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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
戦う理由

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一歩遅れて

 



 僕は走る。

 息切れしない程度に闘気で肺と脚を強化して、魔法で空気抵抗と強化していない部分の重さを極限まで減らして。

 代わり映えのない景色で僕にも正確な速さは正直わからないが、雲が凄まじい速さで後ろに流れていく。踏み込む足が雪に埋もれないよう気をつけながら、跳ねるように飛んでいく。

 目指す北砦はまだ地平線の先。まだ遠く見えないが、それでもその先で何が行われているか知っているからだろう。何か騒がしい気配を感じる気がする。


 その先にアブラムはいる。

 スティーブンをけしかけ、邪魔者の僕を排除しようとした男が。

 邪魔。

 つまり、何かをしようとして、その障害になる僕を排除しようとした。

 その『何か』はわかっている。

 レイトンが明言したのだ。おそらく間違いなく、北壁の刺激だろう。


 ツルハシの一撃でその壁の手足は広大な雪原を埋め尽くし、三十年余も消失せずに残るのだ。小さな樽九個の火薬であっても、明らかにそれ以上の衝撃があるだろう。

 細かいエネルギーの計算は出来ないが、多分、今度はその手前の山までなどという規模では到底済まない。


 ……その目的は?

 冷たい空気から体を保護するよう、周囲の空気を温めながら、僕はその思考を深めるよう努める。

 今までの経験上、僕の何かを閃く能力は低い。ならば、考え続けなければ。そうしていないから、いつも僕は後手に回ってしまうのだ。


 レイトンは、『レヴィンと同じ手』とも言っていた。奴のとっていた手段。多分それは、僕の関わった事件を指しているのだろう。竜を釣り出しイラインやクラリセンを襲わせて、自らで討伐し名声を高める。要人を襲わせて、その犯人もしくは釣り出した僕らを撃退し名声を得る。

 共通点といえば、やはり自作自演か。

 ならば、今回のアブラムも自作自演?

 膨れあがり全てを飲み込む北壁を自分でなんとかし、国難を救った英雄となる。


 なるほど、それなりに筋は通る。

 けれど、本当にそうだろうか。

 グーゼル曰く、北壁の消退を早めるためには、生き物を飲み込ませればいいらしい。

 だが、その生物をどうやって用意するのだろうか。生物は当然、命の危機からは逃げ出してしまう。北砦に大量に生け捕りにしておくにしても、明らかに不審だろう。誰にも気付かれずにというのは難しい。

 ましてや、今北砦にはグーゼルがいる。各砦にいる衛兵や紅血隊の者を抱き込み用意させ、グーゼルがいる砦には置かないとしても、救援のために彼女が動けば見つかってしまう恐れが高い。


 レヴィンの時には、竜や僕らという明確な対象がいた。それをなんとかすれば、それで事態は終わるのだ。

 それに、あのときのように逃げ出してきた動物や魔物で大惨事に……。


 気がついた僕の足の力が強くなる。

 深い足跡に足を取られそうになりながら、それでもなんとか体勢を立て直す。


 そうだ。

 事前に用意する必要などない。

 動物たちは逃げてくるのだ。北壁から逃げて、北の砦に。そこで生け捕りにするなり、半死で放置するなりすればいい。そもそもの原因を伏せ、北壁の脅威を目の当たりにすればグーゼルもその案に賛成するだろう。

 どれだけの数用意すればいいのかはわからない。しかし、『魔物が激突しても、その魔物を飲み込めば引っ込む』というのもグーゼルの言葉だ。

 火薬樽九つ分の衝撃。大量の魔物さえいれば、もしかしたら釣り合うのかもしれない。

 元通りには戻らずとも、国を飲み込む被害は防げるのかもしれない。


 そんな対処を指揮すれば、それこそ間違いなく英雄だ。


 ……。……しかし、そんなことで?

 上手にまとまった。そうは思ったが、何か違和感がある。


 それに、レヴィンの影響をどこからか受けているとはいえ、そんな同じ手を使うものだろうか。

 そうだ。それにそもそも、そのレヴィンの影響をどこから受けたのかもわかっていない。

 リーダーに《魅了》の影響はなかった。彼は、自分の意思で行動していたのだ。そして、マリーヤも言っていた。紅血隊の隊員とレヴィンの接触はなかったと。

 ならば、尚更馬鹿らしいと思うのではないだろうか。曲がりなりにも、彼らはこの国を守り続けてきた。その国の大事を自ら引き起こし、自らで解決する。彼らにもきっと誇りはある。判断能力がなくなってでもいなければ、そう考えるわけがないと思いたい。



 目の前で雪海豚が跳ねる。

 今はお腹がすいているわけでもない。考え事の邪魔をしないでほしい。

 その願いが通じたわけでもないだろう。しかし、雪海豚は僕を無視し、僕と同じ進行方向に雪を泳いでいく。まるでどこかを目指しているかのように。


 ……これは、急がないとまずいか。

 多分、海豚は北の砦を目指している。これは、以前の街と一緒だ。北の砦で何かが傷ついた。獲物がいるから、そこを目指しているのだろう。

 とりあえず衝撃を与えて驚かす。そして、軽い怪我をさせ、追い払う。

 街からも北砦からも離れているここで、食べもしない生き物を殺す意味はあるまい。

 そう考えて、呻き声を上げて逃げていく群れが砦方向に向かっていないことを確認して僕は速度を上げた。



 思考を戻す。

 レヴィンの影響。

 あいつがこの国に対して残していったものはなんだ?

