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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
戦う理由

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得ていたもの

12/19 深夜投稿予定でしたが、どうにも作者の遅筆のせいで十二時に間に合わなそうなので、最新話は20日昼前になりそうです。


業務連絡 無理でした

 



 白い波から逃げていく。

 もはや地平線の先に波は消え、振り返っても視界の中にはないが、気配はする。

 何か来る。それはもはや、確信に近い。


「こんくらい逃げりゃなんとかなるんじゃね」

 背後を気にする僕に、楽観的に声をかけてきたグーゼルには首を横に振って応える。

 たしかに、なんとかなるかもしれない。けれど無理だろう。

「おそらく、まだ来ます。今回使われたのは火薬の小さな樽を九つ。ツルハシの一撃とは比べものにならないと思います」

 僕のその言葉に、グーゼルは半笑いのまま目を見開く。

 それから、目を伏せた。

「火薬……、あのバカ……」

 歯を食いしばり、悔しそうに呟く。涙はないが泣きそうだった。


「……こういう場合、スニッグの方ではどういった対策をとるんでしょうか?」

 話題を変える。

 ただの話題そらしだけではない。一応、聞いておかなければ。

 約百年前に起きた災厄だが、その後動物を放り込めば波が少しずつ鎮まるということは発見している。そして、その発見がなければまだ波は残っていたかもしれない、とグーゼルは言っていた。つまり、その発見を使って何か対処は行っている。ならば、備えもあるはずだ。


 少しだけ考えて、ちらりと先を見てからグーゼルは口を動かす。

「スニッグから少しだけ離れた場所に、防衛線を作る手はずになってるはず」

「防衛線?」

 砦のようなものだろうか。そう思い単語だけで返すと、グーゼルは注釈を入れる。

「防衛線。塹壕を掘って、逃げてくる魔物を食い止めるんだ。波が起きると、そこに住んでた魔物たちが追い立てられてくるし、それを防ぐことも兼ねてさ」

「そこまで波が来なければいいし、……ってことですか」

「そうそう。波が来なけりゃそれでいいし、来たらそこで生け捕りにした魔物で少しでも鎮める。簡単だろ?」

 たしかに単純で簡単な話だ。僕も、砦に行く前にそんなようなことを考えていた。

 けれど、それを行うのは簡単な話ではない。


「抑えられそうですか?」

「……どーだろーなぁ」

 何を、とも聞かずにグーゼルは答える。彼女も同じような心配をしていたということか。

 そうだ。昨日の体たらくでは、かなり難しいだろう。

 昨日と比べれば、本拠地に近いというアドバンテージはある。物資も人手も潤沢かもしれない。

 しかし、個々の実力の問題は残っているし、追い立てられる魔物の数も問題だ。


 全軍の数を僕は知らないが、同数の魔物相手で、多分もう危うい。

 どうにかして、対策を練らなければ。



 と、考えこむ僕の目の前に、魔物たちの群れが現れる。

 現れるというよりも追いついたというだけで、群れというよりもただ移動速度の近い者達が固まっているだけなのだが。

 狐に獅子、鼠。以前の竜の時と同じだ。本来一緒にいるべきではないものたちが、共にどこかを目指して走る。

 どこか、というのもわかっているのだが。この先はリドニック首都スニッグ。人の領域だ。


 そこに侵入されるわけにはいかない。

 もちろん、その侵入の目的が人を害するものではないこともわかっている。ただ逃げたいだけ。生きたいだけ。ただ、彼らが必死で逃げる先に人の土地がある。それもわかっている。

 彼らが死ぬ道理はない。彼らに何も恨みはなく、僕もお腹はすいていない。


 けれど。


「グーゼル殿。腕は動かせます?」

 そろそろ回復はしているはずだ。そう問いかけると、グーゼルは首を傾げながらもぞもぞと包んだ外套から手を抜く。

 動かしづらそうだが、動かせるようだ。

「ああ」

「でしたら、僕の背嚢から、緑の線が入った紙片の束を出していただけませんか。黄色い油紙で包んであります」

 僕は、とりあえず肩の前ところに縛り付けてある背嚢を示してそう頼む。腕の中で、グーゼルがなんとか背嚢に手を入れる。やりづらそうだが僕が手を使うわけにはいかないし、止まることもしたくないので勘弁してほしい。

