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小さな戦争




 次の日の貧民街で、僕はやはり予想通りのものを見た。


 崩れた家屋に囲まれた、大通りからは一応死角になっている狭い溜まり場。そこに四人ほど人間が集う。

 貧民街の子供のような粗末な装いではなく、汚れてはいても質のよい衣服。もちろん背格好も子供のものではない。

 そして、貧民街の大人が持つ特有の無気力さもなく、なおかつその佇まいは堅気ではない。かといって粗暴なようにも見えない張り詰めた空気を纏っていた。


 革の鎧を着ている者が二人、金属の鎧を着ている者、僕と同じく外套を纏いその下はシャツのような薄着の者と皆それぞれ衣服が違うのは、今日この場に偶然集った者たちだからだろう。

 普段は別に動いている者たちが、今日は同じ目的を持って集っている。


 その目的をまだはっきりと聞いたわけではないが、それはおそらく……。



 僕がいるのはその四人の近く。穴が空き、体重をかければ簡単に崩れる木製の屋根の上。

 もちろん、既に体は透明にしてある。音も体重による地面のきしみもなく、普通であれば僕に気づく者は皆無だろう。

 

 たまに街のどこからか聞こえる叫び声と、どこかで常に上がっている呻き声、それらを意識して無視しながら、僕は四人の会話に注意を払った。


 金属製の鎧を着ている男が身動きをしたが、腰の鞘が動き、鎧に当たっても音がしない。鞘自体が柔軟な素材で作ってあるのと、その装着の仕方によるものだろう。

 もちろん野外でも音がしないに越したことはないが、その拵えはおそらく違う用途があってのことだ。

 四人がささやき声で会話をする。耳を澄ましても聞こえない音量で、僕も間近に行かないと聞こえないだろう。あまりに慣れている、そんな印象だった。

 

 もっと近づいてもバレない自信はあるが、警戒は必要だろう。僕はこの場から動かず、その唇の動きを読んで、会話を整理していく。


「………………」

「一人が表、一人が裏、救援要請などが放たれた場合は即座に狩れ」

「分け前は平等なんだろうな」

「護衛はいつも一人らしい。簡単な話だ、問題ない」

「…………」

「………」


 革の鎧を着た男が音頭をとっている。もう一人の革の鎧は女性か。彼女はずっと黙っている様子だ。

 金属鎧が表に残り、外套の男が裏に回る。そして革の鎧二人が中に押し入り、標的を殺害する。


 革の鎧二人は二人で行動することに慣れているようで、前から組んで仕事をしていたのだろう。残り二人はそれぞれいつも単独行動……かな。


 表と裏。そして中。それぞれが何のどこを指すか。それは言われていないが、彼らの視線の向きや体の動きから、それは明白だった。


 彼ら四人は探索者。それも、人間を相手にするような。

 そして今回の標的は、石ころ屋。

 その主。グスタフさんを殺すために集まったのだ。




「…………」

 僕は不快感に眉を寄せる。

 昨日オトフシが言っていた『戦争』とはこのことだろう。大きな二つの戦力がぶつかり合い、雌雄を決する。それが戦争だったはずだ。

 オトフシは言っていた。『命拾いした』と。

 本当はあの四人の他に、彼女もいたはずだったのだろう。それが僕との会話で彼女は参加を取りやめた。

 

 ……しかし。


 他の三人の物は見えないが、痩せた外套の男の登録証は下着につけられており、ちらりと見えた。色付きではない、普通の者。ならば他の三人も推して知るべしだろう。


 もちろん、色付きでないというだけでその力を判別することは出来ない。

 色付きであれば魔物を相手取れる程度は保証されているが、それは色付きでなくとも出来る。外套の男は、おそらく黒々流だろう。僕はよく知らないが、その反射神経を鍛える過程で残るという手の火傷の跡からして、おそらくは。

 他の三人も、魔術師ではないようで多分何かの武術は修めている。金属の鎧の男は月野流に見える。……その格好はスティーブンの真似だろうか。ちょっと後で文句言って来たい。


 腕は立つのかもしれない。けれども、際だったものも見えない。

 これが『戦争』になるだろうか。それぞれの思想信条の元、それぞれの目的を果たそうと雌雄を決する戦い。戦争。

 僕にはこの戦いの結末が、容易に想像できる。リーダーの額についている傷跡。それが、自らの血に塗れてしまうような。




 彼らの行動に不快感があるわけではない。

 彼らも仕事だろう。それにより金銭を得て、生活をしている。

 表情からすると、石ころ屋への侮りはあれども憎悪は見えない。僕にはわからないが、きっと彼らにもこの仕事を請け負った理由があるのだろう。金のため、思想のため、何かはわからないが。


