閑話:正義はここに
レイトンの足がひたりと止まる。
一瞬、エドワードは自らの何かが止めたのだと思った。だが、次の瞬間それは違うと気がつく。
ニクスキーもその背後の気配を感じ取り、溜め息をついた。来ると思ってはいた、しかし、来てしまったかとそう思った。
「やめときなよ」
レイトンが、振り返らずにそう口にする。
その言葉はエドワードやニクスキーに向けたものではなく、ただその後ろ。倒れ動けなくなったラッズの短剣を手にし、今まさにラッズの首に短剣を突き立てようとしていたザラに向けてだった。
それからレイトンは振り返る。その仕草を、ザラは視界に入れることはない。
「きみが手を汚すことはない。今きみが衛兵を連れてくれば、それまでには捕縛出来るようにしておくって言ったろ?」
「こいつが、ヴィネを殺した。貴方がそう言ったんでしょ」
「ちょっと違うけど、そうだね。殺したわけじゃないけど、死ぬ原因を作ったのはまず間違いなくそいつだよ。妹君が働いていた娼館の方で確認が取れた特徴とも一致している」
「…………!!」
ザラの手にある短剣が、ギラリと輝いたのをラッズは見た。それが喉元に突き刺さるのを想像し、点穴で嗄れた喉を懸命に動かし悲鳴を上げた。
「なら、こいつを殺す。殺す。殺してやる。ヴィネが首を切られて死んでいたなら、こいつの首も切り裂いてやる」
抵抗しようにも、腕が上がらない。ただ、首を小刻みに振り、抵抗の意を示すのが精一杯だ。そんな動作、ザラには一切効果のないものだったが。
ラッズはザラの目を見る。
暗い目。本気の目。これは次の瞬間、躊躇もなく自分を刺すだろう。その事実に動けない体が震えた。
レイトンは溜め息をつく。さてどうなるか、と、この先を楽しみに想像しながら。
「怖い? 怖い? でも、ヴィネも一緒よ。あんたらに殺されて、死ぬ間際にはきっと怖い思いをしていた。優しい子だったもの」
「ちぁ……ぉぇぁ……そんぁ……」
誰だ。誰のことを言っているのだろう。ラッズは心底そう思った。
今の会話を聞けば、きっとこの女は妹の復讐として自分を狙っているのだろう。
だが、その妹とは誰だ。何の話をしているのだ、自分が狙われる謂われなどないのに。
涙を浮かべて抗議する。
その復讐は不当なものだ。自分には何の心当たりもない。なのに何故、こんな殺されるような目にあっているのだろう。そう心の中で何度も唱えた。
もちろん、そんなことはない。
レイトンは真実を言った。調べられた中でわかった真実を。
ヴィネが死んだ原因を作ったのは間違いなくラッズだ。
いつものように酒場で小さな諍いを見つけ、巻き込まれそうな女を庇い気を引く。その女と親密になり、そしていつものように煙で酔わせて仲間と一緒に夜を楽しんだ。
そして煙と男に溺れた女に娼館を紹介し、煙の代金として大金を引きずり出し続ける。
そんないつもの手口に、ヴィネは引っかかった。
そんな手口に引っかかった女の名前を、ラッズは覚えていない。
娼館に沈めた女が破滅するのはいつものことだ。ただ金づるが消えたとしか認識せず、そして後始末も石ころ屋の力を使いランカートが行ってきていた。
ラッズにとっては、まさに青天の霹靂だった。
その無関心さを無意識に読み取り、ザラの手に力が入る。この男は、反省など微塵もしないのだ。自分が悪いとも思っていない、屑だ。そう認識した。
「……さっきの話を覚えているかな? 暴力の独占についての話さ」
だが、レイトンに話しかけられた言葉に何故かその手が止まった。視線はラッズの方を向いたまま、瞬きすらせずに言葉の続きを待つほどに。
「馬鹿にしてる?」
「してないさ。単なる確認だよ」
身を翻し、レイトンはザラのもとに歩み寄る。
ザラの準備は出来ている。ラッズの横にしゃがみ込み、両手でしっかりと短剣を逆手に持ち、刺し貫く準備は出来ている。その手を振り下ろせば、簡単にラッズの命を奪うことができるだろう。