「これ……は瓶だし、これは粉薬……? なんかいろんなもん入ってんなぁ」

「底の方です」

「と、……これか。こんなもんどうすんだ?」

 グーゼルが取り出したのは、僕が指定したもの。指の長さほどの栞のような紙片の束だった。

「それを一枚破り取って、前の方に落としてください。それと、すいません、一度手を離します」

「はいよ……ん?」

 返答を待たずに、僕は一度グーゼルから手を離し空中に放る。グーゼルの手から離れた紙片がひらひらと宙を舞う。


「ぃ……」

 固まるグーゼル。落ちるまでには間に合う。

 落とされた紙片をつまさきで受け止めるようにしながら、そのままの軌跡で蹴りを放つ。



「ギャンッ……!!」


 追い越しがてら手近な狐にその蹴りを当てる。蹴ったのは頭部。そして、その口内に紙片が入るように。

 ついでに足を四本とも折り、その勢いで僕は前に跳ぶ。

 後方で狐の身体が崩れた。横倒しになり、ただパタパタと尻尾を振って震えている。


 ちょうどグーゼルの着地地点まで移動し、彼女を受け止め、同じ姿勢になるように調整すれば、構図は先ほどと全く変わらない。グーゼルはぽかんと口を開けて僕を見ていたが。


「……あの、何? 何したお前?」

「先ほどの狐なら、少しは波が鎮まるでしょう?」


 僕は、肩越しに狐を見ながらそう言った。

 こいつと同じ種類の狐を、スティーブンと一緒に北の山に登ったときに見ている。魔力を使う魔物だ。

 飲ませれば、ほんの少しだが波は鎮まるだろう。気休め程度かもしれないが、それでも。


「いやいや。じゃなくてさ、何であたしを投げたんだよ」

「……ああ、そっちですか。ちょっと荒っぽいことしたかったので」

 狐を蹴るだけならばいいが、空中で上手く紙を蹴り飛ばすのはグーゼルを抱えたままでは至難の業だ。もっときつく抱きついてもらうか、僕が固く抱き寄せればいいけれども、見た目妙齢の女性をそうするのは少し抵抗がある。

「しかし、そういえばよく叫びませんでしたね。前にこうやって運んだ人は、運ぶだけでも絶叫してたのに」

 テトラの時を思い出し、そう言う。彼女はもしも投げ上げでもすれば、泡でも吹くんじゃないかと思うくらい怯えていたが。

 やはり、肉弾戦闘をする者と魔術師の違いだろうか。

 そんな風に考えていると、グーゼルはふと微笑む。何故だろう。笑うところではないのに。

「そりゃ、まあ。多分お前なら落とさねえし。あたしが今受け身とれないこともちゃんとわかってるだろうし」

「……それはどうも」

 落とす気はなかったが、後者は考えてもいないというのは黙っておいた方がいいだろうか。というか、まだそこまで回復していなかったか。

「でも、じゃあさ、あれなんだ? さっきの紙は」

「興奮剤です。以前、仕事でとってきた材料が余ったので作ったやつです」

 興奮剤というよりは覚醒剤だが。

 気分が高揚し、痛みを麻痺させ時には幻覚を見せる。そういう類いの。実はほんの少し魔力を回復させる効果もあるようなのだが、意識レベルが低下してしまうし何より依存性があるのでグーゼルには使わせられない。

 僕自身も使う気はなかったが、やはり何でもとっておくものだ。

「なんでも出来んだな、お前」

「なんでもは出来ません。出来ることだけです」


 以前、そういった薬の原料となる鬼草を大量に採取した際、イラインへ帰ったときに依頼者が潰されていたことがあった。様々なところから受注していたし、その中でも小さなところだったので損害は少なかったが、余った鬼草を使ってためしに作ってみた。

