはオルガさんを適当なところで逃がせば元の生活に戻れるし、誰に迷惑をかけることもない。
しかし、不問なのだ。
王城内で行われた殺人。それが、現場にビャクダン大公の家の小刀が残されていたというだけで、事件化されることもなく隠蔽される。その現場の真っただ中で、僕はそれを見てしまった。
悪事に関わりたくないとはいわないけれど、権力による……その忖度による隠蔽は別だ。
そんな嫌悪感が混じってしまった視線を涼しい顔で受け流し、クロードはまた口を開いた。
「しかし、ここで出会ったのも何かの縁。カラス殿、少し俺に協力してもらえないだろうか」
「……協力、ですか」
嫌な予感がした。この流れ、今までに何度も経験したことがある気がする。
しかしまあ、乗るしかないのだ。
「ああ。実は、今夜これから行われる舞踏会の最中に、余興の予定があってな」
余興。舞踏会の流れ自体はルル相手の教育で遙か昔聞いた程度の予備知識しかないが、そこでは言及されなかった気がする。そんなものも行われるのか。
「そこに、参加してほしい」
「私は芸事は苦手なので、難しいかと」
「なに、簡単なことだ」
一歩クロードは僕に近づき、肩に手を乗せる。力が入っているわけではない。だが、有無を言わせぬ圧迫感があった。
「カラス殿は、演武の経験はあるか?」
「……ありません。私は、誰かと一緒に稽古などしたことがないので」
正確には、一緒にはした。しかしそれは僕の感覚としてのものであって、あの僕が育った開拓村の誰もが、そうは思っていないだろう。
「そうか。ならば、今日が初めての経験になるな。そこに出てほしいんだ」
「お断……」
「それが、先の不問の条件としようか。うん、そうしよう」
それからクロードはまた僕から一歩離れて、血溜まりを避けて踊るように身を翻す。
……断れない条件を出しながら。
僕の目が無意識に細まる。顰められた眉を、意識して緩めようと努めた。
「何故か警護に当たる俺たちにその演目の命令が来てな。本当は休憩中の暇な団員にやらせようと思ったんだが……、この事態で手が足りない」
体の向きは向こうを向いたまま、顔だけを半分こちらに向けて、クロードは挑戦的な笑みを向ける。
「頼む」
「演武の流れを私は知りませんので……」
「即興演武で構わん。相手は俺だからな」
ニパッと笑い、クロードが口の端を指でつり上げる。先ほどからこの男の笑みが『この状況には似合わない』と思っていたが、……大柄な男性にも似合わない仕草だ。
「ま、わかっていると思うが……」
そして、真面目な顔に戻し、体もこちらへと向ける。
「断る選択肢はない。時間としては二刻ほど後になるが、その少し前に控えの間に使いを出す。それから準備や簡単な打ち合わせだ。いいな」
「……わかりました」
確かに、と思いながら僕は会釈をする。
立場的にも断ることは出来ない。彼ら聖騎士は一応騎士爵相当の地位で、本来ならばこんなにフランクに話すことも出来ないだろう身分差がある。
それに、この状況。断れば、殺人の罪で捕縛される。逃げ出すことも出来るかもしれないが、そうすればザブロック家やルルに迷惑をかけることになる。レイトンも一応文句くらい言うだろうか。そっちはどうでもいい気がするけど。
「謹んで、お受けさせていただきます」
頭を下げたままそう口にすると、腕を組んだクロードの視線が降り注いでいる。
断れないようにして言った。ならばどうせ、ただの余興ではあるまい。
その視線が愉悦に歪んでいる気がして、僕は内心溜息をついた。
それから一応僕たちは解放される。
僕たち、といってもオルガさんは未だに姿を隠したままだったが。
角を二つ曲がり、視線がないことを確認する。その間も静かについてきてくれたオルガさんには頭が下がる思いだ。
ようやく透明化を解けば、自分の影が現れたことを感じたのだろう、オルガさんがホッと息を吐く。
