類は友を呼ぶ
粉状の灰がさらさらと散っていく。
外に流れ出て、まだ濡れていた地面に触れると灰色の泥に変わり、べっとりとくっついた。
人間一人分の灰とは、なかなかにして多い。
目の前にはまだ熱を帯びた山が残っている。これを見て元の人体を想像するのは難しいとは思うが、これが突然ちょこんとあっても変なものだろう。
僕は足下を見回す。
というか、ここの大破した壁も人が見れば騒ぎになるだろう。積まれて接着されていたはずの石材が千切れ飛び、本来ないはずの出入り口になってしまっている。
明らかに出入り口にも見えないので、誰かが壊したことは一目瞭然だろうけど。
詫びとして、適当に背嚢からつまみ出した半金貨を、残っている壁に突き刺すようにねじり混む。
……詫びといっても、それが持ち主の手に渡るかは定かではないが。
いいや。ここは貧民街ではないので大丈夫なはずだ。
貧民街ではない、ならば。
さて。
見上げれば、顔にちょうど日が差してきた。雨上がりの透き通った空気に、眩しさが増している気がする。
これからどうしようか。先ほどの男には『こちらで探す』と言ったが、正直もはや手がかりが消えた。彼らも拠点はあるだろうし、そことの行き来はあったと思うので足跡は辿れたのかもしれないが、それも先ほどの雨で消えている。
拠点には何も残していないだろう。相棒にすら依頼人の素性を明かさない用心深さだ。初手でもう一人のほうを殺してしまったのは失敗だった。
はは、と笑う。
失敗ばかりだ。レイトンの言葉に否と言わなかった。人を頼る判断が遅かった。リコと離れてしまった。殺すべきではない方を先に殺してしまった。
復讐心に、思考力が落ちていた。もっと彼らを観察していれば、色々と状況も変わったかもしれないのに。
それでも。
手を握ると、雨でだいぶ掌の血が落ち、もとの感触が戻ってくる。
悔やんでも仕方がない。
手がかりとなりえた先ほどのもう一人も、今や路地裏の地面に紛れている。完全に灰となってしまった人間を元に戻すのは多分エウリューケにも不可能だ。そちらから聞くことも出来ないし、他を辿ることも出来ない。
手詰まり。
先ほどまでだったら、きっとそう思っただろう。
今までだったら、ここからは石ころ屋に頼ったのだろうけれど。
唇をチイと鳴らす。
それだけで、見上げた屋根から、ひょこっと先ほどの百舌鳥が顔を覗かせた。
「申し訳ないですけど、もう一仕事頼めますか?」
「…………」
僕の言葉に、一拍待って百舌鳥がピイと鳴く。
多分了承してくれたのだろう。そんな気がする。
「先ほどの貴方が見た人間の男。それが今日立ち入った建物を探してください。もしくは、見た鳥を探してもいいです。危険を感じたら戻ってきてください。戻ってきたらご飯上げます」
「…………?」
だが、僕の言葉に百舌鳥は首を傾げる。理解できないようで、何度も首を捻った。
頭を掻いて、僕は言葉を整理する。これは、多分……。
「…………先ほどの人間が、今日入った建物を探してください。仲間を使って」
「……!」
簡略化したら理解できたのか、小さく鳴いて飛んでいく。正直期待は薄いが、ないよりはマシだ。小さな手がかりでも。
先ほどの男たちを発見できたのは、あの鳥のおかげだ。
おかげというか、もはや彼の手柄といっても過言ではない。身振り手振りだったが、『一生懸命探しました!』とばかりに僕に誇る姿は少し愛らしかった。
何故彼が僕の言葉に従ってくれるかはわからない。
先ほど一応調べてみたが、身体に異常はなかった。誰かの干渉を受けているような、脳の変質もなかった、と思う。鳥の脳には詳しくないが。
だが、彼の言っていることがなんとなくわかる。考えていることがわかるというか、読み取れる。その表情が、その身振り手振りが。
友好的で、協力的。ならば使わない手はないだろう。
