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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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目が覚めた

 


 明かりが見えた。

 体が動かない。天井が見えるということは、どこか屋内にいるらしい。

 ここはどこだ。感覚からして、薄い布の上に寝かされている。その下には藁だろうか。



「お、目が覚めたな」

 覗き込んでくる金髪。その金髪にぼやけた視界の焦点を合わせると、レシッドの顔がくっきりと見えた。

「……ここは」

 何処だ、と尋ねようとしたところで胸部に鋭利な痛みが走った。

「ゲホッ、ゲホ!」

 また、血の塊が口の中に出てくる。今度は嘔吐物と共にではない。喀血。ならば、呼吸器の何処かに傷が付いているのか。

「大丈夫か?」

 心配そうに尋ねるレシッドを手で制し、血を飲み込む。大事にしてはいけない気がした。


「……大丈夫です、少し、むせただけです」

 言葉を出そうとするが、喘鳴音が混じり、流石に疑われてしまう。早く治さねば。

「ここは何処でしょうか」

 誤魔化すために、取りあえず質問を投げかける。話しながら、魔力を全身に行き渡らせる。


「開拓村の離れの小屋だよ」

「離れ?」

 離れとはどういうことだろうか。介抱するのなら村の中へ行けばいいし、そもそもその場に寝かせておいても良かったのだ。

「俺は断ったんだがな、デンア……さんが運んでくれたんだ」

「そうですか」

 デンアが運んだのならば、納得がいく。レシッドの手前放っておくわけにもいかず、村に血だらけの僕を運び込んで騒ぎにもしたくなかった。そんなところだろう。


 改めて、僕の体を確認する。

 全身が痛んでいるが、特に内臓の損傷が酷い。

 肋骨はいくつか折れている。そのせいで右肺は血胸だ。脾臓は破裂寸前だし、腹腔内に遊離気体がある……ってことは、どこか消化管も破れている。あった。胃に穴がある……。


 それにしても。

「僕、結構重傷っぽいんですが、よく生きていましたね……?」

 というか、意識を失う前よりもかなり軽い怪我になっているのだ。少し治りかけている、という表現が正しいか。それに、怪我の程度に比べて痛みも薄い。

「それは……」

「さっき、僕が推拿(すいな)しておいたからですよー」


 突然、部屋内にあの暢気な声が響く。入り口を見れば、今入ってきたらしい。デンアが立っていた。

「ああ、デンアさん。お世話になったようで……」

 お礼の言葉を遮り、デンアは笑顔で言う。

「いいんですよ。(オーガ)なんておっかない魔物、村に侵入されたら堪ったもんじゃありませんでしたからね。これくらいしてもいいでしょう」

 にこりと微笑むと、今狩った鳥らしい束を地面に置いた。

「……デンアさんなら、なんとかなりますよね」

「ええ、まあ」

 相変わらずの笑顔は、何を考えているのかわからなかった。



「それでも、場所を貸して頂きありがとうございました」

 座ったままだが深々と頭を下げる。それぐらいの礼儀はあるつもりだ。

「本当に、見た目通りの年齢には思えませんね」

 感心したように、デンアは呟く。僕はその言葉に何も応えなかった。



「さて、レシッドさん、行きましょうか」

 ゆっくりと立ち上がり、下衣の砂埃を払った。

 会話の間に、もう治療は終わっている。

「いや、待てって。まだお前重傷だろうが」

「そうでもないですよ?」

 僕はピョンピョンと跳びはねてみせる。それを見て、レシッドは目を丸くした。

「無茶苦茶だな! お前」

「デンアさんの推拿?とやらが効いたんでしょうね」

 デンアに目を向けると、デンアは意味ありげに頷いた。


 レシッドも、僕の様子にもう大丈夫と判断したのか、小屋の入り口に立った。

 僕も続いていこうとしたが、そこでデンアから制止が入る。

「あ、で、ちょっと、そこの……カラス君でしたっけ。に用があるので、レシッドさんは外に出ててもらえます?」

 疑問形だが、その圧力は有無を言わさぬ物だった。その圧力がレシッドにも伝わっていたのかはわからないが、レシッドは生返事を返して素直に扉を閉めていく。去り際に、困惑の表情で僕を見ていた。


