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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
収穫の国

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弱者であれども

 



「これで、あんたの望みは叶ったかい?」

「……多分、勘違いされてますね」

 にやりと笑いながら口に出したガランテに、僕はそう返す。惚けているわけではなく、その意図を察した上での言葉だ。

 ガランテは、おどけるように顔を歪めた。

「おやおや、あんたが連れてきた奴隷だ。あたしとして甘い裁定をした気はないけど、あんたの意に沿わなかったとも思わないんだけどね」

「それが勘違いですね。僕としては彼がどうなっても構いませんし」

「あたしが衛兵にあの子を突き出す最後でも構わなかったと?」

「ええ」


 僕の答えに一瞬真顔になった後、ガランテは花咲くような笑顔を見せた。

「アッハッハッ、相変わらずよくわからない男だねぇ。だったら、あんたはなんであの子をこの城に連れてきたのさ」

「先ほど言ったとおりですね。普通に話し合ってほしかったので」

「普通に、話し合う?」

「ええ。僕が連れてこないと話すらさせてもらえないじゃないですか」

「そりゃ、あんな小僧が来たところで、門前払いが精々かね」

 僕は頷く。まさしくそうで、詳細を明かさなかったとはいえハモルにランメルトは一顧だにされなかった。

「……あたしゃてっきり、あんたが、ブリランテの奴隷解放を早めるようにとでも嘆願しに来たのかと思ったがね」

「そんなことはしません。僕は、そのブリランテさんに会ったこともありませんでしたし」

 ちょっと前にこの娼館には来たし、顔を見たか見られたか程度はしているかもしれない。だがそれ以上はない。話したこともなく、記憶にすらなければそれは全くの面識のないどこか遠くの他人と同じだ。


「でも、ランメルトさんには会った。話をした。一緒に食事をとった。そんな彼が困っているんです。力を貸すくらいはしてもいいでしょう?」

「そんな簡単なことで力を貸すのか、あんたは」

「それだけじゃないですけどね」


 僕は、さっきの食事中にハモルと共に来たランメルトの顔を思い出す。

 その顔に、僕は力を貸すと決めたのだ。

「……子供は、笑っていなければ」

「笑う?」

「ええ。ずっと笑っていろとも言いませんけど。でも、あんな顔は駄目だ」

 諦めてしまった顔。自らの境遇を受け入れ、やりたいことも出来ずにもう駄目だと投げ出してしまったような顔。

 出来ないことはあるだろう。犯罪や背信など、国や組織の一員として禁じられていることも、もちろんやるべきではないことだろう。しかし法や道理に背かないものを願い、その手段を探してはいけないことなどこの世界には何一つ無いはずだ。


「彼はこの国に、連れ去られた家族を探しに来ました。彼の言葉を借りれば、静かに平和に生活していたのに、突然不当に連れ去られた家族を」

「あんたも、あたしたちが間違っているとでも言いたいのかい?」

「いいえ。この国では、ガランテさんたちも間違えてはいませんよ。この国は、そういう国です。領土の一部から国を作り上げ、時には支援し太り肥やし、そしてその時が来たら収穫する。農作物も、畜産物も、そして人も」


 一歩踏み出し、ガランテの側に寄る。つまらなそうに、ガランテは眉を上げた。

「隣接する他国を植民地として統制できればし、出来なければ滅亡させ領土へと変える。そして反乱や独立により領土は切り取られ、また搾取出来る他国へと変わる。永遠に終わらない拡大と縮小。そのおかげで、この国は停滞を免れてきた」

