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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
戦う理由

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立場違えば




 適当に街を練り歩く。

 目的などない。強いて言えばお腹がすいたが、どの店もあまり食指が動かなかった。

 味覚差は個人と個人を隔てる大きな壁だ。僕には前世で旅行した記憶はないが、多分日本から海外旅行に出ると似たようなものを感じるのだろう。

 人種によっても、性別によっても、そして同じ人種性別でも生まれ育った地域で食の好みは変わる。勿論一番大きなものは個人差だろうが、大まかにはそういった傾向があるだろう。

 

 僕に、この国は合わない。

 ミーティアで覚えた疎外感と同じようなものだ。この国で美味しいと食べられている料理が、正直言って僕には美味しく感じられない。


 昨日の食卓を思い出してもそれは顕著だ。昨夜はプリシラの薦めに従って焼き魚を食べたが、あれは本来賄いらしく、普通は食べられていないそうだ。そして焼き魚といってもそれは煮魚と焼き魚の中間のような食感で、この国ではただ焼いた焼き魚は食べられていないということが読み取れた。


 食べた感じのうち、『温かさ』を重視しているのだろう。

 恐らく雪海豚の脂を豪勢に使い火を通し、それからひたひたの煮汁で軽く煮たもの。食べると噛みしめる度にじわりと旨みが口の中に広がった。

 だが香ばしさもない。炒めるようにして火を通してから煮たためだろう、魚がぬめっとした食感に包まれていた。そのぬめりを隠すように、脂がその汁の上に膜を張る。

 比較的僕の口に合った料理すら、そんな具合だ。


 しかしササメがいた宿で出されていた料理は、そんなことはなかった。それは多分、それでもエッセンと近いからだろう。エッセンの副都からムジカルよりだったクラリセンの料理で、ムジカルの香辛料多めの料理が食べられていたように。

 

 この国は、交流が少ない。

 どことどこが、というわけでもなく、全体的に。

 雪が被さり膨らむために、家と家は離れている。雪原が行く手を阻むため街と街は離れ、そして、国を覆う雪が隣国エッセンやムジカルと隔絶させている。

 人もそうだ。

 首都スニッグでは屋台が少し見えてはいるが、道中はそんなものはなかった。人は襟を掻き寄せ、早足で道を歩く。口を開けば凍り付く寒さに、言葉を発する者は殆どいない。井戸端会議などないのだ。


 もちろん、食堂や雑貨店など人が集まる屋内では、それなりに皆話をする。

 けれど、人は話題がないと、不満を漏らすものだ。

 いつも同じ場所で、同じ顔ばかり付き合わせていれば、いつかは必ず話題が尽きる。

 そうなれば、人々は不満を漏らしながら、新しい情報に飢えていくのだ。


 だから、簡単に染まってしまう。一人の考えが伝染すれば、自浄作用もなく染まってしまうのだ。だから今は色がついている。レヴィン、そしてヴォロディアの色が。

 この国は、雪で覆われ白い。その白さは、容易に誰かの手によって染まってしまう白さだった。


 今の僕には、その白さは合わないようだ。

 もう少し、雑多な国のほうが僕にはきっと合っている。賑やかで、人の声が響いて、交流が盛んなところがいい。僕がその交流に混じれるかどうかは別の話だが。



 だからまあ、あとは適当に見て回りこの国を出て行こう。

 何処に行くかも決めていない。あるいは人の国を出て、北壁越えに挑戦してみても良いかもしれない。時間は有り余っているし、上の方や雪中、または左右の端など、調べられるところはいくらでもある。

 あの白い人形に捕まらないよう慎重にするべきだし、越えられる望みは薄いが、やっても損はあるまい。

 どうせ僕には、やりたいことなどないのだから。




 適当に選び、入った食堂。もうそろそろ昼飯時だ。

 食堂の中も人が増えてきているようで、満席時二十人は入るだろう机に空席はほとんどなかった。

「はーい、そっち座ってー」

 給仕らしい女性が、入ってきた僕の姿を見て席を示す。テーブル席もあるが、示されたのはカウンターのようなところ。その壁際だ。

 隣の席では大柄な男性が、隣の人と会話しながらもったりとしたポタージュのようなものを啜っている。

 中の具には、パンのようなもの。それと人参だろうか、赤いものが見える。


 とりあえず、脂ものではないようだ。お腹にたまるといいけれど。

 そんな希望を心の中で述べながら、僕は席に着いた。

 背嚢を探り、銅貨と鉄貨を適当に何枚か取り出しておく。まだ値段はわからないが、それでも充分足りるだろう。いざとなれば金貨もあるし、ありえない話ではあるがよほどのぼったくりでなければ。


