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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
これから

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妖精はいる




 王都行きを決めてから三日後。


 僕は、二番街の高い塔の上にいた。

 下から見た感じは尖塔だが、上から見ると上部に平坦な足場がいくつかある塔。上空から見た美観的にはそれなりに良いものだが、これは美観的に必要だったから作られたデザインという訳ではない。

 元はこれも石ころ屋の指示で設計図に細工して作られた隠れ家のような場所だった。その石ころ屋がほぼ壊滅した以上、もはや誰の目にも留まることすらない意味のないトマソンと化しているが。


 この街を立つ前に、しておきたいことがあった。

 挨拶回りではない。それは友人ともいえる三……二人だけで充分だ。他にするにしても、あとはスティーブンくらいか。

 レイトンは王都へ行くし、ニクスキーさんは現在行方を眩ましているためこちらから接触は出来ない。


 だが、一応託されたものがある。小さなもので、スティーブンにとっても『ついで』という感じだったものが。

 

 遠くの高楼で鐘が鳴る。十一の鐘。もうそんな時間か。


 目測で四畳ほどの小さな足場。壁に背を預けて俯いていた僕の視界の上半分に、突然足が現れた。

 身長に比して大きめの靴。そこから伸びているタイツのような薄く黒い生地が覆う脚は、とても細い。

「ぐふふ、あたしを呼び出すなんぞ、偉くなったもんですのう……」

 顔を上げると、待ち人のエウリューケが身体をくねらせてそこにいた。




「申し訳ないです、呼び出したりなんかして。最近、街で姿が見えなかったので」

「そりゃまー、忙しかったもん。北は一番街、南は一番街とこの街をバタバタバタバタ駆け回っていたでござるよ」

「つまり、ずっと一番街にいたんですね」

 道理で見つからないと思った。といっても、僕の生活圏内と被っていないというだけだが。


 風が少しだけ僕の髪を揺らす。

 その先へと視線を向ければ、下界ではたくさんの人が蟻のように働いていた。……このような光景、かなり前に見た気がする。

 通常なら声も聞こえてこないような距離。だが、騒がしい。


「連絡方法を教えたのはレーさんかえ?」

「ええ。どうにか会う方法は、と相談したら教えてくれました」

 視線を下界から外し、僕はエウリューケを見る。グスタフさんが死ぬ前と一切変わっていない様子の彼女だが、きっと身を置く環境は変わっているのだろう。

 エウリューケに用事があった僕は、姿を隠しながら街を彷徨い歩いて彼女を探した。だが身が入っていないこともあり、その捜索は一向に実を結ばなかったのだ。

 以前ならば、上空からでもすぐにわかった。その身振りは他の人間とは違う派手さがあり、蟻の中に混じった団子虫のように。


 なのに見つからない。

 弱音を吐くわけではないが、たまたまレイトンにそのことを話した。そうしたら、エウリューケに連絡を取る方法を快く教えてくれた。

 連絡を取るといっても、双方向ではない。

 ただ、四番街のとある路地にある木箱の上の粗末な缶に、時間を刻んだ木片を入れておくだけ。そうすれば、それを見たエウリューケはその木片を焼いて始末し、その後この高楼に確認に訪れる。

 もちろん、彼女にも都合がある。用事などのせいで仮にその木片をその日に確認しなければ、次の日に。またその日でも無理なら次の日に、と一日ずつずれ込んでいくが、それでも呼び出しに使える連絡手段だった。

 今回、僕は二日目。昨日は一応その後昼までここで過ごしたが、彼女が来ることはなかった。


「ま、今日は缶ごと始末してきましたえ。この集合方法も、最後になるからね」

「……そうですか」

 ぽつりと呟かれた言葉には、わずかな悄然とした感情が読み取れる。心なしか、細かく三つ編みにされた髪の毛も、ボリュームをなくしたように見えた。

「ここを使うのも今日で終わりかー! どーする? こっから火薬玉でもバンバカ落としてみる!? 楽しいぜ-、きっと楽しいぜー?」

「楽しそうですがやめておきましょう」

 だが空元気のようにはしゃぎだしたエウリューケに、それを指摘することは出来なかった。

 