 国が生物とするのなら、物資や貨幣はその血液だ。それが一部のものにだけ独占されず、そして末端にまで行き渡っているのはそのおかげだろう。

 その恩恵を受けて、この国の国民は飢えることがない。物価は安く、広場の湧き水は無料で利用できるし、希望すれば受け取れる給付金のおかげでほぼ労働なく暮らしていける。

 一見すれば、素晴らしい政策だ。国民は、唯一の義務さえ果たしていれば一生を安楽に暮らすことが出来る。


 だが、その代償が、これだ。

「ガランテさんたちのように適応できた方々は、それでいいのでしょう。また、戦い続けるのを苦とも思わない国民たちにとっても、それでよかった」


 国民たちの唯一の義務。

 それは、戦うこと。それも、概念的ではなく肉体的、物質的に。

 このムジカルの国民は、成人であれば年齢も性別も関係なく徴兵令の対象となる。『収穫』の際、近隣の街や村の市民は動員され、対他国の尖兵となる。


「しかし、現実には彼のような人たちが生まれてしまう。戦いの結果を受け止められず、そして戦うことを忌避するような人たちが」


 先ほど手足を治した兵士。怪我をするのは、あのような者たちだけではない。

 怪我をした兵士を、僕はもう何十、何百と治してきた。そして、半分ほどは確かに感謝してくれた。話しかけ治療を持ちかけただけで、いくら金貨を積んででもと、懇願してきたものすら大勢いる。

 悲しいことに、意図はそれぞれ違えど、戦場に戻りたくない一身で治療を拒否した者たちも存在するが。


「くだらないねぇ。何もかも、戦うことをやめてしまえばただの敗者だ。神も妖精も存在しない。どんな境遇でも、神に祈るために両手を組んだ時点で諦めるしかないのさ」

「神に祈っているだけならば、そうでしょう」

 そこは僕にも異論は無い。


 一応、妖精はいる。母と呼べる大妖精アリエルは、たしかにこの世界に存在した。今も、月からこの世界を見下ろしていることだろう。

 だが、神については僕も姿を確認したことはない。

 妖精はいた。ならば、本当はどこかにはいるのかもしれない。けれど少なくとも、今までこの世界で生きてきた十五年で、神がいると確信したことは一度もなかった。


「ガランテさんは、彼に戦いを勧めた。しかし本当は、彼も立ち上がり、戦ってきた。砂漠を越えて、姉が買われた娼館を突き止めて、ここまできた。闘気も魔力も使えない十歳程度の体にとっては、その努力は紛れもない戦いだと思います」

「その戦いに、あの子は負けた」

「いいえ、負けていません。僕にここに連れてこられた。そして、足がかりを掴んだ」

 そこが、ガランテと僕の意見の相違だ。

 まだ、彼の戦いは終わっていない。嫌がりながらも、何度も足を止めながらもまだ戦っている最中だ。


「ガランテさんの言うとおり、今彼が姉を取り返すにはガランテさんから身請けするしかない。けれど、そうして目的を達成したら彼の勝ちです」

 これは試合ではない。ならば、まだ負けていないのだ。

「負けじゃないんです。諦めるまでは」

「身勝手だねぇ」

「勝手な世界に生きてますからね」

 ふふ、と笑いながらガランテの言葉を引用する。だが、明確なルールも何もない以上、明確な勝敗は彼ら自身にしか決められまい。


「彼の世界で不当なはずの略奪。それを取り戻そうとここに来た。そして、抗議をするまでは別にこの国でも不当なものではないでしょう。営業妨害などをすれば別ですが」

「それはあたしの、こちらの一存だよ」

「でも、僕はそうとまでは思えなかった。武器を持って押し入ることもなく、結果、中に入ることも長居することもなく普通に追い返されてますからね」

 そこまでは、普通のことかもしれない。だが、僕はそれが少しだけ嫌いだ。

「不当なものを不当だと声を上げた子供が、それより強い力で抑えられて何も言えなくなる。そうして足を止めるのは、負けですらない。剣闘士でいうなら、ただ闘技場からつまみ出されただけです」

