炙り出し
廊下から、二人が部屋に足を踏み入れてくる。一人は長身の男。もう一人はでっぷりとした……なんというか、くびれとか起伏がない男。
対照的な二人。並んでというわけでもなく、どちらかと言えば太った男が先に入ってきたので、真偽はともかく長身の男のほうが偉いように見える。
見覚えはない。この王城内に数限りなくいる働く全ての人間を覚えているわけではないが、見覚えもないし、オトフシの授業で覚えさせられた者たちでは確実にない。
しかし、どんな用事であろうとも、今はやめてほしい。
「……取り込み中なので、後にしてもらえます?」
「それはちょっと難しいな」
太った男は、やけに口が大きく見える。その大きな口を小さく開けて、そう答えると同時に右手に小さな剣を構えた。
「俺がやる。連れて行けばいいんだろ? 女は?」
「当然口封じだろう。その前にお楽しみでもするか?」
「いいな」
ハハ、と男たちは顔を見合わせずに笑い合う。
「お手並み拝見」
太った男に応えた長身の男は髪の毛が長く、一見すると女性にも見える。だが、やはり男性だ。黒くパサつく髪の毛を、結びもせずに油でまとめているように見えた。
にやにやとした笑いが少し不快だ。
「連れていく?」
「そうだ」
「どこへですか」
連れていく。言葉自体は少しだけ穏当な気がするが、しかしその動作はその正反対を示している。
誰が、抵抗もしていない対象をどこかへ連れていくために刃物を構えるだろうか。
「…………」
「言えないのならば、お断りします」
「そうか。まあ、死んでもいいし」
太った男が前に踏み出す。その両手には小刀が握られ、この勢いではそれをそのまま僕に突き刺すことも出来るだろう。
だが、まあ少し遅い。
「……ぅっ……!!」
僕へと到達した小刀を体を反らして避けながら、低い鼻につま先を蹴り込む。固い、一応闘気を帯びているらしい。
そして、男も怯まない。少しだけ跳ねた頭を強制的に戻すと、足を戻している最中の僕に更に肉薄してくる。
それから迫る乱打のような両手の小刀。
一張羅だ、あまり服を破りたくないので全て避けると、男も一呼吸置くために一歩後ろへ跳んだ。
男が自分の鼻をつまんで引き出すように形を整える。鼻血を噴き出しながらも、一応形が整った鼻がプランと横に揺れた。
「こいつ、結構手強いぞ」
「そうみたいだな」
長身はまだ見ているだけらしい。位置関係は一切変わらず、未だ出入り口は二人の男で塞がれていた。
さて、どうしよう。
殺してもいいが、そもそも誰だこの男たちは。突然現れて、凶器を持って僕を襲っている。
白昼堂々……今は夜なのでそれも当てはまらないが、しかし普通に動いている王城の中でこんな剣呑な行動を堂々ととれるのがそもそもおかしい。
こいつらが現れてからほんのわずかな時間しか経っていない。なのに、オルガさんとの真剣な話が、まるで数日前の話に思える。
とりあえず、殺すか。殺しても、死体を灰に変えればそこそこの時間は発覚しまい。今も息を飲んで後ろで見ているオルガさんが黙っていてくれれば、の話だが。
……いや、とりあえず逃げるべきだろう。
反撃してしまったが、僕はこいつらに襲われた被害者だ。
そして今この王城内、特にこの近辺は聖騎士の巡邏している圏内だ。
逃げて、彼らの助けを求めれば、何の問題もなく事態は収束する。
すると、あまり怪我をさせるわけにはいかないだろうか。
とりあえずすることは、一つだ。
息を大きく吸って、後ろには声が響かないように。
「誰か! 助けてください!!!」
ここは王城。未だに働いている人もいるだろうし、巡邏もいる。逃げるまでもなく、誰かが駆けつけてくれれば問題はあるまい。
何となく滑稽に思ったのだろう、男たちが顔を見合わせる。
「助けて、だってさ」
「あはっ!!」
太った男がもう一度僕の間合いに入ってくる。
振るわれた剣を躱して、その握る手に拳を合わせれば、骨が砕ける音がして小刀が取り落とされる。取り落とされた剣を空中で廊下の方へ蹴り飛ばせば、長身の男が体を翻してそれを避ける。
向こう側の石壁に、剣が刺さった高い音が聞こえた。
両手での突き主体の剣術らしい。失われた剣の代わりに左手は拳だが、それでも太った男の攻撃は止まない。
とりあえず助けは呼んだ。誰かがそれに反応したような声もしないので、望みは薄いが。
ならばやはり逃げたほうがいいのだろうが、しかし、逃げるにしてもどうしよう。
