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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
戦う理由

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閑話:戦いの足音

SIDE:スティーブンたち

すいません、朝までには投稿するはずだったんです……


12/13 最新話鋭意制作中です。忘年会の後遺症ががが……

 



「先ほどは失礼した」

 筋肉質の身体を長いコートで覆ったウェイトが、頭を下げる。

 横にいる石像のような大男はそれを見て微かに頷き、それからその頭を下げた対象の反応を窺うために目を向けた。


 その先にいた鎧姿の老人は、髭をしごきながら、そわそわと足を動かしていた。

「そ、そんな頭など下げることはあるまいて……、聖騎士様に頭なんぞ下げられるなど、夢見が悪いわい」

「よほどのことがなければ、間違っていたら頭を下げる。身分など関係ない」

 頭を上げ、ふん、とウェイトは鼻息を荒く吐く。

 スティーブンは、それを居心地悪く見ていた。


 彼らは今、王城の応接室に控えていた。

 捕らえた紅血隊の造反者を引き渡し、マリーヤへとつなぎを取るのはプロンデの役目だ。

 そのついでにと、二人の随伴者を入れることが出来たのは、この城の警備に問題があるからに他ならなかったが。



「あれは、操られた儂も悪かったんじゃ。油断した儂も」

「憎むべきは、悪を為す連中だ。そこに、スティーブン殿の非はない」

 あくまで自分も悪いという姿勢を崩さないスティーブンに、ウェイトは食ってかかるように言う。その瞳に嘘はなかった。

「まあ、今衛兵たちが取り調べてますし……、じきにスティーブン殿にも謝罪や弁償がくるでしょう。この国の法には詳しくありませんが」

 プロンデもそう補足する。

 法の執行権を持っている聖騎士といえども、他国の法に詳しいわけではない。彼らはあくまでもエッセン王国の騎士であり、エッセン国王の臣下なのだ。


 故に、他国の法やその制度に詳しいわけではない。

 しかし、プロンデはそれでも訝しんでいた。

(不用心すぎる……。俺がマリーヤ殿の知り合いとしても、二人も正体不明の者を連れて城に入れるか普通……?)

 先ほどと同じく、身体検査などもなかった。

 しかし、一人より二人、二人より三人、それ以上も含め、人間とは人数が増えれば格段に危険度が上がるものだ。警戒の度合いを上げてもおかしくないのに。


 一度城を出てからそう時間をおかずに戻ってきたことは、襲ってきた人間を捕まえたということで納得できる。

 本来衛兵の詰め所に引き渡すべき者たちだが、城の人間……それも上位の者に判断を仰ぎたいと暗に伝えて、それで通った。


 けれど、中にまで案内するのは違う気がする。

 この国の警備体制について、はっきりとは知らない。けれど、何か違和感がある。

 プロンデは、そう内心考え続けていた。



「スティーブン殿。先ほどの件はどうか水に流していただきたい。それよりも、我らには聞きたいことがあるのだ」

「おう、なんじゃ」

 ウェイトが話題を変え、スティーブンがそれに応える。スティーブンとしても、強い公権力を持つ人物に畏まられているよりもいいと考えたのだ。

「先ほど一緒に行動していたらしい、レイトンという男について」

「レイトン殿……か……」

 その名を聞いて、スティーブンの言葉が少し詰まる。

 何を聞こうというのだろう。自分はレイトンと、少しだけしか行動を共にしていないのに。


「アブラムという男を追うために、貴方に話を聞いたと、そう伺った」

「そうじゃのう。儂が拉致された現場から儂を捕らえていた現場を特定して、そこから追跡を始めた。功は奏さなかったがの」

 結局、アブラムの足跡を追うことは出来なかった。スティーブンが見ている間にも、迷いなく道を選んでいたあの男が。

「しかし、怖かったわい」

「怖い?」

 思い返して呟いたスティーブンに、ウェイトは聞き返す。

 苦々しいような感情を湛えたスティーブンの顔を不思議に思って。

「だって、連れていったのは儂の拉致現場だけじゃよ。そっからぐるっと周りを見たと思ったら、迷いなく歩き出してのう。通りをいくつも抜けて、着いた先が奴らの隠れ家じゃった。最初からわかってたんじゃないかと思うほどの早さじゃったわ」


