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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
夢の場所

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「うわ、また笑い出した」

「うわ、気持ち悪い」


 僕が笑ったのを見た二人が口々に囁き合う。

 だがそんなものは無視して、僕は体を叩くようにして確認する。


 生きている。その事実はきっと、何よりも代えがたい。

 子供特有の滑らかな肌は、確かにここにある。指は曲がる。拳に力は入る。足はきちんとついている。


 僕は立っている。自分の足で、まだ。

 足踏みをするようにして床の踏み心地を確認すると、先ほどまでと全く一緒のはずなのに、確かに柔らかい素材とその奥の硬い感触が足の裏に伝わってきた。


 しかし。


 僕は内心舌打ちをする。

 そうすると、スティーブンに靴を預けたのは早計だったか。

 いや、あのときは死ぬ覚悟だった。それはけして間違いではなかったはずだ。

 だがやはり、生きているならば靴を返してもらわなければ。他の何を交換しても、あれだけは生きている限り壊れるまでは身につけておきたい。



 僕が改めてエインセルたちを見ると、エインセルたちはぎくりとした顔で少し身を引く。

「あの」

「何、急に」

「何なの、急に」

 互いに互いを庇うようにして腕を交差させている。僕への怯えだろうか。どちらかというと、ふざけている感じだけれど。

「アリエル様のところにどうしても行かなくてはいけませんか。急ぎリドニックに帰りたいんですが」

「ここまできたのに?」

「どうして急に」

 そう聞き返されるが、そんなことよりも僕に早く帰る道を教えてほしい。正直、アリエル様も気になるが、どうでもいいといえばどうでもいい。

 それよりも、早くしないとスティーブンを探さなければいけない羽目になる。そう時間は経っていないと思うが、日をまたげばスニッグを発ってしまうかもしれない。


 ぐんにゃりとした感覚が足の裏から伝わる。粘土よりも固いが、ゴムよりは少し柔らかい材質。こういう場所だけならば構わない気もするが、それでも今まで僕の足を守ってくれたあの靴を、僕は今まで使ってきた他の靴よりも気に入っている。


「お願いします。挨拶しなければいけないのであればしますが、それよりもまず、帰る道を教えて下さい」

「そんなに?」

「そんなに?」

 多分、口だけでは埒があかない。僕の言葉を真剣にはとらない気がする。

 僕が頭を下げると、思った通り、頭上で二人が顔を見合わせた気配がした。


「どうする? エインセル、帰りたいって」

 髪の丸まったエインセルが呟くように言う。

「どうするもないでしょ、エインセル。こんなもの、決まってるじゃない」

 髪の長いエインセルは、溜め息を吐くように鼻を鳴らした。


 口論も相談もなく、まとまったらしい。髪の長いエインセルが僕のすぐ前に来る。

 そして、一息吐いたと思うと、その影が動いた。


「頭を上げるの!」


 ドス、と僕の頭に手刀が刺さる。やはり先ほどと同様で、力が入っておらず痛くもないが。

 僕が頭を上げると、目の前にエインセルの顔があった。

「子供が頭を下げるもんじゃないの」

 エインセルは胸を張る。子供がするような微笑ましい仕草で。

「わかった、年上の私たちにまかせなさい」

 ふん、と鼻息荒くそう宣言する。その後ろ姿を、髪の丸まったエインセルは戸惑っているように揺れながら見ていた。

 


「でも、どうするの? 降りるなら、どっちみちアリエル様に会わなくちゃ」

「だから、早くアリエル様のところにつれていってあげなくちゃ。近道しましょう」


 会話は噛み合っていないようで噛み合っているらしい。興奮した様子で、二人とも先ほどまでよりも口数が多くなっていた。

 二人はその近道について、話し出す。

 そして、口数が多くなっただけではない。どんどんと速くなっていく。まるでテープの早回しのように。しばらくすると、完璧に『キーン』という音しか僕には聞き取れなくなっていった。身振り手振りも交えているが、その動きも速く手足が消えて見えるほどに。



