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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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街を踏み出して




「そろそろ、探索者になってもいいでしょうかね」

「ん? ああ、いいんじゃねえか」

 石ころ屋で、さりげなくグスタフさんに確認を行う。

 僕としては親に一人暮らしの相談をしたぐらいのつもりではあったが、グスタフさんは書類から目を上げると事も無げに返した。


「本部は一番街だが、各街に一応支部がある。そこで登録してくれば、問題無くなれるはずだ」

「具体的にどうすれば、とかわからないんですが、登録ってどんなことするんですか?」

「お前、下見ぐらいは行っておけよ……」

 呆れたようにグスタフさんはぼやく。

「何回か行ってはみたんですが、あんまり登録する人はいないらしくて……」


 そう、実は何度も透明化して見には行っている。

 しかし、登録するような人は見たことが無く、そもそも解説など無いのだから彼らがどういうことをしているのかぼんやりとしかわかっていないのだ。


「……地理や中の様子はわかってるな?」

 僕は黙って頷いた。

「まず、中に入ったら大きな窓口が並んでたはずだ。その、一番左の窓口へ行け」

「登録するのはそこだと」

「ああ。誰もいないかもしれないが、その場合は鐘を鳴らせば出てくる。そして、入りたい旨を言え。あとは流れで何とかなる」

「何か必要なものとかは」

「無い」

 グスタフさんは断言する。

「基本的に、身一つで入れるギルドだ。制限も年齢ぐらいしかねえし、ろくな審査もねえ。安心して行ってこい」

「グスタフさんがそう言うのならそうなんでしょうが……」

 そんなに就職が簡単で良いのか。


「元々、人手があればあったほうが良いという考えで作られたギルドだ。つまらねえ理由で断られることはねえよ」

「……わかりました」

 ならば、もういいだろう。

 今日、今から僕は登録をして職を得て、そしてすぐにでも市民となるのだ。



「お前が来てからもうすぐ四年か……」

 感慨深そうにグスタフさんは呟く。出会った頃よりも、幾分か皺が増えて見えた。

「ええ。ようやく、家が持てそうです」

 グスタフさんの勧めで街を歩いて以来の目標が、ようやく達成出来そうなのだ。これで、僕は差別される謂われの無い、街の人間となる。


「物件は用意してやるよ。餞別代わりだ、安くしといてやる」

「またいつでも帰ってこれるでしょうに」

 もう会えなくなるわけではない。なのに、餞別とは大げさな。

 僕の言葉に、グスタフさんは応えなかった。



 細かな話も終わり、僕は扉に手を掛け振り向いた。

「では、行ってきます」

 家は今日中に用意してくれるらしい。小さい小屋ならばすぐに用意出来るそうだ。僕としては立地や部屋に特に希望はないのでありがたい。

 探索者になって戻ってくれば、家も用意されている。

 未来を想像して歩いていく。その足取りは軽かった。





 僕は探索ギルドの前に立つ。

 心持ちはまるで、初めての就職活動に奮起する学生だ。

 僕がそれをしたことがあるかどうかはわからないが、きっと同じようなものだろう。


 重たい木の扉を開くと、言われたとおりカウンターが並んでいた。案の定、そこに人影は無く、並んでいる人もいなかった。

 他のカウンターはというと、そこも受付嬢はいるものの、並ぶ人はいないようで、書類整理をしているだけだった。


 カウンターのさらに左の方には掲示板と机が並んでおり、そこにはまばらに人がいる。