遠くで、鳥の鳴き声が響く。
地鳴きといったか。意味は……『教えて』だろうか。その後は多分先ほどの男たちの顔の特徴。
どこかで聞いたことがある、鳥の鳴き声は大まかな意味の他、一声で様々な概念を伝えることが出来ると。そして種族内の言語というよりも、地域差のある言語だとも。
今まではよく聞いたことがなかったのか、それとも気にしていなかったのか、……おそらく、聞こえていなかった。
けれど今ならば聞こえる。意味がわかる。その声の意味が。
もっと小さく、もっと遠くで別の鳥の声が響く。
多分百舌鳥だとは気づいていないのだろう、彼らの餌となるようなもっと小さな鳥の声で、『これは?』と。
……これはいい。
能力的な信頼性は低いのかもしれないが、人間たちと違って、その発言が信用できる。もう遠くに飛んでいってしまったのか、響く声の意味が読み取れなくなっているが、それでもまだ情報は飛び交い続けている。
だが、と僕の心に一つの疑念が浮かんだ。
この能力。どこかで聞いたことがある。
そして、たしかに見たことがある。こんな能力のある災厄の魔女を。
新しいものは一滴も流していないが、血の臭いがした気がする。
その脳裏によぎった光景に、腐った肉の臭いが混じった。
『魔物使い』
五年ほど前、繁栄しつつあった都市クラリセンを一度滅ぼした存在。
思い人を殺したレイトンへの報復のため、大量の魔物を呼び寄せた。
それと同じ。そう思った瞬間、嫌悪感が喚起される。ぞわりと耳元が震えた。
思えばムジカルにもいた。魔物使いと称されてはいないが、毒虫と戯れる魔女が。
壁を蹴り屋根の上に駆け上がる。
路地から上がり、開けた視界に艶が戻る。
同じ。いいや、違う。
今ならば魔物の気持ちもわかる気がする。先ほどの男の言葉は言い得て妙だ。
『化け物』。その言葉、今ならば否定する気はない。
先ほどグスタフさんから聞いた言葉。
それを思えば。
僕は、魔物使いではない。
魔物使いは、その名の通り魔物を使う能力を持つ魔法使い。魔物以外にも動物や虫たちと意思疎通を行い、命令を下し、使役する。
今からして思えば、多分レヴィンの《魅了》も似たようなものなのだろう。
魔力を介して、他者の脳に干渉して支配する。
先ほどの百舌鳥は、僕の言葉に従って男たちを探した。
僕の言葉で。
僕のため息を遮るよう、頭の中で声が響く。昔聞いた男の声で。
『ほら、お前も同じ』
誰かが僕を笑っている。自分と同じだと、何が違うのかと。
いいや、違う。
お前が違うのではなく。僕が、違うのだ。
先ほどグスタフさんから聞いた話が思い出される。
今回多発している僕への襲撃事件。その原因について。
僕が嫌われているから。
嫌われているのは、奴らが僕を妬んでいるから。
妬んでいるのは、僕が魔法を使えるから。
そして魔法を使える僕が、貧民街出身と見られているから。
貧民街の人間は人間以下。そして、魔法は人間以上の能力。
わかりやすくいえば。
彼らにとって人間以下の僕が、人間以上の力を持っていたから。
なるほど。
ならば人間たちにとって僕は化け物で、そして自分たちは化け物に脅かされている可哀想な人間なのだろう。
貧民街の人間と、街の人間が争うときにも往々にして作られる構図だ。凶暴な貧民街の人間に襲われた善良なる一般市民、というものと同じく。
今ならば否定する気はない。
主観的ではなく、周囲の彼らの主観として。
だから、ならば彼らからすれば僕は魔物使いではないのだろう。
僕は魔物を使役する人間ではない。
人間以下の僕が、動物を使役する。ならば。
スヴェンは言っていた。人間たちはいつも自分を『化け物』と呼ぶと。
人間たちと魔法使いは違うとも。魔法使いは象で、人間は鼠だと。
同じようなものだろう。
僕は烏で、奴らは人間。違う生物なのだ、わかりあえるはずもない。
鳥たちのほうが、僕に幾分か近い。