 そして、彼は諦めてしまった。だが、子供が足を止めるのは、その道理が間違いで、そして自分が間違っていたと思ったときだけであるべきだ。




「試行錯誤、楽しいですよ。どんな苦境でも、その余地があるうちは、子供は笑えるんです。その子供の笑顔を奪う国や世界は、きっと間違っているんでしょう」

「それが、あんたがあの子に手を貸した理由かい」

 既に煙の出なくなった煙管を、ガランテは吸う。口の中に何も入ってはいないだろうに、苦い顔をした。

「ええ。闘技場に入れてあげました。結果、相手の剣闘士にかなり押されていますが、まだ死ぬまでには至ってない。死んでなければまだまだ機会はあります」

 彼は弱者であれども、敗者ではない。本人にその気があるのであれば、まだまだチャンスは残っている。

「その結果死んで負けても、あんたは構わない。……アハハハ、本当に、相変わらずよくわからない男だ。勝手な男、けれど……」



 ガランテも一歩僕に歩み寄り、僕の頬に手を添える。彼らと付き合ってきて、こういう動作も慣れてきた。

 初めは彼女らのほうが背が高く、少しだけあやされているような感覚があったが、この国にいる間に大分身長も伸びた。今や、彼女らと同じ高さの視線で向き合うことも出来る。


「笑いが大事というのなら、まずあんたが笑うべきだよ。もったいない」

 僕の胸に当てられた手が、引っ掻くように握られる。

「傾城、いいや、傾国の微笑。あんたが微笑みかければ、王妃様すらあんたに靡きように」

「そういう世辞は、仕事中にどうぞ」

 吸い口を向けて差し出されたガランテの煙管を手で制しながら、僕はそう返す。この場でお世辞はいらないし、そんなおだてに乗れば何をさせられるかわかったものではない。そもそも傾国はこの世界でも女性に使う表現だろうに。

 僕の反応に、ガランテはフと笑って身を翻した。

「そうだ、世辞は仕事中に口にすべきさ。でも今は仕事中じゃないんだよ」


 煙管から灰を灰入れに落とし、帯に差す。まるで戦支度、鎧を着込み、武器を腰に差すような。全くの関係のない動作なのに、そんな気がした。

「あんたも、そろそろこの国に靴を脱ぐってもんじゃないかい?」

 ガランテの言葉に、僕は自分の靴を見る。実際には、この靴のことをいっているわけでもなく、単なる比喩だということもわかってはいるが。

 ここで定住する。伴侶を得て、家庭を作る。そういう意味のこの国のスラングだ。


 だが、僕としては、実際の靴も少し重要だ。スラング以上に。

「その逆かもしれませんね」

「逆?」

「そろそろ、靴が合わなくなってきました。もう一度、作り直すべきかもしれません」


 四年ほど前、リコの作ってくれた靴を僕はまだ手入れしながら使っている。彼が作ってくれたということもあるが、それ以上にこれほどの性能の靴はそうそう見当たらないのだ。

 革靴なのに、呼吸するかのように通気性も良く、蒸れることもない。なのに砂の侵入も防ぎ、あまり心配はないが砂中の毒虫の心配もない。


 驚くべきは、ここまで予見していたのか、それとも僕が勝手にそう解釈して改造してしまったのかはわからないが、アジャスト用の縫い目までついていたのだ。そこを切り開けばサイズを大きく出来るような、そんな調整。

 横幅と縦を広げられる。その結果ここまで長持ちしてきた。さすがに足底部までは大きくならないので、これ以上は、足にもそして使われる靴にも無理をさせる結果になるだろうが。


