侵入
王都への到着は、あの時と同じだった。
まだ街の中ともいえない草原と畑の混合地帯で、僕らの道を阻むものがある。
木組みの関所。関所というよりも、少し大きめの建物が付随した門といったほうが正しい風情だが。
門はいくつも平行して存在し、いつからか引かれていた石畳で覆われた道も、それに合わせて広場を作るようにして広がっている。
一つの門には衛兵が三人。両側に二人立ち、もう一人が少し離れてそれを見ている。
入場制限のようなものはない。だが、税金の関係だろう、馬車や荷車、大きな荷物を持つ者は止められ、簡単な荷物の検査がある。
僕らの入ろうとした門にも衛兵はもちろんいる。その中で一等若く、新人のような初々しさがある青年が僕らに話しかけてきた。
「旅の方ですか?」
「ええ。王都の方で、少し仕事でも探そうかと」
「それはまた……」
衛兵は、僕とレイトン、それに騎獣を見て頷く。
騎獣は天狗というもの。サイズを馬よりも大きくした狸、といった感じの獣で、首回りが白い。ハクと並んで使われているものらしいが、ハクよりは幾分か気性が荒く、数も少ないそうだ。
馬車を奪ったときに引いていた馬たちは売ってしまった。あのすぐ後の街では騎獣が手に入らず、その次の街までは付き合ってもらってしまったが。
そして馬車の方も、直前の街で処分してある。
今の僕たちは、馬よりも高価な騎獣を一頭荷物持ちにして旅をしている贅沢ものというわけだ。
そういった出で立ちの者は商人ならばそこそこいるが、それでも商人ならば大抵は商品を乗せた大きめの荷車を持っている。
ならば、今の僕たちはどう見えているのだろう。武装しているとはいえ武人とも言い難い見た目のレイトンと、武装していない旅装の僕。
……『出奔してきた資産家の子供』というのが多分一番当てはまるとは、レイトンの言葉だが。
とりあえず衛兵は、僕たちを商人ではないと判断した。
荷物の確認もそこそこに、僕らは門を通過する。
まだ畑や疎らな建物、ちょこんちょこんと残っている林に阻まれ、その向こう側に見える王都の建物群。
まだ遠い。けれど、それでもここは既に王都だ。
商店などが建ち並ぶ場所までまだ一里はあるだろう。そんな遠く離れたここからでも、人の足音や話し声が僕の耳の中でざわめいていた。
以前、王都を訪れたことがある。ここまではその時と変わりない。
違うところといえば、今から街中に入ること。あの時は郊外に目的の家があったはずだ。
「じゃ、行こうか」
「そうですね」
それに、あの時はハクに乗っていたか。だが今回は徒歩で、王都の街を目指す。
まだ昼前の明るい時間。あの時のように忙しく入るのではなく、のんびりと予定通りに。
僕の事情が違うだけだ。それでもやはり、関所を越えてからの道中の雰囲気も、あの時とは違うものに感じた。
ただ街中に入るための道が、副都以外の街では大通りに類するような広い道路になっている。
二十歩以上の幅がある道。大きな馬車がすれ違うのに全く苦労せず、反対側を歩く人の顔の確認も、しようとしなければ難しい。それにここまで来て改めて思うが、人通りの多さが今までと全く違う。
副都イラインはまだ多かったが、それ以外の街ではなかった人の多さ。
半裸の男性が威勢良く荷車を引く。履いているすり切れて薄くなった草履のようなものが、じりじりと石に擦れて鳴っていた。
畑にはまだ作業している人間たちがいる。背の高いススキのような草の中で、何かを収穫しているのだろうか、腰をかがめて何かをやっていた。
ススキよりも背の小さな子供たちがその中を駆け回る。風が吹く度に揺れるススキの中で、彼らが通ったところがガサガサと違う揺れ方をしていた。
そんな畑といくらかの屋敷を横目に見ながら、商業区というべき場所に足を踏み入れれば、それでまた空気は変わる。
境界線があるわけでもないが、ここからが、まさしく王都というべきだろう。
人混みが出来ている。まるでムジカルの首都ジャーリャと同じように、広い道の中を大勢の人が軽く避けながらすれ違って歩く。
違うところといえば、やはり色目だろう。
リコではないが、やはり着ている服が違う。それに、全体的な景色の色も。
ムジカルは砂漠地帯。ジャーリャもその気候に従うように、全体的に砂の色だった。背景は橙から黄に近い砂。それに木造や石造が入り交じってはいたが、単色の建物。