ガアガアと声が聞こえる。
同時に、逃げるように僕の足下に百舌鳥が舞い降りる。そして僕の陰に身を隠すように背後に回ると、大きな烏の影が僕の前を横切った。太陽の光も弾かない漆黒の羽を靡かせて。
飛びながら、烏が僕の方を向く。
そして一声。
『案内してやるから、後で飯をよこせ』
そう、たしかに聞こえた。
案内されたのは十二番街。その中で少し大きめの屋敷の前に、嘴太烏は止まった。
歩いて追ってきた僕がそこで立ち止まり、ここだろうか、問いかけると『そうだ』と一声返される。
……本当だろうか。そうほんの少し訝しみながらも、僕は背嚢を探り干し肉を一枚取り出す。
これは礼だ。烏は雑食だったしこれも食べられるだろう。猪肉の干し肉だが、多分。
ひらひらと干し肉を示すと、よこせ、と嘴で指示される。ならばいいのだろう。
投げると器用に空中で受け止めて、咥えたまま彼は飛んでいった。
「…………で」
僕は屋敷をもう一度眺める。庶民にしては大きな家だ。手入れされている、という感じはしないが、大きな家はその体裁を保っている。
雨で多少痛んだ屋根。蜘蛛の巣の張った軒下。土壁にはひびが入っているものの、住居としては問題ないだろう。
どこかの集会場というか、別の場所で会っていたのかと思った。
暗殺者などの人と接触するときにはそれが定石だ。どちらもそこにいた痕跡を残さないように、公共の場をあえて使ったりもする。
だがこれはどう見ても、誰かの自宅。空振りだろうか。烏が嘘をついていたとは思わないが、とするならばこれは別の用事で訪れたのかもしれない。
とは思ったが、とりあえず訪ねてみよう。
使用人などもいなさそうな家だ。扉でも叩いて呼べばいいだろうか。
石が積まれただけの扉もない門をくぐり、敷地内に足を踏み入れる。
庭があり、二階建てということは本当にそれなりの家だ。
きっと、それなりに上手くやっている人間なのだろう。そう感じながら、扉の前に立つ。
錆びたドアノッカーが揺するだけで壊れそうだ。
それを避け、扉を拳で叩く。
だがドンドンと強めに叩くと、鍵もかかっておらず、そして扉がきちんと閉まっていなかったのか、軋む音を立てて開いた。
調度品が見える。
床に置かれた白く大きな花瓶には、花も何も生けられていない。
その横に立てかけられた剣の柄に巻かれた布は、手垢で汚れぼろぼろだった。
「お邪魔します」
とりあえず声をかけて足を踏み入れる。
だが誰も応えず、スティーブンの道場の集会場よりは小さなものの、それなりに大きな空間に声が消えていく。
一段上がり、踏んだ木の床が鳴る。
……誰もいないのか。
いや、生活感はある。ここで誰かが生活をし、そしてまさに先ほどまで誰かがいた。
奥の方で、声がする。
いや、声とも言い難い。そして多分声ではない。
掠れた空気の発する音。喉を通りながらも声に変わらない息が、何度も何度も。
何が起きているのだろう。
そんなふうに少しばかり悩みながら、それでも歩を進める。玄関ともいえる目測で八畳ほどの部屋を抜けて、扉もない廊下へ入り、奥へと。
そして、そこで、やはりここで間違いなかったことを知る。
廊下の奥。男性が立っている。後ろ姿。浅黄色の外套を羽織り、長身細身。
その足下に倒れているのは僕の目的。ここの主だろう、頭髪のほとんど残っていない初老、小太りの男性。
声がその男性から聞こえてくる。僕を見て、何かしら叫ぼうとしている。一切声にはなっていないが。
廊下に何枚か飾られた絵画の登場人物が、彼らを見つめているように見えた。
冷たい空気が奥から吹いた気がする。
視界が少しだけ暗くなる。目が眩んだように。
顎元の無精髭に清潔感もなく、だが親しみも感じない。
ゆっくりと振り返ったニクスキーさんの覇気のない目に身竦められ、負け惜しみとばかりに僕は口元をつり上げた。




