新年のお誘い
今日はお祭りがあるらしい。このイラインに来て、初めての新年行事だ。
「ほんっとーに、人多いですね!」
「まあ、祭りの日だからな」
グスタフさんは呆れた顔で呟く。こんなお祭りの日にも、グスタフさんは律儀に店番をしていた。
「グスタフさんは、新年のお祭りに行かないんですか?」
「俺は店番があるからな。それに、そんなガラじゃねえ」
書類らしきものにサインしながら、こちらに目を向けない。忙しい時期なのだろうか。
「……お前も、街の方に行ってきたらどうだ? この街の祭りは初めてだろう」
「そうですが、開拓村と同じようなもんじゃないんですか。花火があるとは聞きましたが」
「お前が前いたところでは、どんなことをやってた?」
「ええと……、砂糖細工の牛を作ったり、占いとかですかね」
そこでグスタフさんは顔を上げた。
「それは、ミールマンのほうの祭りだな。ここよりいくらか北のほうの地方でやってる行事だ」
「ミールマン、それも……」
「副都の一つだ。北の国境沿いだよ」
頷いて、また書類に目を戻す。
「大方、開拓村の幹部がミールマンのほうの出身だったんだろう」
「じゃあ、イラインでは何か違うんですか?」
同じ国内でもそんなに違うんだろうか。
そう考えたが、よく考えてみれば日本でも年越し行事は地方ごとに違ってもいたのだ。
日本より情報や人の行き来も少ないこの世界では、なおさらそういうものなんだろう。
「まあ、祭りだということは変わらん。だが、砂糖菓子はない。何をやるかは……まあ、行ってみればわかる」
書類から目を離さずに、意味ありげにニヤリと笑った。
「多分そろそろ来る頃だから、あいつらに案内してもらえばいいさ」
「あいつら? 誰のことでしょう」
僕の問いかけにもう答えず、ただクツクツと静かに笑っていた。
「カラスさん! いませんかー」
勢いよく扉を開けて、灰色の髪の少年が入ってきた。
「いますけど……あ、ハイロ」
入ってきたのはハイロだ。後ろにリコもいる。
二人とも身なりが良くなっているようで、ぱっと見誰だかわからないくらいだった。
「グスタフさんも、カラスさんも、おはようございます!」
「おはようございます」
二人で頭を下げて挨拶をする。以前の仕草とも大違いだった。
「おはようございます。久しぶりですね、ハイロもリコも。あ、で、僕に敬語は要りませんよ」
年齢では向こうの方がだいぶ上なのだ。そもそも、さん付けをされるようないわれはない。
「いいえ! そんなことは出来ません!」
しかし、ハイロはその口調を崩さない。
それを見て笑いながら、リコが補足するように口を開いた。
「ごめん、付き合ってあげてよ。今でもまだ口調が荒れちゃうときがあってさ。人に対して使い分けとかすると、こんがらがっちゃうらしいんだ」
「はあ、そうですか……」
敬語を使い慣れていないと、こういうことになるのか。
僕は今のところ、誰に対しても敬語が必要だから意識していないが、僕も間違えないようにしないと。
「おう」
グスタフさんは書類から目を上げそれだけ挨拶すると、また目を戻した。
「それで、どうしたんです? この店の利用とかはもうあんまり必要ないでしょう?」
二人は普通に働いている。給料だってもう何度か出ているのだ。住処も外へ移し、もう立派に社会に出ていると言っていい。その日暮らしに必要な、この店を使うことはないはずだ。
「今日は、カラス君に用事があってきたんだよ」
「そう、です!」
元気よくハイロが合いの手を入れる。喋りづらいのなら、黙ってても良いのに。
「へえ。何の話でしょうか」
素材を手に入れてこいという話か。それとも、何か荒事だろうか。それならば、グスタフさんに依頼したほうが良いと思うが。
「祭りに、一緒に行きましょう」
しかし、リコの放った言葉は、依頼ではなかった。
「お祭りですか……」
新年の祭りに、二人は僕を誘いに来たのだ。
あの、人が集まっている街中に、僕を誘っているのだ。