「で、どうしたん? 今日は」

「特に重要な用事ではないですけど、マリーヤさんから伝言があったので」

「…………?」

 エウリューケは首を傾げる。当然だとは思うが、内容が全くわからないようで。

 ……いや、違うな。これはそもそもマリーヤが誰だか覚えていない。

「昔、レヴィン・ライプニッツの《魅了》による脳の変質の再生を試した人物です。元はリドニックの人で、僕がエウリューケさんに彼女の治療を依頼しました」

 簡単な説明だが、これで伝わるだろうか。とは思ったが、言葉の最後のほうになってエウリューケはポンと手を叩いた。

「ああ、ああ、あの、……あの…………ちょっと待ってな」


 だが、思い出した仕草をしたにしては思い出せていなかったようで、エウリューケは袂を探り手帳を取り出す。

 ちらりと見えたそこには、細かくびっしりと何かの文様が書き込まれていた。暗号だろうか。

「……どんくらい前だったですかいのう……?」

「今からなら四年近く前です」


 たしか、そのくらいだったと思う。この世界を楽しみたいと、レヴィンと敵対した日。そしてその流れで、リドニック革命の残滓の三人と関わったのは。

 マリーヤは現政府中枢で働き、メルティは……死に、ソーニャはどうしているだろうか。スティーブンも、処刑の日から顔を合わせてはいないはずだから聞けないが。


 これから始まる戦争で、リドニックはどうなるのだろうか。

 もちろん、今回始まるとされている戦争はエッセン対ムジカル。そこにリドニックの入る余地はない。

 だが、それでも。

 隣国同士の戦争。国境付近で犠牲者が出るかもしれない。北側へはどちらの国も進軍に消極的ではあるというのはレイトンの言葉だが、それでもあってもおかしくはない。

 今作った造語ではあるが、予備略奪とでもいおうか。戦争にかかる費用や資材を調達するために、彼らが襲われないという保証はない。


 もっとも、ムジカルの騎爬兵は蜥蜴という生物の構造上寒冷地への進軍は向いていないし、それよりも強いとはいえエッセンの騎馬も同様だ。ハクや天馬、その他の騎獣を使うこともあるかもしれないが、それでもコストがかかりすぎる。

 故にその場合も進軍は歩兵や重装歩兵といった徒歩戦力となるだろうし、それであればグーゼルたちなら何とか凌げる気もする。

 問題は、五英将や聖騎士団などの少数精鋭の決戦戦力。彼らが出た場合ではあるが、それでも五人しかいない五英将をそちらに使うくらいなら、多分そのままエッセンの戦線に投入する。

 

 そうすると、問題は数が多く、リドニックへの侵略にも充分な戦力を持つ聖騎士団だ。

 杞憂だとは思う。ミーティアやピスキスなどの隣接する小国もではあるが、おそらくリドニックは戦争に関しては無傷で終わるだろう。


 だがそれでも。

 仮にエッセンの矛が積極的にリドニックに向いた場合。

 エッセンの軍がリドニックに進軍すると決まった場合。

 リドニックがそれを望んでいないとわかった場合。


 僕はレイトンに何を言われようが、エッセンとは敵対する。リコやモスク、その他の助かってほしい人は何とか考えて、そしてリドニックのために戦う。

 そう決めている。



「あー! あったあった! 二十代中盤女性、細身中背、色白、熱潤体質……これかね?」

 僕がまた思考を走らせていると、難しい顔をしてページを捲っていたエウリューケは、ようやくマリーヤを見つけたらしい。『これ?』と問いかけられ、同時にその手帳を僕に向けて示しているが、さっぱり読み取れないので本当にそれかわからないけれど。