 大きな背嚢や武器を持っているところからして、きっと彼らは探索者だろう。これから、彼らと同じ立場となるのだ。



 登録受け付けカウンターに立つも、誰も僕には関心が無いようで、見向きもされない。誰か来るかとも思ったが、やはり鐘を鳴らして呼ぶしか無いか。


「すいません」

チリンチリンと小さいハンドベルを鳴らしながら僕は声を上げる。

他のカウンターにいる受付嬢が辺りを見回す。そして、本来の担当者がいなかったのか、しぶしぶといった感じで立ち上がってこちらに来た。

「登録ですか」

 溜め息交じりの声で、二十代後半ほどの女性が僕に尋ねる。そして、カウンターの下の椅子を引くと、そこに静かに腰掛けた。

「はい。お願いします」


「それでは」

 話しながら横にある薄い本を取り出した。

「ギルドの規則や制度はご存じですか」

「いいえ。全く」

「でしたら、こちらの本をご覧頂きます。質問等ございましたらお伺いしますので、まずは目をお通し下さい」

 渡されたのはA4で二十ページほどある本で、中にはそれなりに細かい字でみっしりと規則が書いてあった。

「……わかりました」

 事務的な対応でこちらを見つめる受付嬢の視線が痛い。グスタフさんのところで、詳しく聞いておけば良かった。



 紐で綴じられた本を開く。

 中身は難しく書いてあるものの、わりと常識的なことしか書いていないようだった。


 曰く、ギルドは探索で得た物品の買い取りを行う。

 ギルドを通して他者から何か依頼があれば、その管理も行う。ただし、指名を受けて行われた依頼はその限りではない。

 依頼料はギルドを通して払われ、そこからいくらかギルドに徴収される。

 依頼を受け、事情によりその依頼を取り消す場合は手数料をギルドに支払う。

 探索者同士の争いはギルドに不利益をもたらさない限り関知しない。

 ギルドに対し、年間で金貨五枚以上の取引が無い場合、除籍処分が検討される。

 

 他にも細かいものは大量にあるが、覚えておかなければいけないのはそれくらいだろう。

 五分ほどで読み終わり、顔を上げると受付嬢と目が合った。

 もしかして、ずっと見られていたのだろうか。


「あ、読み終わりました」

「はい。お疲れさまです。何かご質問やわからない点などありますでしょうか」

「大丈夫そうです」

 僕が笑顔でそう言うと、次に受付嬢は一枚の紙を差し出した。

「では、こちらの契約書に記名をお願いします。文字は……書けますね」

 加えて横に羽根ペンとインクが置かれた。もう羽根ペンも使い慣れている。


「……これでいいですか」

 そして、規則を遵守するという契約書にサインを終えると、ようやく受付嬢は微笑みを見せた。おそらくこの微笑みはもてなしのようなものではなく、仕事が一段落するという安堵からだろう。

「はい。ありがとうございます。それでは、こちらをお持ち下さい」

 コトリとテーブルに置かれたのは、バッジだった。意匠は蜥蜴のようで、銀色に鈍く光っている。

「これは……」

「ギルド員という証です。こちらをお持ち頂きませんと、依頼を出す以外にギルドの各施設を使用することが出来ませんのでお気を付け下さい。再発行は出来ません」

「偽造とか、簡単に出来そうですけど………」

「偽造防止のためにいくつも仕掛けがありますので、それは不可能かと。それに、偽造とわかればギルドの懲罰部が動きますので、ご注意下さいね」

 笑顔でそう言い切り、咳払いを一つすると、また真顔になる。

「では、これで登録は終わりです。お疲れさまでした」

 そう言い終わると、立ち上がりそそくさと先程いた窓口まで行ってしまった。



「……帰るか」

 僕は蜥蜴のバッジを握り締め、達成感だか寂しさだかよくわからない感情を胸にしまった。

 依頼はまた後日で良いだろう。

 




