半日だけとはいえ
「被害はそれほどでもねえか……」
「ああ。暴れた竜も、村に入る前に撃ち落とされてる。魔物達の暴走もほぼ確認出来なかった」
ほぼ、と濁したのはオーガのことを言っているのだろう。
レシッドと僕は、早々にグスタフさんへの報告へ来ていた。
グスタフさんはトントンと机を指で叩く。黙って情報を整理している。
そして、何回か瞬きを繰り返し、納得するように頷いた。
「誘い出したのが誰だかわからないが、まあ、充分な情報だろう」
グスタフさんはそう言いながら、金貨一枚と銀貨を積んでいく。その山を二つ作ると、ゆっくりと僕らを見回した。
「ご苦労だった。報酬だ」
レシッドは、喜色満面の笑みを浮かべると、コインの山を左手に集め、ジャラジャラと弄ぶ。
「おーし、上等だ。あとはこっちに記名もしてくれや」
弄んでいたコインを仕舞うと、代わりに懐から紙を差し出す。カウンターに置いたその紙に、グスタフさんは黙ってサインした。
「じゃあ、俺は行くわ。割のいい依頼ならまた寄越せよ」
レシッドが手を上げ挨拶をする。その笑顔は、収入への喜びだろう。
「あ、待って下さい」
もうレシッドの用事は済んでいる。だが、一応筋は通しておかなければなるまい。
「お? なんだ?」
「素材の分配をしなくちゃですよね」
僕がそう言っても、レシッドはピンとこない様子で首を傾げた。
「グスタフさん、こちら、買い取ってもらいたいんですけど」
僕は袋をカウンターに置いた。中身は、鬼から取れた素材だ。
「こいつは……」
グスタフさんは中の牙を摘まみ、目を皿のようにして検めた。
「鬼の牙と角、あと胆嚢と眼球……でしたよね?」
レシッドに目を向け確認をする。
「そうだが……、分配?」
「ええ、分配です」
「俺とお前でか? そいつはお前のもんだぞ」
「たしかに狩ったのは僕ですが、僕らは一応パーティだったじゃないですか」
「一時的に組んだだけじゃねえか」
一時的にせよ、同じ仕事を共同で行った。ならば、その際の利益は折半せねばなるまい。
「それに、解体したのはレシッドさんですよね? 少しは受け取る権利があると思いますが?」
受け取らせる理由ならいくらでもある。受け取ってもらったほうが、僕の精神衛生上都合がいい。
「この目玉は潰れてるんだが……」
レシッドの説得を遮り、グスタフさんが問いかける。
「これは……僕が殴ったからですかね?」
脳裏に、あの離れの小屋の外に寝かされた死体が浮かんだ。顔は原形を留めておらず、眼球が取り出された跡すらわからないほどぐちゃぐちゃだった。
「それでも綺麗に取り出せたほうだと思うぜ」
レシッドが、自分のせいじゃないとそれを肯定する。それはまあ真実だろう。
「これじゃあ観賞用には売れねえな。生薬用として売るから、それなりに値段は下がるがいいよな」
「仕方ないです」
そもそも目玉が売れるなど知らなかったのだから、そんな手当に気を使ってはいない。それに、そんなこと気にしていられる余裕はなかった。
「胆嚢は無傷だな。これはまあ、元から生薬用だから変わらねえが。牙と角は見事なもんだ。大物だったんだな」
「強かったですね。すごく」
恐らく、デンアを除けば過去最強の敵だった。死を覚悟したのはいつ以来だろう。
「そうか、その血の跡はそのせいか」
グスタフさんは僕の服を見て納得する。服の色のせいで目立たないが、僕と鬼の血で汚れていた。
「それで、これは全部金に換えていいのか?」
「はい。お願いします」
僕が頷くと、グスタフさんは後ろの金庫から金貨を掴み出す。向けられた背中から、カチャカチャとコインを数える音が続く。
時間をかけ、集計が終わったらしい。僕の方を向いて、金貨の山を積み上げた。
「目玉と胆嚢はそれぞれ金貨二枚。牙は金貨一枚で角は金貨五枚だ。合計で、金貨十枚だな」
「じゅっ……!」
横でレシッドが叫び声を上げて固まった。
「ありがとうございます。じゃあ、二等分として一人当り五枚ですね」
僕は五枚の金貨の山を摘まむと、レシッドに差し出す。レシッドは、突然おどおどしながらせわしなく両手を動かしていた。
「ばっ……、お前、金貨五枚だぞ! そんな適当にポンと出してんじゃねえよ!」
「さっき金貨二枚受け取ってるじゃないですか。何を驚いているんですか?」
僕は首を傾げる。