 そして、コインを手の中で転がしながら、給仕の女性を待つように店内を見回す。今空いた皿を片付けているようだが、すぐに来るだろう。そんなことを考えながら。


 そして本当に気にしていなかった。

 こんなところにいるとは思わなかった。


 見回した視線の先が隣の席まで伸びたとき、僕は思わず声を上げた。

「あ」

「ん?」

 向こうも僕に気がついたようで、横目でこちらを見る。特徴的な顔だ。顔さえ見ていれば、すぐに気がついたのに。

 僕は思わず会釈する。別に友達というわけでも知人というわけでもないが、なんとなく頭を下げてしまうのは僕の前世からの習慣だろうか。


「……驚いたな。こんなに簡単に近づけてしまうなんて」

「初めまして、ではなかったですね」

 話していた男は知り合いでもなかったようで、ちょうど食べ終えると挨拶もなく席を立つ。そして、無表情のままこちらを見て、石像のような男、プロンデは目をこちらに向けた。


「顔をあわせてはいる……が、こうして話すのは初めてだったな。プロンデ・シーゲンターラーだ」

「どうもご丁寧に。カラス、といいます。姓はありません」

 ウェイトの相棒という感じの男だったが、ウェイトよりも落ち着いているらしい。自己紹介が出来るほど。……それが普通か。

 しかし、プロンデがいる。ならば、近くにウェイトもいるのだろうか。まさか、この席はウェイトが座るはずだった席だったとか……。

「心配しているようだけど、ウェイトとは別行動中だよ。お前が立ち寄った……というか今まさにいるこの街で、何か変わったことがなかったか。二手に分かれて情報収集の最中だ」

「そこまで心配してはいませんが、そうですか。で、小腹が空いたので適当な食堂に入っていた、と」

「そうだ。芳しくない調査だったが、それもさっきまでみたいだな。まさか、追っている対象が目の前に現れるとは」

 少しだけプロンデが微笑む。石像のような顔だが、ヒビは入らないらしい。


 片付けを終えた給仕の女性が、こちらに歩み寄ってくる。

 後は彼女に代金を渡せば食事が運ばれてくるのだが、どうしようか。


 ほんの少し悩む僕。その僕に向かい、プロンデは優しげに言葉を吐く。

「どうだ。少し話せないか」

「……食べている間だけでしたら」

 悩んだが、この物腰なら殴り合いなどにはなるまい。すぐに料理も運ばれてくるし、店を変えるのも面倒だし、まあ、断らずともいいだろう。

 痛い腹は、探られなければいいだけの話だ。





 摺り下ろした芋のポタージュだったらしい。先ほどは見えなかったが、細切れにされて中に干し肉が浮かぶ。その肉は硬く、他には柔らかい具しかない中で唯一『食べている』感じがした。

 それをスプーンで口に運びながら、僕はプロンデの言葉を待った。


「この国は、良い国だな」

「……そうですか?」


 何か質問をされるかと思ったが、違うらしい。プロンデの感じた感想だった。いつからいるかは知らないが、何処を見てそう思ったのだろう。

 僕とは違う視点から、何か感じ取れたのだろうか。

「良い国だよ。人々は身を寄せ合い、力を合わせている。革命という祭りのあとということもあるだろうが、多くの者が、この国をよりよいものにしようとしている。俺たちは革命後のリドニックが不穏な動きをしたときに備えて待機させられているが、その出番もないようだ」

「まあ、革命して政情が悪化していたら、目も当てられない失敗ですし」

「これは現政権の手柄というより、先王の官の配置や政策が見事だったというほうが正しいだろう。来てよかった。資料や伝聞の限りでは、先王はただ苛烈な法を導入し続けた暗君で終わっていたからな」