 本来は燃やして吸うものだったが、薬効成分を抽出する手法をグスタフさんが言っていたものをいくつか試してやってみた。

 紙に染みこませてあるので舌下投与出来るようになっている。今回はそんなことしてないが、口の中に入れば(かま)うまい。

 もう何年前だろう。二年か三年前。……そんな長い間、背嚢に入っていたのか。


「んで? そんなもん、何で使ったんだよ」

「かわいそうだったので。狐が」

 言っていて、僕も少しだけ笑えてくる。滑稽だ。可哀想だと思うのならば、初めからあの狐を傷つけなければいいのに。

 彼か彼女かはわからないが、彼が死ぬ道理はなかった。何も恨みはなく、僕もお腹はすいていない。

 でも、殺した。僕が。

 白い波に飲まれ死ぬだろうことを予想して、放置した。

「ほ乳類ならばあの薬も効くでしょう。傷ついた身体で動くことも出来ず、ただ一頭で死を待つのは辛いと思いまして」

 尻尾を振っていたのは多分その効果だろう。せめて、安楽のうちに死んでくれれば。

 グーゼルは、理解できないようで首を傾げながら疑問を重ねる。

「……変わったことすんなぁ。これから、もっといっぱい死ぬんだけど、そいつらにも全部やる気か?」

「いいえ。あれだけです。本当にただのきまぐれなので」

 でも、この殺し自体気まぐれのものなのだ。生体は必要だが、彼である必要はない。彼にとっては突然我が身に降りかかった不幸で、僕はまさに、通り魔に近い。


 とぼけるように僕は言う。

「まだ人の領域に入っていない罪のない動物を殺すんです。心が痛んで当然じゃないですか」

「その辺よくわかんねえな」


 僕は苦笑で応える。正直、僕も整理できていない。上手く言葉に出来ない。

 でも、花売りの少女を殺すよりも心が痛んでいる気がする。その正体がきっと、アブラムの言っていた僕の宿痾なのだろう。

 この感情の正体はきっと『後悔』。僕は多分、あの狐を殺したいわけではなかったから。




 やがて、また生物の一団が見える。

「あ、と、見えてきましたね」

 今度は人間だ。犬ぞりに乗り走るのは、先ほど砦から逃げ出した者たちだ。

 ふと腕の中の柔らかい感触を思い出す。とりあえず、グーゼルはどうしよう。

「どうします? 自分で走りますか?」

 彼女の弱々しい姿は士気に関わると思う。精神的な支柱にもなっている彼女が崩れている姿は、兵士たちに見せていいものだろうか。

 そんな意図で問いかけるが、グーゼルは首を横に振った。

「いや。まだ足とかうまく動かねえし。このまま頼む」

「……わかりました」

 それでも、グーゼルはゴクリと唾を飲み込む。これは、士気の問題ではない。多分、羞恥心の問題だ。外套の中で手をぎゅっと握りしめている。

「あたしが、少しくらい弱みを見せてりゃこんなことにはならなかったんだし」

「気にすることはないと思いますけどね。原因にはなるかもしれませんが、最終的にやるかやらないか、決めるのは自分です」


 僕との交戦中に吐いた言葉や最期の言葉、その後のグーゼルの言葉から察するに、アブラムには劣等感があったのだろう。

 強者のグーゼルに対して、魔物に常に怯えなければいけない自分。比べ続けて、ついに決壊した。

 グーゼルが弱みを見せれば違ったかもしれないが、それでも、選んだのはアブラムだ。こんな『こと』を起こさない選択だって出来たのに。

 そういう選択をするために作り上げた理由が、『銃の台頭』なのだろうが。


「カラス殿か!!」