退路としてもこの部屋には出入り口はこいつらが塞いでいる一カ所しかない。
すると、逃げるにしても交戦は避けられないけれど……。
まあ、もう遅いだろう。
「ぐぇ……!!」
今度は横向きに男の顔を蹴り飛ばす。頬の豊満な肉を打つ感触と共に、歯が折れ顎が潰れる感触が僕の足に伝わってきた。
飛ばす向きとしては廊下側。今まで見ていた長身の男にぶつかるように、角度を調整しつつ。
休憩室から廊下へと繋がる細く短い通路。そこで、二人の男が絡んだ。
「……っとお」
下半身にぶつかった太った男に怪我でもさせないためか、長身の男は柔らかく受け止めるように身をわずかに引く。
その隙を逃さず、今度は僕から。
「一応、先ほどの彼女への無礼の分は返しておきます」
「……!!」
顔を引き締め防御態勢を取るが、もう遅い。
闘気はあまり込めていないが、全力の右の鉄槌打ち。男の構えた前腕が、ミシリと心地良い音を立てた。
壁に打ち付けられ、派手に音が鳴る。
部屋が震え、パラパラと部屋の天井から埃が落ちてきた。
助けは呼んだ、が事態は急を要している。まだ誰も来ない。防衛に徹するのもいいが、もはや僕は攻撃してしまった。
「…………」
すかさず彼らの周囲の酸素を遮断する。
彼らを昏倒させて逃げよう。それからオルガさんにも協力を仰いで聖騎士や衛兵に説明をすれば……その程度で、聖騎士が納得するだろうか。いや、そもそもオルガさんもここにいる理由を説明してくれるだろうか。
まあそれは後でいい。まずは、こいつらの対処。
太った男は声もなく仰向けに倒れたまま白目を剥く。
だが……。
「んだ……!?」
長身の男は壁に半身を預けながら、目を剥いたように口を押さえる。
それから震えるように力の入っていない手を壁に押し当てて、何とか体勢を整えた。
……息をしていないらしい。意を決したように自分の脇腹と首の横に点穴をすると、信じられない、という風に僕を見た。
「…………」
僕はその様を黙って見返す。点穴は血の巡りを遅らせるものと、気付けのものだろう。黙ってみていれば、その内酸欠で意識を失うのだろうが。
対処法としては少し間違っているが、冷静な判断だ。どちらかといえば、毒ガス向けの対処だが。
ぷるぷると震える足を、長身の男は太った男の首に叩き込む。気付けのようだが、既に体内の酸素は消費し尽くされているはずなので、闘気使いの彼が起きるはずがない。
それを確認したのだろう。一度廊下の外を見て、男は舌打ちをする。
「……時間切れだ」
苦しいはずなのに、一つ呟く。それからニヤと笑うと、太った男の手から小刀を取り上げた。
「じゃあな。もう俺はお前に会いたくねえや」
僕の顔を見たまま、その小刀を逆手に構える。それから……。
「…………ぁ!!」
太った男の首に、小刀が突き立てられる。喉の奥から絞り出された空気の音に、ぶくぶくという湿った泡の音が混ざった。
「……蒲の葉に杖と鞭……」
背後から、オルガさんの呟きが聞こえる。小刀の柄にある紋章……家紋だろうか?
そして、僕の耳にもバタバタという音が響く。足音、それも複数の。
それに反応し、足に力を込めて逃げていく男。
僕も舌打ちをしながらその足に念動力を絡めて押さえつけるが、咄嗟に込めた程度の力では打ち消されてしまったようで、足首の骨を砕くもぬるりとその足は足音の反対方向へと消えていった。
「……とりあえず、僕たちも逃げますか」
誰か来た。だから先ほどの長身は逃げたのだろう。そして、誰か来る。その誰かは、おそらくこの付近を巡邏している『彼ら』だろう。
呼んでおいてなんだが、この状況で彼らを信用できるとは思えない。アネットの話では、僕は聖騎士に嫌われている探索者。ならば。
とりあえず僕たちも透明化し、姿を隠そう。そう思い、オルガさんの方へ身を寄せながら提案をする。
オルガさんは無反応だが、まあいいだろう。
バタバタという足音が近づいてくる。このまますんなりと離脱できればいいけど。
……とは思った。しかし、そう簡単にはいかないらしい。
部屋の前を走り去る影がある。しかしそのコートを着た男性は、視界の端で死体を目に留めたのだろう、急停止して腰に手をやる。
足音がなかった。耳だけで判断していた僕の失策ではあるが、もう逃げる猶予はなかったらしい。
「状況五から六! 区画二を基準に網を張れ!!」
