見えた終着点
2/1 本日夜更新予定でしたが、職場にデータごとポメラを置き忘れてきたので更新出来ません。
二日に更新しますので、申し訳ないですがまた明日お願いします。
終わりが見えた。そう思った。
視線の先にあるのは、まだ遠い北壁からの波。それを初めて見たわけでもないのでその類いの驚きはない。
アブラムが刺激したのは知っているし、そのアブラムが飲まれたのもこの目で見ている。だから、ここに来るのに驚きはない。
けれど、ついに来た。とうとう来た。僕はどこか落ち着いた目で、それを見ていた。
「来るぞ!!」
スティーブンが叫ぶ。叫びながらも合成獣の腕を肩から切り落としているのは、さすがと言うべきだろう。
落ちた腕がただの死体となって飛び散る。
だが、本体というか頭部のあるほうから白い煙が伸びていく。
煙の槍がその死体の山を貫くように通ると、合成獣の落ちた腕が、損壊した死体を除いてすぐに再生していった。
ウェイトも、スティーブンと、それから僕を振り返り叫んだ。
いくつかの擦過傷と打撲傷を負ってはいるが、巨獣と戦いながらそう大きな怪我を負っていないのも凄いとは思う。多分、竜とも短時間なら打ち合えるだろう。そんな気がする。
「すぐに退避しろ! 時間は我が稼ぐ! スティーブン殿……と貴様は第二防衛線まで引け!!」
「なんか、久しぶりにこっちを見てくれた気がしますね」
必死に叫ぶウェイトには悪いが、少しだけ笑ってしまう。先ほどまでは、僕の存在を認知していながらも半ば無視していたのに。目の前の危機から目が離せなかったということもあるか。
「でも、時間を稼がなくても、ここで倒してしまえばいいのでは?」
僕はいくつもの火球を作り出し、白煙羅へと射出する。先ほどの火球よりもまだ火力が強い。触れた者を飲み込んで、燃やし尽くすほどの。
だが、すんなりとはいかなかった。
火に気がついた白煙羅が腕を振る。その掌からいくつもの死体が飛来し、宙を飛ぶ火球へとぶつけられる。
べちゃりと、ぶつからなかった死体が雪へと落ちるが、ぶつかった死体は灰となり、火球ごと消えていた。
「……」
失敗か。白煙羅も、僕を見返す。死体が集まり形作られた目玉のような箇所が、確かに僕を見据えていた。
「……知恵があるようで」
「下がれ、貴様では相手にならん!」
ウェイトが叫ぶ。返す言葉もない。確かに今僕は殺しにかかり失敗したのだから。
しかし、ウェイトもここまで言うのであれば知っているはずだ。対抗手段もなければ、残るなどとは言わないだろう。
それに先ほど治療師を襲っていた死体の様子からも、きっと対抗手段はある。
「ウェイト殿だったらどう殺すのでしょうか」
殺すまでいかずとも、白煙羅を死体から引きはがすことは出来るはずだ。あの僧兵の死体はまだ使えそうだったのに、白煙羅は逃げ出したのだから。
「……身体のどこかに金色の核がある。それを叩き壊せば、白煙羅は散って逃げるはずだ」
「よくわかりました」
今度は死体の盾は使わせない。
盾ごと両断する。
もう一度魔力を展開。風による刃物を乱雑に幾条も打ちかける。
察した白煙羅も死体をばらまき防ごうとするが、遅いし無意味だ。
僕の作った風の刃は、合成獣の身体を細切れにしていく。
「オオオオオ!」
呻き声が大きくなる。身体が崩れ、血の代わりに内臓を撒き散らしながら、合成獣を形作る死体たちが吠えた。
だがそんなものは長続きしない。
心臓付近に見えた大きな金色の固まり。あれを壊せば瓦解するのだろう。最後に撃ち込んだ風の刃が、その金属質の固まりを砂状に砕いていった。
「で、砕きましたけど……」
僕はそう呟き言い淀む。何となく、予感があった。
「ぬおう……」
スティーブンもそれからの合成獣の動きを見て声を上げる。ウェイトは舌打ちをして見守っていた。
バラバラになった死体の中を、煙の糸が駆け回る。まるで雑多な布と糸で継ぎ接ぎを作るように、縫い止めるようにまとめられていく。
マリオネットが立ち上がるように、強固にまとめられた肉片が、また合成獣の形を形作っていった。
「……ばらばらに切り離さないと無理でしょうか」
大きさのせいか、それとも白煙羅が必死だからだろうか。理由はわからないが、もはや核を砕くだけでは足りないらしい。合成獣が吠える。丸のままの死体ではなく捌かれた死体を作っているせいだろう、整形の自由度が増しているようで、先ほどよりもやや生き物らしい見た目になっていたのは僕にとっての救いだろうか。