 しかしやがてまとまったらしい。二人は同時に僕を見て、動きを止めた。

「思い出の部屋を通るのはどう」

「カラス、頑張って」

 グッとガッツポーズを作り、二人が僕を応援する。しかし、その思い出の部屋というのは何なんだろうか。


「……それはいったいどういう部屋なんでしょうか」

 というか、通路なのか。通るということはそういうことなんだろうけれど。

「思い出の部屋は、思い出がいっぱいあるんだ」

「思い出がいっぱいだから、疲れちゃうの」

 要領を得ない解説に、僕は首を傾げた。


「エインセルはあの部屋嫌い」

「でも通らないと、早くアリエル様のところに行けないもの」


「その、早くというのはどんなくらいでしょうか。大して早くならないのなら、別に通らなくても……」

 早く帰りたいのはその通りだが、そのために彼らが嫌な場所を通らなければいけないのであれば遠慮くらいはしよう。というか、通る部屋によってそんなに変わるというのなら、どういう構造なんだろうこの建物は。

「月が空を回って元の場所に帰るまで。通るなら、二つで済む」

「もし通らないのなら大体三十の部屋を通って、アリエル様のところに行かなくちゃ」

「三十くらいの部屋なら……」

 今いる程度の部屋が三十。目測で二十畳くらいの部屋だし、そう遠くはない。なら、別に通らなくても、とそうは思った。しかし、二人は僕の言葉に同時に首を傾げた。

「いいの? 三十も夜を越すことになるけど」

「いいの? 急いでいるんじゃなかったの?」

「え?」


 僕も、言葉の意味が理解できずに聞き返してしまった。

 三十の夜、というと単純に三十日かかる計算だけれど。


「一つの部屋で、下界では日が一度沈むけど」

「……つまり、僕がこの部屋に入った時点で、僕がここに来てから一日経っていると?」

 二人はまた同時に頷く。しかし、僕はまだ納得できずに瞬きを繰り返した。

 いや、まだ体感で十分ほどしか経っていないはずだ。時間の流れが違う? そんなことがあるのだろうか。

「部屋を越す度に、時間が経つということでしょうか」

「そう言ってるじゃん」

「そう言ってるじゃん」

 