「なら、理解できてるよね。暴力は官憲に独占されている。だから、今ここできみが刺せば、きみは単なる殺人者だ。華々しくも麗しくもない、単なる犯罪者だ」
「それがどうしたの? たとえ犯罪でも、私はこいつを殺す。そうしなくちゃ、きっとヴィネは魂の炎の中に還れない」
震える声と手。その言葉にレイトンは唇を結んだ。
「そんなことして何になるのさ。死んだ人間の言葉が聞こえるわけでもあるまいし」
「でも絶対に、絶対にヴィネはこいつを許してなんかない! 私にはわかる、たった二人だけの姉妹だもの!!」
「…………」
ザラの言葉にレイトンの唇が止まる。笑顔にも一瞬の陰りが見えた。
「……ひひ、なるほどね。それはまたたしかに、ぼくには立ち入れない問題だったね」
たしかに、とレイトンは思う。それはきっと家族だからこそわかる話であり、そして家族にしかわからない話だ。
レイトンには、死んでしまった兄の心をついぞ読み取ることは出来なかったが。
フウフウと荒い息を吐き、ザラは肩に力を込めた。
もうこれまでか。レイトンはそう思った。だが、まだ望みはある。
「でももう一度よく考えてみてよ。きみが彼を殺せば、きみは犯罪者。可哀想な犠牲者家族じゃなくなるんだよ」
「それが、何!?」
「わかんないかなぁ? もう、正義はきみの下にすらなくなるってことさ」
レイトンはしゃがみ込み、ザラに視線を合わせようと覗き込む。
そうまでしてもなお、ザラはレイトンのほうを見なかったが。
「衛兵に任せなよ。衛兵に取り調べをさせて、処刑台に送る。禁制品を扱い何人も破滅させたんだ。衛兵がきちんと調べれば、こいつらは皆、拘禁や強制労働なんかで済むこともなく処刑台に送られるだろう」
「そんなことなるわけない! どうせこいつらはまた適当な言い訳を並べて、衛兵はそれを信じて、こいつらは無罪放免になる! もう、あいつらは信じられない!」
「それでも、さ」
ザラの目から涙が溢れる。こぼれた涙がラッズの服を濡らした。
「ぼくら官憲でないものは、暴力を禁じられている。あの衛兵たちに任せてこそ、この社会の秩序は守られるんだ」
「貴方は正義の味方じゃないの!? なんでこいつらを庇うの!?」
「正義の味方だから、今きみと話しているんだよ。一人でも犯罪者を作らないためにね」
ニコリと笑うレイトンの顔を、ようやくザラは見た。涙で歪んだ向こう側に、少しだけ、信じられそうな笑顔があった。
「約束する。今きみがここで手を下さない判断をすれば、この男は死刑台に送られる。いいや、そうでなくても送る。ぼくは約束を必ず守るからね」
「…………」
「だけど、もしきみがどうしても手を下したいと願うなら」
瞬きで涙が晴れる。
「…………!!」
だがその晴れた景色に映ったレイトンの笑みに、ザラの背筋が凍った。
瞬きを繰り返す。まだきっと景色が歪んでいるのだろう。故に、その柔和な笑みに恐怖を感じたのだろう。そう心を落ち着かせながら。
「構わないよ。その手を振り下ろして、ラッズを殺しなよ。そうなった場合、ぼくはぼくの権限で全力できみの犯罪を隠す。誰もきみの犯罪を知らずに、そしてこれから発覚する可能性も一切なくしてあげる。きみはまた明日から、妹のいないいつもの日常に戻れるんだ」
体が一度震える。それは武者震いだと心を落ち着かせ、ザラはレイトンの言葉を反芻した。
「貴方は、正義の味方じゃなかったの?」
「そうさ。もしどちらであっても、ぼくは変わらず正義の味方だよ」
ザラの手の力が緩む。レイトンの言葉を何度も何度も頭の中で繰り返しながら。
想像する。
この男を衛兵に任せた後のことを。
レイトンを信じるならば、この男は処刑台に送られる。現在十二番街の隅にある処刑場の階段を上り、処刑人が大きな刃物で首を切る。
髪が長い者は切れないことも多々あるが、このラッズは違うだろう。スッパリと一撃で、確実に首が飛ぶ。鮮血が舞い、その様を見て市民がはしゃぐ。
想像する。