すっかり元気になった様子の合成獣が、身を屈めるように前足を雪につけ力を込める。だが、屈んでいるわけではないらしい。
前に進んだかと思えば、ずるりと雪から身体が引き抜かれた。本当に雪中に下半身があったのか。見た感じ、原材料は角海豹と雪海豚かな。
いずれも死体で、それでも僕らを見て吠える。吠えているのは死体でも、僕らを見ているのは中の白煙羅だけれど。
飛びかかるように前へ踏み出したその合成獣の足が飛ぶ。踊るような動きでウェイトが切り落としていた。
「やはり、こいつは我が引き留める」
崩れ、飛んでくる使い物にならなくなった死体。それを躱し、手で弾きながらウェイトは僕らを見た。
悪意などない。自分の身を犠牲にしてでも、という決意が感じ取れる真っ直ぐな目だ。
「んな、言っちゃ悪いがウェイト殿には難しいんじゃなかろうか」
だが、スティーブンも一歩も引かない。ただ笑って、地面に一度落ちた合成獣の頭部により飛んできた雪から、ウェイトを庇うように前に出た。
「何のことはない。白い波が来るまでこいつを足止めして、飲ませりゃええんじゃろ。足止めとかそういうの、月野流は得意じゃし」
言うが早いが、スティーブンは飛び上がり、合成獣の頭を縦に割る。
血のように、内臓がこぼれた。
「アァ!!」
かけ声のような強い呻き声が響く。合成獣が再生しかけていた腕を振り、空中のスティーブンを弾いたのだ。
だが、それも弾けない。
まるで固定された物体を粘土の腕で叩いたかのように、合成獣の指が空中に残る。
剣を身体の横で逆さに立てるように構えたスティーブンは、その剣だけで熊の死体四頭分を防ぎ押さえていた。
スティーブンと共に熊の死体が落ちる。いずれもスティーブンより二回り以上も大きい熊の死体だというのに。
「ハハハ、〈不触銀〉とはよくぞいったものよ!」
一度剣を振る。血と脂と肉片が、雪に飛んだ。それから死体の山を一切見ずに、もう一度剣を構えなおす。今度は身を低くし、水平に顔の前に刀を置くように。
「月野流剣士の身につけた銀に触れる者は、死を以て報われると心得よ!!」
そうして見得を切る。観客がいれば、歓声の一つも上がっただろうに。
「なるほど」
腕を作り直した合成獣を見ながらもスティーブンは呟く。巨獣を目の前にしているとは思えないほど、しんみりとした口調で。
「なるほど、のう。プリシラ殿の言っていた通りかもしれんな。人生にはその時なりの楽しみがあるんじゃな」
呟いた意味を知るのはスティーブン以外にはいないだろう。だけれど、何か僕の琴線にも引っかかっている気がする。
それから、スティーブンは息を吸う。大きく上半身が膨れあがるほど。
「ウェイト・エゼルレッド!!」
「……は!」
突然呼ばれた名前にウェイトが身を引き締める。関係ないはずの僕にまで、畏怖畏敬の念すら覚えさせる真面目くさったスティーブンの顔。気合いの入った声。稽古中にこの顔が見えるのであれば、弟子たちに慕われるのは当然なのかもしれない。
「急ぎカラス殿と共に第二防衛線まで退避! 騎士たちに避難を急がせい!! これ以上の魔物はないとし、白波から逃げるよう上申せよ!」
先ほどウェイトが言っていたことを、そのまま繰り返したような言葉。だからだろうか、即座にウェイトが反駁する。
「しかし、民間人である貴方が……!」
「見くびるな、小僧。老いたるとて戦えぬ身ではない!」
びりびりと空気が震える。まるで怒鳴られているかのような迫力だが、実際には違うだろう。
事実、次の瞬間スティーブンは空気を緩める。微かな笑顔まで見せて、ウェイトをもう一度促した。
「はよせい。こういうのは、長く生きた者から先にやるもんじゃろ。なに、生き残れれば万事万歳じゃわい」
ウェイトもかなりの長命なはずだが、スティーブンのほうが年上なのだろうか。この辺りの上下関係は未だによくわからない。
「老い先短い、と言った方がいいかもしれんがな!」
そして、生き残れればと言った。けれど、生き残ることを前提にしているのであればそんな寿命など関係ないだろうに。強がりが下手だ。
僕は黙って靴を脱ぐ。魔力で保護されてもなお、足が冷たさを感じた。
素足が柔らかな雪を踏む。
「……カラス殿も、はよ……痛ででで!!」