 不快感の元は、襲撃の意図。

 この襲撃の理由は、きっと彼らの外にある。彼らの依頼主。その何者かが、石ころ屋の襲撃計画を希望した。


 理由は……、と考えても石ころ屋に関してはいくつも思い至る。

 この街に進出しようとした商売敵もいるだろう。彼らが邪魔な体制側の人間もいるだろう。

 しかしきっと、このタイミングで行われるのであれば。

 そして、オトフシが関わるかもしれなかったということは。


 多分、その理由は、昨日オトフシが指輪捜索の依頼を受けていたのと同じものだろう。



 

「……うん」

 僕は頷く。彼らの依頼は失敗する。

 僕が彼らに手出しをする理由はない。彼らがこの仕事を成功させようとも僕に金銭的な損害は発生しないし、失敗しても得はない。

 僕はあの店の従業員でもなく、そしてグスタフさんもそうなることは望んでいない。

 けれども、それでも自覚してしまった。


 この街に来て、あの店を使って僕は生活していた。

 もし仮に、あの店がなくとも生きていくことは出来ただろう。森へ入り、生き物を狩り、適当にその皮や葉っぱを纏って生きる。そうすることは出来た。

 しかし、そうせずに済んだのはあの店のおかげだ。あの店のおかげで、僕は一応経済活動に参入できた。僕は野生の獣ではなく人間として生活できた。


 恩がある。向こうはなんとも思っていなくても。

 義理がある。世話になった礼をしなければ。


 彼らにとっては、グスタフさんは標的だろう。命を奪えば金が手に入る。その程度の。

 彼らの依頼主にとっては、金銭や何かを報酬として出しても惜しくないほど、グスタフさんは死んでほしい人なのだろう。

 でも僕にとっては、恩人で、そして『親』だ。


 彼らの依頼は失敗する。

 僕は魔力を展開する。圧縮した空気がぴしぴしと音を立てる。

 それに合わせたように。

 

 

「ぷぎょっ……!?」


 頭上にいくつか作りかけていた空気の圧縮した場所から、素っ頓狂な女性の声が響いた。





 その声の出所を確認し、僕はそこで舞う折り紙を透明化圏内に引き入れる。

 声は聞こえてしまったのだろう。探索者の四人も、僕たちの方へと注意を向けた。


「何をしているんですか?」

 四人が僕らを見つけられないことを確認しつつ、僕はその紙製の燕に問いかける。余計なところについてしまった折り目を指で直しながら。

 見た目も感触もただの薄い紙なのに、筋肉まであるように翼がうねるのは素直に感心するところだろう。

 簡単に羽を伸ばせば、僕の手の中から飛び降りて紙燕が屋根の上を跳ねる。

「……前もこんなことがあった気がするが、お前は妾を驚かせる癖でもあるのか?」

 まったくもう、とでもいうように憤慨しながら、毛繕いするように嘴を使い自分で羽を直していく。そこまで実際に鳥のような動作をさせるのはこだわりなのだろうか。

 何度か羽を羽ばたかせ、動作を確認する。その羽の先がまた折れているのを僕が指で直すと、納得したように羽を畳んで僕を見上げた。

「強引なのはいいが、醜男がやればただ嫌われるだけだぞ、まったく」

「今日は四角形の紙じゃないんですね」

「フフン、瀟洒だろう」

 ぺたんとした足を持ち上げて、オトフシはその足の裏を示す。足の形が一枚の紅葉のようで、開けばそれ用に歪な形となっている紙を使って折られたものだろうことがよくわかった。

「……それで、何を?」

「いや、なに」

 ぺしょっと羽を畳み、オトフシが眼下を見下ろす。

 息などしないはずなのに、ため息をついたように見えた。

「妾のあるべきだった未来を見るためにな」

「見物ですか」

 人のことを言えた話ではないが、趣味の悪いことを。

 僕のその言葉は聞き流され、オトフシは首を振って数を数えていた。

「四人。集まった方だったか」

「何人に声をかけたかは知りませんが、そうですね」

 昨日一昨日程度しか僕はギルドの掲示板を見ていないが、掲示板には石ころ屋の襲撃を示唆するような依頼はなかったと思う。当然、そのような犯罪行為に当たりそうなものは直接書けないので隠語で書かれていたり、呼び出されて直接聞くものではあるが、そういうものすら多分なかった。