「何か、まだありましたか?」

「いえいえ、キミの疑いが晴れたことを、言っておこうと思いまして」

 疑いとは、(ドラゴン)暴走の件だろうか。というか、まだ疑われていたのか。

「あれは既に無罪放免となったはずじゃ?」

「でしたよ?」

 首を傾げ、デンアは肯定する。ならば何故。

「でも、キミ闘気を使えるでしょう? 闘気を使える魔法使いなんて、初めて見ましたよ」

「!?」

 無意識に体に力が入る。視線が泳いだ。

 そうだ、デンアがあの戦場を見て、察せないはずが無い。まずい。僕の潔白を証明する材料が無くなった。


「大丈夫ですって。もう、疑いはないって言ったじゃないですか」

「それは、どうして」

「それは……ですね。あー、忘れてました。レシッド君にしか見せてなかったです」

 そう言いながら親指で外を示した。外に、何かあるのか。

「キミが狩った鬼の死体、外に寝かせてあります。その死体の傷を見れば、わかりますよ」

「そんなに特徴ありましたか?」

「『慣れてないんだなぁ』と思いましたね。小刀の傷ですが、竜の首の内傷と比べて、明らかに腕が違います」

「小刀を武器に、なんてしたことが無いですからね」

 あれは解体用だし、動物を殺すのには魔法か素手で充分だった。剣を使う訓練など、シウムの訓練以降何もしていない。


「まあ、未熟すぎて違う人だなぁ。って思ったってことですね」

「ハッキリ言わなくてもいいじゃないですか」

「これから伸びしろがあるって事ですよ!」

 デンアが勢いよく僕の背中を叩く。また少しむせた。




「次は客人として来て下さいねー」

 元気よく手を振るデンアに見送られながら、僕らは走り出す。

 もう、トラブルは懲り懲りだ。


「そうだ、お前に渡さなきゃな」

「何です? いきなり」

 レシッドが思い出したかのように、荷物を入れた小袋を探る。そこから、小さい布の袋を取り出した。

「ほい」

 走りながら器用にそれをこちらに放る。どうにか受け取り、覗いてみてみればそこには何かの牙と尖った骨のようなもの、それに竹の皮で包まれた何かが入っていた。

「鬼から取れた、金になる部分だ。あとは剥製でも作れば売れるんだろうが、それは手間だろうから持ってこなかった」

 なるほど、先程見た死体のあちこちに布が巻いてあったのは解体してたからか。

「これは……牙と、角? あと、この中身は……内臓ですか? 眼球?」

 血は漏れていないようだが、匂い立つような新鮮な肉塊が入っていた。

「目玉と胆嚢だよ。薬になるらしいが、使い道はよく知らねえ」

「そうですか……」

 あとでグスタフさんに売ればいいか。そのときに使い道を聞いてみよう。


「そういえば、僕がさっきデンアに推拿されたって言ってましたよね」

「ああ。運んでく最中にも闘気を流し込んでたが、小屋に入ってからは点穴も交えてやってた。やっぱ、伝説の探索者様は何でも出来るんだな」

「その、推拿って何です?」

「お前、出来ることと知ってることが不釣り合いだよなぁ……」

「仕方ないじゃないですか。まだ小さい浮浪児ですよ?」

「ガキはそんなこと言わねえよ」


 レシッドは僕に向けて非難がましい視線を向けた後、木を避けて一旦離れた。そしてすぐにまた併走する。


「推拿ってのは、闘気を使った治療だよ。治療師みたいにすぐ治る、なんてことはねえが、それなりに効果はある。俺ら魔力の無い探索者にとっちゃ大事な応急処置だが、出来る奴は少ねえ」

「レシッドさんも出来ないんですか?」

「全身の気血の巡りに精通して、さらに他人の体に闘気を流す事が出来なきゃなんねえんだ。俺には無理だな。覚えらんねえ」


 ふてぶてしい面構えでレシッドは否定する。その横顔には、使えない事への恥ずかしさなど微塵も見えなかった。それほど難しいのだろう。


「詳しいことはジジイにでも聞けよ。きっと、詳しい奴を紹介くらいできんだろ」

「機会があったらそうしますね」


 しかし、原理を理解すれば、きっと僕なら使える。その自信ならあった。





「到ちゃーく」

「お疲れさまでした」

 夕方前にはイラインの入り口に着いた。馬より速いだろうハクで、半日以上かかる距離を約一時間で走る僕の足。この速さはきっと称賛されるべきだろう。

「あとはジジイに報告して終わりだな」

「ですね」

 気を抜いて肩を叩きながら歩くレシッドの横に並ぶ。


「そういえば、ありがとうございました」

「何がだ?」

 突然のお礼の言葉に、レシッドが面食らう。

「逃げないで、ちゃんとデンアさんを呼んできてくれたじゃないですか」

 安全性を考えるならば、そのままこの街まで逃げてきても良かったのに。わざわざデンアを伴って、鬼のところまで戻ってきた。


 レシッドは顔を背ける。

「お前がいないと、金貨一枚損するからな」


 その言葉は、無表情で言うから格好がつく。

 それを指摘しないのも、きっと優しさなのだ。


 


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