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法に触れない者たち




「とまあ、警備上の問題はなさそうでしたね。全ての部屋を見たわけではありませんが、防備は簡単そうです」

「そうか」

 晩餐会の次の日。僕とオトフシはまた僕の部屋で顔を合わせていた。

 お互いに衣装は普段着。僕はいつもの外套を脱いだだけだが、彼女も黒革の鎧ではなく、木綿のシャツのようなものに長いスカート姿だった。

 話す話題はもちろん楽しいものではなく、迫るルルの王城生活についてだ。


 部屋に備え付けられた小さな机に広げた紙は、その()と、ほとんど代わり映えしない部屋群のうちの一つの見取り図。

 僕が今日の午前中に見にいった王城は、壮観だった。


 王城のうち、レイトンとの探索では立ち入らなかった場所。

 というか、王城の中とも言いづらい。

 

 南側にある一区画。おそらく広さ五百メートル四方ほどの区画の壁を一時取り払い、無数に分けて天窓をつけ、それぞれを一家庭が簡単に住めるほどの大きさの部屋へと作り替えていた。

 元はおそらく倉庫のような場所や、事務作業で使われていたであろう場所で、その痕跡もまだ残っていたが、工事が終わればそれも姿を消すだろう。

 おおざっぱに数えた限りでは、六十以上になる部屋。それぞれがいくつかの部屋にまた分かれ、使用人たちも待機できるような部屋や本人が住むような部屋となっていた。

 

「細かな当番表などは確認できませんでしたが、一応警備計画書によると常時聖騎士と騎士が複数名ずつ詰めています。誰が暴れるかによりますが、誰が暴れてもまあ問題はないかと」

「食事などは?」

「本来の王城にある炊事場が、少し増設されていました。三食を王城勤めの料理人に作らせることも可能のようですが……」

「少ないだろう」

「ええ」

 僕とオトフシは頷きあう。もしも食堂があり、皆画一化された食事が出るならばその限りではないだろう。しかし今回のように選べるのであれば、食事は各自連れて行った料理人などに作らせる者が多いだろうと僕は予想している。

 毒物混入などへの防備などももちろんある。だが、理由としてはそうではない。

 単純に、好みの問題だ。食べ慣れない料理を三食食べるよりは、慣れている料理人に作らせる方がストレスが少ない。


「合わせて、食堂へ食材搬入する経路も拡張されているようです。食料庫も、保管場所が区切られているようで」

「その想定もしているのだな」

 ふむ、とオトフシが僕の描いた見取り図を眺めて唇を掻く。

「……もともと、暴力的な騒動はあまり考えなくてもいいとは思いますが、まあその通りだったな、という印象です」


 王城内だ。僕は除いても、もともと入れる暴漢はそう多くはない。レイトンやエウリューケならば侵入できるとは思うが、その場合でもそもそも正面から多分押し通れる。

 そして、不審人物がいれば簡単に発見できる。見通しの良い廊下に、限られた出入り口。

 この()。集団生活をするという点から考えれば及第点程度ではあるが、警備上の点数はかなり高い。

 宛がわれた私室以外にはプライベートはない。そう言ってもいいのかもしれないが。


「そういった意味では、この部屋よりも安全な場所かと」

「そういう意味では、だろう」


 ふうと溜息をつきながら、オトフシが手帳を開く。そこに挟んであった質の良い紙に、万年筆のような筆跡で達筆に記されているのは名前だ。

「妾の調査により上がった、評判の悪い貴族の簡単な一覧だ」

「簡……単……?」


 僕はその紙片を見て、瞬きを繰り返す。一枚につき、二十名ほどの長い名前が記されており、それがまた数枚。あまり簡単には見えないのだけれど。

「この国全体で優に千を超える爵位を持つ家のうち、子供が今いる家がどれだけあると思う。そしてその家々には、複数人の子供がいるのだ。年代を絞り、そして実際に悪行を……」