剣に手を添えたまま部屋の中を確認した聖騎士が叫ぶと、廊下の足音が疎らに止まり一部反転する。
更に一部の誰かは廊下を素通りするように走っていったが、こちらは衛兵らしい。鎧姿の頼もしい姿がちらりと見えた。
聖騎士が部屋に足を踏み入れる。僕たちの、廊下へ出る道を塞ぐように。
僕はまた舌打ちをする。
両手を伸ばせない狭い通路だ。横を通り抜けていくのは、僕だけであっても少し厳しい。
衛兵が一人、聖騎士に続くように入ってくる。死体に歩み寄り、胸に手を当てて心臓の音を確認していた。
「殺し、ですか」
「そうみたいだ。小刀により喉を一突き……というだけでもないようだが」
外にいた衛兵に封鎖をもう一度指示し、聖騎士は入ってきていた衛兵と向かい合わせに蹲る。血に触れないように、床についた手を少しだけ引いた。
「……逃げるまで、少しかかりそうですね」
オルガさんを巻き込んで透明化している僕がそう口にすると、オルガさんは首を横に振った。
「おそらく、逃げることは出来ないでしょう」
「何故です?」
「この場から離れても、おそらく無駄なのです。目撃証言まででっち上げられてしまうかもしれません」
明日を待たず、以前の顔でオルガさんは僕へと返す。目が少しだけ腫れているが、それを僕は無視した。
「そこで死んでいるのは、おそらく探索者の〈変面竜〉ムーダス。それと、先ほど逃げたのは〈傷医〉ジキテオ。どちらも色付きで、それも魔物ではなく街中での依頼を受けるのが多かった者たち」
「有名な方なんですね」
なるほど。それなりに強い人間だったということだろう。酸素遮断に初見で対応したのは確かに見事だったが。
「ええ。そして、依頼料も高額。あの小刀は、依頼主から支給されたものでしょう」
オルガさんの視線の先は、先ほどの太った男が使っていた小刀。今は彼の喉元に深々と突き刺さっているが。
「先ほどの、『蒲の葉に杖と』……でしたっけ」
「『蒲の葉に杖と鞭』です。あの家の紋章ですから」
「それはどこの……」
「すまん、遅れた」
またもう一人入ってくる。その姿を見れば聖騎士であるが、その顔は僕も名前を聞いた人物だ。
緑に近い青い髪を背中でまとめ、太い眉に朗らかな笑みを湛えている筋骨隆々の美丈夫。
「団長……」
「状況六……だったな」
「はい、しかしそれが……」
立ち上がった衛兵と聖騎士と逆に、今現れたクロード・ベルレアンが座り込む。第二聖騎士団団長……そんな大物が来るとは。まあ、殺しとなれば当然だろうか。
クロードはふむ、と呟くと一度頭を掻いて聖騎士を見上げた。
「封鎖解除。衛兵は通常の業務に戻れ」
「は? しかし、……」
「この事態は、俺たちだけで処理する」
言い募ろうとする衛兵を一睨みし、クロードは黙る。その様に、少しだけ歯を食いしばってから衛兵は「はっ」とだけ返して部屋を出ていった。
「……厄介だな」
「ええ」
衛兵がいなくなってから、クロードは呟くように部下に言う。
僕はその様を見ながら、怒りに近い呆れを心中に浮かべていた。
今まさに何らかの事件が起きて、そして誰かが死んでいる。その犯人を一刻も早く追わなければいけないこのときに、その捜査網だろう封鎖を解いた。
何を考えているんだろうか。
「ビャクダン大公。こんな短慮を起こすような者ではなかったと思うが」
「しかし、その紋章は確かにビャクダン家のものです」
死体から漏れ出した臭いに顔を顰めながら、クロードは溜息をつく。
「まあ、おそらくご子息の独断だろうが……目的は何だ?」
「この者の殺害では?」
聖騎士は白目を剥いて死んでいる男を指さす。だが、部屋の中にある壊れた扉を見て取って、小さく自分でそれを否定した。
「いえ」
「誰かがこの部屋に押し入ったんだろう。扉を蹴破って。多分、それがこの男だ」
「こいつは殺す側だったと?」
「殺す気だったかどうかは知らんが、凶器を携えてはいたんだろう。……助けを呼ぶ若い男の声がしたってな。しかし位置関係からしても、この男が呼んだとは思えない」
「中で揉み合い、どうにかして逃げようとしたところを暴漢に刺されたというのは……」
「ならば背中に傷があるか、もしくはうつぶせに倒れているはずだ。逃げる最中にわざわざ振り返ることはない」
もう一人駆けつけてきた聖騎士に、床の足跡の捜索をクロードは命じる。石の床ならばまだしも、絨毯の場所では紛れてしまうと思うが。
しかし、この雰囲気覚えがある気がする。
