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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
収穫の国

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帰り道




「……暑く……、……ないんですか……?」

 僕の後ろをとぼとぼと歩く少年……ランメルトというらしいが、ランメルトは僕にそう問いかける。熱風の中、足音に紛れそうなほど小さな声だった。

 僕はその声に応える。後ろを振り返らず。

「暑いですね。当然ですけど」

 

 ランメルトの意図が読めなかった。

 何を言っているのだろうか。この国で、涼しい場所などほぼないと言っても過言ではないのに。

 雪と砂漠。暑さと寒さ。まさしくリドニックとは対極の国だ。

 今まさに、熱風が僕らの肌を焼く勢いで吹いている。暑い日などは、生卵まで煮えてしまうほどの気温。


 まあ、僕に関しては魔力で随分と熱を和らげているし、他の人と比べると随分と耐暑装備が……、そうか、そういうことか。


 振り返り、僕は頷く。

「暑いですが、それほどではないです。僕も一応魔法使いなので」

「……まほ……!」

 ランメルトは目を丸くして驚く。そういえば気付いていない様子だった。僕が先ほど自分で水を作り出して手を濯いでいるのを見てもなお、他のことが気にかかっているようで。

 

「服を変えるの面倒なので、髪の毛はそのままにしているだけです。どうせ焼けませんし」

 日に当たっても、それほど熱くはならない。しかし、街中ならばまだしも砂漠の中ではやはり不自然だったか。

 もっとも、僕にそんなことを注意する人も誰もいないのだが。


 もう一度歩き出すが、先ほどと比べてランメルトの足音が違う。警戒の混ざった足音……だけじゃないか。これはきっと、復讐心。

「……王軍の、方ですか……」

「違います」

 きっぱりと否定する。だが、警戒は晴れない。

 当然だろう。この国では探索ギルドだけではなく魔術ギルドの力も弱く、有名な魔法使いはほとんどが国家に仕えている。

 王直属の五人の英雄と呼ばれている者も、そのうち三人が魔法使いだ。


 たしか、ストラリム侵攻でも五英将の一人……〈眠り姫〉だったっけ、が参加したらしい。

 きっとランメルトも、それを知っているから。


「魔法使いが嫌いですか?」

「…………いいえ……」

 答えるのに何歩もかかるほどの長い沈黙。その言葉は、嘘だろう。

 ならばきっとランメルトの街か村は、直接その〈眠り姫〉に……。


 そこまで考えて僕は少し笑う。だからといって僕が嫌われても困る。

「では、怖い?」

「……はい…………」

 今度は少し早めに、後ろから答えがくる。横目で後ろを見ると、ランメルトは胸に手を当てて目を瞑っていた。これは本音らしい。


 僕は振り返り、微笑みかける。まだ僕よりも小さく、少年らしい彼に。

「怖がらなくてもいいと思いますよ。武器をもったことは?」

「い、いえ……」

 ないわけがない……とは思うが、きっとないのだろう。彼が、彼の考える『武器』を持ったことは。

 だが、きっと仕方ない。

「大抵の魔法使いは、胸を刺せば死にます」

 もしくは首を落とせば。

「そう、なんですか……」

「ええ。〈眠り姫〉も、多分」

 ……まあ、それで死なない魔法使いも結構いるのだが。スヴェンとか。恐らく彼も、脳を破壊すれば死ぬと思うけど。

 しかしそれでも。

「ですから、少し強い武器を持った人間と考えれば、魔法使いも怖くはないでしょう?」

 

 むしろ、強い武器に頼り切っているから、脆い部分も多い。

 『魔法使い病』は人により種類が違えど、魔法使いにはほとんど不可避だ。

 その教訓として僕も掛けている眼鏡。視界の中にある縁に慣れるのに時間がかかった。


「……僕は、武器なんて持ったことが……」

「飼い葉をかき集める馬鍬でも、地面を固める槌でも立派な武器になりますし。鍛え上げれば拳だって凶器です」

 ランメルトはまず間違いなく十代前半。まだ成長期の途上で、鍛錬すれば闘気を身につける時間はある。そこまで付き合う気は毛頭ないが。

「……いつか、刺せればいいですね?」

 そうすれば、怖くはなくなる。越えた壁は、もう恐怖の対象ではない。

「…………」

 僕の言葉に、ランメルトは表情を引きつらせる。その拳が硬く握られたのはどちらの意味だろうか。


 それでも少しだけ足音が力強くなったのを聞き、僕は前を向く。

 暇つぶしの会話にしては剣呑すぎたか。

 やはりまだ、人付き合いは苦手だ。



 

 魔物も出ず、小さな蛇が二匹ほど砂から這い出てきたが、それ以外は順調な帰り道だ。

 ただ、会話もなく二人の足音だけが風の音に紛れて響く。僕がいる意味があるのだろうか、これ。

 やがて陽炎の向こうに見えてきた大きな街に、ランメルトが安堵の息を吐いたのがわかった。


 ジャーリャを出た隊商とすれ違う。

 この国では、少しでも涼しい夕方から夜間に砂漠を歩こうと、昼過ぎに街を出る隊商が多い。

 昼間に行動するエッセンとは違う点だ。そして荷を運ぶ動物も違い、エッセンでは主に馬、たまにハクだったが、この国で隊商が荷を運ばせるのは駱駝と蜥蜴が多い。



 蜥蜴といっても、もちろん普通に想像する掌大のものではない。

 体高が僕の腰程度はある巨大な蜥蜴だ。


 砂漠の砂地を泳ぐように、滑るように這って進む。駱駝と比べてあまり荷物の積載量は多くないようだが、それでも餌や水の量は遙かに少なくて済み、そして緊急時には魔物や獣を敵だと認識し戦うことが出来るといった利点があるらしい。

