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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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青い空を裂いて

 



 本草学(医薬学)中心の素材を集め始めて、しばらく経った。


「はい、お願いします」


 僕は石ころ屋のカウンターに、樹液で膨らんだ袋を置く。ドチャリと湿った音がする。

 グスタフさんは袋を広げて中を確認する。指を突き入れ引き抜くと、そこに赤い粘液がまとわりついた。そして人差し指と親指でニチャニチャと確認すると、納得したように頷いた。


「ゴミはねえし、濁りもねえ。上等だな」

「言われた通り採ってきましたけど、これ何に使うんです?」


 この赤い液体は柳の樹液だ。ただ、普通の、というか僕の見たことある柳とはちょっと違う。木の肌からして、赤いのだ。

 山の中にあるその赤柳の肌を傷つけると、血のように樹液が噴き出す。ドクンドクンと、まるで本当の血液のように滴る樹液を大蛇の水袋に入れて採取するのが今回の指示だった。


 グスタフさんはボロ布で指を拭い、水袋から大きな瓶に樹液をあけた。そして、瓶の上に木の蓋を置いて、さらに上から紙を被せる。紙ごと口を紐で縛りながら答えてくれた。


「こいつは、馬に塗る膏薬になる」

「馬限定ですか?」

 だとしたら、随分と用途の狭い薬だ。

「走る動物全般だな。脚の炎症を抑えて、走れる距離を伸ばすもんだ」

「消炎剤ですか。人間に使ったりとかは」

「しねえな。というより、聞いたことがねえ。案外使えるのかもな」

 そんなアバウトな……。


「報酬だ」

 その言葉と共に、半分に割られた銀貨がカウンターに置かれる。

「結構な量でしたけど、これだけなんですか?」

「一度に大量に使う薬だからな。これでも少ないくらいだ」

「いつもはどうやって確保しているんでしょう?」


 使われている袋は、僕が前に狩った大蛇の水袋だ。加工され、口は縛れるように紐が通されており、担げるようにショルダーハーネスまで付けてあった。

 僕の胴体ほどの大きさのあるその袋に、一杯に入った樹液でもまだ少ない。

 そんなに大量に使うのであれば、確保の手段があるはずだ。


「大量には使うが、使う機会は少ない。こうやって少しずつ貯めていくだけで充分なんだよ」

 グスタフさんは微笑みを浮かべながら、瓶に密封処理を施す。

 そして、壁の方に押しやりまたカウンターに座った。


「……そういえば」

 僕はおもむろに切り出す。

「ハイロ達の方は順調でしょうか」

 最近彼らに会っていないが、近況はどうなっているんだろうか。

「順調に決まってんだろ?」

「まあ、グスタフさんの采配ですしね」

 怪訝そうに切り返されたが、その通りだ。

 この老人が、人材の使いどころを見誤る気がしない。彼らが手を抜かない限り、彼らは何とかなるだろう。


「ちなみに、何をやってるんですか?」

 そういえば聞いたことが無かった。街中でたまに見かけているが、いつもハイロが走っている姿しか見ていない気がする。忙しそうで声を掛けづらい。

「街中での飛脚業だ」

「飛脚というと、荷物とか手紙とかを運ぶ、あの?」


 脳裏に、棒に手紙をくくりつけて走るふんどし姿の男性が浮かぶ。ハイロの格好はそうではなかったし、そもそもこの街でふんどしの文化は無いだろうからあり得ないが。


「ああ。ハイロは工場と倉庫、それに商店の間とかを走り回って伝令をしている。リコはその補佐だな」

「信用とか、大丈夫ですか……?」

 貧民街の子供の言を信用しない人がいてもおかしくないとは思うが。仮にハイロ達が言葉や文を届けても、その内容を改ざんしていると受け取られては満足に伝令は出来ないだろう。


「最初のうちは問題も多々あったらしいが……。もう何ヶ月も経つんだ。周りも慣れてるし、もう問題ねえよ」

「そうですか」

 僕はホッと胸を撫で下ろす。周りの人たちも、悪い人ばかりではないらしい。

 そして希望も湧いてくる。ハイロ達の就職が上手くいったのだ。僕もきっと上手くいく。そうであってほしい。




「じゃあ、また明日来ます」

「おう。街の方は人が増えてきてるから、歩くんだったら気をつけろよ」

「人が増えてる……? 何故です?」

 グスタフさんは一瞬呆れた顔をした後、真顔に戻った。

「そういやお前にとっちゃ、この街初めての冬だったな」

「冬になると、なにか?」

「ああ、年越し行事で一番街の方に貴族やらが集まるんだよ。それに合わせて、祭りみてえなもんがあるんだ」

 