 まあ、多分それだ。

「そうだと思います」

「はー、あの、神器触らせて貰った代わりにやった奴な! 覚えてるよ覚えてるよー!!」

 キャッキャとエウリューケははしゃぐ。覚えていたというのには疑問符をつけたい。


「で、そのマリーヤなんとかさんからお手紙でもきたのかえ?」

「お手紙ではないですが、本です」


 僕は、アブラムの作った北壁の資料の写本をエウリューケに手渡す。

 受け取ったエウリューケは、中をパラパラと見て、また首を傾げた。

「……これが、なんざんしょ?」

「エウリューケさんが既知のことならば申し訳ないんですが、……まず、リドニックの北の吹雪の中に、北壁という壁があるのはご存じですか?」

「知らんねん」

「……そうですか」


 真顔で即答され、僕は言葉に詰まる。

 だが、なら結論から言っても構わないだろう。唾を飲み、気を取り直して僕は続けた。


「北壁という、壁のような結界ともいうべき装置があるんです。元は、妖精が魔力ある存在を捕まえるための装置なんですけどね」

「ほう……ほう? …………ほう!?」

 ふむふむ、と聞いていたエウリューケが、突然跳ねるように叫ぶ。

「妖精!? 妖精!?」

「ええ。妖精です」

 あわあわと口を開き、エウリューケが僕の両肩を押さえて揺さぶった。

「あんた、妖精の実在を信じとるのかい? 何か幻覚剤とかあたし飲ませた!?」

「飲んでませんが」

 失礼な。というか、その場合飲ませたのは彼女なのか。


「信じてるも何も、実際会ってきましたので。アリエル様に」

「アリエル!? まさかのご本人きたこれ!!!」

 

 エウリューケが、下界に向かって叫びそうなほど動転している。彼女もこんなことあるのか。

 見ている間に、頭を抱えて転げ回る。狭い足場だが、器用に落ちる手前で止まっていた。まだ余裕はあるようだ。


「ぐおお、探求主義レンブラ学派の頭が崩れていくうぅぅ、ぐおおおう!!」


「……何の話ですか?」

 あまりの反応に、思わず僕が聞き返してしまう。だが、だだっ子のようにエウリューケは四肢で床を叩き、跳ね回っていた。

「だけど、ああ、だけど……! 認めなくちゃ、いるんなら、認めなくちゃ!!」

 そして、そう叫ぶと、すくと立ち上がる。それからまた、僕の両肩を掴んだ。


「それでそれで!? アリエル様の伝承との差異はどんなんだった!? もちろん解剖はしたよね!? 反射や環境変化の実験結果はどう!? 類似する生物との関係は? 食性は昆虫食!? それとも肉食!? 伝承通りなら雑食が近いんだけどどう!? 胃の内容物は……というか胃はあるのかい!? 未知の臓器は、いや、身体内部の素描とか残しているよね!? ねえ、ねえ!?」


「……どれもないですけど」

「なんでさー!!!!?」

 

 両手を振り上げて、全身で疑問を示す。悲しげだが、テンションは上がっているらしい。

 とりあえず言葉の意味をちょっと考えてみれば、アリエル様にはちょっと逃げてほしい。


「そんな、実験動物じゃないんですから」

「何言っとるんだい、大発見ぞ!? 聖教会の派閥の均衡が破れる重大事件ぞ!?」


 振り返り、エウリューケは袖をまくる。入れ墨を殊更に見せつけるように、白い肌を日光に晒した。

「ええい、こうなったらあたしが行ってくる! どこに行けば会えるんだって!?」

「無理だと思います。僕以外は」

 僕が呟くように言うと、エウリューケは悲しそうに振り返った。

「そこをなんとか!! 拝むから! 拝むから!!」


 本当に拝まれるが、拝まれても困る。

「先ほどの罠のせいでそうなってるんです。僕以外が行ったら、会えない上に死ぬよりも辛い目に遭うような感じです。魔法陣によって、永遠に自分の思考が出来なくなるというか」

 後半は知らないが、多分そうだろう。

 彼女らの話では、北壁に飲まれた生物は、妖精を想像(創造)する苗床になる。考え事をずっと強制させられるのは、僕は嫌だ。


「ちぇー!」

 