 

 少し背が高い成人男性が跨がると足が地面につく程度の背であるため、足を畳んで跨がるという感じで少し操るのにコツがいる。だが、もちろんムジカルの兵の多くはこれに乗ることが出来る。

 鎧を着せた蜥蜴に跨がり、槍や弓を携え戦う騎爬兵と呼ばれる兵種。それは、一種の花形だそうだ。


 先ほどすれ違ったのは、駱駝二頭と蜥蜴一頭の小さなもの。荷物も軽そうだったので、きっと織物か何かの軽いものだけだったのだろう。


 すれ違う際に、蜥蜴がランメルトの方を一瞬向いてしゅるりと舌を出した。

 その瞳孔の細い黄色い目に身を固めて俯いたのも、きっと体験からのことなのだろう。


 戦争は、多くの人に爪痕を残す。

 血を流し続けているこの国自体にも、きっと。




 住めば都といったと思うが、元々都の場合はどう変化したのだろうか。

 僕としては、大した変化がない気がする。


 暑い国。

 息を吸えば肺を焼くような熱風が吹き、日光が常に肌を焙る。


 色とりどりの布を使い、肌を隠した老若男女。晒している目や手足の先に傷がある者は、きっといつかどこかの戦場で戦ってきたのだろう。

 足下は、屋内でもない限りほぼ砂地。僕の靴にかかっても撥水するように全て流れてしまうのは、埃成分がないからだろうか。

 

 そんな三年もの間見慣れた風景を眺めて、僕は一つ溜め息を吐いた。



 さて。

「もう魔物の脅威はありませんので、ここで別れるとしましょう。お疲れ様でした」

 僕が笑いかけるようにそういうと、唇を結んでランメルトは小さく頷く。そして、そんな習慣はないだろうに僕に合わせて小さな会釈をした。

 それから目を少し開いて頭を上げる。何かに気付いたように。

「……あ、あの……」

「井戸ならば、この通りをまっすぐ行った先です。これだけの人ですし、見咎められることはないでしょう。……未登録の貴方でも」


 僕の言葉に視線を漂わせ、ランメルトはまた俯く。

 このランメルトは未登録の奴隷。この国にあって、外出が許されない身分。戦場に出ることが許されておらず、ムジカル国民であればほぼ誰でも受けられる給付の対象にならない者。

 実は、見分けがつくわけではない。

 彼ら奴隷身分の者は、ムジカルに滅ぼされた各国から戦利品として集められた者だ。人種や年齢性別もバラバラで、一見すると黒髪褐色肌が多いムジカル国民との見分けはつかないこともよくある。


 だから、黙っていればバレなかった。素知らぬ顔でいればよかった。

 だが、ランメルトは自分で認めた。少し前に滅ぼされたストラリム出身だと。

 


 この国では、大抵の場合奴隷は街の所有物だ。

 所有物といっても物のように扱われるわけではなく、ただ管理されているというだけだが。


 ただ、彼らはムジカル国民が受けられる給付もなく、働かなければならない。

 街の中で経営される店の従業員として、ごく一部の街には存在する畑を耕す農民として、彼らは働く。労働、それはこの国では奴隷の仕事だ。


 そして彼らは街の所有物である以上、単独で街を出るわけにはいかない。出てもいい、が、その場合は誰か国民に監督された上でだ。

 だから、単独で砂漠を踏破したランメルトはその時点でお尋ね者だ。

 そこまで締め付けが苦しいわけでもなく、多少の嘘をつけば誤魔化せる。そうして逃げていく奴隷も多少いるようだが。



 水場。それは、多くの人が集まる場所。

 誰も知らないまでも、不法侵入者である彼は近寄りがたい場所だろう。万が一、街の誰も彼のことを知らないと誰かが騒ぎ立て、そして出身が知れてこの街の奴隷ではないとなれば、彼は処罰の対象だ。

 石を抱き、油を塗られて砂漠に放置される。もしくは首から下を砂漠に埋められることもある。結び目をつけた布に水を含ませ、飲ませるのも見たことがある。


 この国では、国民と奴隷は明確な差が存在する。


 その背中に押された鎖の烙印。それが存在する民と、そうでない民で。



 ちなみに一方、ムジカル国民も働くのを禁じられているわけではない。働きたければ働けばいい。

 だが、働く者は少ない。働くといっても、奴隷を従業員とする商店の主としてや、暇つぶしの労働が主だ。

 苦しい税を取られることもなく、辛ければ辞めても国からの給付があり、生きていくことは出来る。労働というのは、彼らにとっての道楽だった。


 そして、ムジカル国民にも楽なことばかりではない。

 奴隷たちにはない義務が存在する。もっとも、彼らにとって辛いことばかりでもないようだが。




「……知って、いるんですか……」

「だってさっき否定しなかったじゃないですか……と、別に責める気はないです。すみません」

 僕は素直に謝罪する。これは言わなくてもいいことだ。からかうためだけに言うべきことでもないはずだった。

 

 逃げてきた。何か目的があってここに来た。どちらにせよ、彼はきっと真剣にここに来た。

 先ほどの『行きたいところがある』という言葉からすると、きっと後者だろうけれど。


「ま、それは僕はどうでもいいです。それでは、機会がありましたらまた」


 それは僕が干渉することではない。

 僕は、応えないランメルトを無視して振り返る。小道を行った先、僕の今の住居に向けて。


 歩き出し、しばらくして振り返ればランメルトはずっとこちらを見ている。

 走って振り切るのもなんとなく嫌な気がしたので、雑踏で視線が途切れた際に透明化を使う。


 それでもずっと、彼はこちらを見ていた。





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