僕はスティーブンの手を握る。やはり、僕が折ってから治していないのか。その折れた手でずっと戦い続けてきたのは頭が下がる。
「もうお疲れでしょう」
「突然なんじゃー! 悪ふざけはやめて、はよ逃げんか!」
「いいえ。逃げるのは僕ではありません」
なおも促すスティーブンに僕がそう応えると、スティーブンはまた目を丸くした。
合成獣がその巨体を翻し、僕らに向けて飛びかかってくる。文字通り山のような巨体だが、今の僕たちにはただ煩いだけの化け物だ。
竜程度の戦力しかないくせに。
飛びかかってくる合成獣の顔に特大の火の玉を当てる。
「アアアアアア!」
消滅したのは首から上だけだが、それでもよろけるように身をくねらせ、身体から頭部を作るための死体をかき集める。
逃げたいのであれば一目散に逃げればいいのに、僕らを障害だと思っているから無視しない。それだけは好都合だ。
そして、嬉しい誤算でもあるだろう。先ほどから何度も魔法を当てているが、その手応えからわかる。こいつは、魔力を持つ魔物だ。
燃やして殺すのは惜しい。
「足止めと、波の解決は僕がします。ウェイト殿は、スティーブン殿を避難させていただけませんか」
「そんなことをさせるわけにはいかない。たとえ貴様であろうとも、我らが見捨てていいわけがない」
ウェイトの苦々しい言葉に、僕は笑う。嘲笑っているわけではない。ただ、嬉しかった。
「こいつは足を飛ばしたぐらいでは行動不能になりません。新たに足を作り直すところからして、内傷も起こせないでしょう」
そもそもこいつの身体は死体なので、治癒しない。煙故にか、切ることも出来ない。足が傷ついても根元から作り直せば良いのだ。故に、竜を相手に出来る三人相手にまだ生きている。
「足止め役は、必要です」
「だから、その役を我がやると言っている」
「そんなこと、まだ未来ある人にはやらせられませんよ」
僕はウェイトを見返す。まったく揺らぐことなく、ウェイトは僕を見つめていた。
「貴様にも未来はある。スティーブン殿にもだ。そして、我にも。そんなこと、何の理由にもならん」
「いいえ。僕の未来はないんですよ。少なくとも、この波を解決するためには僕か、グーゼル殿の未来が潰える必要がある」
合成獣は身体の修理に手間取っている。
だが、波はどこかで魔物を回収したのだろう、一度引いてまた近づき始めた。最後に話す猶予はまだまだ残っている。
「紅血隊の人たちでもいいんですけどね。でも、今まで死ぬような目に遭ってきたことを顧みられていない彼らに、さらに死ねとは僕は言いたくありません」
あとは治療師だろうか。けれど、それも変わらないだろう。
「貴様が死ぬ必要も……」
「詳しくはプロンデ殿に聞いてみて下さい。この事件を起こした張本人、アブラムの遺した資料によれば、平原に存在する魔物だけでは事態は解決しない。グーゼル殿に匹敵する量の魔力を飲ませて初めて暫定的に解決するんです」
それでも根本的な解決には至らない。北壁は残り、北砦までを埋め尽くす。
それに、やはりアブラムは学者だ。あの計算は理論値だった。計画通りいけば、たしかに理論上はそれで済む。けれど、あの計算式には、魔物の損失が含まれていないのだ。誤って殺してしまったものや、取り逃がした魔物については計算外になっていた。
今目の前にいる白煙羅のように、魔物同士殺し合うことだってあるのに。
「それに、僕わりとグーゼルさんのこと嫌いじゃないんです。彼女を殺すわけにはいかない。そして、この国に魔法使いはいないと聞いた覚えがあります。ならば、今一番の適任者は僕でしょう」
「……っ」
ウェイトが無言で僕の襟を掴む。どうにかして僕を殺さない理由を探そうと、必死だった。
やはり、ウェイトもプロンデとおんなじだ。今は確かに力不足かもしれない。けれど、彼らはいることに意味がある。聖騎士という地位に就いているだけで、意味がある者たちだった。
「貴様は、やはり最低の男だ。ここで貴様の言葉に従ったら、我の矜持が崩れると、知っていて……」
「僕は、この国で人を殺しました」
悔しそうに震える声で呟くウェイトの言葉を遮り、僕はそう口にする。空気が変わった。そうでなければ。
「貴方たちも知らない人です。証言も証拠もないでしょう。けれど僕は、この国でただ生きるのに必死だった名前も知らない少女を殺しました」