 開拓村で、砂糖細工を作ったときのようなものか。

 衣服を手に入れるために利用していたのが懐かしい。


「祭りのために、人が来る、と」

「そうだな。火薬やら使った派手な祝いが見れるから、お前も見に行くといい」

 花火のようなものだろうか。

「まあ、気が向いたら行きますね」

 気が向くかどうかはわからないが。行けたら行く。





 話も一段落し、もう帰ろうとしたその時だ。


 何か、近づいてきている。


 そう感じた。

 何か聞こえるわけではない。何か振動や、予兆があるわけではない。

 だが、確かに感じる。何か来る。東の方から、何か。


「……何か飛んできます!」

 そう叫び、店の外に駆け出す。

 乱暴にドアを開け、空を見た。雲一つ無い青い空だ。

 だが、いつもと違う。東の空が、やけに白く見える。


 僕の言葉に何か異変を感じたのか、グスタフさんも外に出てきた。

 初めてグスタフさんを店の外で見た気がするが、今はそんな感動どうでも良い。


 ……キィィィィィイイイイ……


 か細く音が聞こえる。今度はハッキリと聞こえ始めた。何かが風を切る音だ。

 空気が動く。そよ風のようだった風が、だんだんと強く荒れてくる。


「あれは!」

 グスタフさんが叫んだのとほぼ同時に、空が白く染まる。

 風も力を増し、道の砂埃を舞い上げた。バタバタと、そこらにある廃屋を覆う布が大きな音を立てる。


 砂埃が目に入りそうだったので、念動力で防ぐ。そうして、空をしっかりと見ていた。


 か細かった音はもう轟音となり、その高い音が鼓膜を痛めつける。

 荒れ狂う突風。飛ばされそうになった僕やグスタフさんを、地面に念動力で縛り付けて押さえる。

 足元に強い力を感じているにも拘わらず、グスタフさんは空から目を離さなかった。



 そしてすぐに、空の光が消える。

 それは細く強い、線のような光となり、やがて瞬きをするように消えた。


 風もすぐに止む。音も聞こえない。もう、元通りの空だった。

 しかし、グスタフさんは険しい顔で空を睨んでいた。


 こんな現象、見たことが無い。

「……いったい、何だったんです?」

 僕は堪らずグスタフさんに問いかける。何か知っていそうな雰囲気だ。


 グスタフさんは、まだ空を見て、そこから東を睨む。

 そしてポツリと呟いた。


「……山徹しだ…………」


「『山徹し』? それは……」

 詳細を聞こうと問いかける僕を遮り、グスタフさんは慌てるように僕に向かって叫んだ。

「事態がわからんとどうにもならん! お前に依頼だ、調査に出てくれ!」

 動揺はしていない……とは思うが、おそらく切迫している状況なのだ。

 僕は素直に頷いた。



「誰だ。ニクスキーに連絡を取るか? いや、奴じゃあ……もしもこの街までだったとき……ギルドを通して、奴なら……」

 カウンターの中に戻り、そう呟きを続ける。

 紙を広げ、インクを吸わせた羽根ペンをそこに打ち付け続ける。文章に悩んでいるのだろうか。そこには文章ではなく、意味がわからない染みが広がっていく。

 呟きの内容はよくわからないが、きっと今は話しかけない方がいい。


「少し待て! もう一人人員を呼ぶ。そいつと一緒に出てもらう」

 何事か悩んでいたグスタフさんが突然こちらに向き直り、僕にそう叫んだ。

 そして、ドタドタと店の奥に走り込んでいった。連絡の内容が決まったのだろう。


 よくわからないが、誰かと一緒に行けということか。

 ならば、その一人が揃ったところで依頼の詳細が聞けるはずだ。

 そう信じ、待つことにする。




 ドアが開いた。

 前にもこんなことがあった気がする。その時は僕が三日熱で倒れていて、案内としてニクスキーさんが呼ばれたんだ。

 ならば、今日もニクスキーさんだろうか。

 そう思い、入ってきた者の顔を見上げた。


「ジジイ、緊急依頼らしいが、さっきの光の件か?」

 

 そこには、ハイロを半殺しにした探索者。

 〈猟犬〉レシッドがいた。




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