死体を前にした実況見分。それにより、明らかになっていく事件の概要。
……多分、たとえばレイトンならば一目で解決までやるというのが恐ろしいけれど。
いや、レイトンやプリシラのものではない。
もっと昔。
「向こうの壁に、一つ同じ小刀が刺さっている。中にいた誰かが投げた、と考えてもいいが」
「だとしたら相当な腕ではないでしょうか。石材に深々と刺さっていますし……」
誰かが走り込んでくる。
先ほどクロードに足跡の捜索を命じられた聖騎士だ。
「どうだ?」
「駄目です。途中で途切れています」
「だろうな」
ふう、とまたクロードが溜息をつく。
「おそらく、この男が部屋に押し入り、中にいた人物の反撃を受けて死亡した。廊下に続いている血痕は、その殺した誰か……助けを求めた男のもの……だと思うんだが……」
少し正しく、少し間違っている寸評。とりあえず、それでも構わないだろう。確かに殺したのは逃げた男で、その男は押し入ってきた側だ。
「ビャクダン家に問い合わせてみましょうか」
「無駄だろうな。その手間を省かせるためにこの小刀を残した……ん?」
言いながら、クロードが首を傾げる。
「残したわけじゃなくて、抜く暇がなかったんだよな? なんで俺は今残してったって言ったんだ?」
「それは、わかりかねますが……」
問われた聖騎士が困ったように眉を顰める。当然だろうに。
それからクロードはもう一度しゃがみ込み、「んー?」と唸りながら、死体を観察する。
おもむろに手を伸ばすと、死体の耳を引っ張ったり、頬をつねったりしながら。
それでもわからなかったようで、クロードは両膝に手を当てて体を起こす。それからふらりと体重を感じさせない動作で、廊下へと歩きだす。
「まあいいか。とりあえず、不審人物の捜索。服、特に袖口と足下に血がついていないか注意して捜索しろ」
「この男の身元は……」
「埋葬を依頼だけしてほっとけ。どうせビャクダン家からは何も得られん。……いや、とりあえず探索ギルドに照会をしておけ。奥襟に登録証がある。探索者だ」
「了解しました」
死体の横に残された聖騎士が返答として敬礼する。拳を胸に当てて、背筋を正して。
クロードは振り返り、そして聖騎士の顔を見る。
それからニンマリと笑うと、また部屋に足を踏み入れた。
「それと、ジグ。お手柄だ。お前、前訓練中に降参しなかったせいで絞め落とされたことがあったよな?」
「え、それは忘れていただけると……」
「いや、忘れないでよかった」
笑いながら、ジグと呼ばれた聖騎士の横をすり抜けるようにクロードはベッドが置かれた区域に足を踏み入れる。
そして見回すと、頭を掻きながら目を瞑った。
その仕草を見て、僕の脳裏に唐突に昔の風景が思い出される。
前世ではない。今世。
かつて僕が言葉や風習を学ぼうと過ごした開拓村。
その村を、出ることを決めた日のこと。
「その唇の端の泡は、小刀が刺さったことによるものじゃない。……上手く言えないが、もう一人いたんだ、ここには」
「そうすると、その誰かも逃げているのでは……」
「どうかな?」
ギクリと身を固めた僕の腕を、オルガさんが掴む。縋っているようではない。
「最初から気になっていたんだよな。誰か、見てるって」
見回すその仕草から、あの日僕が感じるはずがなかった視線を思い出させられる。
「では」
「お前はそこにいろ。とりあえず俺は全部毛布引っぺがしてみるから」
ははは、と笑いながらクロードが言葉通りに毛布を引き剥がしていく。しかし、それで見つかるわけがない。僕はこの後を考えながら、じりじりと見つかる瞬間が来ないでほしいと祈り続けていた。
だが、祈りもむなしく。「どーこだー?」と暢気な声をあげながら探していたクロードが、ぴたりと動きを止めて呟く。
「あとは、魔術か?」
死体のある部屋で場違いなほど朗らかな笑顔。その言葉と同時に振られた腕に合わせ、闘気の波が飛ぶ。
僕の魔法を消し去るほどではない。
しかし。
「ははっ!」
魔力圏が歪んで、光の屈折が弱くなる。
クロードが見ているのは、間違いなく僕。視界の端で、ジグと呼ばれた聖騎士が剣に手をかける。
舌打ちをしながら僕は一歩前に出る。
名残惜しそうに手を離したオルガさんを背に、一歩クロードに近づいて。
抜く動作が見えなかった。しかし僕の首下の横にピタリと止められた剣にもう一度溜息をついて、僕は透明化を解いた。




