手分けして
「……グーゼルとは、グーゼル・オパーリンのことか?」
「ええ。紅血隊の隊長。仙術を使う女性です」
一から全て説明せずともいいらしい。プロンデが、グーゼルという名に反応する。
そういえば、そちらは有名人なのだ。この二人ならば、知っていてもおかしくはない。
僕の言葉に、プロンデはその石像のような無表情を更に堅くした。
「ということは、そのアブラムとやらも紅血隊の一員……ってことか」
「そうなるね。でもそれよりも、そんなことよりも少し気になるんだけど」
レイトンはスティーブンをじっと見つめる。
迫力などはない。だが、尋問するように目を細めた。
「なんじゃ?」
「ラチャンス翁。何故、貴方は今その犯人を思い出したのかな? 煙草? それとも火?」
「そういえば、何でじゃろか……」
スティーブンは、兜の隙間から手を中に入れ、頭を掻く。なんとなく、のんきな雰囲気だ。
しかし当人は真剣らしく、本当にわからないようでしきりに首を捻って唸る。
「ふと浮かんだんじゃよ。何でじゃろなぁ……。いや、拉致されていたとき蝋燭は見ていたんじゃが、火を見たからではないな」
髭をしごき、付着した氷を払う。パラパラと、石畳に小粒の氷が落ちた。
その氷を全く気にせず、レイトンはスティーブンに歩み寄る。それから、じっと顔を見つめて口を開いた。
「もう一度、思い出してみて。貴方は何故、アブラムを思い出したのか」
「……そう言われてものう……」
スティーブンが顔を歪ませる。
それを見て、レイトンは頷いた。
「臭いか。炭……、木炭の」
「ふぉえ……!?」
スティーブンは、レイトンが何を言っているのか理解できないようで目を瞬かせる。
……なるほど。占いの腕では自分より上だとプリシラが言っていた意味がよくわかる。
怖いくらいに。
「きみが会ったとき、木炭の香りなんてした?」
レイトンは、少しの笑みとともに僕を見る。なんとなく、全て見透かされている感じだ。
そのレイトンの背後から、プロンデが問いかける。
「……何か、重要なことか?」
「それはまだわからないよ。でも、重要かもしれない。それを知るためには、思い出してもらわなくちゃ」
「……特に、炭は周囲になかったかと。灯りには薪が使われていたと思いますし……」
僕も思い出しながらそう口にした。
暖房代わりの照明は薪だったし、香りというのであれば、それよりも血止めの脂の臭いが鼻についていた気がする。
「でも、自分たちでもわからない程度には感じていたんだ。そうすると、姿はなかったんだろうね。彼と出会ったときの彼の動作を一つ一つ説明してよ」
レイトンの言葉に、僕もその時のことを思い出そうとする。
あのときは、雪のほうが気になっていたが。
「初めて見たときは、砦に走り込んでくる姿でしたね。浄華雲の赤い雪が降り始めたので、急いでいたようです」
「駐屯していたんじゃないのか?」
プロンデも口を挟む。こっちと話す方が何故か少しだけ気が楽だ。
「そのようでした。たしか、休暇だったと……」
「……どうして、休暇中に砦まで出かけていったのかな」
「備品を補充しに、とのことでしたが……」
「そういえば、グーゼル殿は知らん様子じゃったな」
スティーブンがあっけらかんとした顔でそう付け加えた。
「ああ」
「……ぼくよりも情報が多いんだ。先に察してくれると助かったんだけどな」
スティーブンの言葉に、事情に気付いた僕。
僕が声を上げると、レイトンは苦笑しながらそう窘める。また少し悔しい。
「そうか、あの樽……」
「アブラムは炭を運んでいた。……燃料とかそういう目的かな」
レイトンも唇に指を当てて考える。
しかし、炭を燃料に使うというのは考えづらいだろう。
「照明には薪を使っていましたが」
「そうだね。炎を出さない炭は、使うとしても主に熱源だ。でもその用途も、薪が補っている。もしかしたら、炭じゃないのかもしれないね」
「ですが、炭を運んでいた、と」
「炭を使った何か。そう考えてもいい。じゃ、分かれようか」
レイトンは全員の顔を見回す。
聖騎士も月野流当主もいる中で、いつの間にかレイトンが主導権を握っていた。
一応立場的には二人の方が上なのに。
「何のために?」
「情報がほしい。アブラムが運んでいた炭がどうしても気になる。プロンデ君とカラス君は王城へ。アブラムが何を運んでいたか、そして今どこにいるか、調べてきて」
「俺はそう簡単に城には入れないぞ」
「そこはどうにかしてよ。なに、最悪カラス君がいるから無策でもなんとかなる」
ヒヒ、と笑いながらレイトンはそう軽く言う。
最悪、透明化して運び入れろということだろうか。
「……レイトンさんは……?」
「ぼくとラチャンス翁は、拉致現場まで行く。そこからアブラムを追ってみるよ」
なるほど。そういう組で分かれる、と。
……。
……ええぇ? 聖騎士と僕? 正直、一人の方がやりやすいけれど。
「……何で、お前が指示を出しているんだ?」
