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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
戦う理由

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まず考えるべき道





 さて、どうやって入るというのだろうか。

 僕が黙って見ていると、こちらに視線を向けず呟くようにプロンデは尋ねる。

「それで、カラス殿? この城に知り合いでもいるのか」

「……ええ。まあ、一人」

「その名前と所属は」

 妙なことを尋ねる。だが、すぐに意図はわかった。

 どちらかといえば、僕の方がおかしかったのだ。

 何故、気付かなかったのだろう。

「マリーヤ・アシモフ。特に明確な官職はなかったと思いますが、今は侍中が近いですね」

 僕が口にすると、そこで初めてプロンデは僕の方を見る。そして一つ頷くと、一歩踏み出した。


 僕らが見ていた、馬車や要人が通る大きな門。

 その脇に一つ門ある。隣の大門よりかなり小さく、こちらは少しだけ大きな邸宅の門といった佇まいだ。

 そちらに歩み寄り、その両側に立つ門番にプロンデは会釈する。

 それから折り目正しく胸に手を当て腰を曲げる。それを見て、一瞬門番が怯んですらいた。

「私たちはマリーヤ・アシモフという女性の知己でございます。急用につき、取り次ぎをお願いしたいのですが……」

「……名を名乗れ……」

「プロンデ・シーゲンターラー。そして、カラスと伝えていただければ」

「……」


 それから少しプロンデが門番に話すと、門番は使いを出す。

 一応僕らも不審人物ではあるが、それでも礼儀正しい客人は無碍には出来ないらしい。端から見ていてもわかるほど、プロンデの礼儀作法がきっちりしているということもあるだろうが。

 

 一歩引き、声を潜めてプロンデは僕に話しかけてくる。

「お前には他に案があったのか?」

「……いえ。ありましたけれど、必要なさそうですね」

 僕は少しだけ恥ずかしくなる。

 僕は、忍び込もうと考えていた。どうやって門番の目を盗もうか、城の中をどう歩こうなどと考えていた。

 そういえば、そうだ。

 門番というのは、不審人物を通さないための役であると同時に、客人を通す仕事でもあるはずだ。

 

 勿論、僕一人であれば客人にはなれない。

 呼ばれてもおらず、官職も地位も持っていない僕がいくら礼儀正しく接しようとここを通れるとは思えない。

 これは正しく、プロンデの力だろう。

 聖騎士という職業も名乗らず、その立ち居振る舞いと礼儀だけで客人になった。

 ……僕には出来ないことだ。

 

 レイトンの言葉の意味を、僕は取り違えていた。

 『カラス君がいれば無策でも』は、何も含んではいない。言葉通りの意味だったのに。




 しばらく待つと、使いの者が戻ってくる。

 何故だろう。急ぐわけでもなく悠々と歩み寄るその姿すら、僕には迫力が感じられる気がする。

 白く塗られた鎧、携帯性の高い細い槍。特に威圧的な要素はないのに。

 多分、僕の心持ちの問題だけれど。


「許可が出た。お連れする。参られよ」

 使いに出た一人の門番が、端的に僕らにそう言う。

 その言葉が主にプロンデに向かっているのは、僕に文句を言うことは出来ない。

 『他の案があるか』というプロンデの言葉がどこかに引っかかっている。本当に、本当は、僕は招かれざる客人なのだ。



 城内を歩く。いつものことではあるが、音を立てぬように歩いていたところを普通に歩くのは少しだけ妙な気分だ。

 僕の足音が響き、蝋燭のちらつきで青い煉瓦に僕の薄い影が映る。

 誰かとすれ違う度に廊下の端に寄るのは慣れたものだ。けれど何故だろう。新鮮な気分だった。


「お連れしました」

 案内してくれた門番が、応接室らしい部屋の扉の外から中に呼びかける。

「入っていただいてください」

 中から、そう応える声がする。マリーヤのいつもの声だ。

「失礼します」

 そう応えて門番も重たい木の扉を開く。立ち上がったマリーヤの姿は、客人向けだろう、気品のある姿だった。

 僕らが部屋に入ると、マリーヤは門番に申しつける。

「ここはもう大丈夫です。どうぞ、お戻りください」

「……しかし……」

「この方々はたしかに私の客人。危険など、爪の先ほどもありませんよ」

「……了解しました」

 一応の儀礼上のものだったのだろう。門番はそれから何も反論せず、ただ頭を下げて来た道を戻っていく。

 それを見送った後、マリーヤは僕らに椅子を示した。


「どうぞ、おかけください。もてなしも出来ませんが」

 僕に目を向け、それからプロンデに目を向ける。少しだけプロンデの方に厳しい目を向けたのは、やはり初対面だからだろうか。それも敵意とかそういうものではなく、単なる警戒心からだろうが。



