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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
収穫の国

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閑話:花咲く場所

娼館の話なのでやはり15禁らしい表現が(作者的に)あります。

苦手な方は飛ばしても大丈夫です。




「ブリランテ! 三番の部屋の掃除をしといて!」

「……はい!」


 客を見送った娼婦が振り返りそう叫ぶと、ブリランテと呼ばれた少女が返事を返す。

 赤みを帯びた黒髪は後頭部でまとめられ、くるりと巻かれて団子にしてある。白いはずの肌は今のところ日に焼けているが、その健康的な褐色を好む者も多い。

 彼女も娼婦だ。それも、ついこの前、この娼館に買われてきた。


 三番の部屋、というのは今まさに先輩が『仕事』を終えた部屋だ。

 娼婦である彼女らの仕事。それは、清潔さとはほど遠い。

 仕事の後は汗や唾液、その他の体液が床に飛び散り、寝台を濡らす。

 それは仕方のないことだ。彼女ら娼婦の職務上、そうならない方がおかしい。


 だが、客はそれを好まない。

 自ら以外の体液。嗜好にもよるが、それを目にした途端、気分が萎える。部屋を変えることを願い、場合によってはそのまま店を出てしまう。

 

 故に、清潔さは彼女らにとってとても、とても大事なものだ。

 部屋に体毛を残さない。体液を残さない。臭いも気配も、影一つ残さぬよう、丁寧に掃除をする。



 床を丁寧に掃き、水拭きし、聖教会から購入した抗瘴気液を薄く塗ってゆく。

 寝台の敷布はその度に水につけ、管樹を焼いた灰を擦りつけ染み一つ残さぬよう丁寧に揉み洗う。天日で干せば一刻もかからず乾くことを利用し、乾けば香を焚き染め、また洗う。何度もそれを繰り返し臭いの欠片も残さない。


 備品である避妊用の紙は補充を絶やさず、何か細工をされていないか目を光らせている。

 部屋に備えられた酒にも、何か混ぜ物がないか。未開封の品に何か不審な点はないか確認し、場合によっては全て破棄する。


 そんな、『仕事』以外の仕事。

 それらは全て、新入りの仕事だ。即ち今は、ブリランテを含む数人の。



 そして、今三番の部屋を掃除するのはブリランテだ。

 新人らしく、先輩の部屋の掃除をする。


 初めは慣れなかった。

 掃除の順番も手際も拙く、時間がかかり汚れが残った。

 盥に張った水に敷布を浸したとき、ぬるりと浮かび上がる粘液に最初は気分が悪くなった。

 部屋の角に残った埃の中に髪の毛が混ざっていたことを、先輩に怒鳴りつけられたこともあった。


 だが、もうここに来て三十日以上。

 まだまだ手際が良いとはいえないが、それでも慣れてきたと言ってもいい。


 まず敷布を外し、洗いに出る。

 天日の下に置かれた水はほとんど温湯のようだ。そこでザブザブと水を揺らし、ひとまず汚れを取っていく。

 白く密度の濃い木綿が濡れて固くなり、引っ張り弾けば小気味いい音がする。


 一度目は簡単に。洗って払い、飛沫を飛ばす。

 それから洗い場に張り巡らされた縄にかける。一度目は黄色い布が縛りつけられた縄に。次には赤い布が縛りつけられた縄に。これも、ブリランテは間違えて怒られたことがあった。