そこを彩るように、窓から垂らされた赤と青の布、往来にもある日よけの天幕は動物などの柄が入った緑、その他多くの色とりどりの布が街を覆っていた。
人々の着ている服は彩度が高く、原色を細かく使い肌を覆っていた。もちろん理由もあり、もしもどこかの道中で不意に倒れた場合、すぐに砂に埋もれてしまう国だ。そんなとき、砂の中に埋もれたときにすぐに見つかるということも兼ねているのだが。
ともかく、ムジカルの首都、ジャーリャはそういうところだった。
だが、ここエッセンの首都グレーツは違う。
全体的には、彩度は変わらないのだろう。だが、個々に見ていくとやはりまた違う。
木造や石造の建物なのは変わらない。……といっても木造の場所はそうなく、多分修繕中や増築中の仮のものしかないのだろう、そしてその上を布で覆うような装飾もあまりない。
日差しが弱いからだろうが、往来の天幕もなく、あるとするなら屋台に補助としてつけられているようなもの。
そして服はと見れば、生地の染色も緩やかで、原色に近いものはあまりない。緑や青、赤に黄色、と木綿地のものはあまりなく、色自体はついている。しかしどれもそこに『くすんだ』という修飾語がつく。
もちろん、見れば誰も彼もがきちんと違う服を着ている。
だが似たような景色に、似たような服装。
目の焦点をあえてぼかして見てみれば、細かな人物たちではなく、どこか得体のしれないアメーバのような何かが蠢いているかのように、僕には見えた。
踏んでいるのは平坦な石畳。
この人通りではすぐに傷んでしまうだろうに、きちんと整備されているのはきっと褒めるべきところだ。
レイトンに先んじるように、僕は進む。
眼鏡の位置を直し、しずしずとその中に踏み込んでいった。
「あ、待った待った。あったよ」
無言で辺りを見回していたレイトンが、僕を呼び止める。僕も探してはいたが、レイトンの方が先に見つけたらしい。
騎獣の手綱を引き、僕もそこ歩み寄る。もう読み終わった後で世間話に花を咲かせていたような三人の男女が、僕らを見て場所を譲った。
道の端にあった大きめの立て札。木製のそれに、膠でいくつもの布告が張り出されていた。
僕らはその前に立ち止まり、その内容を読み取っていく。綺麗な字で綴られたそれは、イラインの立て札よりも大分細かい。四年ほど前は気づかなかったが、王都は識字率も高いのだろうか。
だがその内容は、兵の募集や近頃起こった窃盗事件などの広告。残念ながら、僕らの求めるものではなかった。
「……この様子ですと、勇者についてはまだまだですね」
「そうみたいだね。秘密裏にやるということもないだろうけれど……」
レイトンが、ふむ、と頷きながら唇をいじる。その様に、今なんとなく浮かんだ僕の疑問をぶつけてみたくなった。
「ここまで来てなんですが、そもそも勇者の召喚なんて本当にあるんでしょうか?」
ここまでは、予定通り十日ほどの日程。十日もの時間を使って無駄足とは、さすがにちょっと残念な気もする。
もちろん、ここでレイトンが嘘をつく意味はないだろうし、実際にはどこかのタイミングで必ず行われるとも思うが。
僕の質問に、レイトンは微笑む。
「あるさ。それは間違いないと思うよ」
「……では、待ちますか」
何日後かはわからないけれど、まあ待とう。もとよりあまり疑ってはいないし。
というかそもそも、戦力補充としての『勇者召喚』はこの国にとって大きな手札だ。総力戦になりそうとなれば、やるだろう。
となれば宿探しだ。
半歩身を翻し、人混みの中を見回す。どこかに宿があればそこに泊まれば良いけど、費用も考えると安めのところがいいだろうか。それも働けば何とかなるだろうけども。
森が遠く、狩りとかが中々出来ないことも考えれば、食事のことも考えなくちゃいけない。
いい店、見つかるといいが。
「じゃ、とりあえず今日は……」
「王城でも行ってみない?」
僕の言葉を止められ、振り返る。騎獣も怪訝そうに振り返った。
「……何故です?」
「下見だよ。今儀式の真っ最中なら、きっときみも信じてくれるからね」
レイトンが騎獣に顎で行く先を示す。
そして歩き出した騎獣に引かれるように、僕も足を踏み出す。
「別に疑ってませんけど」
「知ってるよ」
レイトンも、僕の言葉を笑い飛ばすようにヒヒと笑い、僕よりも前に歩き出した。