「戻りましたー」

 ギイと音を立てて、石ころ屋の扉を開く。

 そこには、いつもと変わらずグスタフさんが座っていた。

「おう。早かったな」

「簡単な契約書書かされただけですからね」

 それだけで登録は完了した。もっと他に面接や審査があると思っていたが、正直拍子抜けしている。


「創会当時は、誰でもいいから入れなくちゃいけなかったからな。その名残だろうよ」

「人手不足なんですか?」

「当時はな。遺跡探索で得た魔道具が国の力に直結しているし、国が率先して仕事を回していた」

「今は違うと?」

「ああ。めぼしい遺跡は探索されつくして、魔道具も神器みてえなもんもしばらく出てこねえ。遺跡探索ももうほぼ行われてないだろうな」

 だから、現時点では本当に何でも屋になっていると。仕事としては駄目な部類な気がする。


「年齢として一番早くなれるから……と勧めた探索者だが、正直、厳しい業界だ。金銭的にも肉体的にも。他の仕事に就けるんなら、とっととやめてもいいと俺は思うがな」

「何ですか。そんな弱気な」

 というか、心配してくれているのだろうか。珍しい。

「では、グスタフさんから見て、僕は探索者でやっていけると思いますか?」

「ああ、いや……」

 グスタフさんはそこで言葉に詰まり、頬杖をついた。


「お前なら、やっていけるよ。探索者でも、衛兵でも、どっかで商店を始めてもやっていけるだろう」

「あれ? 手放しで褒めてくれますね」

「ハハ、俺も年をとったもんだ」

 そうぼやいて立ち上がると、棚から一枚の紙を取り出した。


 そして、それをカウンターに広げる。それを見てみると、地図のようだった。

「用意した、お前の家だ。空き屋になってはいるが、傷んだりはしていないはずだ」

「おお、ついに!」

 僕は思わず手を叩く。だが、そこでピタリと手が止まる。そういえば、値段を聞いていない。

「売値は、どれくらいで?」

 蓄えがあるにはあるが、もしも払えない金額だったら困る。

「金貨二十枚だ」

「お、おお、安い……んですか?」

相場がわからない。僕の口から出た言葉に、少し憤慨したような顔をしてからグスタフさんは苦笑いした。

「安くする、と言ったが?」

「ああ、まあ、そうですよね、ありがとうございます!」

 取引で、嘘はつかない。グスタフさんはそういう人だ。




 何かを決心したように、グスタフさんは虚空を見つめる。それから目を細めて、僕を見た。


「さて、これでお前は市民になった」

「はい」

 これでもう、僕はこの街では法律に守られる人間となった。街の施設は正常に使える。差別を受ける謂われは無くなった。


 グスタフさんは水筒を呷る。そして、時間をかけて水を喉に通すと、僕を真っ直ぐに見た。

 言葉に詰まり、言いづらそうに口を開く。

「だから、お前が次にここに来るとしたら、俺からギルドを通して依頼を受けたとき。それだけだ」

「それは、どういう」


「ここには、もう来るな、と言っている」


 そう言いながら、グスタフさんは自分の鼻をこすり、目を逸らす。

 もう来るな、とはどういうことだろうか。その言葉の意味がわからず、動揺したまま言葉を返した。


 僕の外聞のことを気にしているのだろうか。そんなこと、気にしなくても良いと思うが。

「いいじゃないですか。馴染みの店に来るくらい」

 僕がそう言っても、グスタフさんはもう視線を合わせてくれない。口を真一文字に結び、髪の毛を掻き上げた。


「一般人は、ここに出入りしたりしねえ。そういうケジメはつけるべきだ」

「でも」

 言い募ろうとする僕の言葉を遮り、グスタフさんは続ける。

「お前は探索者になる。次に進むんだ。それは、前の何かを捨てるってことだ。巣立ちってのは、そういうことだろう」

 そう言って、深い息を吐き出した。


 巣立ち。そう聞いて、僕の心臓が跳ねる。

 探索者になろうという告白は、親への一人暮らしの相談に等しいと思った。

 確かにそう考えると、これは巣立ちだった。その告白だったんだ。



 しかし、そんなことで、ここでの別れは突然すぎる。

 納得出来ない。僕は拳を握り締めた。


「……わかりました。でも、やっぱりまた来ます」

「何?」

 何と言われようと、それは譲れない。捨てなくちゃいけない、なんてそんなことはない。


 できる限りの笑顔を作り、グスタフさんに見せる。

「グスタフさんは言っていました。探索者なら、使えるものはなんでも使えって」

 抗議の視線をグスタフさんは僕に向ける。しかし、負けない。

「だから、この店が僕に有用なときは、遠慮無く使いに来ます」


 僕の言葉に溜め息を吐いて、グスタフさんは笑った。




 それから少し話をして、そして石ころ屋を出る。

 探索者になる心構え、そして受けるべき依頼の傾向、引っかかりやすい問題。

 最後にしては面白みの無い話だったが、そのほうが僕とグスタフさんらしいだろう。

 


 石ころ屋から歩き出す。

 もう振り返らない。


 突然の別れだったが、また会えるのだ。

 だから、振り返らない。




 僕はそうして貧民街の生活に、別れを告げた。




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― 新着の感想 ―
グスタフさんええキャラしとるでほんま
[一言] グスタフさん、ほんと、優しい…。カラスのこれからのために、けじめの別れ。でもそれを鵜呑みにしないカラス自身の意志。なんかこみ上げて泣いてしまいました。
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