 行くときにすれ違った騎士が、併走する僕に声をかける。犬ぞりは僕よりも大分遅いので、僕も足を大分加減しつつであるが。

「グーゼル殿やアブラム殿は……!?」

 言葉を出しながら、僕の腕の中を騎士は見る。それから、息を飲んだ。

「グーゼル殿!? まさか、死んで……!!?」

「生きてる生きてる。身体が動かねーだけだし」

 霜焼けのように頬を赤くしながら、グーゼルがそう弁明する。その霜焼けは寒さによるものだけではあるまい。耳まで赤くなっていた。

「そ、そうでありましたか……! ……では、その……」

「アブラムは死んだ。北壁に飲まれてな」

 聞きづらいことを聞くように騎士が言葉を濁すと、グーゼルは言い切った。それから唇を結ぶと、僕をも出来るだけ視界に入れないように天を仰いだ。

「んで、足速い連中は先に行ったか?」

「はい。共倒れになってはまずいと、周囲の補助をせず先に行くよう指示が出ました」

上出来(じょーでき)。んじゃ、あたしらも先に行くから」

「はい、ご無事で、またお会いしましょう!!」


 グーゼルに視線で促され、僕は足を速める。騎士たちは遠く後ろに消えていく。

 だが、……。

「グーゼル殿の帰りはあの方々に任せて、僕は魔物を止めるために残りましょうか」

 犬ぞりの席にはまだ空きがあった。そちらのほうが快適だろう。善意からの提案だ。

 というか、『あたしらも』とは言ったが、僕の意思はどこいった。


「えー、あたし早くスニッグ行きたいしぃー。運んでくれよー」

 だらー、っと殊更にグーゼルが力を抜く。腕にかかる重さが増えた気がする。

 もう騎士たちに見えないので、そういうことをする必要はないのに。

「……いきなり、力抜きすぎでは」

「いいじゃねえか、予行練習だよ。今のところお前くらいしか甘えらんないしー」

「マリーヤ殿がいるでしょう」

 それなりに仲は良さそうだった。同じ紅血隊隊員や騎士たちは難しくても、彼女なら。

「マリーヤなー。話は出来んだけど、ちょっと取っつきづらいんだよなぁ。男どもがちらちら見るのがうざってえし」

「そりゃまあ、地位のあるお二人が集まれば……」

「ああ、違う違う。マリーヤ目当てに見んだよみんな。……つーか何でマリーヤなんだ? お前とあいつが知り合いなのは知ってるけど、あたしと知り合いって話してなかったよな」

 じとっとした目でグーゼルは僕を見る。不審なものを見る目ではないが、怪訝そうな目だ。

 そういえばそうか。僕が二人で話しているのを見たときは、姿を隠していたから知らないはずだ。マリーヤは知っているけど。

「……同じ城で働いているんですし、お知り合いかと」

「そりゃそうだ」

 簡単な言い逃れで納得したようで、グーゼルは鼻を鳴らす。


「しかし、取っつきづらい。ならこの機会に仲良くなればいいじゃないですか」

 話題逸らしも兼ねて、僕はそう半笑いで言う。

 それなりに面倒見のいい女性のようだし、弱みを見せればまた違った反応をするだろう。プライベートではどうだか知らないが。

「仲良く食事でも、ってか。無理だな。あいつ、誰かと仲良くなったとこ見たことねえし。前はメルティ様の近くにずっといたからってのもあるけど、今でも無理だろ」

「そうですか」

 そういえば、女官だったか。女官とは、高貴な女性の傍で話相手を務める役職。話を合わせるための教養や、頭の回転の速さは多分そこで培われたものだ。本人も、口車に乗せるのは上手いみたいなこと言っていたし。