「その結果、倒れてますけどね」

 良いこともしていただろう。しかし、王として悪いこともしていた。

 理不尽なことだとは思うが、多くの民は、滅多なことでは施政者の良いところを見ようとはしない。ただ、失敗したら文句を言う。

 その失敗が、限度を超えた。レヴィンの影響も大きいだろうが、そういう面もあったと思う。


「しかし、その結果緩やかに苦しむのではなく、民には活動する余力が残った」

 僕の一言に、プロンデの声が楽しそうに弾んだ気がする。本当に少しだけ、で気のせいな気もするが。

「このスニッグにはまだ今日着いたばかりだからよくわからん。だが、今まで通ってきた街では人は生きていた。いつの世も、王が倒れれば世は乱れるものだ。盗みや強盗が横行し、殺人が見逃され暴徒が街を練り歩く。それが見えなかった。革命前には食糧を奪い盗みあうような事態があったそうだが、逆に言えばそれしかない」

 べた褒めだ。何かがプロンデの琴線に触れたのだろうか。

 少し楽しい。ならば、僕も少し反論してみようか。

「食糧の奪い合い、盗み合い、それが起こるだけで充分でしょう。そして、厳しすぎる法も、過ぎれば民を苦しめるだけです」

「そこはたしかに擁護できないな。民が飢えないようにするのが王の務めだ。また、悪しき法を作るのは王の罪だ。だが、ある程度は仕方がないだろう。去年は北壁近くの吹雪がエッセン付近まで覆う日が多かったそうだ。より厳しい食糧事情の中、より厳しい運用をしなければいけなかった」

「……僕の知り合いは言っていました。『それは、生き残った者だから言えること』だと」

「それもその通りだ。しかし、どんなに善政を敷いても人は傷つく。必ず誰かが損をし、時には死ぬ。そこで生き残らなければ民は文句も言えないんだ。だから、その文句を限りなく少なくするよう努め、その声を一身に背負う。それが、王の責務だろ」


 プロンデはスプーンからスープを啜る。

 具は口の中に入らなかっただろうに、それを咀嚼し飲み込んだ。


「実際に倒れてはいる。名君ではなかったんだろうな。だが、暗愚でもなかった」

「……では、今の王は? ヴォロディア王はどう思います?」

 まとめにはいろうとしたプロンデに、新しく話題を振る。

 何故だろう。なんとなく、この男のヴォロディア評が聞きたかった。

 プロンデは少しだけ考え込むように唇を曲げ、それから店を一度見回し静かに口を開いた。

「正直よくわからない。先王を倒したのなら、何か理想はあるはずだ。けれど、実際に何をしたいのか、どういう国を作りたいのかがよくわからない。民に政治を任せたい、なんて話も聞くが……それは本当か?」

「ええ。僕もその演説を聴きました。入れ札で選んだ民が、国の代表になるそうです」

 民主主義による投票。マリーヤは否定的だったが、この男はどうなのだろうか。

「それに自分が選ばれることは考えているんだろうか。それによって答えは変わるな。まだ保留ってところか」

「……そうですか」

 そういえば、それはどうするつもりなんだろうか。

 仮に今王城にいる者を全員立候補させたところで、ヴォロディアが圧倒的得票で一位になるだろう。しばらくの間、結局は今と変わらない。何年かの任期は考えているのだから、何度も投票はするだろうが。


 プロンデの皿が空になる。

 それから袋に入っていた小さな炭の棒を懐から取り出す。何をするのだろう、と思う間に僕の上にある照明に近づけて着火した。それを使い、同じく懐から取り出した紙巻き煙草に火を点ける。