 その間、レイトンが呟いたのは『こっちか』という一言のみ。

 きっとこの青年には、自分には見えない何かが見えているのだ。そうスティーブンが思うのには充分だった。


「隠れ家に着いたら、部屋を見て回って、儂の縛り付けられていたであろう椅子に座っての。壁をしばらく見つめた後、頷いてもう出ていってしまったんじゃ。儂はなんのために付いていったのか……」

 ぼやくようにスティーブンは言う。


 しかし、そうではないのだ。スティーブンは気がつかない。その行程中も、ずっとレイトンがスティーブンを見ていたことを。

 そのスティーブンの無意識の反応が、重要な手がかりになっていたことも。


「……そうすると、レイトンと話はほぼしていない、と」

「そうじゃの。隠れ家の中では、見たことや聞いたことを何度か聞かれたが、多分お主らがほしがっている情報はないのう」

 スティーブンはニシシと笑う。

 ウェイトのレイトンへの敵愾心を、既にスティーブンは見破っていた。過去に何があったのかは一切知らない。けれど、きっと今自分からも何か情報を得ようとしているのだ。それは読み取れた。


「残念です」

 そう、スティーブンが思ったとおり、ウェイトの顔が幾分か沈む。

 同時に、スティーブンは訝しんだ。こんなわずかな接触しかしていないはずの自分にまで、何かを期待した聖騎士に。

 これは、この目の前の聖騎士が無能だからか。そう考えて、即座に違うと自ら否定する。仮にも聖騎士だ。都市や街の有する武装戦力、騎士団。その上に立つ国家直属の騎士団、聖騎士団。そこに所属する彼らが、無能なはずがない。

 彼らは群となり国家の敵を滅し、目的に応じ個人で動く柔軟さも併せ持つ。だからこその国家直属。王直属の部隊。無能であってはならない。

 ならば、ともう一つの可能性を思い浮かべる。

 即ち、対象が難敵である、という可能性。


 対象のレイトンがどんな人物かは知らない。

 けれど、敵? そこまで思い至ってスティーブンはまた首を傾げる。

 聖騎士とは、外敵を排し内患を誅し、武力によってエッセン国の法を為す存在。

 ならば、その敵とは。秩序を守るべき存在の敵とは。


「……レイトン殿は、悪人なのかのう」

 うずいた好奇心に、堪らずスティーブンはそう尋ねた。その質問が、ウェイトの頚の珠を撫でることは薄々わかっていながらも。

「……何故です……?」

「貴方様方が追っておるということは、そういうことなのじゃろう。ただの善人を追い回すほど、聖騎士は暇じゃなかろうて」

「勿論です」

 ギュウッと力を込めて、ウェイトは拳を握りしめる。奮い立った敵愾心に、空気が揺れるようだった。

 断じられたその言葉に、スティーブンはその背景を察する。レイトンは、その力で何事か悪いことをした。その悪いことはきっと、この目の前の聖騎士に関することなのだろうと。

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 しかし、ウェイトの力強い目を見て、スティーブンは肝を潰した。