 掃き掃除は手早く終わり、それでいてほとんど塵は残さない。

 水拭きは固く絞った布で。この布は、古着をブリランテが縫い合わせたものだ。この娼館で教えられるまでもなく覚えていた裁縫。同期よりも秀でていたものの一つだった。

 固く絞る際、手に痛みが走る。肌が弱いわけでもないのに、とその痛みに彼女は苦笑した。


 最後に床に塗る茶葉の匂いに似た液体。

 一瓶でブリランテの一晩の収入より高額になる液体の匂いが、ブリランテは嫌いではなかった。




「……あれ?」

 そして、備品の確認を、と戸棚の酒瓶を弾き数えていたブリランテの指が止まる。

 三角形の酒瓶は高価なもの。三つ並んだそれはいつもと変わりない。蝋で封された口元の栓も、不自然なところはなかった。

 だが、六角形の安物。そのうちの一つに、ブリランテは注目する。


 木片で栓をされている口元の蝋が、少しだけ荒く垂れて固まっている。

 それだけならばたまにあることだ。だが、それが五瓶あるうちの一つだけ。それに違和感を覚えた。


 戸棚の奥のほうにあるそれは、今日のうちに使われることはないだろう。

 だが、明日か明後日、雰囲気を盛り上げるために、その酒瓶は開けられる。


 ……一瞬悩み、そしてその酒瓶を掴み出す。

 万が一があってはならない。たとえそれが勘違いであっても。

 カランカランと、酒瓶同士が当たる音がした。その酒瓶一つとっても、割ってしまえば彼女の収入は赤字だ。その音に、ブリランテの肝が冷えた。



 そうした備品の整理をしているうちに、敷布は乾いている。

 黄色い印のついた縄ごとそれを香を焚いた部屋まで運び、とりあえず今回の掃除は終了だ。香で焚きしめるのはまとめて行う。そして、それからまた洗うのも。


 あとは、洗って保管してある布を寝台に張り、それとちり紙の補充だ。

 先ほどの客は、随分とお盛んだったらしい。

 減ったちり紙の量から先ほどの壮年の客の精力を想像し、口笛を鳴らしながら笑った。





 掃除を終えた後、ブリランテが部屋に入り客を取る時間まではまだあった。しばらくはまだ待機時間だ。先輩娼婦と共に、休憩室で待つ。

 もちろん下っ端である以上、この時間も、休憩などというものではないが。


「もうちょっと冷めてから持ってきなさいよ」

「あ、はい……!」

 ずず、と目の下の黒子が印象的な女性が花茶を啜る。

 透き通った橙色の中に赤い煙のようなものが棚引くそれは、このジャーリャでは比較的安価な粗茶といえよう。

「返事だけはいいけど、あんたは行動が伴わないんだよねぇ」

「次は、気をつけます!」


 休憩時間のお茶汲みも、彼女らの仕事だ。

 相手は同じ娼婦だが、もちろんブリランテよりも年上で、そして先輩である。口答えなど出来ようはずもなかった。

 

 先輩娼婦は爪の手入れ道具を置き、脇に寄せる。

「それでぇ? あんたがさっき言ってた酒だけど……」

「はい……」

 ブリランテは言われるがままに、先ほど確保した酒瓶を差し出す。受け取った茶色い硝子瓶の中に入っている酒を揺らして、先輩娼婦は鼻を鳴らした。


「なるほどねぇ。蝋を溶かして、細工した跡がある。中に入ってるのは毒ではないにしても……これは廃棄だよ。ガランテ様への報告はあたしがしとく」

「あ、ありがとうございます」

「ハモルにも伝えとかなきゃねぇ。あの客は出禁だね」

 ケラケラと笑う先輩に、どう反応を返していいのかわからず、ブリランテはただ合わせるように笑みを作る。その様子にまた、先輩娼婦は鼻を鳴らした。


 扉が開く。

「おいすー」

 入ってきた女性は休憩室を見回すと、ブリランテに目を留める。緑の髪を毛足の長い布で拭きつつ、椅子に座る。髪の毛が濡れているのは、今まさに湯で仕事の汗を流してきたからだ。

「……ブリランテ、掃除終わった?」

「はい、先ほど!」

「お疲れ。……で、その酒瓶どうしたの?」

 そして、適当に労った後に、女性はブリランテの持ち込んだ酒瓶に目を留める。ここは休憩室であり、軽食などであれば持ち込むことはあるがさすがに酒瓶を持ち込むことは禁じられているはずだ。そう不審に思った。

「セシーレ、あんたの客が仕込んでったもんだよ」

「まじか」


 セシーレは表情をほとんど変えずに驚きの声を上げる。しかしたしかに、驚いている。その眠そうな目はわずかに開かれ、この場にいる他の二人にはセシーレが驚いているのがはっきりと見て取れた。

「ほんとに? スピアナの客じゃなくて?」

「あたしの客はそんなに行儀悪くねぇよ」

 スピアナは鼻を鳴らし、酒瓶を投げるようにセシーレに渡す。腿と腹でそれを受け取ったセシーレは、がしゃがしゃとそれを振り、わずかに透けて見える泡を見て「もったいね」とだけ呟いた。



