僕の力の大きさは
あとは、簡単な治療ばかりだった。
夜になると「お疲れさまです」という挨拶を互いに交わし、治療師達は宿へと帰っていった。
僕も帰ろう。
貧民街ではなく、森の小屋に帰る。
道中で、何か腹ごしらえをしたい。途中で魚でも獲っていこう。
パタン、とドアを閉めてから明かりを付ける。
魔力を使えば明かりは不要だが、それでも備え付けのものだし、使わなければ損だろう。あとで油代を請求されるかどうかがわからないのは怖いが。
椅子に腰掛け、思案する。
今日、見学していた治療院についてだ。
結局、法術の使い方は見ていてもわからなかった。
集会で何か訓練でもするのかと思えば、ただの聖典の検討会だった。治療の様子を見ていれば何かわかるかと思ったが、見えるのは手をかざし祈りの文句を唱えるだけだ。
完全に手詰まりだ。
脱力して背もたれに寄りかかる。天井を見ていると、自然に溜め息が零れた。
「あー、質問とか出来ればなぁ……」
姿を見せて、あれこれ聞けば何とかなるかもしれない。治療師達には出来ているのだ。同じように魔力を扱える、僕に出来ないとは考えたくない。
もしかしたら、他に何か生来の能力が必要なのかもしれないが、それすらもわからない。
困った。
悩んでわからないから人に聞いたのに、それでも悩みは解決しなかった。
適当に聖典を広げてパラパラとページを捲る。
古めかしい雰囲気のその文章は、やはりただの聖人の物語だった。
しかし、目を通していくと、そこに一文気になるものがあった。
聖フォルテと呼ばれる聖人が、落石事故に巻き込まれ複雑骨折を起こした男性を治した場面だ。
『転がる石に、彼は試練を受けた。節が増えたその人を、聖フォルテは癒やした。「その腕はあなたのために神が作られたものでしょう」。聖フォルテはその人に宣告すると、すぐに立ち去られた。その人は、その三日月の腕をかき抱いて喜んだ』
明らかに、曲がったまま放置しているのだ。
そして、その変形してしまった腕を、その男は喜んでいる。
この話は創作なのだろうか。それはわからない。
しかし、ひとつ思い至ることがある。
ヨシノは、あの男性の曲がった腕を見て、得意げにしていたのだ。
治癒の術で治せた事への喜びかと思っていた。
『どうだ、私はこんな怪我まで治せるんだぞ』と調子に乗ったのかと思っていた。
もしかしたら、そうではない?
もしかしたら、あれは、この聖典の一文を思い浮かべていたのではないか。
自分が、聖典の一場面を再現出来た事への喜びだったのではないか。
だからどうということではない。
それが正しくとも、それはただ、彼女の信仰心が厚かった。それだけのことだ。
しかし何かが引っかかる。
それが今の僕にはわからない。
パタン、と本を閉じる。
今日はもう寝よう。明日、グスタフさんに色々聞いてみるのだ。
「というわけで、知っている情報を全て出して下さい」
「新手の強盗かお前は」
グスタフさんに入れられるツッコミは新鮮だ。
「魔法や魔術に関して、何故俺に聞く。俺はほとんど知らねえよ」
呆れた顔で、もっともな事をグスタフさんは言う。
その通りだ。だがしかし、僕にも事情はある。
「……だって、今会話出来るのグスタフさんだけじゃないですか……」
そう、今の僕は身を晒すことが出来ない。信用出来る人相手でなければ、バールに伝わる可能性があるのだ。出来るだけ用心はしておきたい。
グスタフさん以外に晒せるとしたら、ハイロ、リコ、それとニクスキーさんくらい。そして、ニクスキーさんはどこにいるかわからない。ハイロとリコは、そもそも何も知らなそう。
消去法で、ここに来るのだ。
いじけてみせても、グスタフさんは呆れた顔を崩さない。慈悲の心は無いようだ。
「魔術師と魔法使いの違い、ねえ……」
溜め息を吐いて、グスタフさんは悩む。たっぷりと時間をかけて、ようやく口を開いた。
「俺ら、一般人から見た違いで良いか」
「はい」
それすらも、今の僕にはありがたい。
「まず、魔法使い、魔術師、治療師、これらは全部、魔力を使って何か出来る連中だ。お前は魔法使いだな」
僕を見下ろし、そう断言する。
「魔法使いとその他の違いは何でしょう?」
「魔術か法術が使えれば、魔術師か治療師と呼ばれるな」