「別にキミでもいいけど。というか、プロンデ君はこの場から離れてウェイト君と合流してもいいんだよ? そうすれば、カラス君は単独行動になるけどね」
「すると、ウェイトに文句を言われる、と。文句を言われるの自体は構わないが、なるほどな。俺も一緒に行かないとまずいのか」
「ヒヒヒ。どうぞご随意に」
この事態にプロンデを巻き込めたのが嬉しいのか、レイトンは笑う。僕の意見も一切入っていないが、それはまあいいだろう。
しかし、レイトンも何故この事態を追おうとしているのだろう。僕らに任せて、放っておいてもおかしくないのに。
「この事態を、プリシラは面白がってどこかで見ている可能性もある」
僕を見て、レイトンは言う。僕は何も言っていないのに。
相変わらず、僕の言いたいことを察したのか。
「プリシラさんが、ですか?」
「あいつがこの街にいたのは偶然じゃないだろう。革命の時もいたかもしれないけれど、今回この街にいたのはこの街で何かが起こると察していたからだ。今のところは、この国の民衆を見て楽しんでいたんだろうけど」
「可愛い国、と言っていましたけど、それですか」
「うん」
レイトンは一度周囲を見回し、様子を探る。そして落胆したように、眉を顰めた。
多分、いることを期待して、そしていなかった。捉えられなかっただけかもしれないが。
それから、気を取り直して僕に向かい問いかけてきた。
「可愛い、というのがどういう意味かわかるかな?」
「言葉通りだと思いますけど」
人によるとも思うが、少なくない人間が、小さい子供や犬猫を見て惹起される感覚。柄や小さい花などを見て言う人もいるだろうか。
「そう、言葉通りだよ。でも、あいつはこの『国』を可愛いと言ったんだ。なら、キミたちにとっては違和感があるはずだ」
「……たしかに……」
国が可愛い。なかなか『可愛い国』というのが想像できない。
そもそも、可愛いという概念からして僕には遠すぎる。
仮にそんなものがあるとして無理矢理考えてみれば、ハート型の国土とか、肉球型の国土とか、派手にデコレーションされた街とか、そういうことだろうか。やはり、あまり想像つかないけれど。
「猫が可愛いという人はいる。でも、虎を可愛いという人はそれより少ないはずだ」
「まあ、危ないですし」
爪や牙は容易に一般人を傷つけ、時には死に至らしめる。とてもではないが、可愛いと言える人は少ないだろう。
「どちらも、同じような形なのにね」
「プリシラ殿がどうかしたのかのう……」
ニッと笑ったレイトンに、首を傾げながらスティーブンが尋ねる。
そういえば、スティーブンはこの二人の関係を知らなかったか。
「今はあまり関係がないから、ラチャンス翁は気にしないでいいよ。また会えるといいね、って話だから」
「レイトン殿……であっておるか。レイトン殿も知り合いかのう。世間は狭い」
鷹揚にスティーブンは笑う。それから、笑いのトーンを落とし目を伏せた。
「じゃが、なるほど。儂は、猫じゃったんじゃな」
「あいつの言うことも気にしないでいいよ。さ、それよりも早くここを立ち去らないと。カラス君たちもね」
急かすように、急にレイトンは話題を断ち切った。
見回せば、『人払いのお守り』がなくなったからか、すこしばかり遠くに人影が見え始めた。そのせいだろう。
ポンとレイトンが胸の前で手を叩く。
「じゃあ、解散ということで。集合の合図は決めないよ。どこかでまた行き会うはずだからね」
「と、儂はこっちか」
レイトンの視線に応えてスティーブンは歩を進める。拉致現場に向かうのだろう。
僕とプロンデは向かい合い、そして頷きあった。
「俺たちは王城か」
「ええ。そちらで通報もしてしまいましょう」
僕らも歩き出す。
衛兵に直接、は出来ないと思うが、マリーヤか誰かに言えばなんとかなるだろう。
しかし、そうか、その問題が片付いていなかった。
僕は、恐る恐るといった感じで尋ねる。プロンデには何か策があったりするのだろうか。
「……どうやって入りましょうか」
「正面から行くしかあるまい」
無表情のままプロンデは歩き出す。僕を視界にも納めず、無防備な背中を晒して。
……僕ならば出来ない所作だ。
僕の動向を見張ってもいない。この男は、案外人がいいのかもしれない。
それに甘えてもいけないだろう。
僕は足を速める。
出来るだけプロンデの横に並ぶようにしながら、無言のまま。冷たい風が吹く。
足を止めたのは、王城を見上げる門の前。
透き通る、青い硝子のような煉瓦が積まれた大きな門。その横に立つ衛士はこちらの姿を認めるとギロリと睨み、威圧するでもないが迫力を出す。
近づいただけで、門の脇にある詰め所の気配が少しだけ騒がしくなる。
前とは違い、姿を見せているからだろう。
近づきがたいと思ってしまった。
見上げる先には、日を遮った青と黒の影。
思わず唾を飲んでしまうほど、僕はその門扉に圧倒されていた。




