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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
収穫の国

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僕がいなくても



 夕刻。

 ガランテの店の庭に似た空き地に僕は荷を運び込んだ。


「まさか砂ごと持ってくるとは思わなかったよ」

 ガランテが溜め息をつき、適当な装飾品を砂から引きずり出す。緑と赤の石が連なるネックレスが、ほぼ傷つかずにずるりと抜けた。


 僕が持ってきた荷台の中に、品物とともに詰め込まれた砂。運んでくるうちに砂は大分こぼれたが、それでもまだ残っている。おそらく重量比では品物よりも砂の方が大きいだろう。

「一応、抜けはないと思いますが」

「ああ、上出来だ。まあ掃除はハモルたちにやらせるさ。あとは品物の手入れの手配もしないと、だけどね……」

 もう一度ガランテが溜め息をつく。余計な出費だ。当然だろう。

「こんなことなら、最初からあんたに荷運びを頼めばよかったよ」

「僕が細工をするわけではないですし、向こうも付き合いとかあるでしょう」

「まあ、それも無駄かね」

 金具で繋がれた象牙のような白い腕輪。そこに細かく彫られた文様は匠の仕事だ。さすが、国の要人に献納するために作られたものだと思う。運ぶ手段が拙かっただけで、それ以外はきちんとしていたのだろう。

 だが、絹や木綿の織物は……と、ガランテが布地を撫でる。様々な動物の陰影が織り込まれた布地が、その手に合わせて少しだけ毛羽だって見えた。

「織物は洗って、綺麗になりゃいいが……」

「砂さえ落とせばいいのでは?」

「繊維にしっかり絡んでるからね。もしも残って、撫でたときの感触が変わるのは致命的だ。こっちも、やってみてから判断するしかないかねぇ……」


 どうやら、もう一度新品を手配するということは頭にはないらしい。

 新品を手配よりも、補修した方が安く上がるからだとは思うけれど。


「今からもう一度買い集めてはいかがです?」

「その時間がない。細工するために、もう二十日はかかってるんだ。そのうちに〈貴婦人〉様はどっか行っちまうよ」

「お忙しいことで」

 五英将は、この国ではほとんど定住しない。各街や各国を移動しながら、近隣の国や街を鎮圧し続けている。伝聞では、しばらく彼女の出番はなかったと思ったが。

「ここジャーリャは国の中央にある分、職人の腕は良いが資源的にゃこの国のどこよりも貧しいんだ。ここで献納品を買い集めたとしても、同じ値段じゃ他の街よりも素材の点で一等劣る。良いもの買おうとするとその分割高になるし、同じ金額出した他の店に比べられたら堪ったもんじゃない」

「そういうものですか」

 献納先に喜んでもらいたいからとかそういう理由ではなく、その献納品の目利きは出した店の評判に直結するから、と。

 まあわからなくはない。



 それよりも。

「半金は荷物を納めたときに、とのお約束でしたが」

 もう空は暗い。日はとうに沈み、星々の粒と月が綺麗に見える。街は火の明かりで照らされ、石造りの建物がオレンジ色にちらちらと輝きつつあった。

 この花街はこれからが商売の本番で、ガランテの店にも客入りが増えてきた頃だろう。

 そろそろ帰りたい。 

 そう言外に含ませながらガランテを促すと、しぶしぶ、といった感じで腰の布をまくり上げた。何枚にも重ねられたスカートの二枚目ほどに、隠しとしてのポケットがあるらしい。

 取り出された半金貨を、ピン、と弾いて僕に投げる。受け取り、今回もらった金貨と合わせてみれば、たしかに元は一枚の金貨だったようだ。いや、別にそうでなくても使えるけれど。

「セシーレが残念がってたよ。せめて、蜂蜜酒でも飲んできなよ」

「お酒は飲まないので」

「……そういうとこは、あんたつまんないよねぇ」

「それは申し訳ないです」

 

 前世で僕の足が動かなくなった原因。酒。今は特に忌避感はないつもりだが、それでも好きなわけでもない。意識しなければ酔えないということもあり、正直、味のついた水と変わらない。それならば水でいい。味も適当に果汁や蜂蜜でつければいいし。

 お金を払ってまで酒を飲むという行為は、今のところあまり理解は出来ない。いつか、美味しいと思える日が来るのだろうか。



 そして、セシーレよりも気になることはあった。

「ランメルトさんの様子はどうでしょうか」

「まだ初日だからね。あれからハモルが面倒見てるけど、暴れたりはしてないよ。本人がやめると言わない限りはうちでこきつかってやるさ」

「ありがとうございます」


 ならばいい。彼には頑張ってほしいと思う。ガランテが完全に正しいとは思わないが、彼は今のところ力不足でもある。

 ムジカルの兵たちから家族を守るための力があればよかった。家族を買い戻すだけの財力があればよかった。

 彼にはどれもなかったけれど、それでも、力がなくとも屈しなければいつか進める道はある。もしかしたら乗り物を使ったかもしれないが、それでも砂漠を自分だけで踏破したように。

