慣れ親しんだ怖い場所
森を進み、代わり映えも無い景色もすぐに終わる。
「射線とはズレてるが、あそこで話を聞く!」
「はい!」
目についた街があったのだ。
どこかで見たようなその街に足を踏み入れると、中はやはりざわついていた。
レシッドは通行人に話しかける。
「なあ、さっきの光、何だったんだ?」
「え、僕はわからないです」
見慣れない人間に驚いたのだろう。通行人は返答もそこそこに、足早に去って行った。
「……俺、そんなに怖いか?」
「いえ」
笑いが微かに込み上げた。
田舎で情報収集をしたことが無いのか。
「ただ、レシッドさんが見慣れない顔だからでしょう。それに、いきなり『なあ』は馴れ馴れしいと思いますよ」
「そんなもんか? まあいいや」
気を取り直して、レシッドはまた通行人を捕まえる。
しかしこのままではやはり逃げられてしまう。僕も協力せねばなるまい。
「よお、そこの女……」
「お姉さん! ちょっと教えてほしいんですけど!」
レシッドの言葉を遮り、女性に話しかける。
中年のその女性はレシッドを見て一瞬硬い表情をしたが、すぐに僕の方を見て心配そうな顔をした。
「坊や、どうしたのさ」
「うん。さっき、凄く強い光が通りましたよね?」
「あ-、凄い光だったねえ。ネルグの方から飛んできたみたいだけど……」
「それを撃った人って、この街にいる?」
そう聞くと、女性は少し考えてから答えた。
「聞いたこと無いねぇ」
「そう、じゃあ……」
「最近、魔物が出たって話は聞くか?」
レシッドが前に出て会話に参加する。
「いいや、そんな話も聞かないね」
「そうか。引き留めて悪かったな」
レシッドは銅貨を一枚指で弾く。何か飛んできたと思った女性は、慌ててそれを受け取った。
「なんだい? これ」
「……足りねえか?」
「お礼ですよ。そのまま受け取って下さい!」
精一杯の笑顔を作り、女性に言う。女性は、怪訝な顔をしながら受け取った。
「あんた、その人とどういう関係だい?」
「……仕事仲間ですよ」
心配をしてくれているような声音の女性は、怪訝な顔で離れていった。
「どう思います?」
離れていく女性を見送りながら、レシッドに問いかけた。
「デカい魔物が出て、それに山徹しが使われたとすると、それなりに騒ぎになるはずだ」
「ええ、でも、彼女は知らなかった」
レシッドは話をまとめる。
「間違いなくここじゃねえし、情報もここじゃ得られねえ」
「みたいですね」
期待はしていなかったが、この街は空振りだ。
また同じような景色の森を走る。
しかし、妙だ。
この森は、見たことがある気がする。
木の生え方や、種類、土の感触までどこかで感じたことがある。
先程の街も、何処かで見たことがあった。
何故だろう、とそう考え出して、すぐに気付く。
よく考えたら、ネルグの森の辺境は、僕が育った森だった。
「ん!?」
そして、何故考えつかなかった。この方角は、もしかして。
「次の村が見えてきたが……」
レシッドは呟く。
「あそこでまた話を聞くぞ!」
「……はい……」
思わず返事が小声になってしまう。
だって仕方が無いだろう。
「何か、森が荒れてるようだな。当たりか」
「そうみたいですね」
ここは、僕が育った村だった。
村の中に目立った被害は無かったが、辺りの木が傷ついている。
小さい動物が暴れたようで、それを駆除する際に出た血が木々を濡らしていた。
剣に付いた血を払ったような血飛沫の跡、草むらに流れていた血溜まり。相当量の動物を駆除したようだ。
レシッドは何の気なしに村に入っていく。
僕は躊躇した。
まだこの村で狩られかけてから、一年も経っていないのだ。
「おい、何してんだ?」
足を止めた僕を、レシッドは見咎める。僕はそれには答えられない。
一歩ずつ踏み出すが、無意識にその歩幅は小さくなっていた。
「いえ、大丈夫です」
しかし、ここでジッとしているわけにはいかない。
入れる理由を探す。考えるんだ。
僕の顔を見ているのはフラウのみだ。それも、五歳児だったフラウにただの一度見られただけ。フラウだって忘れているだろう。
透明化魔法は常時使っていた。僕の姿を知るものはいない。
フラウの証言というあやふやなものだけで、初めて姿を見せた僕があのときの子供だとバレるはずが無いんだ。
若干穴がある理論のような気もするが、そこまで考えて勇気が出てきた。
自らの頬を張る。気合いを入れて、意識的に大股で歩き出す。
大丈夫、足は震えていない。
「とりあえず、広場に行きましょう。何かあったなら、そこで何かわかるはずです」