今この男をここで殺した後のことを。
レイトンを信じるならば、自分に咎はないのだろう。憎い、殺しても殺したりないこの男を殺して気を晴らし、爽やかな気分で明日の朝を迎えることが出来る。
ヴィネはいない。けれど、最近は全て紡績は一人でやっているのだ。羊の毛を梳き、撚り合わせて糸にして、蒸し上げて精製して油を抜く。
いつもの日常が帰ってくる。憎く、悪い男が死んで、少しばかりよくなったこの街で。
選ぶべくもない。
この男を、今自分の手で殺すべきだ。そうすれば、きっと心は晴れやかに、これからの人生を生きることが出来る。
羊の毛を梳いて、その赤く染まった生地を……。
ザラの思考はそこで止まる。想像している光景に違和感があった。
いいや、羊の毛は赤くない。それくらい、もはや常識といってもいいほど目に焼き付いているはずなのに。
視界の端で、キラリと光が見えた。ザラがずっと構えている短剣、その輝きだ。
その輝きが滴が垂れるように切っ先に移動したのを見て、ザラは自分の手が少し冷たくなった気がした。
それから、違和感の正体に気がつく。
想像する光景。その全てで、自分の手が汚れているのだ。汚しているのは赤く、滴る黒い液体。今まさに鼻についている鉄錆の臭いは、きっと短剣のせいだろうが。
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
何を躊躇っているのだ。刺すべきだ。この短剣を振り下ろし、復讐を果たそう。
そうすれば魂の炎の中で、妹はきっと笑ってくれる。よくやったと褒めてくれる。
しかし、何故自分の手は震えているのだろう。
何故、もう既に力が入らなくなっているのだろうか。
「……決まった?」
「…………!」
レイトンが、からかうように声を掛ける。実際、この男の中ではからかっているのと変わらない。ただ、ザラの反応を楽しんでいた。
ザラが唾を飲み込む。懸命に腕に力を込める。
そして、渾身の力を込めてその腕を振り下ろした。
ラッズの苦悶の声が響く。
「ぶっ…………!」
肩で息をするザラ。その血に濡れた手を力なく落とせば、ガラン、と短剣が床に落ちた。
レイトンは、それを見て心の底から笑顔を作る。やはり、彼女はそちらを選んでくれた。そう歓喜して。
「ひひ、おめでとう」
「……衛兵は……、きちんと、こいつらを、裁いてくれるんでしょう?」
ラッズの潰れた鼻から、鼻血が噴き出す。
折れた前歯から痺れに似た痛みが顔に広がっているが、ラッズはそれを押さえることすら出来なかった。
短剣は、血に濡れていない。
ザラが振り下ろしたのは、拳。急所に当たろうとも、その細腕ではラッズの命を奪うことも出来ないであろう、か弱い拳だった。
一度目を強く瞑り、ふらりとザラは立ち上がる。しなければいけないことがある。それを、思い出した。
「衛兵を、呼んでくる」
「きみは今、選択をした。その選択をぼくは心から称賛するよ」
習慣から、ザラは扉に手を掛ける。乱暴に開け放された扉は、もう閉じることも出来ないが。
「きみは今、善の扉を自分の意思で選んだ。悪の道へ続く扉を開け放たれて、その先に君の望むものがあることを知ってもなお」
ザラには、その言葉の意味がよくわからない。
その概念はニクスキーにも、エドワードにも。だが、ただ一人レイトンは笑った。
「きみは今、善の道へ続く門を自分の意思でくぐったんだ。誇りなよ。そんなきみだからこそ、衛兵を糾弾する資格がある。石を投げる資格がある」
レイトンも立ち上がる。
立ち上がり際に頬を撫でられたラッズを、正体不明の震えが襲った。
「そんなきみだからこそ、本当は、きみは救われるべき人だったんだ」
ザラはレイトンの方を向かない。きっとその言葉の意味は、今の自分が考えても絶対にわからないものなのだろうと思い。
駆け出した先の外の明るさにレイトンは目を細めた。
「……お優しいこって」