 同時に吐かれた溜め息に、近くのキノコが揺れたように見えた。これ、笑っているのか。

 しかし僕がそちらのほうに顔を向けると、何となく居住まいを正す。キノコなのに。


 ……キノコを見つめていても仕方がない。

 というか、そんな不可思議な現象が起きていたのか。僕にはさっぱりわからなかったけど。

 未だ信じがたいが、それでも今唯一頼れる二人の言葉だ。信じよう。

 ならば、急がなくては。悠長にしていれば外では凄まじい勢いで時間が流れていく。まるで浦島太郎のように。


「では、この部屋の中にいる時はどんな感じに時間は過ぎるんですか?」

「時間なんて変わらないよ」

「勝手に時間が変わるなんてことあるの?」

「え、ええ」

 聞き返されて言葉に詰まる。いや、僕はおかしなことは言っていないはずだ。

 けれど、彼らにとっては僕の言葉のほうが不思議らしい。腕を組み、二人顔を見合わせる。


 あ、と髪の丸まったエインセルが顔を上げた。

「そういえば、アリエル様が言ってたっけ。地上があんなに忙しないのはどうしてかって」

「忙しそうにみんなしてるのがって?」

「そう。なんか、四本足とか二本足とかがいるところは、勝手に時間が過ぎてくらしいよ」

「そういえば、言ってたっけ」

 うんうん、と二人は頷きあい、それから僕のほうを見た。

「大丈夫だよ」

「ここは勝手に時間は過ぎないから」

 可哀想に、という言葉がつきそうな表情を二人はした。なんというか、哀れまれている気分だ。

 しかしつまり、移動しなければ特に時間は過ぎないと。よくわからないが、そういうことか。

 だが、それでは……。

「ここは時間が止まっているということですか?」

 そういうことになる。時間が止まっている空間を認知する、というよくわからない状況でなければ、そういう言葉は出まい。

「よくわかんない」

「よくわかんない」

 しかし僕の質問には、二人は声を揃えてそう言った。聞いても無駄らしい。




 まあ、話はわかった。近道しても二日はかかる。この空間の中ではすぐだし、その機序もよくわかっていないけれど。

 既に一日経っているらしいが、スティーブンがあんまり移動していないことを祈る。

「……では、思い出の部屋に案内お願いします」

「わかった」

「わかった。じゃあそっち」

 エインセルたちは頷くと、僕の後ろを指さす。僕の肩越しに、二人ともが。

 僕は振り返る。先ほど来た道だ。もう部屋の入り口は閉じており、ただの壁しかなかったはずなのに。


「思い出はいつも後ろにあるから」

「だから重たくて飛べなくなるんだ」


 二人は僕とすれ違うように飛び、そして僕の背後の、壁だった箇所に向かっていく。

 いつの間にか、そこにはぽっかりと穴が開いていた。ぶよぶよと不定形の楕円に開いた穴から、白い霧のようなものが立ちこめているのが気になる。 


 その白い煙のような霧の中に消えていこうとする後ろ姿を、僕は追った。





「捕まらないようにね」

「捕まったら動けなくなるよ」

 エインセルたちは、振り返らずに僕にそう忠告する。

 しかし、捕まる? また怖い単語が出た。

「何に捕まるんですか?」

「思い出に」

「思い出の奴らはいつでも自分のところに引き込もうと必死だから」

 僕が話しかけても、二人は振り返らない。ただ、斜め後ろからその顰めっ面が僕の目に映った。


 しずしずと、二人の後をついていく。

 今度の部屋は、霧のせいで大きさがわからない。けれど、もう三分以上は歩き続けている。

 ……部屋だとしたら、大きすぎる。


 やがて、僕が部屋の大きさを不審に思い始めた頃。

 髪の丸まったエインセルが、ぽつりと呟くように僕に話しかけてきた。

「カラス、思い出多いね」

「……何を見て言っているんでしょう?」

「だって、こんなにいっぱいいるじゃん」

 髪の長いエインセルが、補足する。二人とも、こちらを見ないのがまた変な感じだった。

「まるで、一度生きてまた生まれたみたい」

「たまに入ってくるお爺ちゃんよりも多いもんね」

 二人は目を合わせ、頷き合う。それでもまだ、こちらを向かなかった。


「だから、目を瞑った方がいいかも」

「それに、耳も塞いだ方がいいかも」


 エインセルたちが、また忠告する。

 何故だろう。それを聞こうとしたところで、僕の耳に聞き慣れない、それでいてどこかで聞いたことのある声が響いた。



「どうせ一緒に死ぬ勇気もなかったくせに」

「甘えてばかりで、何も成長していない」

「親に一度でも逆らえば」

「足が動いたところで変わらない」



 同じ声が、別々のどこかから聞こえてくる。それも、後ろのほうから。

 誰かいた? いや、しかしこんなところで知り合いに会うこともないだろう。

 誰だ、声の主すらわからない。僕は振り返る。


「駄目!」

 エインセルの声がした。けれど、僕はその声よりも先に、見てしまった。



 そこにいたのは、車椅子に乗った成人男性。

 黒髪で、顔つきからも明らかに日本人だ。黒く温かそうな膝掛けに、白いシンプルな長袖のシャツ。その顔はきっと日の当たらない場所にいたせいで青白く、血色も悪い。

 寝癖がつきっぱなしのその頭は洗う以外碌に手入れもされておらず、気むずかしそうに結んだ唇だけが、少しだけ赤く見えた。


 そして、その傍らで微笑む女性は……。

 何度か見たことがある。夢で、幻覚で……。




 なんとなく、意識が朦朧とした気がする。

 一歩踏み出す。彼らと話をしなければ。そんな使命感が胸に満ちた。