「でしたら、やはりちょうどいいんじゃないでしょうか。お互いに、弱音を吐く相手が必要でしょう」

「あいつなら選り取り見取りだよ。ちょっとよろければ、男どもならすぐに駆けつけるし」

「そんなに人気があるんですか?」

「だって、お前。騎士連中を酒飲みに連れてくと、嫁にほしい女とかで必ず名前が出るぜ」


 ……そんなにか。紅一点というわけでもないし、彼女が特に美人というわけでもないとは思うが。いや、思い返すとそれなりに美人かもしれない。

 僕の、美醜を見分ける目はまだ当てにならないのだ。

「そうだ、第二防衛線にマリーヤ連れていこうぜ。一言なんか言わせれば、男どもの士気は最高にあがるっしょ」

「戦場ですよ」

「ああ。だから、冗談だし」

 苦笑しながらグーゼルは前を向く。まあそうだろうと思ったけど。




 それから何度か地平線を越えたところで、突然音が聞こえるようになった。

 人の声。木の樽がぶつかる音、車輪が軋む音。そんな音が聞こえると同時に、視線の先に雪の壁が現れる。

 いや、雪の壁ではあるが、現れたわけではない。そこにあったのだ。


 小さな、といっても僕の背丈と同じくらいの雪の壁が一段あり、その少し後ろに見上げるほどの雪の壁が作られている。

 おそらく、その二つの壁の間で待ち構えるのだろう。よく見れば、一段目の壁の手前は深く掘り下げられていた。

 塹壕。昔、見た気がする。実際のものではなく、多分戦意高揚の教育映画で。そんな記憶が、ふと蘇った気がした。



「……第二防衛線、ですか」

「ああ。立派なの作ってやがるな。これなら……」

 走る僕らに、幾人かが気付き始める。その中には、銀色の鎧を着た老人もいた。

 ……まさか、あの他の壁よりも大きく分厚いものはスティーブンが作ったのか。しかもスティーブンの周囲に人がいないということは、複数人が作る場所をたった一人で。


「カラス殿! それに、グーゼル殿も!!」

 スティーブンが手を振り僕らを呼び止める。足が埋まる勢いだが、足裏の部分の雪を強化しまったく埋もれずに止まることが出来た。

「よかった、無事じゃったか! 心配したんじゃ、レイトン殿が妙なことを言っていたからに」

「妙なこと?」

 挨拶もそこそこに僕は聞き返す。僕が発った後、また何か言っていたのか。妙なことというのは……。

 スティーブンが辺りを少しだけ見回し、それなりに声を潜めて僕らだけに聞こえるように言う。何かまずいことか。

「なんでも、普通の荷車であれば小さな樽が十二個入るはずが、火薬の樽が九つだけしかないからきっと苦労するとかなんとか……。どういう意味だったんじゃ?」

「ああ、それは」

 またか。またあの男は知っていて情報を伏せていたのか。

 多分、僕が波に飲まれてもいいと思っていたのだろう。そんな気がする。

「……混沌湯のことか。んだよ、そいつ、知ってたんなら教えてくれりゃあいいのに」

「そうですね」

 気付かなかった僕にかなり責任はあると思うが。


「……まあ、よくわからんが、助かったんなら何よりじゃ。して、グーゼル殿はどうされて?」

「ちょっとした事故で、身体が動かないんだよ。もう少ししたら回復するし」

「なんと。でしたら、グーゼル殿は城へ。ここは戦場になりますからのう」

 スティーブンはそう促す。たしかに、ここに置いておくよりも王城まで運んだ方がいいか。

 だが、その戦場という言葉が出た途端、グーゼルの顔が強ばる。これは多分、〈淋璃姫〉と呼ばれるのと同じなのだろう。

 ならば少し言い方を変えてみればどうだろうか。

「グーゼル殿は、後詰めに回るというのでどうでしょうか」

「……んなん、言い回し変えただけじゃねえか」

 僕への抗議というよりも、自嘲といった感じでグーゼルは呟く。だが悪くはないようで、何度も頷いていた。

「ま、そうだな。身体も動かねえあたしじゃ、ここにいられねえ……」

「まだ動きませんか」

「多分立てる。けど、歩くとなると厳しいと思うし」