「それで、どうされましたか?」

 僕へ向かって、そうマリーヤは問いかける。その質問には、午前に会ったばかりなのに、という言葉と、この男は、という言葉が隠されているのだろう。

 プロンデは無表情のまま、喋れと催促しているように僕を見つめる。ように、でもないな。

「……急な訪問、申し訳ありません。こちらの男性はプロンデ・シーゲンターラー。故あって一緒にいますけれど、特に彼が用事があるわけではないんです」

 僕の言葉にプロンデは頭を下げる。それだけで、少しだけマリーヤの空気が緩んだ。

「少し確認したいことと報告がありまして」

「確認? 何でございましょうか」

「紅血隊の、アブラムという男。今どこにいるか所在はわかりますか?」

 僕の言葉に、いよいよマリーヤは眉を顰める。

「アブラム様、ですか。確認しないとはっきりとは申せませんが、たしか一昨日グーゼル様と共に帰還しておりましたので……官舎か、それでなければ街にいらっしゃるのでは……」

「この城でまた姿を見かけられたということはないだろうか」

「……いいえ? それで、アブラム様にどういった用件でしょうか」

「先ほど僕の……友人を拉致し、僕を襲わせました」

 マリーヤは目を開く。白く細い指で口元を隠して。


「本来は、この街の衛兵に……憲兵か。そちらに任せる事態だとも思う。しかしこちらにも事情があり、どうか確認してほしい」

 プロンデがそう口にすると、マリーヤはコクコクと頷いた。

「ええ、ええ。もちろんでございます。その話が真実でしたら、とんでもないことをしでかしたことに」

「それからもう一つ」

 話を遮るように、僕は人差し指を立てる。

 畳みかけるようで申し訳ないが、もう一つあるのだ。

「アブラムが、昨日北の砦に何か資材を持ち込んでいるんです。この城の物資で、炭に関する何かが減ってはいませんか? 勿論、正規に持ち出した可能性もありますが」

「炭……、ですか……」

 マリーヤは考え込む。しかし、有効な答えはなかったようで自信なさげに顔を上げる。

「調べさせます。少々お待ちください」

「出来るだけ急ぎお願いする。アブラムとやらの肉片が見つかるような事態になってしまっては困る」

 プロンデのその言葉の意味はマリーヤにはわからなかったのだろう。

 だが、急がなければいけないということは把握したらしい。頷き、部屋を飛び出していく。

 閉められた扉の向こうで、早められた足音が遠ざかっていった。



「……これで、何か手がかりがあったとして、お前はどうするんだ?」

「どうする、とは」

 僕が聞き返すと、部屋の中を見回してプロンデは息を吐く。僕も何の気なしに見回せば、イラインの貴族の家よりも質素な調度品に、この国の経済状況が読み取れた。

「首尾よくそのアブラムを無事()えたとして、レイトンは、アブラムを殺すだろう。俺たちは、憲兵に引き渡すだろう。では、お前は?」

「……僕は」

 そう問われて、初めて考える。

 僕はどうするつもりだったのだろうか。そういえば、何も決めていなかった。

 死ぬところだった。ならば、僕の心情的には報復として殺しても構わないだろう。

 しかし、正当な道としてはプロンデの方だ。マリーヤに伝わっている以上、こちらの言葉が信用されないということはないだろう。いつも懸念している、僕らの信用問題は今回はない。


 僕は悩み、言葉が止まる。それを見て、プロンデは目を正面に戻し、ゆっくりとわずかに俯いた。

「……平坦な道と険しい道、か……」

「……どういう意味ですか?」

 またも僕は聞き返す。こういった断片的な問いかけと言葉は、レイトンの影響でも受けているのだろうか。本当にそうなら、少し不愉快だけど。

「お前はこの城にどうやって入るつもりだったんだ?」

「今その質問ですか」

 唐突に話題が飛ぶ。そう咎めるように言うが、プロンデは静かに首を振った。

「同じ話題だよ。で、どうなんだ?」

「正直、忍び込もうと考えていました」

 真面目なトーンに僕はそれ以上反論できず、素直に応える。真面目なトーンと言っても、この男は冗談など言いそうにないが。


「……なるほどな。そして、全員敵になる、と」

 わずかに微笑み、プロンデは僕を向く。口角が上がっているのは、何気に初めてかも知れない。

「すまないな。今の質問はお前の問題じゃなく俺の問題だ。そして、さっきの質問の返答も今は求めない。今は悩め」

「みんな同じこと言いますね」

 僕は苦笑しながらそう返す。

 しかし、本当にそうだ。

 悩め。プリシラにレイトンにプロンデに、そう諭される。


 

 僕は少しだけ、考えようとする。

 しかし、何故、その思考の隙間にあの少女の顔が浮かぶのだろう。

 そして僕は今本当に、悩んでいるのだろうか。


 ふと見た手が、血に塗れて見える。気のせいだけれど。



 それから、無言の時間が続く。

 プロンデは煙草を取り出し、壁の燭台から火をとって点ける。

 やがてマリーヤが戻ってくるまで、僕らの間に会話はなかった。



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