猟犬と一緒に
思わず距離を取り、身構えてしまう。
その構えを見て、レシッドは溜め息を吐く。
「おいおい、いきなり何だよ? この前のガキか?」
そして、眉を顰めてグスタフさんの方を見た。
「どういうことだ? ジジイ、騙し討ちか?」
「違えよ。カラスも、落ち着け。今回は俺が呼んだんだ」
グスタフさんが、呼んだ?
そういえば、さっきレシッドは「緊急依頼」と言っていた。ならば、本当にそうなのか。
「……敵意は……無いみたいですね?」
「当たり前だろ。お前を狙うなんて仕事は受けてねえんだ」
グスタフさんは、僕らの会話を気にせず話し始める。
「遺恨はあるだろうが、今回は二人で動いてもらう」
「この人と、ですか?」
僕個人はレシッドに恨みがあるわけではないが、叩きのめした分気まずいのだが。
「ほいほい。で、何すればいいんだ?」
レシッドの方は気にもしていないようで、僕と組むことに何の異論も唱えなかった。
「先程の光は、山徹しだ」
「山徹し!? は、スゲえもん見たな、俺!」
レシッドは噴きだし、大興奮で喜ぶ。だから、その山徹しって何なんだ。
「山徹しが使われたって事は、それ相応のことがあったってことだ。お前らは、何が起きたかと、その原因を調べてこい」
「それはいい……が、報酬によるぜ」
ニイとレシッドは笑い、グスタフさんに催促をする。それを聞いても眉一つ動かさずにグスタフさんは答えた。
「前金で銀貨十枚。加えて、情報を持ってきた奴には銀貨十五枚だ」
「合計金貨一枚か。上等じゃねえか」
レシッドはやる気になったようで、胸の前で拳をバシッと鳴らす。
「それに加えて、二人揃って帰ってくれば金貨一枚ずつ出す」
「二人揃って、って……どういうことです?」
揃わなくなる事態も考えられるのか。すると、それは……。
「安全策ってやつだよ」
代わりにレシッドが答える。
「お互いに、お互いを捨て駒にしようとしないように出してんのさ、このジジイは」
「捨て駒にしようとする……ってことは、そんなに危険な依頼なんですか」
レシッドは、溜め息を吐いて呆れたように眉を顰めた。
「当たり前だろ。山徹しを使うような相手がいるんだぞ。何があってもおかしくないだろ」
「さっきからわかんなかったんですけど、その山徹しって何ですか?」
それがわからないから、さっきから置いてけぼりを食らっている。
「ある探索者の使ってた技だよ。山に風穴を開ける威力の射撃だ」
「さっきのは個人の仕業なんですか!?」
災害レベルじゃないか!?
おそらく地面に当たっていれば、何kmにも渡って地表が消し飛ぶ威力だった。
「え、ていうか、そんな威力の射撃が使われたってことは……」
「だから何度も言ってるだろう。何かが起きたんだよ、ネルグの方で」
ようやく、事態が飲み込めた。
「最低限知りたいのは、どこで、何に対して使われたかだ。さらに出来れば、その原因まででいい。調べるだけだ」
「行って、見てくれば良いんですね」
僕の確認に、グスタフさんは首を縦に振る。
「馬車か何か使って」
「そんなものよりも、俺らが走ってった方が速いだろうが」
「……そうですが」
文明の利器はどこへ行った。
「出来るだけ早く頼む」
「わかりました」
速やかに見て帰ってくる。それだけだ。
「おし、行ってくる」
「行ってきます」
カウンターに置かれた銀貨の山を引っつかみ、レシッドは外に向かう。
遅れてはいけない。僕はその後ろ姿を追いかけようとする。
「カラス」
後ろから、グスタフさんの声がかかる。何か言い忘れだろうか。
「何でしょう?」
「お前に忠告だ」
「ええと、今回の依頼に関することでしょうか?」
「探索任務全般について、だ」
それはまた広い範囲での忠告だが、何故今なのだろう。
「いいか、探索者なら、任務を最優先に動け。必要なら、なんでも使え。それが金でも物でも」
「何ですか、また。僕も必要ならなんでもするつもりですが」
「それが、命でもか?」
突然の言葉に、僕は息を飲む。
いきなりの深刻な言葉。これはきっと、重要な事なのだろう。
「金でも物でも自分の命でも、目的を達成するためならなんでも使え。そうしなければ、正当な探索者とは言えねえ」
「厳しいお言葉ですね」
いつもの素材採集でも、魔物と戦うような探索でも、こんな事は言ったことが無い。どういう心境の変化だろう。
「その上で、お前は死ぬな」
「それは、命を使うな、と?」
さっきと言っていることが違う気がするが。
「いいや、お前なら、自分の命を投げ打つこと無くやれるだろう」
「買いかぶりですね。僕に、そんなに出来ることはありませんよ」
口を閉ざし、俯く。その顔は見えなかった。
「以上、俺からの忠告だ。……悪いな」
「さっきから何です? いつもと違うようですが」
そう笑いかけても、グスタフさんは動かない。
「おい、カラス! はやく来い! お前と二人で行かなきゃなんねえんだよ!」
外からレシッドの怒声が響く。
