祭りの終わり
「残った矢、どうしよう……?」
「いや、撃てば良いじゃないですか」
リコは残った二本の矢を握り締めて悩んでいた。
ハイロへのサービスを見て、これ以上撃つ気が無くなってしまったのだろう。思春期の男子としては潔癖な部類らしい。
そしてその気持ちは、まだ性欲が薄い僕にもわかってしまった。
ハイロの顔はまだ赤く、頬に手を当てて表情をころころ変えていた。
「お、いぇ、へ、へへへ……」
変な声を出しながら。最後には笑っていた。
僕とリコ、残った二人の意見は一致したらしい。早く終わらせてここから去ろう。
「じゃ、勿体ないですけど早く撃ってしまいましょう」
「そうしようか」
頷きあうと、二人同時に弓を構える。
その姿を見て、ハイロは何か思いついたかのように目を見開いた。
「なあ、要らないんならさ、その矢くれよ」
「……そんなに気に入ったの?」
何が、とは言っていないが対象は明らかだ。
ジトッとした目でリコに見つめられ、ハイロは動揺を隠すように目を逸らした。
「い、いやさ、ほら、職場の人たちとかに差し入れで酒を持ってきたいじゃん? 適当に撃つんじゃなくてさ、俺が、狙ってやったほうが……」
言い訳じみた言葉が止まらない。そしてその言葉は、リコや僕が矢を譲る理由にはならない。
「じゃあ、リコにやってもらいましょう。命中率はリコが今のところ一番ですし」
「でもさ、当てようと思ってないなら意味がないだろ?」
どうしても、自分が矢を射ると言って譲らない。
そんなハイロから視線を切り、リコは溜め息を吐く。
「そうだね、お土産を作ろうかな」
そう言いながら、まさに矢継ぎ早の手捌きで矢を放つ。
立て続けに的が跳ねる。ど真ん中とはいかないようだったが、どちらも端に引っ掛かるように矢が突き立っていた。
「大きな的だったから、あれとあれは多分お酒だよね」
振り返ったリコの笑顔が眩しい。その横で、ハイロは項垂れていた。
しかし、勢いよく顔をあげてキッと僕の方を見る。まだハイロの眼は絶望に染まっていない。
「カラス……さんの矢を、譲って」
「店主さん、他にお酒とか煙草とかの景品ってないの?」
言い切る前に、店主に尋ねる。店主は苦笑しながら的をいくつか指差した。
「わかりました」
僕は頷き、弓を構える。まだハイロが何か言っているが聞こえない。
弓は苦手だが、射撃は得意な部類なのだ。
矢を魔力で覆い、打ち出す。いつもの火球を当てるように、その矢は容易く的を貫いた。
周囲から歓声が上がる。
「景品は差し上げますので、お土産にお使いくださいね」
笑顔でそうハイロに言うと、ハイロは膝から崩れ落ちた。
受け取った景品をハイロに渡すと、景品を背嚢にしまいながら呟く。
「そうですよ、僕はみんなの分のお土産が欲しかったんですよ。嬉しいなぁ」
ハイロの声から感情が抜け去っている。乾いた笑い声が痛々しい。
「最初から、女の人が目当てだって言えばいいのに」
「そうそうそんなことは言えないと思いますよ」
思春期の男子は複雑なのだ。
夜には、二人の言っていた通りの大きな火が上がる。
要らなくなった端材を燃やし、見上げるほどの大きな火が、大広場の中心に焚かれていた。
その火を目立たせるために、周囲の照明は消してあるのだろう。その分、激しく燃え盛るその赤い光は周囲を照らし、その神聖さを増していた。
「信仰の対象になるのも納得だなぁ……」
そう口から思わず漏れてしまうほど、その炎は見事だった。
燃えさかる炎から飛ぶ火の粉を避けながら、僕らは道の端に並んだ。
「新年のお祭りはこれで終わり。あとは、この火が消えそうになったら、聖教会……治療院の各施設にこの火種が配布されるんだ」
「まさか、ずっと絶やさず置いておくとか?」
「うん。そのまさかだよ。毎年の終わりまで、その年の新年の火は絶やさずに治療院とかで燃え続ける」
たしか、ゾロアスター教もそういうものだったと思う。こちらは信仰の対象ではないようだが、やはり聖教会にとってもこの火は大事なものらしい。
火炎崇拝はこの世界でも行われている。人の考えることは、やっぱりどこでも一緒なのだ。
「ほら、火が消えるよ」
チロチロと燃える舌が今にも消えそうに、弱々しくなっていく。
神官らしき人がそこに歩み寄ると、鈴を鳴らしながらそこにしゃがみ込んだ。そしてその燃えさしを銅らしき鍋に灰ごと掬い、祈りの文句を唱えながら恭しく運んでいった。
「あれが、この年の火になるわけですね」
「俺らは燃えてるとこなんて見たことねーけどな」
そう、つまらなそうにハイロは呟いた。自分に関わりの無い儀式がつまらないというのはよくわかる。
僕が聖教会を探索したときにも、火を見た記憶が無い。きっと奥深くに安置されていて、一般人には見せないのだろう。
火が無くなり、周囲の照明に火が灯される。
それと同時に、先程までの荘厳な雰囲気は無くなってしまった。
祭りの終わった寂しさだけが、辺りの空気に満ちていた。
「終わったー……」
ハイロもリコも伸びをして祭りを締めくくった。仲が良いことで。
リコは微笑みながら僕に問いかけてくる。
「この街の祭りも、悪くないでしょ?」
「そう、ですね」
この街で迎えた初めての新年。当然、あの開拓村とは全く違うものだった。
「食べ物は美味しかったですよ」
そう僕が言うと、二人は揃って噴き出した。
「ハハハッ! そうだね!」
「……俺らも、祭りの屋台で食ったのは初めてだったもんなあ! 旨かった!」
二人を見つめながら、村での日々を思い出す。
今まで僕にとっての新年祭は、祭りというよりは衣服を手に入れるためのイベントだった。
今までの祭りが楽しくなかったとは言わない。
けれど、実利など考えずに新年の祭りを楽しめたのは初めてのことで、これはきっと二人のお陰だ。
助けてよかった。
見捨てないで良かった。
心の底から、そう思った。
その後、三人で顔に灰を塗りたくり、解散となった。
灰まみれの僕の顔を見て、グスタフさんが噴き出したのはいい思い出となるだろう。
村を出てからの僕の一年は、これで終わった。
それからはまたあまり変わらない日常だ。
まだ目的は果たされていない。僕はまだ貧民街の住民で、街を歩けば嫌な視線が向けられる。
けれど、皆は変わっていく。
ハイロとリコは順調に街に溶け込み、ついでにキーチは騎士となった。
そして、時間がたてば、僕も変わる。
力と知識、それに友達を手に入れて、僕は成長した。
三年の歳月が流れた。
そろそろ、次に進むとしよう。
街の連中を見返すために、これから僕は探索者となるのだ。