「とりあえず、他の使用人のところまで送ります。オルガさんも顔を見られていますので」
いや。とりあえず僕らのいた控えの間で一緒にいてもらったほうがいいだろうか。オトフシもいるし、事情を説明すれば無下にはしまい。……ルルの身よりも優先はしないだろうが。
そうすると、これからどうしよう。この王城内で、オルガさんが安全な場所が少なくなった。さすがに聖騎士の前では大丈夫だろうが、それ以外は正直僕には信頼できない。
そう考えていると、僕ははたと気がつく。というより思い出す。
アネットは大丈夫だろうか。少なくとも近くにはいた。あの後の行方は知らないが、彼女も僕と親交があるとすれば何かあってもおかしくはない。
……いや。
今回僕は襲われたわけだが、相手の探索者が僕の居場所を知った理由、それを彼女に求めるべきだろうか。
襲撃があった。僕が、たまたま二人で誰も来ない部屋に入った直後に。
怪しむべきか、それともその友人のオルガさんを信用するべきか。
しかしまあ、少なくともオルガさんのことは信用しよう。
一応その身が心配だ。オトフシのところまで連れていく。彼女と一緒にいてもらおう。
「いえ、やっぱり僕と一緒にお願いします。まだ仕事があるならば申し訳ないんですけど」
「…………」
オルガさんはコクと頷く。だが歩き出そうとはせずに、俯いたままだ。
それから、視線を下げたまま口を開いた。
「……どうして」
顔を上げて僕を見た眼は、先ほどの僕を組み伏せた時の眼と同じ真剣なものだ。
たじろぎながら言葉を待つと、オルガさんは首を振った。
「いいえ。やはり、クロード様に私もいたことをお話ししてきます。そうすれば、この後の余興になど出ることもなくなるでしょう」
「…………」
突然始まった言葉。解釈するのに一瞬悩んだが、言いたいことはわかった。
どうしてというのは、僕が先ほど嘘を吐いた理由。
身を翻し、駆けていこうと足を踏み出したオルガさんの手首を掴んで止める。
「待ってください」
「しかし、このままでは……」
「勝手な判断はお詫びします。でも、これで僕が何度か小突かれれば問題ないでしょう?」
僕が言うと、オルガさんが少し目を見開いて僕を見返す。さすがに、気が付かないことはない。
単なる余興で終わるならばいいが、終わらないとするならば。
「それよりもオルガさんのことです。僕の考えでは、黙っていれば彼らは今回の件でオルガさんに手を出すことはないと思いますが、騒ぎ立てればどうなるかわからない……と、思うんです」
事件の事実が糊塗出来ている限りはその件でどうにかすることはないと思うが、騒ぎ立てればわからない。……もちろん、その程度向こうが利口ならばであるが。
「オルガさんは、何も見ていなかった。そういうことにしましょう。アネットさん……はどういう立場かわかりませんが、一応彼女にも口止めを」
そして、アネットがもしも大公の息がかかった人間ならば、……。
……その時のために、オルガさんから情報が漏れることはなくしたい。それも一応、今考えた利点だ。
オルガさんは、意気消沈したように黙って唇を噛みしめる。彼女は何も気にすることもないのに。
むしろ、僕に向けて怒ればいいのに。
僕がまた、何かに巻き込んだのだ。
鳥たちが遊んでいたところに現れた烏は、また農夫の石に襲われた。
僕は、その石が鳥たちに当たりそうと悩まなければならない。
本当に、人間とは面倒だ。
オルガさんから手を離し、僕は背を向け歩き出す。オトフシに事情を話す時間もほしい、急がなければ。
「本当に」
歩き出した僕の袖を、誰かが掴む。間違いなくオルガさんなのだが。
「本当に、勝手な人ですね」
「……よく言われます」
僕の言葉に応えるように強く掴まれた袖。
その手を離したオルガさんは、行きましょうと小さく呟いた。




