お代にかえて
「あんた、それは……」
「ええ。石壁花です。先ほど採取してきました」
家の外で声を潜めて、僕は男性にそう報告する。
紙の包みを外して見れば、僕の掌に乗る地衣類らしいのっぺりとした黒いキノコのような苔だ。
前世の岩茸などと同じと考えれば、この大きさでも数十年ものだろう。
それが、二枚ある。先ほどスタックたちに案内されながらこの村に来る道中で、二人の目を盗んで手に入れていたものだ。
僕の手の上を見て、抗議するように男性は僕に一歩歩み寄った。
「それがあれば、うちのも……」
「……そうかもしれませんが……」
実際にはそうではない。だが、それは明言しない。
僕は抗議の声を遮り家の中を向いた。中の人間にバレたくないという意図を示すよう。
声は魔法で抑えているが、それでも大きな動作をすれば目につくだろう。透明化までしてしまえばいいが、面倒くさい。
「なんだ?」
「奥様の病気は、これで治るかどうか……」
「どういう意味かわかんねけど」
男性が、立ち尽くすように棒立ちになる。
だがその顔は疑問に満ちているのだろう、眉を顰めて僕を見ていた。
「……何がいいてえんだ……?」
「とりあえず、これは後ほど。大丈夫、奥様の病気は治りますよ」
そこまで言っても、やはり頭の上に疑問符が浮かんで見える。まあ、何も伝えてはいないようなものだし当然だけど。
「…………??」
「言ったでしょう。少しご相談があるんです」
彼女を治すのはそんなに難しいことじゃない。
けれど、それよりも、僕にはやりたいことがある。
正確に言えば、『やらせたいこと』だけれど。
「それにはまず色々とお聞きしなければ。時間はありますか? それと、適当な場所も」
「あ、ああ」
スタックたちの父親は、それなりに話がしやすいらしい。
それから僕は、彼の案内のもと、近くの休憩場のような場所に連れていかれた。
岸壁の中にくりぬいて作られた小部屋のような場所。そこには、五つほど、同心円状に座れるように石が置いてあった。
その一つに腰掛けて、男性は僕を対面に座るよう促す。
誰一人歩いていない中ではあるが、それでも少しだけ声量を落として。
「で、何が聞きたい?」
「成人の儀式とやらの詳細を。石壁花を採取するのが成人となる条件とお伺いしましたが」
「……どうしてそれを知ってんだ?」
「スラさんたちからお聞きしました」
その言葉に、男性の顔が歪む。不可解さに。
これは、もしかして彼らは本来知らないはずだったことなのだろうか。そういえば、前に立ち寄った商店の店主は教えてくれなかったが。
「その様子からすると、彼らが知っているのはおかしい話のようですが」
「ああ。成人の儀式は、その年十五才になる男しょと女しょに、それぞれ口で伝えられて他じゃ言っちゃいけねえことになってるはずだ。スラたちは、どっがらそんなこと……」
「それはまあ知りませんけど」
そういうことは家庭の中で決着してほしい。だが、悪い大人というか先輩はどこにでもいるものだ。知られてようがおかしくはあるまい。
それよりも。
「それは置いておいて、彼ら以外が採れないのは本当ですか?」
「そうだ。スタック以外は、もう採っちゃなんねえことになってんだ」
だから、彼らは薬の原料を採りにいけない。その結果、流行病を治せず今困っている。
正直、納得が出来ないのだけれど。
「あんたは治療師だし知ってるだろ。石壁花は育つのが遅え。俺が子供ん頃指先くらいだったやつが、まだ目ん玉より小せえ。好き勝手採ってたら、すぐになくなっちめえよ。そしたら、次に何を採ればいいんだって話だ」
「しかし、今は緊急事態です」
「仕方ねえよ、これで死ぬんは天命だに」
「それで納得できるんでしょうか?」
納得はしていないだろう。男性の、その膝の上で震えている拳を見れば。
僕がエウリューケなら、掟に縛られて命を諦めている彼らを罵倒くらいはするだろうけれど。
「ちなみに僕は納得できません。彼らをほとんど無償で治したのもそのためです」
もとよりスタックたちから何かをとる気もなかったし、『彼ら』の中にはまだ治していない者も入ってはいるが。
「ちなみに、スラさんは採れないんですか?」
小さい女子の細腕。人にもよるだろうが、スラが岸壁を上れるようには到底見えなかったが。
思った通り、僕の問いに男性はこくんと頷いた。
「採れね。石壁花を採っていいのは、男しょだけだ」