「あれ? 嫌だった?」
人混みの具合を想像して、僕の顔が沈んだらしい。リコが少し狼狽える。
「ああ、いえ、大丈夫ですが……」
これで付いていってもいいものだろうか。
いや、行くのは構わない。しかし、行けば僕は多くの衆目に晒されるのだ。
僕は未だ、貧民街の住民だ。
その被差別民を、彼らが連れて歩いている。それは、どういう風に見えるだろうか。
「迷惑になったりしませんか?」
聞いた話では、彼らはもう周囲の信頼を得て、普通に働いているらしい。だが、その彼らが僕を連れて歩いていれば、周囲はどういう風に思うだろうか。
僕が悪く言われるのは別にいい。だが、彼らが「また昔の悪い仲間を連れている」とされてしまっては、また周囲は彼らを悪し様に言わないだろうか。
そんな心配も、彼らにとっては可笑しなものだったのか。微笑みながら僕の問いにリコは返す。事情を全て察したかのように、静かな声で。
「迷惑なんて、何も無いさ。大丈夫、みんな良い人たちばっかりだし」
「……そう……ですか」
折角誘ってくれているのだ。そして、彼ら自身が迷惑にならないといっている。
力強く頷く。
「じゃあ、行きましょう。街には不案内なので、よろしくお願いしますね」
それならば、久しぶりに街に出てみよう。
「ええっと……何です? これ?」
新年を迎えた街の様子は、前とだいぶ変わっていた。
といっても、大通りに変化は無い。ただ、脇道の様子がおかしい。
道に、ゴミが溢れている。
生ゴミや生活ゴミのような物ではなく、家財道具といった感じだ。
近寄ってよく見てみると、クローゼットや椅子などが大量に放置してある。
「そういえば、カラス君は初めてだって話だよね。前にいたところではこういうことやってなかった?」
「ええ。開拓村のほうでは、さっぱり」
僕がそう言うと、小さな木片を蹴り飛ばしながら、嬉しそうな顔をしてリコが解説してくれた。
「この街では、古くなった箪笥とか椅子とか机とかを、新年になると道に投げ捨てるんだよ」
「大掃除みたいなもんですか」
確かに見てみれば、クローゼットは使い込んであるようで傷が多く、塗装も剥げている。落とされた衝撃でかもしれないが、扉の蝶番も曲がっていた。
「流石に大通りは一杯人が歩くので捨てられないけど、路地に入るとこんなものだね」
「俺らは……いや、僕たちはこういうものを適当に直して売ってたけどな」
「ハイロ、口調」
リコに静かに注意されて、ハイロはシュンとしてしまった。
貧民街にいたときは、ハイロのほうが主だったのに、今では逆らしい。
その様子が微笑ましくて、僕は少し笑ってしまった。
「これこれ、この腸詰めが旨いんだよ!」
ハイロが屋台に嬉しそうに駆け寄る。もはや口調は崩れていた。
「三人で食おーぜ! 俺が奢ってやっからよ!」
その笑顔にリコは何も言えないようで、ただ苦笑して僕の方を見た。
「食べようよ」
「はい」
奢ってくれるというのならば、断る気はない。
あまり食べたことのないソーセージ。フランクフルトのような大きなものが、紙に包まれて差し出された。
それを囓ると、柔らかい皮に包まれたはんぺんのようなふわふわした肉から味が染み出してくる。肉汁は少なくジューシーさは無いが、これは美味しい。
「いつも仕事が終わって帰るときにさ、この店の腸詰めを買ってくんだよ!」
「屋台ですが……ああ」
この屋台はいつも出ているのだろうか。そう思い、屋台の後ろを見て、納得する。そこは総菜を売っている肉屋のような趣だった。きっと、祭りの時だけ屋台を作るのだろう。
「いつも食べてるんなら、祭りの時ぐらい違うのにすればよかったのに」
美味しいけれど、そんな文句が口から零れた。
「それでも、旨いんだぜ。カラス……さんにも、食べてほしかったんですよ」
途中から、口調を思い出したらしい。
二人を見ながら、店番をしている店主らしき男性が笑う。
「いつもありがとうな!」