 やはり、混沌湯は強い。普通の毒ならば、僕と同じようにグーゼルもすぐに解毒できるだろうに。

 僕も闘気を移動のために使ってきたから、まだ魔力がほとんど戻ってはいないのだが。


「だから……さ……」

 いつの間にか、作業の手を止めて周りの人間がここに集まり始めていた。

 皆、グーゼルを心配そうに見つめ、唾を飲んでいる。これは、自分よりも強い人間がこうなってしまっていることへの恐怖だろうか。

 それを、グーゼルも気付く。今、自分が相当に注目されているということを。

 そうして、グーゼルはふと笑った。


「お前ら! 後は頼んだ!!」

「…………」

「あたしはちょっとこんなんなってるけど、身体が回復したら戻ってくる。それまで、なんとか耐えててほしい」

「……淋璃姫様……」

 ざわざわと、グーゼルの言葉を解せないような雰囲気でざわめきが広がる。

 視界の端の方で、大勢の兵士たちを前にこちらを見ているのはプロンデか。


「だから、頼んだ! あたしが回復するまで守ってほしい。後ろにいる一般人のついでで構わないし」


 ざわめきがぴたりと止まる。

 それからまた一拍後に、今度は歓喜のような雰囲気で波が広がっていった。


 偉そうな、兜に羽根を付けた騎士が振り返り叫ぶ。

「おい、聞いたかみんな!!」

 その声に、皆頷きで応えた。何故だろう、高揚が見える。

「グーゼル様が守ってくれってよ! あのグーゼル様が!!」

「え、ちょ……」

 手を泳がせ、グーゼルが止めようとする。だが、歓喜の笑みを浮かべた騎士は、その言葉を止めない。


「お前ら、もう一踏ん張りだ!! グーゼル様をお守りしろ!!! 今までの恩を、皆で返すときだ!!!」

「応!!!」


 揃えたわけではないだろうが、応える声がほぼ揃う。

 バタバタと足音が響くほど、激しく皆が走り回り始める。先ほどまででも少しだけ疲れていた様子だったが、もうそんな様子は微塵も見えない。

 雪が瞬く間に掘られていく。積み上がっていく。

 どこにそんな余力が残っていたのだろうかと思うほど、力強い働きぶりだった。


 それを確認し、騎士は振り返る。グーゼルに向けて、微笑みながら。

「と、まあ、我らは我らで力の限り戦います故。グーゼル様は、どうか城でご静養ください」

んだ(なんだ)、これ」

 薄笑いを浮かべながら、グーゼルが首を傾げる。グーゼルも、周りからの評価に無頓着だったということだろうか。冷や汗のようなものが見えた。

 僕は、少しだけ苦笑する。わかっていないというのは恐ろしい。

「それだけ、人気があったんですよ。グーゼル殿も。貴女が求めていたわけではないでしょうが、長年の戦いのご褒美です。喜んでお受け取り下さい」

「ほほほ。おやおや、慣れていないようじゃのう」


「何達観してやがんだてめえら」

 照れ隠しだろうが、グーゼルが僕を睨む。その目に力は入っていなかったが。



「では、何かグーゼル殿を運ぶために担架か何かを……」

 ぺしぺしと飛んでくるグーゼルの力のない拳を首の動きで躱しながら、僕は資材に目を向ける。

 ずっと横抱きでは窮屈だろう。それに、ずっと背嚢をもってもらっていた。もうそろそろ解放すべきだろう。

 資材が少ないとはいえ、それくらいの余裕はきっとある、と思う。

 何か使えるものはないか。そう、辺りを見回した。


 そして、僕は一瞬それが何か理解できなかった。

 だが、すぐに理解する。だが、やはりわからない。何故、それがそこにあるのだろうか。

 『アブラムの残した文』とやらが、それほど効力があったのだろうか。


 わからない。


 視線の先には、木箱に入った銃の山。

 それと、男たちに何事か指示を出すウェイトの姿。


「おい、カラス、聞いてんのか」

「何故、銃がそこに?」


 グーゼルのじゃれる声を聞き流しながら、僕は思わずそう呟いた。




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