 そして、石ころ屋が関わる話。ならば多分、指名でなければ探索ギルドも惜しい人員(色付き)にそういう話は持ちかけまい。

 その結果が、普通の探索者が集まった眼下の光景だ。

 

 危機管理が足りていないのか、それとも無知故か、報酬に目がくらんだか、その全部かもしくは他の理由か。

 わからないが、彼らは受けた。無謀にも等しい依頼を。



「今日の石ころ屋に詰めている者が誰だかは知っているか?」

「知りません。幹部の人たちは詰めていないと思いますけど……」

 余程のことがない限り、ニクスキーさんやエウリューケやレイトンは店での待機はしない……と思う。今回はけして『余程のこと』ではなく、多分通常通り姿を見せない下級構成員の誰かだろう。

 そして、それでも石ころ屋の関係者である以上、十分な戦力だろう。

 直接個人的に知っている者はいないが、この街で聞いてきた噂や僕の知っている構成員の姿を思い出す限りでは、無能な者はいない。

 

 ……やはり、思う。

「これが戦争でしょうか」

「ん?」

 オトフシが首を傾げる。僕が先ほどつけた皺に沿って首が曲がった。

「昨日、戦争と仰いました。でも、これは力の差がありすぎる」

 目的は明白で、それが達成できないことも明白だろう。僕がこれから妨害せず、予想以上に彼らが食い下がったとしても、グスタフさんが殺害される未来が見えない。

 戦いではない。虐殺だ。

「そう言うな。今回の依頼主とて、必死なのだ」

「強盗団の被害者たちですか?」

「……否定はしないで続けるが、何かを奪われた者たちは先立つ物がない者がほとんどだ。共同出資したわずかばかりの金銭で、ようやく雇えたのが奴らだった」

「その被害者たちが、どうしてグスタフさんを狙うのかも未だに納得できませんが」

 

 彼らはグスタフさんに何かをされたわけではない。

 たしかに、強盗団はグスタフさんがいなければこの街で大きな活動は出来なかっただろう。石ころ屋を通さなければ、この街では盗品を流通させることは難しい。裏社会とも言うべき犯罪者のネットワークが他にはなく、そして盗品を一手に扱うのが石ころ屋だからだ。

 仮に石ころ屋を通さないとしたら、盗品を捌くために他の街に持っていくか、もしくは扱う品を貨幣のみに絞るかするしかない。

 それでも、グスタフさんは被害者に直接関わったわけではない。

 

 恨むなら、まず強盗団を恨むべきだ。彼らは既に死んでいるが。

 彼らを標的に人を集めたのであれば、もっと多くの有能な者が集まっていただろうに。


 強盗被害者に、これ以上更にグスタフさんが何かをすることもないだろう。

 何もされなければ直接手出しはしない。存在すら関知することもないかもしれない。

 なのに、わざわざ自分たちからその存在を示すとは。


「本当の復讐相手は違うだろうな。彼らは間違っている。しかし、だ」

 目がないのに、紙燕が僕を正面から見つめる。

「怒りと悲しみの持って行き場がない。既に直接の犯人はいないし、これでは彼らはただ失っただけだ。家族や財産、大切な思い出まで踏みにじられたまま」

「だからといって、グスタフさんを襲ったところで何も取り戻すことは出来ないと思います」

「……復讐とはそういうものだ。何も生まず、達成されても気が晴れるだけ。晴れることすらないかもしれない」


 オトフシに機先を制されて彼らの殺害が出来なかったが、探索者たちが動き出す。

 広場から静かに出ていく様は、それなりに慣れている動きだ。

 

「しかし何かをしなければ、何もせずにはいられないというのであれば、それもいいと妾は思う。被害者たちが用意した兵隊が、復讐という大義を掲げて悪の組織に立ち向かう。まさしくこれは戦争だと妾は思うぞ」

 ぴょんぴょんと跳び、男たちの後を追いながら「それに」とオトフシは続ける。

「クラリセンで、お前が昔言っていたことだ。『区切りをつけないと人は次には進めない』と。これが、彼らにとっての区切りだ。はた迷惑なことでもあるがな」


 視線の先では、貧民街住民の目から隠れるように静かに探索者たちが進んでいく。

 その行く先が、真っ昼間なのに少しだけ黒く染まって見えた。





 石ころ屋の入り口付近に誰もいないことを確認した四人が、互いに視線を交わし合い確認する。

 今日会ったばかりだろうにハンドサインだけで意思疎通をしているのは驚きだが、実際は前にも一緒に活動していたのかもしれない。その辺りは興味ないしわからないけれども。


 足音も響かない乾いた泥の上。外套の男が予定通り裏へ回るために駆け出す。

 壊れた台車や樽などのがらくたを器用に避けながら、狭い路地を抜けて進んでいく。

 それを確認した革の鎧二人は顔を見合わせ、リーダーのような男から視線を向けられた金属製の鎧の男は剣に手を添え頷いた。


 石ころ屋の中を探査はしないが、それでもいつもと同じなのがよくわかる。グスタフさん以外店先には誰もいないのだろう。音もなく、静かなままで。

 