そう店主から声がかかる程度には、この店は馴染みのところらしかった。
少し歩いていくと、後ろのほうからガヤガヤと音が聞こえてきた。
その音に振り返ると、向こうから何か行列がやってくるようだ。
「貴族様達のお通りだ」
人混みの中で、誰かがそう言った。遠くの方の人混みが割れていくように見える。
「ハイロ、こっちに」
リコはハイロに呼びかけて、僕にも道の端へ来るように誘導する。
なるほど、グスタフさんが貴族達が一番街に集まると言っていたが、パレードのように練り歩いていくのか。
人が道の端に集まり、僕らも飲み込まれる。
「何も見えねえな、これじゃ」
ハイロもリコも小さいし、僕はそれに輪をかけて身長が低い。前にいる人に邪魔されて、貴族達は見えなかった。
だんだんと行列は近付いてくる。しかし、チラチラと隙間から見えるくらいだ。
それはつまらない。ここまで来たのだ。どういうものかくらいは見ておきたい。
好奇心が疼いた。
一人で見ても良いが、どうせだから二人にも見せてあげたい。
「ハイロ、リコ、こちらへ来て下さい」
二人の手を引き、路地裏に誘導する。二人は抵抗せずに付いてきてくれた。
「見なくていいの?」
「あそこからだと、見えませんから」
そう言って、僕は空を指さす。
「上から見ましょう」
「うわぁぁぁ……」
叫び声を上げられると流石にまずそうなので、慌てて音を遮断する。
僕が飛ぶのに合わせて、念動力で屋根まで持ち上げる。そして静かに二人を屋根に降ろして、道を見下ろした。
「ここからなら見えるじゃないですか」
「おま、お前なぁ、いきなり人を飛ばすな!」
ハイロは文句を叫ぶが、それでも本気で嫌がっているようではなかったので僕は無言で笑って誤魔化す。
横を見れば、リコは重症だった。
「フゥゥゥヒィィィィ」
変な音を出しながら、呼吸を繰り返す。落ち着こうとしているようだ。
四つん這いの姿勢で何度も呼吸して、大きな息を吐き出して、ようやくこちらを見た。
「そ、空を飛ばすんなら、先に言ってほしかった……」
高いところは、苦手らしい。
二人を宥め、道を見下ろす。ちょうどそこには、貴族達の作る列があった。
「あれがどんな人たちかわかります?」
「ん-、わかんねえな。貴族の顔なんか覚えちゃいねえし、そもそも関わんねえもん」
「まあそうでしょうね」
行列では、人力車のような者に何人か乗せられて運ばれていた。
その周囲を、華美な装飾が施された武装に身を包む兵達が護衛している。私兵だろうか。
恐らく貴族の当主かその名代、行列で一番偉い者が乗っているのだろう。夫婦らしい男女を乗せた人力車が列の後方にいた。
その前のほうには、若い男女が四人乗っている。これは子供達だろうか。
野次馬の声に耳を傾けてみる。
「ライプニッツ家だぜ」
「ああ、魔法使いが生まれたって言う……」
「お披露目されるのは初めてだって」
「鼻が高いだろうな」
「片腕とは」
声には、気になる単語がいくつも入っていた。
改めて、馬車に乗っている男女に目を向ける。
その中にいる、一番小さい少年。十歳くらいだろうか。グスタフさんが言っていた、南の方で生まれた片腕の魔法使いとは、きっと彼なのだろう。
口は笑っているが、目は無表情だ。手を腿の下に入れているその仕草から、きっと退屈なのだろう。他の兄弟らしき人と会話もせず、静かに座って前だけ見ていた。
「綺麗な服を着て、やっぱ貴族様はちげえなあ」
「僕らとは生まれも違うからね」
見下ろしながら、二人はぼやく。
僕たちと同年代なのに、待遇の違う彼ら貴族。
二人は達観しているのか、それとも雲の上過ぎて現実味が無いのか。
その目に嫉妬の色が見えないのは、きっと美徳なのだろう。
三人で行列を見ていると、すぐに行列は去って行った。きっとこのまま、一番街まで行くのだ。
「行ったようですし、また下まで降ろしますね」
僕がそう言うと、二人は一瞬固まった。
降ろすときには、また消音魔法が必要そうだ。