「……これは好奇心からの質問ですが、でしたら、彼女の成人の儀式は?」
「知らね。女しょは女しょで、村長の奥方が認めてんだ。俺らは知らねえ」
「そういうものですか」
男性と女性で、成人と認められるための何かが違う。
もっともその二つを知った上で、彼らに話した誰かがいるはずなのだけれど。
人の口に戸は立てられない。奥さんの反応からしても、きっと男性側の条件は女性側に漏れているのだとも思う。
結われた髪の毛に覆われた首の後ろを男性は掻く。心底、不思議そうな顔で。
「だから、なんであいつらが知ってっかなぁ……? 石壁花が薬になることも、ガキどもは知らなかったはずなのに」
「子供は親の目の届かないところで、独自に色々と知っていくものですしね」
むしろ、親から聞いた話しか知らない子供のほうが少ないだろうし、きっとその方が不健全であるとも思う。人の子供であったことは忘れ、子供を持ったこともない僕の個人的な意見だけれど。
「そうかぁ……?」
僕の励ましのような言葉に、男性は唇を結んで鼻息を吐く。
いや、そもそもなんでこんな話になっているのだろう。
「まあ、とにかく、現状スタックさんしか石壁花は採れない。それは了解しました」
「……あんたが採ったその石壁花があれば、何とかなるんじゃ……」
「ええ。奥様と、スタックさんの二人を除いては」
ここで薬を渡すのは簡単だ。けれど、それをしても二人は治らない。そして、スタックたちの母親は別途治すとしても、スタックは。
男性の顔色を窺っても、いまいち事態が飲み込めていないらしい。
今の言葉からしてもきっと、未だ石壁花で寛解する病だと思っているだろう。その内容は伝える気もなかったが。
「……さて、ご相談なんですが」
「おお」
少しだけ話が面倒くさくなるけれど。それでもいいだろう。今回僕が味方をするのは、大人たちの目を盗み情報を手に入れ、そして体を張ったスタックだ。
けして、その父親ではない。
「石壁花一枚、エッセン金貨一枚でいかがでしょう。村で出し合ってもいいですよ」
「なっ……!?」
驚き固まる男性を無視して、僕は手の中で石壁花を弄ぶ。
効果の高い咳止めでしかないこの薬は、今の彼には喉から手が出る程ほしいはずだが。
「どうしましたか? そうですね、今ならば薬への調合まで行います」
「そんな、大金……」
「そうですね、大金です。ですが、人の命には替えられないと思いますけれど」
即決は出来ないらしい。予想は出来ていた。ここで即決できるような性格であれば、きっと掟など無視して自分が石壁花を採りにいっただろうから。
僕は立ち上がり、小部屋から出るところで一度振り返る。
「明日、昼頃お伺いします。その時に答えていただければ」
彼にもスタックにも、時間が必要だろう。明日の昼まで、それくらいあれば充分だとも思う。
「…………」
項垂れたまま、それでいてどこかを恨めしそうに睨む男性。彼を一人残し、僕は小部屋を立ち去る。
一応まだ確かめておくことがあった。
とりあえず、咳が聞こえる家はどこだろうか。僕は煙の中で辟易しながらも、透明化を使い残り二人の病人を探しに向かった。
夜、崖の上で霧を捕集し飲み水を作りながら待つ。夕ご飯は崖上にも所々生えている黄色い糸状の苔だったが、それはなかなか噛み切れずに苦労した。というか、これはきっと一度乾燥させてから水で戻して食べるものだろうと思う。たしか、前世ではそういった食べ方があったはずだ。
やはり、この国の食べ物も、僕の口には合わないらしい。
そして、次の日の昼頃。僕はスタックたちの家をまた訪れた。
「……来たか」
僕が姿を見せると、家の中から窓を通して見ていたのだろう、父親が姿を現す。
その顔は少しだけ顔色悪く見えたが、きっと寝不足だろう。奥さんとは違い、充血した目が赤くなっていた。
そして、壁の中にまだ気配がある。二つ、小さなものが。こちらをバレないように窺っているらしい。
「こんにちは。それで、いかがでしょうか」
僕が男性に問いかけると、男性は力なく首を振った。
「半金貨一枚が、限界だ」
「エッセン金貨一枚だと申し上げましたが」
「ああ、だな」
わかっているのであれば、この交渉の結果も分かっているだろう。
「どうにかならねえか、あんたが首を縦に振ってくれさえすりゃあ、あいつは助かるんだろ?」
「それをいうのであれば、お金を用意していただければ助かります」
"それがねえから頼んでんだよ!"