 言いかけて、オトフシは言葉を止めて口に手を添える。

「言い過ぎたな。何かしらの蛮行を行っていたと噂された者でも、その程度はあるだろう」

 言い直してもあまり変わっていない気もするが。

 適当に一枚めくり、その冒頭の名前を見てみる。聞いたことのない長い名前だ。

「安心しろ。この王都周辺に暮らしている者であればそのうちの半数に満たない」

 オトフシが、紙を捲りながら名前を探す。そのうち、白い指先で示された箇所には、薄く印がつけてあった。


「妾は昨今の情勢には少しばかり疎いが、やはり聞いた名前が多い」

 各名前の横には、その家の当主が持つ爵位が記されていた。多くは男爵、もしくは子爵……だが……。

 オトフシが目を留めた箇所を、僕も注視する。そこには、以前この王都を訪れたときに聞いたことがあったような名前があった。

「ビャクダン公爵……」

「より正確な名称を呼ぶのであれば、大公とつけたほうがいいな。公爵位ではあるが、三公を除く公爵家よりも一段高い格付けになっている」

 ……つまり、王族を除き、この国で王の次に偉い人物。太師、だったっけ。


 前にどこかで聞いた。

 太師。その職能は、王の名代。仮に王が身罷ったとき、次の王位につくものがいない場合、もしくはついても年齢的に未熟な場合に、その期間王権を使うことが出来る者だと。

 摂政だっけ。あれに近いと思う。

 他の三公が太保と太傳。それぞれ、未成年王族の養育と教育を司るものだったと思う。詳しく聞いてないから知らないけど。


 しかし、そんな偉い人の息子が。

「……何したんです?」

「取り立てて変わったことではないな。他の貴族子息と同様、ただ単に法をねじ曲げただけだ。平民への強盗や暴行は当然のこと。家に招待した犯罪奴隷を、赦免と引き替えに矢で射る遊びなども一時盛んだったそうだ」

 ふふ、とオトフシが楽しそうに話す。

 まったく、楽しそうなことでもないのに。

「面白いものだな。法を守り、理性を尊び、だからこそ人の上に立つことが出来るとして人々をまとめた建国の父グレゴワール・エッセン。彼の作った国を今支えているのが、法を犯す者たちだとは」

「面白くもありませんね」

 冗談めかそうと思ったが、出来なかった。変えないつもりだった表情が曇る。

 罪を犯す犯罪者。それが、青い血に生まれるだけでそうならなくなるとは。


「……その顔、本人たちには見せるなよ」

「努力します」

 まだ楽しそうに笑うオトフシは、今度は僕を笑っていた。

「フフン。今度の敵は手強いな。竜を容易く倒すお前とて、敵対すれば中々勝てるものでもない」

「オトフシさんには勝算があると?」

「勝てなくとも、負けなければよいのだ」

 オトフシは、右手の爪を擦り合わせながら、軽く言う。

 その言葉の意味を一瞬解せず、じっとその様を僕は見る。

「そもそも敵対するかどうかもわからん。先の名簿に載っている者たちとて、王城内で何事かをやれば名誉に傷がつく。自分の邸内ならば多くのことが出来ようが、王城内ではそれは少ないだろう」

「立場があります。何事かも起こさない程度の」



 生臭い話だ。子供の代にまで波及している権力争い。それだけでも面倒なのに。

 貴族たちは皆、自分の領域の王と言ってもいい。彼らの自宅は公国と変わらず、その邸内は治外法権となっている。先ほどのオトフシの言葉、所業、嘘ではあるまい。

 ならば、その王子や王女たちが、今回は一堂に会すのだ。

 遠交近攻は国同士だけの話ではない。隣り合った王子王女たちが……いやまあ、もう言ってしまえば暴君たちが集まればそれだけできっと問題は起きる。

 それも、少人数ならば問題が起きなくとも、大人数だ。仲の良い悪いは絶対に出来る。


 手元の紙をもう一度見てみる。

 オトフシは言っていた。『貴族の子供』と。

 つまり、男性に限ったものではない。名前を辿ってみれば、思った通り、女性の名前も混ざっていた。


 ……勲章を持つなどの例外はいくつかあるようだが、実際には彼ら自身が偉いわけでもない。それでも、彼らの親の立場は彼らの立場だ。 

 やはり、彼らが下の立場のものに何をしようと、それは何事も起きていないのと同じことだ。


 僕は行ったことがないからわからないが、おそらく前世で言うところの学校というのもこういう場所だったのだと思う。

 同じ年頃の人間が集められて、そして問題が起きる場所。

 多分、それときっと変わらない。

 具体例は思い出せないし、もしかしたらただの想像なのかもしれないが、テレビで見たことがある気がする。自殺者が出たような事件で、『何の問題も確認できませんでした』と宣う教師の姿を。


「そうだな。我らには立場がない。だからこそ、上手く立ち回らねば」

「上手くまとめたようですね」

 でも、実際には何も言っていない。そんな抗議の意を込めてオトフシを見るが、彼女はまた、どこ吹く風で笑った。



 それから少しだけまたお互いの得た情報の補足をしあい、オトフシは帰っていった。

 数日後、ザブロック家の随従との情報交換も行った。やはり、侍女はルルについていた女性、サロメ。それに下男下女が一人ずつ。そして僕らも含めて五人ということだ。

 その日は結局ルルとは顔を合わせず、レグリスとの挨拶もない。


 そして、召集の日の朝が来た。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] カラスの前世っててっきり戦争の描写から昭和初期の方かと思ってたけど、学校の自殺者がテレビで報道されるってなるとわりと最近なのかな?
[気になる点] カラスは以前ルルを守っていた時のように常時透明化しておいたほうが問題なさそうな気がする。 [一言] グスタフが居た時代からして腐っていたものが更に腐臭を放って広がっているのか。 やっぱ…
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