「媚薬だの眠り薬だの、そんなのいらないのにね」

 セシーレは溜め息をつく。そんな薬など、使う必要がないのに。

 言われれば、最大限演技をする。言われずとも、雰囲気に合わせて反応は変える。それが客に合わせこなせるようになっているからこそ、彼女らにも固定客はついている。

 それが出来るからこそ、この娼館で一人前の娼婦として認められているのだ。


「でもなに、じゃ、さっきの客、出禁?」

「出禁に決まってるじゃん」

 爪の手入れを再開し、視線を合わせずスピアナは応える。硝子を使ったヤスリで表面を磨き艶を出した後、乾けば固まる樹脂を塗る。不格好な手先は、娼婦の恥だと彼女は考えていた。

「あー、また客減るよー。早くどっかまた戦争してくんないかなー」

「どうせまたすぐやるでしょ」

 スピアナはパタパタと手を振り樹脂を乾かす。溶剤の臭いが風に舞って部屋に散った。


「戦……争……」

 小さくブリランテは呟く。思わず、だが誰にも聞こえないように小声で。


 ブリランテの心中を知らず、先輩二人は続ける。もちろん、彼女らに悪意があるわけではない。

 むしろ、この国の民としては平均的な考えだった。


 戦争が起きれば、国民が徴兵され動員される。

 その時点で恩給が発生し、まだ金を受け取っていないにもかかわらず皆羽振りが良くなるのだ。それは良くなったという錯覚だが、それでも金遣いは荒くなる。


 食堂では頼まれる料理の等級が一段上がる。賭場の掛け金の桁が一つ増える。男娼娼婦問わず、よく売れるようになる。

 そんな変化が必ず起きる。

 もはや特別でもない特需。それを、国民たちは常に待ち望んでいた。



 ブリランテは思う。

 今目の前にいる女性二人も、奴隷だ。数年前の戦争で他国から略取されてきた女性たち。それを、この娼館の主ガランテが買い取った。

 なのに何故。

 何故、戦争を待ち望んでいるのだろう。

 今回のストラリム侵攻でも、人が死んだ。家畜が死んだ。もはやブリランテに帰る国はない。なのに、彼女らは何故。


「ねえ、そろそろ私にもお茶くれない?」

 セシーレの声に、ハッと気付く。そういえば、そうだ。

「はい、ただいま!」

 ブリランテは、休憩室に繋がった炊事場に小走りで急ぐ。

 茶器には先ほどスピアナに淹れた花茶が残っている。ほどよく冷めた……といっても常温を下回ることはないが、それはちょうど良い温度となっているだろう。


 花茶を受け取ったセシーレは、一口啜って一息吐く。

 湯浴みをした後とはいえ、浴びるのと飲むのでは体の乾きに対する感覚が違う。喉を滴り落ちる液体の感触が、そのまま体の中からじわじわと染み出すようで。


 しかし……。

「氷使いたーい」

 やはり、セシーレもそう思う。

 それなりに大きな娼館である。定期的に魔術師がこの国特有の氷室に氷を補充していくため、氷の在庫はある。だが、それは客用だ。

 客に出した茶の中に入れる一欠片。そのご相伴に預かるのが、『仕事』の役得の一つだった。


 ブリランテも、セシーレの言葉に氷を想像して唾を飲む。

 氷。ストラリムではなかったものの一つだ。もっとも川の水はそれなりに冷えていたし、雪も降った。ムジカルほど暑くはならないので必要なかったということもあるのだが。




 じ、とそのブリランテをスピアナは見つめる。

 氷に関してではない。その、握りしめられた手に関してだ。