「奴には罰を」

 滔々と口から漏れる言葉には力がこもる。光り輝く力ではない。暗い闇の力が。

「その身振りで死を振りまき、余人の人生を貶めるあの男には、法と死を以て償わせなければ」

 朗々と響く怨嗟の声。


 プロンデも溜め息を吐く。スティーブンは、わずかに哀れに思った。何がそこまで、彼を執着させたのだろう。あの、感じの良い青年が、何をしたのだろうか。


「ウェイト」

 空気までもが暗く見えようとしていたそのとき、ウェイトの背後からプロンデが声をかける。

 まるで、危なく険しい崖に向かう友人の肩に手を添え、止めるように。

「それ以上はあまり、関係者以外に話していいことでもないだろ。余計な情報は混沌を招く」

「……あ、ああ……」

 人に対する先入観は、更なる争いを生む可能性がある。

 先入観から対応を誤り、更なる犯罪を生む可能性がある。

 レイトンがそういう性質(タチ)でないのは知っているが、その原則は守らなければ。そう、端的に口に出したプロンデは、もう一度溜め息を吐いた。


「申し訳ないが、これ以上はご遠慮願いたい。必要があれば、こちらからお話しするので」

「も、勿論じゃよ」

 責務上のものだろう、まるで何も映していないような石像の目に力がこもる。その重みに、スティーブンは威圧され言葉を止めた。




 そのとき、城が震えた。


 聞いたことのないような音が鳴り渡る。

 長く続く低い鐘の音。そこに重ねられた、甲高い金属の連続音。


 置き時計が狂い、鳴り出したような音に、三人は同時に姿勢を正した。


「来たかー!」

 スティーブンは奮い立つ。危険が起きていることに関してではない。ここで起こる騒動は、北壁の膨張だろう。レイトンが言っていたとおり、北壁が膨張し、それによる被害が起こる。