二人の邪魔をしないよう、ニクスキーはただ佇んでいた。それに警戒を続けながらも動けなかったエドワードは、そう悪態をついた。
「この街で最も邪悪な組織、石ころ屋が聞いて呆れる。クハハ、今の様子を見れば、本当にただの正義の味方じゃねえか」
もう一度周囲を確認すれば、倒れている仲間たちはやはり死んでいない。ただ行動不能になっており、レイトンたちは全員を衛兵に捕縛させようとしているとエドワードは勘違いをした。
「そうさ、今日のぼくらは正義の味方だよ。だから、そこのラッズを殺しはしない。禁制品の取り扱いに女性の不審死、強制的な娼館への勧誘、その他彼が起こした全ての罪を公正に裁いてもらう。ぼくはそのために来た」
「ふざけたことを!」
怒ったふりを重ねながら、エドワードの心中は冷静になっていた。これはやはり、たしかに命は奪われないらしい。ならば生き残る手はある。仮に捕縛されようとも、脱走する方が目の前の幹部二人を撃退するよりだいぶ楽だ。
鋭い踏み込みでニクスキーに迫る。隙だらけだ。エドワードはそう思った。
神速の横薙ぎ。ニクスキーが懐から取り出した短剣が、エドワードの直剣を防ぐ。だが、エドワードの剣は双剣。右手の剣の突きが、ニクスキーの心臓に迫った。
横に躱しながら剣を弾き、ニクスキーはエドワードの首を狙う。
だがその動きも封じるように、エドワードの振り下ろしがニクスキーの進路を塞いだ。
……やりづらい。
ニクスキーはそう思った。
一本一本の剣は大したことがない。だが、二本の剣がそれぞれ精妙な働きをし、こちらの動作の邪魔をする。
同じ流派の者とはいつか戦ったことがある。だが、その時の相手よりもずっと手強いと、そう素直に心中で褒めていた。
エドワードの流派に大した秘密はない。
だがその極意も極めるのは難しく、出来ないものは早々に諦めてしまう。
二条流。その極意は、両手を別々に動かすこと。
言ってしまえば簡単なことだが、不規則な動きを両手にとらせるのは常人には難しい。
剣を極めたものであっても、どうしても両手は規則的に動く。仮に不規則な型があろうとも、それは不規則に規則的なだけだ。
故にそれを完璧にこなすエドワードの動きは、ニクスキーの動きすら阻んだ。
武器を持つ相手に対する対策が数多く伝わる月野流とはまた違う意味での、対人特化の流派だった。
だが、その程度の危機ならば、ニクスキーも何度も乗り越えている。
ニクスキーが動きを切り替える。純粋な黒々流の歩法から、葉雨流と混ぜ合わせ発展させた独自の歩法へ。
認識を誤魔化し、それでいてなお高速で動く。葉雨流大目録のレイトンにすら真似することが出来ない妙技だった。
それから続けて振るわれた、エドワードの剣戟が躱される。
掻き消えるように消えたニクスキーの体。それが、振り上げた自分の腕の向こうから現れる。その動作に驚愕し、エドワードの剣先がほんの少し鈍る。
それが、最後だった。
ニクスキーの裏拳がエドワードの顔を直撃する。明らかに牽制の一撃だが、その強大な衝撃にエドワードは自分の顔が潰れた錯覚に襲われた。
「ごぇ……!!」
加えて、腹部への一撃。それから蹴りで膝、脛を砕かれ体が崩れ落ちた。
天井を見上げたエドワードの全身に痛みが走る。
無意識に息が荒くなる。
一瞬だった。一瞬で勝負がついた。〈幽鬼〉ニクスキー、勝てない相手だと思っていたが、これほどだったか。そう内心で後悔した。
喉が焼け付く。腕が上がらない。視界の中に星が浮かんだ。
だが、まだだ。
まだ自分は生きている。
その事実に頬は緩む。やはり、彼らは今日は『正義の味方』なのだ。
これから自分たちは先ほどの女が連れてきた衛兵に捕縛される。ならば、逃げられる。上出来だ、これで違和感なく逃げることが出来る。
視界の端で、レイトンが廊下を目指していた。
ランカートには気の毒だが、きっと彼は口封じに死ぬだろう。まあ、悼むくらいはしよう。彼には世話になったのだから。