「……な、何ですか?」

「ちょっとこっち来な」

 たじろぐブリランテだが、逆らうわけにはいかない。曲げた人差し指で誘われるままに、ブリランテはスピアナに歩み寄る。

 スピアナは黙ってブリランテの手を取ると、掌を見て鼻を鳴らした。

「……ちゃんと、手入れしとけっていったじゃん。肌はあたしらの商売道具なんだからさ」

「…………」

 スピアナの見つめる先にある手。その手は荒れ、所々アカギレもある。

 爪もヒビが入り、二枚爪になっている指もある。およそ、見栄えがいいとはいえなかった。

「夜寝る前には油を塗って、爪も……ああ、あんた小刀で切り落としたまんまじゃん。ヤスリで削れって何度言わせんの」

「すみません……」

 謝罪するブリランテの顔を下から覗き込み、スピアナは続けた。

「……顔も。ちゃんと毎日洗ってる? 仕事ない日も洗っておかないから、そんなニキビが出来るんだよ」

「その……面倒で……」

 へへ、と笑う。笑うしかなかった。

 そんなこと、ストラリムで豚の世話をしていたときには一切考えたことがなかった。豚の毛艶や鼻先の具合の良さはわかる。けれど、自分の体に関してなど、一切。


「セシーレ、さっき湯浴みで使った乳液残ってる?」

「残ってる……けど……」

 スピアナは言い淀んだセシーレを睨む。

 一瞬、出すのを渋っているのかと思った。それもわかる。七日に一度、小瓶で配布される乳液は個人個人で管理しており、もしもなくなってしまったら小言をもらいながら申請が必要になる。

 だが、今は大事な妹分の指導中だ。その程度、渋る理由にはならない。そう思った。

「だったら……」

「でも、だったらこっちの方がよくない?」

 文句の言葉を口に出そうとしたスピアナに、手持ちの小袋からセシーレは葉っぱで包んである小包を取り出した。

 指でつまめるほどのそれを見て、スピアナは首を傾げる。

「……何、それ?」

「ふっふっふー、じゃーん」

 問いには答えず、効果音だけを自分でつけて包みを机に置く。縛られた紐を解き、二重に包まれた葉を開く。その中には、乳液よりも粘度が高い何かが、へばりつくようにして入っていた。


「この前、病気移されたせいで肌が破けた子のために、薬師だっけ? 治療師みたいなのが来たじゃん? その時に渡された軟膏、横流ししてもらった」

 へっへっへ、とセシーレは表情を変えずに笑う。

「治すの自体はその場でちゃちゃっとやっちゃったけど、肌荒れが気になるって言ったらその治療師が分けてくれたんだって」

「今あの子肌超綺麗なのって……」

「これのおかげっしょ」


 スピアナは、セシーレを一瞬疑ってしまったことを恥じた。

 セシーレは、そのスピアナの胸中に気付かない。客の心は手に取るようにわかるのに。


 軟膏を見て、セシーレは溜め息をつく。その脳内には、あの日見た『薬師』が浮かんでいた。

「しっかし、あの子も綺麗な子だったねー。身請けされるならあんな美少年が良いわ」

「……そう?」

 スピアナはその論に異を唱える。大筋には同意しているが、ただの軽口として。

「でもあれ、典型的なエッセン顔じゃん。あたしはもっとしっかりしてる顔の方がいいなぁ」

 綺麗、というところに異は唱えない。だが、好みというものがある。

「あんたの好みは〈成功者〉様とかでしょー」

「そうそう、ああいう感じの」

 