 だがその答えにはやはり納得しないのか、エウリューケは唇を尖らせて床に寝転がった。

 それからむくりと起き上がると、渋い顔で目を瞑る。


「……派閥の均衡って何です?」

「教えなーい! やだー! 教えなーい!!」


 耳を塞ぎ、髪を振り乱しながら首を振るエウリューケ。

 だがその後、師匠と仰ぎ頭を下げれば、ころりと機嫌は直って口を開いてくれた。




「聖教会には、わかりやすく言うと、アリエル様の実在派と非実在派がいてな?」

「非実在?」

 そういう派閥かと納得しかけるが、少々納得がいかなかった。

 妖精は確かに非実在の存在と言われていたが、アリエル様だけは実在の存在だと言われていたはずだ。

 それに、アリエル様の記述は聖典の中でも酷く少ない。後半の方に、加筆された文章として少しだけ出てくるだけだ。

 確か、いくつかの写本では記述者の名前に『記(聖)フィアンナ』とあったと思う。勇者に帯同した聖女の名前だった。

 実在の存在と言われていて、なおかつ記述も少ない。議論の余地も、その議論を起こす意味もわからないのだが。


 僕が首を傾げると、あぐらをかいていたエウリューケは得意げに鼻先をあげる。

「実在派は、聖典の記述が全て本当にあったといってるんだべ。対して非実在派……探求主義はまた違うんさ」

「エウリューケさんはそちらですね」

「うん。アリエル様の偉業は、どれも作られたもの。勇者と聖女と、あと格闘家と獣人、その四人組の他に協力者がいたっていう派閥。その『言ってはいけない誰か』もしくは『名前を出してもわからないくらいの小物』の業績をまとめて仮託したのが『妖精アリエル』」


 エウリューケが人差し指を立てると、周囲に細かい光の粒が舞い、きらきらと回る。

 そしてそれがやがてひとかたまりになると、羽の生えた女の子の輪郭となって消えていった。


「同じように、当時の様子とか、聖人の業績も別々の人物や別の時代のを合成したりしてるんじゃないか、……っていうのが私たちの考えだったんだけど……」

 言いながら、パタリと前向きに倒れる。鼻が床に激突したけど、痛くないのか。

「まさか本当にいるなんてねぇ……、色々と主張が崩れていくようガラガラガラガラ」

 

 擬音を口で発している感じからすれば、なんとなく余裕がありそうだけれど。


 だが、まあ、今の説明で大体わかった。

 アリエル様自体はただの旗印に使われているだけで、ただ聖典の記述に疑問を浮かべている派閥、というだけか。

 そして代表的な嘘だったアリエル様が本当で、エウリューケは悲しんでいると。

「……そんなに残念ですか?」

「だってさー、馬鹿正直に聖典の中身を信じてるあいつらが正しかったってのがさー、気に入らねえっつーかさー……」

 ナメクジが這うように、エウリューケは突っ伏していた格好から上を向いた。


「レーちゃんの好きそうな話じゃないの。『何が本当か』って考え続けてきたあたしたちが、『全部本当、考える必要なし!!』って言ってる奴らに負けたんだぜ。負けたんだぜぇ……」

「勇者とかアリエル様自体の記述は、魔術ギルドの英雄譚のほうが詳しかったんでしょう? そっちを見ても、まだ非実在だと思っていたんですか?」

「だってその方が面白そうだったんだもん……」


 それはただの天邪鬼な気がする。

 口がついたせいで床に伸びた涎を、自分の指で伸ばして円を描く。汚い。

「でもはいよ、わかったよ、アリエル様はいる。いるんだ。全部こっから考え直しだ検証し直すぜぃ」

「頑張ってください」


 ガバと起き上がり、拳を高く掲げて宣誓するエウリューケに、僕は応援の言葉を一つかけるだけで精一杯だった。



 ……あれ、何の話してたんだっけ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勇者周りの女性に関する記述には聖女の悪意がありそう。 巻末にちょろっとだけ登場させる程度の事はまぁ可愛らしいもんだけどw しかしアリエルの功績が分割されてるって事は勇者・魔王・妖精の力…
[一言] エッセンよりリドニックの方が優先順位が高くなっておる…まぁ「スラム民は人間じゃねぇ」のエッセンと、戦争を本業としてるようなムジカルと比べると仕方ないね。国力とか気候は一番厳しいところだし、国…
[一言] (๑╹ω╹๑ )前からエウリューケ氏のことを妖精なんてよう〜せやいって言うタイプだと思ってました。
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