先程の二倍強のコイン、それだけで何を大げさに慌てているんだ。
「馬鹿野郎! さっきのでも破格なんだよ! それを、お前、簡単に人に渡してんじゃねえ!」
「大金だからですか? なら、そんなに気にすることないと思いますが」
「俺は気にするんだよ! ああ、もう、俺がお前に借り作ったみてえじゃねえか!」
そう言いながらも、レシッドは掌を上に向けて差し出している。
体は正直じゃないか。
「借りでもなんでもありませんよ。これは正当な報酬です」
その掌にコインを乗せると、渋々といった感じでレシッドはそれをポケットにしまった。
「じゃあな! 今度こそ帰るぞ! じゃあな!」
そして少し押し問答をした後、興奮した様子のレシッドが石ころ屋から出て行く。僕はそれをにこやかに、グスタフさんは無表情で見送った。
「あいつの言うとおり、お前一人で倒したんならお前の総取りでも良い案件だったが?」
グスタフさんはジロリと僕を見た。
「そうでしょうけど、パーティだから分配するっていうのも正しいんじゃないでしょうか」
「その通りだ」
グスタフさんは頷く。
「だが、他にも狙いはありそうだがな?」
「狙いって言うほどのものじゃないですよ」
そう、そんなにたいしたことじゃない。
「ただ、お仕事の後、一緒に働いた人との関係は良好にしておきたい。それだけです」
嫌いな奴以外であれば、良好な関係を保っておきたい。そのための心証操作だ。
「お前くらい力があれば、他人なんざ関係なく動けるだろうに。奇特な奴だな」
「まあ、気まぐれでやったことですし、次はなかったりしますよ」
気が向いたら行う親切。それくらいで良いのだ。
「あ、で、欲しいものがあるんですけど」
「服だな」
間髪容れずにグスタフさんは答える。そして、後ろの倉庫から何着か服を引っ張り出した。
「よくわかりましたね」
「それだけ血で汚れてりゃあ、すぐにわかるさ」
たしかに僕の服は鬼と僕の血でかなり汚くなっている。これでは不潔だし、何より僕も嫌だ。血は洗っても取れないし。
差し出された服を見て、取りあえず全部買うことに決めた。お金ならある。
「いくらですか?」
「三着で半銀貨一枚だ」
言われて僕は鞄の中を探る。しかし、半銀貨は入っていなかった。
「お釣り下さい」
仕方なくそう言って、銀貨を差し出すとグスタフさんは渋い顔をした。
「お前が割ったほうが早いだろうに」
そうぼやくと、横からごついニッパーのようなものを取り出す。そしてその先に銀貨を挟むと、力を込めて半分に割った。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
笑顔で僕は受け取る。そういえばそうだ。魔法で割れば簡単そうだし、次からはそうしよう。
「服を入れてある袋は無料で良いから持ってけ」
サービスなんて珍しい。今日は雨でも降るのか。
「それで、今回は何故あんなに焦っていたんですか?」
山徹しを見てからのグスタフさんは、初めて見たほどに取り乱していた。これも、過去に何かあったのか。それとも、何か知っているのか。
「……たいしたことじゃねえよ」
グスタフさんはつまらないことを言いたくない、というような感じで口を開いた。
「昔の魔物暴走では何人も死んだからな。そして、戦争も起きてる。その兆候を見逃すわけにはいかなかった」
「戦争とはまた、物騒な話ですね」
「今回は大事になっていないようだし、ひとまずは緊急性のあるものじゃないだろうな。戦争は……まだ詳しく調べてみねえとわからん」
眉間に皺を作り、グスタフさんは唸る。こういったことは、任せたほうが良さそうだ。
「……何かあったら教えて下さい」
何かあったら、そのときに考える。きっと、それで大丈夫だ。
石ころ屋を出た時にはもう陽はほとんど沈んでいた。
赤い光に目を細め、今日の行動を思い出す。
……大変な一日だった。
トラウマの象徴に相対し、その後魔物に殺されかけた。
しかしその結果、誤解は解けて、闘気を扱う魔物への対抗手段も手に入れた。
総合的に見れば、プラスだろう。
鬼との戦闘中に、後悔は後にする、と思った。しかし、その必要も無さそうだ。
今日は得た物も多い。きっと良い一日だったのだ。
後悔はしない。
陽が沈むその瞬間を見届けて、僕は住処へ向けて歩き出した。