 ヴォロディア王とともに、革命軍をまとめ上げて革命を起こした。銃の作成を提案した。火薬を量産化出来るよう知識を提供した。民主主義をヴォロディアに吹き込んで……。


 それだ。

 新たな刺激で頭が回ったのか、僕は気がつく。

 革命軍の指揮はその場で終わっていて、しかもアブラム達には関係ない。銃や火薬は知識だ。そこからレヴィンの考えを読み取るのは出来ないわけではないが難しいだろう。

 けれど、その思想は今なお広まり続けている。今なおレヴィンの思考を広めようとしている存在が街に一人いる。

 リーダーの言葉にも、合点がいった。だから、僕は『アブラムとヴォロディアの』邪魔、なのか。


 ヴォロディアの演説は、グーゼルの帰還に合わせて行われている。

 アブラムが、いつもグーゼルと同じ周期で帰還しているとしたら……。

 そして、その演説をアブラムも聞いていたとしたら……!


 ならばその目的は、自らの栄達などではない!! 



 まだ遠く、しかし肉眼で北砦が見えた。

 だが、そこからは喊声や動物の悲鳴は聞こえない。


 その代わり、いくつもの犬ぞりが走ってくる。横を見れば、昨日僕らが訪れた砦以外からも、続々と。

 乗っているのは鎧を着た衛兵達。それに、道士服を着た紅血隊。


 まるでそれ自体が白い波のようにこちらに押し寄せてくるその光景に、背中が粟立った。

 彼らが逃げている。それは本来あってはいけないことで、彼らならばしないことだろう。

 けれど、今彼らは一目散に逃げている。まだ遠くだが、北の砦から離れるよう、こちらに向かって。


 彼らは逃げない。負傷しようが、人員が減ることを避けるため逃げることは出来ない。

 しかし、彼らは逃げている。

 それは、彼らが臆病風に吹かれたとかそういう理由ではないだろう。

 彼らも逃げざるを得ない理由がある。それしかない。



 ようやくすれ違う位置に来る。

 そして僕の姿を見た犬ぞりが一つ速度を緩め、そして止まる。そこに乗っている二人は見覚えがある気がする。多分、昨日救護室にいた。

 僕もその手前で急停止する。なるべく飛沫で犬ぞり達の邪魔をしないようにしながら、それでも雪を撒き散らしながら止まった。


「昨日の! カラスといったか!!」

「はい! 状況はどうなっていますか!?」


 砦の方が騒がしい気がする。いや、これは気のせいではない。

「原因は不明だが、北壁が膨れあがった! その北壁から逃げ出した魔物を抑えていたが、もう限界だ! カラス殿も逃げられよ!! もう四半刻もせぬうちにここも飲み込まれるだろう!!」

「グーゼル殿は!?」

「アブラム殿と共に殿(しんがり)を務めている! 出来る限り、魔物を減らしながら逃げるそうだ!」

 アブラムと共に。その言葉を聞いて、僕は無意識に歯ぎしりをする。

 推測はしているが、本人に聞いていない以上真意は確定していない。けれど、『英雄になる』『ヴォロディアに協力する』、そのどちらにせよ、グーゼルは邪魔なはずだ。

「もうすぐ来ると思うが、お主も早く……!!」

「貴方も急ぎ逃げてください! 私はグーゼル殿の救援に向かいます!!」


 犬ぞり達の後ろからは、魔物や動物たちも駆けてきている。

 もう切羽詰まっている、どころではない。



 返事も聞かず、僕は走りだす。

 動物と魔物をある程度見分け、魔物の頭部に穴を開けながら。



 僕が近づいたところで、察していたのだろう。

 僕が砦の前に滑り込むと、中から影が現れる。やはり、慌てている様子ではない。


 コツン、コツン、とゆったりと、木の床を鳴らしながら歩いてくる。

 ブーツのような厚い靴。そして、道士服。


「やはり、お前は来たのだな」

 少しだけ声が違う気がする。それもそのはず、防寒用だろうか。顔の下半分を覆う覆面のようなものをつけていた。

 おかっぱ頭が、後ろからの風にそよぐ。

「しかし、手遅れだ。もう遅い。これで、この国は変わる」

「……目が赤いですけど、後悔で泣きでもしたんですか?」

 演説に付き合う気はない。だが、その目が気になった。まるで、泣きはらしたかのように充血した目。

 それを指摘すると、アブラムは隠すようににっこりと笑う。


「変革に、悲しみはつきものである。お前の死も、グーゼル様の死も」

 敵意に満ちたその体。その四肢をゆっくりと動かし、アブラムは構えをとった。

 僕も応じて構える。


 背後から、グーゼルの息づかいが感じられる。

 大丈夫、まだ死んではいない。


 ならば、『助けなければ』。

 そう思った僕は、その足に力を込めた。




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