 〈成功者〉。

 五英将の一人に数えられるその男。黒髪に深い褐色の肌、きりっとした眉、大きな目。そんな風に伝えられている彼は、美男としても通っていた。


「五英将がこんな娼館に来るわけないじゃーん」

「来るか来ないかの話してんじゃないの」

 今は、誰が美形かという話だ。自分が選ばれないことなど知っている。スピアナはそう反論した。



 そうだ、とスピアナは目の前に手持ち無沙汰に立つブリランテに意識を戻した。

 そんな、誰がいい男かの話など今はどうでもいい。今は妹分の肌の手入れの話だ。

「塗っとけ……っていってもあんたケチるもんねぇ」

「ひゃ!?」

 スピアナは差し出された軟膏を人差し指にとり、ブリランテの掌に乗せる。それから、両手を使って擦り込んでいく。

 軟膏は肌に触れると水のように変わり、その摩擦を極限まで減らした。

 ぬるぬると動かすその手捌きは薬を塗るためのそれではなく、『仕事』の際の……。


「じっとしてなねぇ」

「ひ……、あの……、……」


 握られているのは手。それも、右手のみ。

 なのに、何故だろう。その原理もわからないまま、ブリランテは喘ぐように体をくねらせた。


 スピアナは、軟膏の量を見誤っていたことに気付いた。

 良く伸びる。指先に乗せた分で、肘まで塗ることが出来そうだ。

「ハハハ、私もやろー」

 セシーレも席を立ち、体をくねらせるブリランテの左手を手に取る。そしてその指には、同じように軟膏が準備されていた。


「……! ………!!」

 姉貴分二人の官能的な手さばきに悶えるブリランテ。止めることも出来ない。顔が上気するのもわかるほどに我慢を重ねていた。


「これも、綺麗な手だよねぇ……」

「マジそうだよ。若いなー」

 そんな言葉を発する二人も、若くないわけではない。

 だが、十代中盤の肌と、二十を越えた肌。その滑らかさのわずかな差を、職業人である彼女らは指先で精密に感じ取っていた。



 二人が手を放すと、ブリランテは何故だが荒くなっていた息をついた。

 ああ楽しかった、とセシーレは席へと戻る。

 スピアナは自らの手に残っている軟膏を、自分の手にも擦り込もうとしてみた。もちろん、量はほぼ足りないが。


「あたしらの肌は商売道具なんだ」

 それでも少しだけ潤った肌と、そのような効果を発揮した軟膏。驚きながらも、ブリランテに向かって口を開く。まだ妹分への指導は終わっていない。

「……前の国じゃ何やってたかは知らないけど、その様子じゃ化粧の一つもしたことがなかったんだろ?」

「……はい……」


 ブリランテは思い出す。

 悪い生活というものではなかった。豚はかわいいし、日の出とともに起床し、日の入りとともに寝るのも悪くない。

 夕食の席で、両親や弟と語り合い笑う。たまには喧嘩もするが、豚たちはいつも慰めてくれた。

 いい生活だった。健康的で、誰に後ろ指さされることもない。豚飼いもきっとこの商売よりも『良い』商売なのだろう。

 しかし。

 

「でも今は、綺麗に着飾って体を手入れして、客を引くんだ。その後も、そろそろ慣れてきたろ?」

 厳しい仕事だ。体に負担は大きく、病気にかかることもある。富豪向けの娼館であるためそう多いことではないが、客が暴力を振るうこともある。

 そもそも、性を売る仕事。嫌悪感はまだ拭い去れない。


 しかし。


「そのために、もっと自分を大切にしな。それがあんたの今の仕事の一つなんだからさ」


「……はい」

 もう、本当にこの生活に慣れてしまったのだろうか。

 素直に出たその返事に、ブリランテは内心戸惑っていた。





 日時計の針が定められた箇所を指し、ブリランテの仕事の時間が始まる。

 今日は客引きの仕事ではない。これから、客が来れば相手をしなければならない。そんな待機時間。


 ブリランテにまとまった休みはない。水汲みやまだ拙い体の手入れを行い、姉貴分たちの部屋の掃除を行い、洗濯をし、賄いを作る。

 休日などはなく、一日時間があれば教師を呼んでの勉強の時間が待っている。ムジカルの歴史、一般常識、踊りや作法などの教養や喋り方などのその教育の時間も気が抜けない。

 未だに、文字を書くのは下手な部類だ。

 ストラリムにいたときには文字など書く必要がなく、そもそもこの国でも半分ほどの人しか文字を書けないのに、何故勉強する必要があるのだろうかと彼女は不思議に思っていた。



 一人になり、机に伏せる。

 『仕事』の待機時間。今このときだけが、彼女にとってのわずかな安息の時間だ。

 洗濯も掃除もせずに済み、客が来なければ何をする必要もない、休息時間。


 ようやく読めるようになった文字の知識を使い、ガランテ様に本でも借りて読んでみようか。

 そう、疲れた頭で考える。だが、やめておこうと即座に思った。

 本の中の夢物語は辛いものばかりだ。騎士がお姫様を助け、市井の娘が王に見初められ成り上がる。それを今見るのは、辛い。


 自分でも気付いていないが、ブリランテは本が嫌いだった。

 まるで、その本の主人公たちが自分をせせら笑っている気がして。

 その本の主人公に、自分はなれないと、そう思い込んで。




 扉が叩かれ、ブリランテは顔を上げる。

 客だろうか。まずい、机に伏せていた跡が顔に残っていないだろうか。そう、瞬時に思考が回った。


 だが、入ってきたハモルという用心棒の言葉に、ブリランテは首を傾げる。

「ブリランテさん、客じゃないんですが……あんたに会いたいって人が……」


「……はい……?」


 客ではないのに、自分へ会いたいという人。

 誰だろうか。

 その候補が一切浮かばず、ブリランテは足取り重くハモルに示された会議室へ向かった。





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[気になる点] 作者的に15禁らしい表現がどれなのか分からない…… [一言] 頑張って下さい
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