 この警報の意味は知らない。けれど、おそらくそういうことだろうと思って。


 不幸が楽しいわけではない。

 この騒動で、自らがまた飛躍するのが楽しみなのだ。それは、古今を問わず万人が等しく心の奥に持つ願望だろう。

 その願望が肥大した結果が、先の竜騒動ではある。そうなってしまうともはや望ましくない願望も、今このときにおいては有用な欲望だ。



 緊急配備、と切迫した声が城内に何度も響く。

 ドタバタと人が走り回る音。武器が壁に当たる音。そんな気配が、三人の耳にはつぶさに飛び込んできていた。

 応接室の外に立つ衛兵も、慌てた様子で辺りを気にしていた。


 それを聞いて、ウェイトの顔が渋く歪む。

「結局また、奴の言うとおりか」

「仕方ないだろ。それに、今回奴は関与していないらしいし、気にするな」

 プロンデが諫めるが、その怒りは収まらないらしい。何度も、何度も拳で自らの腿を叩く。

「……奴は、これからどうしろと?」

 ウェイトは尋ねる。プロンデの呼びかけに応じ城まで来たはいいが、それでもまだ納得がいっていなかった。

 何故、自分までここに呼ばれた。レイトンの悪事の証拠などは掴めない。それに、北壁の波に対して自らは無力だ。

 波に押されるように、魔物たちがこの首都まで押し寄せてくるかもしれない。けれど、その対策に手を貸すならば北の雪原で待機すればいいだけのことだ。

 わざわざ城に、など。


 意図が掴めない。それはプロンデも同意だった。

「何かが起きたら、王城でマリーヤ・アシモフに協力しろ。奴が言ったのはそれだけだ」

 王城で、という但し書きが付いている。マリーヤに、というのも気になる。何故、『騎士団に』や『衛兵に』ではないのか。


「じゃあ、マリーヤ殿とやらを探しに行くべきじゃなかろうかのう。儂会ったことないから、どこにいるかも知らんけど」


 悩む二人に、スティーブンはそう軽く呼びかける。

 その言葉に、二人は顔を見合わせた。そうだ、とりあえず、彼女の指示を仰げばいいのだろう。

 プロンデは頷き、扉を開ける。

「すまない」

「あ、ああ!!」

 呼びかけられた衛兵は事態の把握に努めようとしているが、この警報の意味を正しくわかっていないのか、ただ周囲への警戒を怠らぬようにだけしながら振り返る。

「マリーヤ・アシモフ殿はどちらにいらっしゃるだろうか。こちらから会いにいく」

「いや、不用意な動きはしないでもらいたい! 今の鐘が気になっているのだろうが……」

「その鐘が鳴るということは、もう危ないのだ、案内しろとは言わないから早く!!」

 拒む衛兵に、ウェイトがそう叫ぶように言う。

 まごつく衛兵にも、ウェイトは少しだけ苛立っていた。


「貴殿も早く上官に指示を伺うがいいだろう! 緊急事態だ!」


 一喝。

 指示系統には一切関わりのない、ただの客人の身だ。

 けれど、その剣幕に、衛兵は怯む。それから何度も頷きながら、身を翻しながら叫ぶ。

「私にもわからない、が、こういう時にはマリーヤ様は練兵場にいるだろう!! あの方なら!! ついてこい!!」

 そうして走り出した衛兵に、三人も連れだって走り出す。


 だが、走りながらもプロンデは考え続けていた。

 何故、客である自分たちをこの衛兵は案内するのだろうか。不用意な動きをさせない、という先ほどの言葉のほうがずっと理に適っている。

 仮に同じ状況に自分がいたとしても、おおよそ同じようなことをするだろう。

 客を案内などはしない。まして、自らの行く場所についてこさせなどしない。


 もしも自分が持ち場を離れるとしたら、まずは客たちを城から追い出す。

 いや、追い出すなどという荒いものではない。速やかに立ち去ってもらう。そうするべきだと思うのだが。



 何か、齟齬がある。

 ヴォロディア王にも覚えた違和感。そして、多人数で入ることが出来た警備体制への違和感。それらの違和感と同質のものを、またプロンデは感じていた。

 しかし、今考えるのも無駄なことか。

 そうプロンデは考えを打ち切る。今はとにかく、事態を収拾すべきだ。今は火急の時、考え込んでいる暇はないだろう。


 響く足音は揃わない。

 それは当たり前だ。けれど、スティーブンとウェイトにプロンデ。三人の足音と衛兵の足音は、少しだけ違う気がした。





 城の北側。その一階に、練兵場はあった。

 そこは兵士たちの訓練につかう広場の他、装備や食糧の備蓄も兼ねた倉庫がある。 

 その広場は今、大勢の兵士たちでごった返していた。


「急げ!! 斥候が戻る前に装備を調えろ!!」

 兜に白い尾羽を付けた総隊長が叫ぶ。その声に応えて、バタバタと皆武器を取り、具足の紐を結び直す。剣を腰に帯び、槍を持つ。

 そうして仕上がる五百余の騎士たち。そして、隣の区画で装備を調えた衛兵たち。所狭しと並んだ彼らは、窮屈そうに広場に並んだ。


 実際、窮屈なのだ。

 この広場は、このような大勢が集まるようには出来ていない。隣の者と槍がぶつかり、剣を手で押さえなければ後ろの者に当たる。

 けれど、そうしなければいけない理由があった。それをしなければいけないほどの緊急事態だった。



 この国の騎士団長は、現在不在だ。

 多くの傷の付いた白銀の鎧を好んで身に纏っていた彼は、有能な男だった。国王に忠誠を誓い、よく戦い、よく部下を労った。統率力も、人心を掴む術も心得ていた。彼がいなければ、相当数の騎士も革命軍に寝返っていただろう。革命時に、果敢にも革命軍に立ち向かった彼は凶弾に倒れてしまったが。


 それきり、騎士団長の座は空位となっている。

 彼の後は誰も埋められない。紅血隊隊長グーゼル・オパーリンを推す声も根強いが、それには二つの問題があった。

 一つ目は、本人が固辞しているということ。彼女は騎士ではない。ただ、北壁の魔物を倒すための専門部隊。そう本人が望んでいた。

 そしてもう一つが、ヴォロディア王の意向。

 衛兵は騎士団の下に付いているわけではなく、本来治安維持のための戦力である。そのため、正しくは軍事戦力ではない。そして、軍事戦力である紅血隊は正しくは騎士ではないが、便宜上騎士団長の下に付いている。なので騎士団の団長とは、即ちこの国の軍事戦力を統べる者と言ってもよかった。