「じゃあ、魔法使いはそのどっちも使えない人ですか」
僕のように。
「それはちょっと違う。あー……俺らには区別も難しいんだがな……」
難しい顔でグスタフさんは口ごもる。
「どうも、魔力が強い奴らは、体の周りに魔力を出せるらしい……というか、出せるよな?」
「はい……こんな感じでしょうか?」
僕は四畳半ほどの部屋一杯に魔力を広げ、中の空気を薄く色づけする。意図はしていないが、シャボン玉のような色になった。
「……………は?」
グスタフさんは、口を大きく開けて固まった。
何だ、何かおかしな事でもしただろうか。
「え、お前、それが魔力の範囲じゃねえよな? 魔法で、その色出してんだよな?」
「いえ、魔力に色付けてみただけですけど……」
慌てるように口早に質問を繰り返すグスタフさんを手で制し、説明の続きを求める。
「魔力を出せたら、魔法使いってことですか?」
ということは、単なる治療師はこれが出来ない。
「そう、そうだが、いや、おかしい、お前、知っててやってんのか?」
まだグスタフさんは慌てている。何のことだろうか。
「色々と知らないから、ここで色々質問してるんですが」
「いや、そうだよな、ああ、ああ、そうだよな……」
落ち着こうとしているのだろう。グスタフさんは、腰から水筒を取り出し、一息に口に注ぎ込む。
そして、そのまま噴き出した。
「ぇほ……! ゲッホ、ゴホ!」
「落ち着いて飲まないと、気道に入っちゃいますよ」
手を伸ばして背中をさすろうとするが、カウンター越しで届かない。
どうしよう、いきなりグスタフさんが老人になった気がする。いや、もともと老人だったが。
ひとしきり咳をして、そろそろ落ち着いてきたのか喘鳴音も聞こえなくなってきた。
「……魔法使いは、体の周囲に魔力を展開出来る。それはわかったな……?」
無表情に努めているが、もう無駄な気がする。
「はい、それで何を驚いているんですか?」
「周囲に展開出来る魔力の範囲で、魔法使いは等級みたいなものが決まるんだ」
「それが、指……?」
「それは知っていたか。一本指、二本指、それから増えてって五本指の上が片手。お前は、名前を付けるとしたら……何だろうな?」
三本指で「しかも」と言われるレベルなのだ。きっと僕程度、一本指、いっても二本指くらいだろう。そう、予想を出す。
「一本指っていうのは、範囲が一横指程度っていう意味らしい」
グスタフさんは、左手を一杯に広げて長さを示した。
「ちなみに、片腕以上は伝聞にも俺は聞いたことがない」
「えっ?」
待って、僕の場合は。
「お前がどれだけ非常識か……お前にもわかったな?」
僕は黙って首を振った。
「まあ、ネルグの南の方の領地で、貴族に片腕のご子息が出来たらしいから、……そういう時期なのかもな」
グスタフさんは、遠い目をして呟いた。驚き故か。
どうしよう、本当に年老いて見える。
咳払いをして気を取りなおしたグスタフさんは、水をもう一度飲もうとして水筒を出した。しかし、先程の噴き出した分で全部だったらしい。揺らして水音がないことを確認すると、黙って水筒を仕舞った。
「魔法使いってのは、その展開した魔力の中が思い通りになるらしい。それが、『魔法』だな」
「僕がいつも使ってる奴ですね」
「ああ、対して、『魔術』も『法術』も、何か唱えて出している」
「……呪文か祈りの言葉が必要なのが魔術と法術で、どちらも要らないのが魔法、ですか」
グスタフさんは頷いた。
「そうだ。詳しいことはわからねえが、俺らみたいな魔力がねえ奴らにとっちゃ、そんなもんだな」
「じゃあ、魔力の多寡で魔法使いと呼ばれるか否か決まり、出来ることで魔術師か治療師と呼ばれる……と」
まとめると簡単な区分だった。
「そういうことだ」
「じゃあ、魔法使いの数って」
唯一の『魔法使い』の『治療師』というのがいるということは。
「かなり少ねえな。エッセンにも、全部で五十人いないんじゃねえか」
ジトッとした目で見つめられる。
「その中でも、お前の魔力は異常な程だ。あんまり目立たねえようにした方がいいぞ」
「そうですね。でも、必要ならいくらでも使いますよ」
ムンと力こぶを作り答える。
しかし、無用なトラブルは無いに限る。ひけらかすのはやめよう。
使うのは、必要なときだけだ。