ひりつく喉。笑い声を上げないようにするので精一杯だった。
「……んぐっ!?」
だが、そんな上機嫌を隠したエドワードの喉に、何かがのし掛かる。
目だけで視線を向ければ、ニクスキーが喉を踏みつけていた。
何故だ? これは何だ? 胸中で困惑が吹き荒れる。
そんなとき、また不可解な出来事が起きる。
「かっ……は……っ!?」
部屋の隅で叫び声が上がる。この声は、先ほどの槍使い。
それに、呻いているのは彼だけではない。他の傭兵たちも、それにベタファンも……。
「げ……!!」
そして一際大きくなった叫び声。顔だけを捻り、そちらを見たエドワードは驚愕した。
鮮血が舞い上がる。
ベタファンの首と腹、裂けたそこから内臓が顔を覗かせ、ずるりと輪切りにずれていく様がはっきりと見えた。
「……何……だ……これ……?」
戸惑いに漏れ出た質問に、レイトンは答える。廊下に出る扉を開き、振り返って。
「言っただろ? ぼくらは正義の味方だって。罪を認めさせるために生き残らせるラッズは除いても、他の連中を生き残らせる意味がないからね」
これは衛兵への罰。レイトンはそうも思っていた。ニクスキーとしても否はない。
葉雨流の特記すべき技法。遅効性の斬擊により、すでに彼らは殺してあった。
漂いつつあった血の臭いに、動かせない体。答えはすぐそこにあったのに、殺したレイトンとニクスキーを除き誰も気がつかなかった。エドワードも、ザラも。
エドワードの首に掛かる圧力が高くなる。ニクスキーが力を込めて、踏みつけていた。
「そんな、正義の、味方、って……」
「そうさ。ぼくらは正義の味方さ」
エドワードの目から涙が伝う。ザラが流した綺麗な涙とは違った涙が。
違う、こいつらは正義などではない。
有無を言わさず自分たちを殺す。そんな者たちが、正義であるものか。
こんな奴ら、正義ではない!
エドワードの表情からその全てを読み取り、一瞬だけレイトンは目を瞑る。
そういえば、あの地獄と化したクラリセンで、あの子はそんなことを言っていた。あの黒髪の子供は、実はやはり自分たちと近い場所にいるらしい。そう感心した。
目を開けて、扉の取っ手を引く。油が注され、手入れのされた扉が音もなく閉まり始めた。
"味方だからこそ、彼女に出来ないことを代わりにやるんです"
頭の中で、子供の声が響く。
あの未熟な少年は、どれほど大きくなって帰ってくることだろう。
その楽しみに口の端が歪む。
「ぼくらは正義の味方だよ」
繰り返すその言葉。そこに一つ、わかりやすく付け加えるのならば。
「そして正義の『味方』は、正義じゃなくても構わないのさ」
たとえ邪悪であっても。
扉が閉まる。
その音に応えるように、ニクスキーの足下から、ゴキリという音が響いた。
「酷えな、これは……」
「なんかの、抗争……ですかね……?」
しばらくして駆けつけた二人の衛兵は、その蹴破られた扉から室内を覗いて口元を押さえた。
胃液がせり上がるのを止めながら、中を確認する。
血を吸って、どこを踏んでもグジュと音がする絨毯。
その上に並んでいたのは、綺麗に並べられた輪切りの死体。皆苦悶の表情を浮かべて。
その中にいた生存者らしき放心していた人物は、衛兵の姿を確認すると生き返ったように飛び起きた。一歩歩くごとに転びそうになりながらも、それでも懸命に縋り付くように。
「……生きてるのか!? おい、何があった!?」
「お、俺、いや、わた、私は、私が禁じられている薬を売りました! 女たちから金を強請りました!! だから、助けて、ころ、殺さないで!? 助けて!!!」
衛兵の鎧に血をまとわりつかせながら、男が半狂乱になって叫ぶ。それからも続く自白のような文章を聞きながら、衛兵はもう一人の衛兵に応援をよこすように指示を出す。
それからまたしばらくして集まりだした野次馬たちの人混み。
そこに紛れてそのラッズの狂乱を見たザラは、わずかな恐怖と、そして安堵の息を吐き出して微笑んだ。