 僕のわずかな手助けはお終いだ。もしも、最悪の結果になろうとも。


「……彼は、本当に奴隷ではないと思っていますか?」

 ムジカル国家が『収穫』した奴隷には、まず背中に鎖の形の焼き印が押される。治療師は教義上その跡を治すことは出来ないし、薬師が薬で消すとしても長い時間と費用が必要だ。一生消えないその傷跡が、彼らが奴隷となった証明となるのだ。

 それを僕は確認してないし、ガランテも脱がせてみたわけではあるまい。これから、従業員が集団で行う水浴びか何かで判明するとは思うけど。

 だが、ガランテは信じた。あれは、ただ嘲るためのものではあるまい。

「どうだろうね。あたしは、本当だと思ってるけど」


 ケラケラとガランテが笑みを浮かべる。火の明かりに照らされたその屈託のない笑顔は、少女のようにも見えた。


「本当に奴隷なら、あんな気の弱い小僧が逃げてこられるわけがない。主人から逃げるのは、砂漠を越えるのと同じくらい難しい。戦役では藁の中にでも隠れて震えてたんだろうさ」

「逆上して兵にでも殴りかかりそうな気もしますけどね」

「ハハ、あんたにゃそう見えたかい」

 僕の冗談のような言葉をガランテは濁す。僕も本気で言っているわけではないが、ガランテも、やはりそうは見えないようだ。

 なら、本当にもう問題はないだろう。

「……もっとも、そうしたところで、何もならなかったとも思いますが。ハモルさんに追い返されるくらいですから」

「あの小僧程度、追い返せなきゃこの稼業務まんないよ」

 用心棒と一般人の子供だ。用心棒も、その程度追い返せなければ仕事にはなるまい。けれど、ムジカル兵の練度も士気も考えれば、ランメルトもハモル程度に勝てなければ家族を守ることは出来なかっただろう。


 一般に、ムジカル兵の練度は高い。

 戦場での英雄譚は幼いときから聞かされ育ち、武術を学ぶのは当たり前。そのため士気も高く、そして『収穫物』の略取もそれなりにお目こぼしがあるためにそれは更に高まる。

 集団行動をとるような統率力がやや低いのは徴兵制度の問題点故に仕方ないことかもしれないが、それを補ってあまりある精強さだった。

 

 そんな彼らに対抗するためには、ランメルトはまだ力不足だ。これからはまだわからないけれど。


「そうだ、ハモルと言えば」

 ガランテが手を叩く。そのわずかな笑みに、何となく嫌な予感がした。

「あんた、フラム様の顔は見たことあるかい?」

「いいえ」

 彼ら五英将は時々凱旋を示すために兵と街を練り歩くことがある。だが、そういうのが好きな者とそうでない者がいるらしく、彼女は後者だ。

 〈成功者〉などは、この街に帰ってくる度に街を歩いて囲まれているが。

「本当はハモルにやらせる役だったんだけどさ、あんた、もう一つ頼まれてくれないかい」

「お断りします」

 その言葉の続きを予測して、僕は断る。

 いくつか浮かんだが、おそらくはその全ての予想の中で、僕はフラム・ビスクローマと会うことになる。それも、多分場所は……。


「そういわずにさ。簡単さ。今回の荷物を持って、あたしと一緒に王宮までいくだけだよ」

「それを、お断りしますと言っています」

 やはり。第一声で断っておいてよかったと僕は安堵した。こういう話は、きっと聞く耳持たないというのが一番重要なことだ。

「つれないねぇ」

 あーあ、とガランテは溜め息をつく。空を見上げた姿に、何となく力が抜ける気がした。

「顔を売っておけば、良い思いが出来るかもしれないのに」

「地位の高い方の前は緊張するんですよ」


 そうでなくても、各国で僕の顔を知っている人たちがいる。

 エッセンでは、元がつくが王族のシャナ。あとは少数の貴族たち。

 マリーヤやアントル、サーロやドゥミなどは現役の国の要人ですらある。……そういえば、彼ら相手に緊張したことはないけれど。


 口に出してから気付いたが、これも方便だ。このジャーリャで過ごして三年間、よく考えてみれば僕は王宮の中に入ったことがなかった。


 最後に入ってみるべきか。それも、不法侵入などではなく堂々と。

 エッセンの王城もリドニックの王城も入って中の様子を見てはいる。


 だがそれは、ガランテの意図による。

「……ちなみに、何故です?」

「何年かに一度の行事だけど、連れてく使用人がその度に緊張して粗相しそうになってるんだ。見てて危なっかしくてね。礼儀に関しちゃ他の連中も大差ないしさ」

 あんだけ教育してんのに、と舌打ちをしながらちいさくガランテは呟いた。

「その点、あんたなら心配ないだろ」

「従業員でもないのに、僕を連れていけるんですか?」

「誰もそんなこと気にしちゃいないよ」


 ガランテは笑うが、その笑顔に僕は確信した。

 この依頼は、受けてはいけない。


「ランメルトさんでも連れていけばいいんじゃないですかね」

「……無理に決まってんだろう」

 誤魔化すような僕の言葉の意図を読んだようで、ガランテは渋い顔を作る。眉間の皺が、初めて寄った。

 