 革の鎧を着たリーダーが、ドアのノブを捻ろうとする。

 その手がドアノブをしっかりと掴み、それに応えて女性の方が剣を中程まで抜いた。


 しかし。


「……うぁ……!?」

 

 ドアノブを掴んでいた手が、まるで小麦粉の袋を叩いたように粉を吹く。

 小さく悲鳴を上げて慌てて引かれた腕の先には何もなく、そしてドアノブには握られたままの手が残った。

「シード……!?」

 そのまま後方に倒れつつあったリーダーの名前を呼んだのだろう。だが、女性の方にも異変が生じる。

 まるで骨がなくなったかのように膝が逆に曲がり、尻餅をつく。

「……え……?」

 そのまま背骨までが抜かれたかのように脱力して、地面に崩れ去る……というよりも……。


 僕はその光景に口元を抑える。

 少し驚いた。せめて彼らも中には入れると思っていたから。


 女性の体が溶けていく。肌色をしたゼラチンや粘菌のように、粘り着く固まりとなって。

 対してシードと呼ばれていた男性の方は、倒れた衝撃で白い砂のように砕け散った。


「て、撤収ー! 撤収!!」

 

 金属の鎧の男が叫ぶ。店の裏手に回った外套の男に向けて。

 だがその声には誰も応えない。それを確認した男が舌打ちをして身を翻し、走り出す。彼に関しては何もされていないだろうに足を縺れさせて。

 兜のせいでよく見えないが、その顔はきっと焦りに染まっているだろう。


 その彼の足下に、何かが落ちる。

 慌てて立ち止まった彼がそれに視線を向けると、「ぎゃっ」と小さな声を上げた。

 落ちてきたのは、先ほどの外套の男。その、……右目だろうか? 頭部を斜めに割った右目側が、血飛沫と共に地面にへばりついた。




 その頭部を踏みつぶして逃げる金属の鎧の男の後ろ姿を見て、僕たちは絶句する。


「……いつか役立つと思ったのだが……何の参考にもならなかったな」

「戦う気はないですけど、そうですね」

 先ほどまで、力の差はあれど一応の戦いにはなると思っていたのに。



「本当に怖い店だ。客として出向くならばまだしも、敵対していないとしても仕事で出向きたくはない」

 ぱくぱくとした嘴の動きに合わせて、オトフシの声が響く。未だに不思議なのだが、どうやって声を出しているんだろう。

「敵対はしたくないですね……」


 鎧を残して砂と液体になった二人の死体を見て、僕も呟く。

 どうやったんだろう。というか、何が起きたんだろう。


 ……しかし、彼らも最悪に近い日に襲撃をかけたものだ。

 こんなことをするのは一人だけしか僕は知らない。今日詰めていたのは彼女だったか。



「彼らも運が悪かったね。彼女じゃなければ、もう少し形が残っただろうに」

「そうですね……、……!?」


 突然聞こえた声に反射的に答えてから、僕もオトフシも、驚いて振り返る。

 馬鹿な。僕もオトフシも姿を隠しているし、見えてもいないはず。

 誰が、と見れば、細身の白い服の男性。彼は笑って、こちらの方を向いていた……焦点はさすがに合っていない……かな……。


「あれ? そこにいるよね? 姿くらい見せてくれると嬉しいんだけど」

 レイトンが軽く手を振る。呆けた人間の目を覚まさせるように。


 僕とオトフシは顔を見合わせ、同時にため息をついた。




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― 新着の感想 ―
[一言] カラス「………。」 オトフシ「………。」 レイトン「ねぇ!いたら返事してよぉ!…おーぃ…」 主人公、エウリューケ、プリシラ、レイトン…お前ら後ろから「やあ」って登場多ない?
[気になる点] 見当違いの復讐とはいえ、石ころ屋を狙った以上報復は免れないかな。 [一言] まだレイトンの接近は察知できないのか。
[一言] レイトンとかエウリューケ姐さんの色々とかありましたが、オトフシさんの ぷぎょっ になんか萌えました。
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