まずい、かなり待たせている。
「じゃ、行ってきます」
改めてそう言い、僕は駆け出す。
「……これが最後にならなきゃいいんだがな…………」
扉を閉めるとき、そう後ろから小さな声が聞こえた気がした。
「遅えよ! 置いてくわけにはいかねえんだから、早く来いや」
「すいません。ちょっとした話をしていたもので」
そう謝ると、レシッドは目を逸らし、東の方を向いた。
「行くぞ。走って行くが、お前もついてこれるよな?」
「ええ、お手柔らかにお願いしますね」
僕は走って行こうか、それとも飛んでいこうか。
一瞬迷ったが、合わせよう。
とりあえず、走る。
木々の間を縫い、時には木々を足場に僕らは疾走する。
「何か、新しい情報でも聞いてたのか!?」
「いいえ、何も。心構えみたいなものです!」
叫ぶように会話をしながら走る。
レシッドは背中まである赤いケープをはためかせ、跳んでいた。
やはり、速い。
この前の街中での追いかけっこのときも思ったが、速いのだ。
具体的に比べられる存在がいないのでわかりづらいが、平地を全力で走れば僕よりもおそらく速い。
闘気だけでなく、魔法で補助しつつならどうにか追い抜けるだろうが、闘気だけならば僕も追いつけない。
ただ、森には僕の方が慣れているので、木を利用すれば闘気だけでも何とかなる。
これも訓練だ。
そう思い、しばらくは闘気のみで併走する。
「それで、山徹しってどんなときに使われたんですか!?」
「ああ!?」
「以前、どんな敵に使われたんでしょうか!?」
絶叫しての会話はしづらい。魔法を使い声を届けたいが、いきなり使って怪我されても困る。
「あー! お前、知らねえのか!? 十五年くらい前に、ネルグからでっかい魔物が出てきたことがあってなぁ!」
そう言うと、何か思いついたかのようにレシッドは木を利用し、上空へ跳んだ。
僕は走っているためかなり前方にきてしまったが、後ろを見れば空中で辺りを見回しているようだ。
そして、何かを見つけたかのように一点を見つめ、落ちてきた。
また木を蹴り、加速してくる。
何か話そうとしているのだろう。僕も少し速度を緩めた。
「なあ、ちょっとこっち来い!」
「何故ですか!?」
次の街まで急いで走っているこの時に、寄り道は駄目だろう。
「いいから!」
レシッドは指を指して、叫ぶ。
「近くに、昔山徹しが使われた跡があるんだよ!」
その言葉に、興味がわいた。任務中の寄り道ではあるが、悪い狼さんに付いていってみよう。
近くの大きめの岩に飛び移る。
そこは周囲の森から少し高くなっており、木々の上を見渡すことが出来た。
レシッドの指さす方向を見るが、そこには森しか広がっていない。
「何も無いですけど?」
「よく見ろよ。遠くに見える岩山だ」
目を凝らして、その辺りを見る。たしかに、ちょこんとなにか突き出しているようにも見える。しかし、小さくて何も見えない。
「闘気を使えるんだ。目の強化くらい出来るだろう?」
「ああ、そういえば」
そういえば、そんなことも出来た。感覚の強化などあまりしたことが無いので思い至らなかったが。というよりも、魔法で望遠したほうが早い気がする。
「何かありそうなところで何も見えなかったら、取りあえず目を強化して見てみろ」
「はーい」
しかし、折角の指導だ。素直に返事をして、早速やってみる。
奇妙な岩山だった。
山脈の一部であるようで、横にいくつか連なっているうちの一つだ。
しかし、その形が奇妙なのだ。
「あの、丸は……?」
「あれが、山徹しが当たった跡だよ。イラインに近づいていた魔物を貫いて、あそこに当たったらしい」
涼しい顔をしてレシッドが答える。
そんなに簡単に言えることなのか!?
岩山が、ぽっかりと円形に抉られているのだ。一部欠けているため、三日月のようにも見える。
穴からは、向こう側の空が見えた。
実際はわからないが、推測ではあの山は高さ1km以上あるだろう。そして、その山の三分の一ほどが、鼠に囓られて穴が開いたようになっているのだ。
「すげえだろ? あんだけ削られれば、山だって崩れるもんだ」
「土砂崩れとかは無いんですか?」
「それが無いくらい、硬い岩山なんだよ本来あれは」
僕は絶句した。
岩山に穴を開ける、だから、『山徹し』か。
凄まじい威力だ。これを個人で放つなど、考えられない。
「どういう人だったんですか?」
「山徹しに関しては、俺もよく知らねえ。ただ、すげえ弓使いだった、らしい」
「名前ももしかして」
「≪山徹し≫が有名になりすぎて、あんまり伝わってねえ」
それだけ凄い人だったのか。
「さて、寄り道はこれで終わりだ。どっかで使ったって事は、今回本人も見れるんじゃねえの」
レシッドは背伸びをしながら、そう言った。体中からパキパキと音が聞こえる。
「そうですね」
僕も、もう一度闘気を帯び直した。
この依頼に、楽しみが一つ増えた気がする。
僕たちはまた走り出した。