「ああ!? んだとこら!!?」


 そのとき、怒声が響いた。それなりに大きな声で、庭にいた僕らにも聞こえるような声で。

「……なんだい?」

「何でしょうか。入り口の方ですけど」

 僕ら二人は揃ってそちらを向く。だが、壁や建物で遮られていて、もちろんそちらを見ても何も見えない。

 ハモルの小さな声と、そして知らない男性の叫ぶ声。少しだけ聞こえる女性の声は、この店の娼婦だろう。

 なんとなくわかった。

「ああ、ああ、面倒くさい」

 ガランテも気がついた。これは多分、怒鳴り声を上げたのは男性客だ。そう気付いたガランテは、顔の辺りに纏わり付いた蚊を払い落とすように、苛立つ手を彷徨わせた。



 

 僕らがそこに辿り着いたとき見たのは、ハモルが一人の男性を叩き伏せたのち、もう一人の男性を相手にしているところだった。

 相棒らしきもう一人は嬢の横に立ち、不測の事態に備えている。

「…………っ!!」

 相手はあと二人。叫んでいた男性は後ろで棒立ちになり、もう一人が構え……あれはハモルと同じ円舞だろうか、構えをとっている。

 基本的に、用心棒として彼らは先に刃物を抜くことはない。抜くとしたら、相手が刃物を持った場合。だがこの場合では誰も抜いていない以上、男性客たちとハモルたちは五人全員が素手で対峙していた。


 恐らく三人の男性客は出入り禁止にでもなっていたのだろう。それが、客引きの女性に連れられてここまで来たか、女性を利用して入ろうとしたのかで、問題になった。前者ならばどちらかといえば店側の責任だけど。

 禿げ頭に割れ目のように覗いた細い目を更に細め、ハモルは無言でやや前へと出る。劣勢だからだろうか、びくりと肩を震わせた対峙している男は、それに合わせるように前へ出る。

 白髪頭の男性客。

 その顎を、ハモルの右の鉄槌打ちが捉えた。


 そして、残心。返す刀で手刀を構え、倒れる男性への追撃の準備を整える。だが、呻き声一つあげずに頭から地面に落ちる白髪頭に、もう必要ないと判断してハモルは最後の男性客の方を向いた。


 肉を打つ音だけが響く、静かな戦い方。これも円舞の特徴だろう。騒がしく、激しく動くときもあるようだが。

「帰ってくだせえ。お二人を連れて」

 自信の宿る低く力強い声が響く。


 勝てない。そう思ったようで、男は息を呑みこめかみに汗を浮かべる。

 それから大きな舌打ちをして、倒れている二人を揺り起こし、肩を貸して身を翻した。



「ハモル、よくやったね」

 その背を見送り、大きく一つ息をしたハモルの背にガランテが声をかけた。

 すると、緊迫した空気は何処へいったのか、ハモルの細い目がへにゃりと曲がる。そして振り返り、勢いよく頭を下げた。

「これはガランテ様! お騒がせしやした!!」

「いいや。その調子で頼むよ」

 励みなよ、と笑いかけられ、ハモルの様子がどこか落ち着かなくなる。それは、朝の様子に戻ったようだった。

 そしてガランテは、入り口でもう一人に守られ震えていた女性にも歩み寄った。

「怖い思いをしたね。今日はもう休んでいいよ。給金はその分出しておくさ」

「は、はい……」

 消え入るような声は、本当に怯えているのだろう。手の先が少し震えている。視線も自信なさげに漂い、何度も頷いていた。

 

 少しだけ、人が集まってきていた。大声に呼ばれてきた往来の人たち。そして、大声で驚いたこの店の従業員たち。

 その全ての人間に対し、ガランテはパンパンと大きく手をはたく。


「さあさあ、お前たち仕事に戻りな!」

 まず振り返り、心配そうに見ていた従業員たちに。

「お客さんたち、暇なら入っておくれ! 極上の夜を楽しむためにサ!!」

 そして、野次馬たちに。


 響いた言葉に、皆の動きが再開される。

 店の中に従業員たちは引っ込んでいき、そして往来の人間たちは何人かが客として店に入ることを決めたようだ。

 


 そして最後に、ガランテは僕に向けて振り返る。

「さて、忙しくなりそうだ。あんたはもう帰るんだろ?」

「ええ。そうします」

 もう用事はない。ガランテの用事は全て断った。ランメルトはもう僕には関係ない。

 ならば、帰らないと。

 

 良い時間だ。腹ごしらえをして、帰ろう。

 とりあえず、今借りている部屋に。

 そしてもうすぐ、イラインに。


 そうだ、そういえば、もうここには用事はないのだ。

 なんとなくその場に居座ってしまうのも僕の悪い癖だ。僕がいなくとも、全ては順調に動いているというのに。

 ならば帰ろう。


「また、この街を発つときには挨拶に来ますよ」

「そうしとくれ。あんたに仕事を頼めるかわかんないのも困るしね」


 僕は頭を下げ、それをガランテは手を払うようにして送り出す。

 見上げれば夜空。

 満月が煌々と夜道を照らしていた。



 

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