訓練広場に向けて歩き始める。
面食らったように、レシッドは一瞬固まり、「お、おお」とだけ返して並んで歩き始めた。
広場に着いたとき、もう事態は明白なものだった。
「……こりゃすげえな……」
「……ええ…………」
訓練広場ではなく、広場から見える村の向こうに、大きな山が見えた。
違う。山ではない。
大きな魔物の死体があったのだ。
「ありゃあ、竜か……?」
「あれが、竜?」
おもわずレシッドに聞き返す。ファンタジー世界の大物ではあるが、この世界では初めて見るものだった。
「ああ、竜、それも亜竜じゃねえ。純粋な竜だ。ありゃ、火竜かな」
大きすぎて一面しか見えないが、オレンジ色の大きな蜥蜴というような形だった。
お腹はでっぷりと肥え、鱗の生えた手足に、力なく地面についてはいるが大きな翼。たしかに、あれは竜だ。
そして、胴体の四分の一ほど。左肩から中央にかけて、欠損している。きっと、あれが山徹しの当たった跡だろう。
「街の人ですかー?」
感嘆する僕らの背後から、声がかけられる。
聞いたことのある声だ。
この暢気な声、軽い口調、まさしくこの人は。
「あれ、そちらの方は初めましてですかねー? ようこそ名も無いこの村へー」
笑顔で話しかけてきたのは、忘れもしない、デンアだった。
「ははぁ、やっぱり副都まで届いちゃいましたか-。それはお騒がせしました」
デンアはぺこりと頭を下げる。
笑顔を崩さないのが逆に怖い。
レシッドが事情を話すと、デンアは快く説明してくれた。
「そう、最近、森から動物たちが逃げるように村に来ちゃうことが多くなりましてねぇ……」
曰く。
二,三日前からよく動物が、村に侵入して来ることが多くなったらしい。今までも猪や何かが村に入ってくることは多かったけれど、今回はちょっと違っていた。
食料を求めてではないようで、畑に目もくれない。村で止まらずに、そのまま出て行ってしまうことも多かった。
そんなことが続いていたら、とうとう今日、ネルグから竜まで出てきた。
まるで何処かを目指すように、木々をなぎ倒し火を吐きながら村に迫る竜を、仕方なく殺害した。
竜が出てきた辺りで、竜に刺激されるように動物たちも活発になってしまった。猪や山犬も凶暴になっていたので、先程まで掃討していた。とのこと。
「その、竜のせいで動物たちも逃げていたってことですか?」
怯えを見せないように僕がそう尋ねると、デンアは面白そうに答えた。
「そうっすね。だから、もう二,三日前から竜さんは暴れはじめてたのかもしれねっす」
「その竜を倒したのは、あんたか」
ゴクリと唾を飲み込む。レシッドも僅かに緊張しているようだ。
「はい。ちょっと手こずりましたが、特に被害も無くてよかったですよー」
デンアは笑顔を崩さず簡単に言い放つ。
僕もレシッドも、何とか相づちを打つだけで精一杯だった。
「あ、で、シウムさん……村の人たちが狩った猪や犬で今日は宴会をやりますんで、お二人も参加していって下さい」
「……嬉しいが、急いでいるんでね。またイラインに引き返さなくちゃならねえんだ」
宴会の誘いをレシッドは断る。グスタフさんにも「出来るだけ早く」と言われている。当然だ。しかし。
まだ用事があったようで、デンアは挨拶もそこそこに離れていった。
それを見ながら、レシッドは肩の力を抜いて背伸びをした。
「山徹しを使った相手は、火竜。よし、用事は済んだな。帰るぞ」
レシッドはそう言うが、まだやることはある。
「いえ、まだあります」
「なんだ?」
レシッドは眉を顰めて聞き返す。面倒くさそうだが、まだ調べなければならないことはある。
「グスタフさんの指示は、『山徹しをどこで誰に撃ったか。それと出来れば事態の原因を調べてこい』です。まだ竜が暴れた原因がわかりません」
「いいだろうが、そんなこと」
レシッドは髪の毛を掻く。手入れはされているのか、ハイロのようにフケが散ることは無かった。
「事態の原因は、『出来れば』だ。わかんなかった。それでいいんだよ」
「調べてもいないのに、それは駄目じゃないでしょうか」
わからなかった。グスタフさんにそう言って、『何を調べた』と聞かれたとき、答えられなければ困る。
「適当に言やあいいのに、……ったく……」
レシッドは溜め息を吐く。しかし、駄々をこねた甲斐はあったようだ。
「……わかったよ、この中と森で、経緯を調べる。散らばって調べ回るぞ。太陽が真上になったら集合だ。そうしたら、何の成果も無くても帰る。いいな?」
「はい、それでいいです」
案外、金が絡まなければレシッドは子供に優しいのかもしれない。