そんな言葉が耳の奥で鳴る。懐かしい記憶だ。
彼は、まだ元気で働けているだろうか。
「……とても平等な話ですよね。お金がある人は助かって、お金がない人は助からない」
僕は聖人でもないし、商人でもない。でも、あの日聞いた言葉を再生することは出来る。
そして、グスタフさんが本当は何を望んでいたのか、少しだけわかった気がした。
「ではそれ相応の物でも構いませんけれど」
「そんなもの……!」
苛立つように、男性は拳で壁を叩く。そんなもの、今はないから出すことは出来ない。わかっている。きっと、わかっていて言っていたのだ。
ドン、と違う場所で音が鳴る。
「お兄ちゃん!?」
隠れていたスタックが、壁を叩いた。苛立ち紛れに、それときっと、奮起のために。
「親父、出さなくていい。そんな大金、出さなくて」
少しだけ血色は悪いが、それでも大分回復はしているらしい。たしかな足取りで、スタックが姿を現した。
「……お加減はいかがです?」
「あんたはすげえな。大分いいよ。もう、怪我なんかどこにもねえ」
温和な言葉だが、僕を睨み付けている。気持ちは推察できる。今の今まで、父親を詰っていた相手だ。むしろ怒りを向けないだけ人間が出来ている。僕らと違って。
「それで」
一度大きな瞬きをして、スタックが言葉を切る。視界の中に、高さのある段差が入ったらしい。
「それで、石壁花があれば治るんだな?」
「ええ、きっと」
石壁花で作った薬は効果を現さないが。
「わかった」
ふらりと僕の横を通り、そしてそのまま駆けだしていく。
「待って!!」
後を追うスラの言葉も無視して、横の段差も無視して。
「一人で、心配じゃありませんか?」
残った男性に、僕は声をかける。我が子が今から何をしようとしているのか、わからない親ではあるまい。
男性は唇を噛みしめるように子供たちの背を見送り、そして呟く。
「あいつはサンギエの男だ、心配いらね」
「……だといいですけど」
ちなみに僕は心配だ。
それから男性は煙の中に消えゆく子供たちの背中を見て、それから僕を見て、もう一度子供たちを見て走りだす。
始めからついていけばいいのに。それは僕もだけれど。
男性を見送り、僕は家に足を踏み入れる。
「おじゃまします」
一応声をかけるが、母親は応えない。歩み寄ってみれば、力なく眠っていた。
そっとその腹部に手を当て、内部を探る。
そしてやはりあった。白目の黄色さはやはり黄疸だった。右下腹部、肝臓及び胆道の悪性腫瘍。おそらくこれが原発巣だろう。
その腫瘍と肺に転移した腫瘍を切り取り、死滅させて元の組織を再生していく。
眠っていてくれてよかった。あの日のリコよりも、大分簡単だ。
母親の治療はすぐに終わった。
まったく、病人を四人治すためだけなのに、どうしてこんな回りくどいことをしているんだろうか。
しかしなんとなく楽しくなってきて、僕はすこしだけ晴れやかな気分で背伸びをした。