 食後の一服というものか。紫煙をくゆらせ、やや上を向いてプロンデは煙を吐き出した。

 灰を炭が入っている袋の中に落としているのは、店の中を汚さない気遣いだろう。



「……しかし、意外でしたね」

「何が?」

 会話が途切れたところで、僕から話しかける。

 僕がわざわざ話題に出すことでもないだろうが、それでも気になるのだ。聞いておかなければ。

「わざわざ僕と話そうとするんです。何を探られるんだろうか、と少し警戒したんですが」

「なるほどな」

 結果したのは政治談義。そんなに深く長く話してはいないが、そもそもプロンデの感想など聞くとは思わなかった。


 少し長めに刈られた頭を掻き、それから長い瞬きをしてプロンデは唇を歪めた。

「まあ、仕方ない。この街で起こっていることは今朝からの聞き込みで色々と知ったが、精々が派手な喧嘩や集団での私刑だ。強盗殺人などもいくつもあったが、お前が関わっているようなものはない。そういった収穫はないからな」

「ウェイトさんとは全く違いますね」

 一応は褒め言葉だ。

 突然現れ僕らの話を盗み聞きし、そして盗人呼ばわりしていったウェイトと比べれば、いくらか理知的に見える。

 その褒め言葉にプロンデは眉を寄せた。

「ウェイトは……まあ、勘弁してやってくれ。あいつには今、石ころ屋とそれ以外しか見えていないんだ」

「その石ころ屋に含まれている僕からすれば大迷惑ですね。石ころ屋の店主からは、そういった仕事に関わるのを拒否されているのに」

「ならばお前も、立場をはっきりさせた方がいいな」

 

 突然語調が変わる。

 諭すような声音だが、そこに優しさや慈愛などは見えない。


「あの店にこれ以上関わるのであれば、お前は石ころ屋の関係者だ。金輪際関わらないというのであれば、お前は今のところ罪もない一般市民だ。そのどちらかを選ばない限り、この問題はついて回るぞ」

「……」

 確かにその通りな気もする。

 いつかは選ぶべき問題だ。明るい道か、暗い道か。そのどちらかを選ばなければ、多分そのどちらも僕の敵のままだ。

 しかし。

「まだ選べません。ただ、少し違う言い方もありますね」

「違う言い方?」

「ええ」

 これからまた石ころ屋に関わるか、それとも関わらないか。そう問いかけられたら僕は迷う。僕は暗い道をずっと歩きたいわけでもないし、明るい道を歩き続ける自信もない。

 しかし、少しだけ言葉を換えれば、実質一択だ。


「僕に生活する機会をくれた恩人に関わるか関わらないか、なら選ぶまでもありません。いつかは恩を返さなければ」

「それが、石ころ屋の店主か」

「そうですね。あの店がなくても僕はのたれ死ぬことはなかったでしょう。けれど、今のように人と関わり生きることは出来なかった」

 動植物を山野で獲り、食べる。そうやって生きることしかしていなかった僕を、その動植物を使って人の世に参加させてくれた。

 やはり、僕にはどこかに弟子入りするなど考えられない。

 街に住みたいとは思っていた。だから一応、街に姿を見せてはいたと思う。けれどあの店がなかったら、きっと僕はまだ川で口を漱ぎ、石を枕にして生活をしていただろう。

 ……正直、今そんな感じだけど。


「母親代わりは別にいます。けれど僕にとって、いいえ、僕らにとっては父親代わりみたいなものなんですよ。向こうはそう思っていないと思いますけれど」

「……なるほどな」

 何回か呼吸しただけでプロンデの煙草は燃え尽きる。肺活量が多いからだろうか。

 その煙草の吸い殻を手元の袋に入れて、袋の口を強く縛っていた。

「まったく、お前は器用な奴か不器用な奴かわからないな」

「それについては考えたこともないですね」


 その話はそれで終わりなのだろう。

 プロンデは給仕に酒を頼み、それから僕の方に顔を向けた。


「……こんな昼間からお酒ですか」

「誰に文句を言われる筋合いもないだろ。俺は休暇中の身だからな。休みの日ぐらい気を抜いても構うまい。これで酒乱にでもなったら問題になるだろうが」

 いやまあそうなんだけど。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] >母親代わりは別にいます。 そんな人いたっけ?
[良い点] 何度も読み返している作品だけど読むたびに新たな発見がある(のは自分の読解力の低さ故にだけど)。 「流れ(川)で漱ぎ、石を枕にする」という表現を何気無しに読み進めていたけどこれは「沈石漱流」…
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