 グーゼルは民の人気もあり、そして兵からの信頼も厚い。彼女であれば、不満は出ないだろう。副団長すら納得し、彼女に席を譲るだろう。

 けれど、それがヴォロディアは気に入らない。

 国の代表が、政治の代表も軍事の代表も兼ねる。そうでなければならないと、その座を欲した。

 今現在騎士団長の座にヴォロディアが座っていないのは、副団長や、各隊隊長の頑強な反対と、それを書類上処理する文官の多数にヴォロディアが嫌われているから、それだけの理由だった。


 その結果、ヴォロディアは騎士団を動かす権利があっても、騎士団内における役職は持っていない。

 現在は、副団長と隊長総勢二十名による合議制になっている。とはいっても便宜上代表は必要なので、副団長は総隊長と呼称を付け加え、なんとか体制を維持しているのだが。



 エッセンやムジカルなどの大国ならば、各都市に一つ以上の騎士団がある。それに加えて、精鋭を集めた複数の騎士団を王直属で管理できる。

 だが、この国は小さな国だ。故に、騎士団といえるのは一つだけ。それを各百二十五名ほどの隊に分けて運用している。一つは必ず北壁に駐屯し、他は各地に散らせている。そして、今この首都にいる騎士隊は四つ。


 北壁に出ているひとつの隊は、衛兵たちと共に守護に当たっている。 

 先ほど彼らの駐屯する砦から、狼煙が上がったと報告が来た。それはこの国で戦う者であれば絶対に見たくない紫色の十本の狼煙。

 即ち、北壁の膨張だった。


 それも、それだけで済むわけがない。

 北壁に飲まれたくないのは動物や魔物も同じ。彼らは、住処を失い南へ走る。南、つまりこの国の都に向けて、だ。

 波の規模はわからない。けれど、逃げてくる魔物たちは相当な数に上るだろう。


 千や二千ではきかない。

 魔物とは脅威だ。なんの力も持たない民が相手であれば、大きな一頭がいれば街一つ簡単に滅ぼすだろう。

 勿論、そうならないように自分たちがいる。戦いに身を置き、腕を磨き続けていた自分たちが。


 けれど。


 立ち並んだ兵士たちの顔ぶれを見て、総隊長は奥歯を噛みしめる。

 騎士団は革命後、再編された。

 革命軍に参加した若者たちや、ヴォロディア王に賛同する者達をとりたて、隊伍を組ませた。ヴォロディア王に賛同しない者、それから希望者は国境沿いの領土の守護に転属させられた。


 だが、その結果が、これだ。


「何が?」

「北壁が膨らんだって」

「魔物が来る?」

 ざわざわと、困惑の波が広がっている。危機感はあるのだろう。けれど、多くの者は困惑し、そして事態を把握していない。ただ命じられたから集っただけ。これから自分たちが何をしなければいけないのか。わかっていない。


 勿論それは全員ではない。

 古株の者たちは、青い顔をして自分の言葉を待っている。この先の死地が、想像できているように。

 しかし多くの者たちが、理解していないのだ。

 国のために戦うということがどういうことか。

 民を背に、死に向かうとはどういうことか。



「現在斥候が調査中だが! 北壁が膨張を始めた! これから波が来る!!」

 ざわ、とまた驚きの波が広がる。古株の間にも。

 わかってはいた。覚悟してはいた。けれど、信じたくはなかった。

「各隊、訓練通り二次防衛線の作成! 持ち場につけ! 慣例に従い現在の指揮権は私が持つ!衛兵たちは民衆の避難場所への誘導と警護を!!」

 飛ばされた指示に、隊長たちが息を飲む。

 ついに来た。子供の頃聞いた大災厄が、ついに。自分たちの代で。


 指示を聞いた隊長たちが、副隊長を通じて部下たちに指示を出す。速やかに行動すべきだ。今この一秒が、この一瞬が、この国の命運を分けるかもしれない。

 そう思えば、自然と足が速く動いた。



 足音が鳴り続ける。

 未だ事態を飲み込めていない新兵たちのパタパタという音。古株たちの、覚悟を決めた力強い足音。まるで、真夜中の酒場のような騒がしさが練兵場に満ちる。その感情はまったく違うものだったが。


 

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