 二歩目を踏み出すときには、その女性……頼子さんは何かを話そうと口を開いた。


 しかし、その声が聞こえることはなかった。


「駄目だってば!」

 後頭部に衝撃が走る。今度は手刀ではないらしい。そんなに重たくもないフライングボディプレス。だが、二人同時に僕の頭に飛びかかってきたのだろう。

 その衝撃に、僕は前に転ぶ。

「でっ……!」

 受け身は間に合ったが、顔を地面に軽く打った。この程度で倒れる僕ではないはずなのに。


 起き上がろうとする僕の頭上からエインセルたちの声が響く。

「捕まらないでって言ったでしょ」

「カラス、迂闊」

「……あの……」

 僕が事情を尋ねようと、そしてついでに文句を言おうと顔を上げようとする。しかしそれも駄目なのか、二人がかりで僕の頭が地面に押さえつけられた。

「目を瞑って立ち上がって」

「それからこっち向いて。大丈夫、エインセルは本物」

 戸惑う僕は即座に返事が出来なかったが、そのせいか二人はその力を強める。起き上がろうと思えば起き上がれるけど。

 だが了承しないと起き上がってはいけないらしい。

「……わかりましたので、どいてもらっていいですか」

「わかったならいい」

 僕の背中、肩の辺りに座っていた髪の長いエインセルが、しぶしぶという感じで浮かび上がる。

 そして、僕もその指示に従い、目を閉じてからエインセルたちのほうを向いた。


 瞼を開く。

 そこには先ほどまでと変わらない二人の後ろ姿があった。


「この部屋では振り返らないで」

「思い出は振り返ってばかりじゃ駄目」

 肩越しに横目で二人はそう言う。僕が頷くと、背後の気配が動いた。



 背後の何かが何かを言おうとする。

 けれど忠告に従い、僕は耳を塞いだ。


 横は向いてもいいらしい。僕はエインセルたちに並ぶように早歩きで追いつき問いかける。

「何です? これは」

 僕は、意識して後ろの気配を無視した。エインセルたちの口の動きを読み取りながら。

「思い出だよ。奴らに捕まっちゃ駄目だよ」

「カラス、前を見て。貴方はどうしてどこに行きたいの?」


 これが、『思い出』。この背後に迫る幻とも実体ともつかない彼らがそう呼ばれているらしい。

 息遣いが感じられるほどの近さまで彼らが近づいてくる。だが、手出しは出来ないらしくこちらに手を伸ばしたりはしてこない。


「どうしてって……」

「早くアリエル様のところに行きたいんでしょ?」

「何で、早く行きたいの?」

 二人は重ねて僕に問いかける。その答えはといえば、決まっているが。

「早くリドニックに戻って、靴を取りにいきたいんです。早くしないと、取り戻すのに手間がかかる」

「その靴はそんなに大事?」

「ええ。これまでも僕の足を守ってくれました」


 耳を塞いでも聞こえるほど、大きな足音がバタバタと後ろから響く。寒気がして、思わず振り返りそうになる。

 何十人ほどもの人が、僕を追いかけてきている気がする。


 僕にはなかった、動く足を持って。



「これまで守ってきてくれたから大事なの?」

 その問いに答えようとするが、少し詰まる。確かに今まで使ってきて気に入っているからと言うのもある。

 けれど、そうだ。まだ理由ならある。

「一番、使い心地がいいんですよ。友達が、僕のために作ってくれたものです。()()()()()()()()、僕はそれを使うでしょう」

 だから、早いうちに取り返すのだ。

 これからまた、どこかへ歩いていくために。


 

 足音が少し遠くなった気がする。誰かの、悔しがるような声も聞こえた気がした。

「それを使ってどうするの?」

 そして背後の反応に、なんとなくエインセルたちの意図がわかってきた。そして、この部屋で起きている現象の意味も。

 僕は、質問の答えを少しだけ考える。

 今まで特に考えたこともなかったし、考えても『ない』と思ってきた。


 でも多分、少しだけ、あった。


 思い出に捕まったらどうなるかはわからない。でも、怖い。それはわかる。

 しかしこの怖い部屋も、使いようによってはきっと素晴らしいものなのだ。


「決まっています。()()()()()どこかに歩いていくんです。素敵な靴は素敵な場所に連れていってくれますからね」

 フランスだかどこかの格言だったか。

 だが、素敵な場所に行く。それはもう決定事項だ。


 僕がそう言うと、二人は立ち止まる。

 そして、僕も立ち止まる。歩く必要がなくなったのだ。




 霧が晴れる。

 白く角張った部屋。立方体のような真四角の部屋で、壁も床も、プラスチックのように滑らかだった。

 そして、驚きなのがその広さだ。

 多分、四畳半ほどの大きさ。床が正方形だからまたちょっと違うとも思うが、とてもとても狭い部屋だった。


 目の前にあるのは見覚えのある扉。

 さっき僕が見た夢。あの中で、庭に出るためにあった一階の扉。そのままだった。


 そのガラス部分から見えているのはあの日の庭だけれど、その向こうはきっと違うだろう。

 予感があった。


「さ、開けて」

「さ、扉は自分で開けないとね」


 僕は頷き、ドアノブに手をかけ力を込める。

 手応えもなく、軽くドアノブが回り、扉が開いた。




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急に話のテンポが悪くなったなこれ 読むのがしんどくなったのでここでリタイア
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