ウェイトは多分この戦場において、善と悪ではなく戦闘員と非戦闘員で区別している。僕にすら避難を促したのはそのせいだ。
それは公正で立派なことだと思う。望ましいことだ。でも今は、それを使わせない。
「それで、貴方の守るべき民から外れるでしょうか」
「……!」
無言でウェイトは手を放す。それからまた悔しそうに、拳で太ももを叩いた。
「スティーブン殿。頼みが」
「なんじゃ」
ウェイトと違って、スティーブンは落ち着き払っている。まるで、知っていたかのように、諦めたような顔で僕を見ていた。
僕は一度脱いだ靴を見る。ピスキスでリコにもらってから、ずっと使ってきた革靴。細かい傷が増えている。もっと丁寧に使っていればよかった。
それを背嚢にしまい、スティーブンに手渡す。
「またイラインへ戻るときに、この靴を持っていってほしいんです。石ころ屋という雑貨屋をご存じでしょうか」
「付き合いは、クリスに任せとるよ」
「では、クリスさん伝いでも構いませんので、僕の三番街の家の鍵をそこの店主から受け取って、その家に放り込んでおいて下さい」
グスタフさんに渡す、という選択肢もあるが、この靴だけは人手に渡したくない。他の何を引き渡しても。
いつか、その家が接収されてしまうその日までは。
「報酬はその中にある薬です。お金も差し上げますけれど、石ころ屋への支払いに必要かも知れないので金貨一枚くらいは残しておいて下さい。他の荷物はその石ころ屋にでも引き取ってもらって構いません」
「……大事なもの、なんじゃな」
「ええ。幼馴染みが作りなおしてくれた靴です。僕の命よりも、きっと」
その靴は、僕の荷物の中で僕だけのために作られた唯一の品だ。大事にしておきたい。
「靴というものは、使うもんじゃ。贈り主は、きっとそうは思っとらんよ」
「持ち物の価値は、人が決めるものではないでしょう」
命の価値も、全て自分のものだ。
「……そろそろ再生も終わります。退いてください」
もう、顔の部分も出来上がっている。北壁を確認する余裕もあるらしい、逃げないのは、僕らを殺してからというのが続いているからだろうか。
やはり知恵がある。本能に任せて、逃げるべきだろうに。そのほうが僕らはずっと手を焼く。
スティーブンは、僕に叱るように言う。
「人生には、その年齢なりの楽しみがある」
「ええ」
「しかしじゃな、その年齢なりの悲しみもあるんじゃ。自分より若い者が死ぬという悲しみも」
「……それについては心配ないでしょう。多分、僕はスティーブン殿よりいくらか年上ですし」
スティーブンは首を傾げる。僕も確信があるわけではない。けれど、そんな気がする。
「気にしないでいいです。それに、案外死なないかもしれませんよ」
スティーブンが言っていたことだ。年齢の限界がきたら、波に飲まれてみるのもいいかもしれないと。
実はそんな気もする。ただの希望的観測だとも思っているけれど。
「……止めても、無駄じゃな」
スティーブンはウェイトを振り返る。その肩を抱えるように、波から遠ざけるように促した。
ウェイトはそれに一応の抵抗を見せた。唇を結び、僕を睨んでいた。
「我は認めんぞ」
「僕を殴り飛ばしてでも止めれれば良いんですけどね」
むしろ、いつものウェイトならばそうしているだろう。しかしそうしないのは、きっとそれが必要だと思っているからだ。
ウェイトは唾を吐き捨て、それから僕を指さす。
「認めんぞ! 我は、貴様と肩を並べて戦ってなどいない! 戦友でも何でもない貴様を庇い立てなどしない! 貴様も、裁かれるべき男だ!」
それから拳を握りしめる。鼻から息を吐き出し、大きく唾を飲み込んだ。
「だから、死ぬならここでなく、ミールマンまで来い。そこで、たたっ切ってやる」
「それは怖い」
クク、と僕は笑う。その強がりというか、無理矢理作った理由が可笑しかった。
「カラス殿。儂は、また会えることを信じておるよ」
ウェイトを半ば引きずりながら、スティーブンはそう告げる。僕も、きっとすぐに会えると思っている。特に、スティーブンとは。
そう、会えるだろう。それはきっとそうだろう。
「そうですね。では、またあとでお会いしましょう」
間違いではない。
僕は波で、スティーブンは寿命で、きっと同じ場所に行く。また会えるだろう。
間違いではない。
たとえその場所が、魂が集う炎の中だとしても。
物語の終わりはまだ遠く……