 ならば、この国の大半の者が履いている、草履やサンダルのようなものを履けばいいかと思うがそうでもない。

 それはただの僕のこだわりだが。



「……そう、残念だよ」

 僕の言葉にスラング以上の何かを感じたようで、ガランテは目を細めて嘆くように言う。

「なかなか楽しかったですけどね」

「あんたはエッセンの人間で、この国には自分で来たんだろう? いったい、何しに来たのさ」

「特に何もなかったですけどね。ただ、新しい景色が見たくて来ただけなんですが」

 それでも、長居をしすぎた。三年。本当は、一年もいる気はなかったのに。

「思いの外兵士や病人が多くて、それを助けてあげるのが楽しかったので、長居してしまいました」

 この国も楽しかった。何といっても、『嫌がらせ』の対象に事欠かないから。

 常に戦い続けているこの国は、毎年、毎季節、怪我をした兵士や食うに事欠く奴隷が来る。

「それで嫌われちゃ世話ないねぇ」

「それは仕方ないですし、僕に恥じるところはありません」


 砂漠を放浪し、まだ見ぬ景色を見る日々。


 地平線の先まで続くオアシス。朝日が昇ると同時に噴水のように天高く吹き上がったと思えば、魚まで泳いでいたのにそれが一晩で魔法のように消えてしまう光景。

 エネルジコの街では絶滅した鳥。その群れが空を覆い尽くし、半日ほど空が真っ暗になったときにはこの国でも涼しいと感じることが出来た。

 金銀財宝が眠る地下遺跡。僕がその部屋に入ろうとしたら入り口が崩れ去ってしまったので、周囲の岩盤を掘り強引に入ってみたら、そこはただの疑似餌を使う魔物の巣窟だった。

 砂地の稜線から、巨大な人間の鼻から上の頭部が覗いていることもあった。近づいたら消え失せてしまったが。


 そんなまだ見ぬ景色を見ながら適当な街に立ち寄り、『困っている』兵士や病人を見れば治療する。

 喜んでくれると僕も嬉しいし、怒るとそれも面白い。


 だがその結果、嫌われていることも知っている。

 僕を知っていると思わしき傷痍軍人が、物乞いをしている最中僕を見つけてそそくさと帰っていくのを見たことがある。

 手足のない奴隷が罅だらけの器を持って人にすり寄っていたのが、物陰に隠れるのを見たことがある。


「ま、あんたの場合は感謝もされてるし、トントンってとこかね。うちの子たちにもだけど、聖教会は奴隷にゃ厳しいからね。教義だかなんだか知らないけどさ」

「彼らは、そういうものですし」

 奴隷や娼婦には彼らは厳しい。聖典でそれを禁じられている存在である彼らは、依頼しても治療されることが少ない。ごく希に、大金を積んで了承されることもあるらしいが、その場合は別の場所に同額積んだ方がこの国の場合マシだ。


 そもそも、この国は聖教会への依存は少ない。

 国策として治療院を作らせないということもあるし、だから治療師自体が出張してたまにいる程度。その上、この国には違う存在がいる。

 薬師と呼ばれる者たち。グスタフさんの扱っている知識ともまた違う流れのようだが、それでもこの国で発展してきた医術はあった。数々の民族が混ざり合い、そして独自の経験知をより集めて更に製錬されてきたためにそういうものが生まれたという。


 故に、僕でも好き勝手に行動できた。エッセンやリドニックでは、治療師を差し置いて行動することはある程度憚られたというのに。



 ガランテは唇を結んで深い溜め息をつく。

「……そうか、そんなあんたがこの国を去る、ってね……」

「ええ。そろそろいったん帰ろうと思います。適当に寄り道しながら」

 今借りている部屋は、満月の日が更新日だ。適当にそれくらいで、出ていこうと思っている。

 適当に出ていくのはいつものことだ。そして砂漠を放浪し、気が済んだら戻ってくる。今回は戻ってこない、ただそれだけのこと。


「ま、いいさ。出会うこともあれば別れることもある。でも少しだけ残念だよ」

「まだ少しはこの街にいるので、必要なら声かけてください」

「ああ、それなら……」


 ガランテは言葉を止めて、机の上の書類を振り返る。そこからがさがさと目当ての書類を探し出すと、僕に向けて示した。

「今、必要なんだよ。あの小僧を追い返すのにはあんたが邪魔なのに、ここにわざわざ呼んだ理由がそれさ。あんたはなかなか捕まらないからね」

「治療ですか? 誰かまた病気でも?」

「いいや」

 僕は渡された書類に目を通す。ムジカルの文字も、もう普通に読めた。多分、今ならばエッセンの文字を読むのに多少頭の切り替えが必要だろう。


「ちょっとした後始末をしてほしいのさ。今のところ、あんたにしか頼めないことでね」

「……法に触れないことでしたら」

「そこは心配ないよ」


 書類には、王都から少しだけ離れた場所、街道からはかなり外れた位置の測量結果が記されていた。




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[一言] 傲慢さ増してるな
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