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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
副都イライン

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深まる謎

 


「お大事にねー」


 それから次々と、患者の治療は行われていく。しかし擦り傷、切り傷などの軽傷者しかおらず、使われている法術は《清浄》と《治癒》ばかりだ。


 ヨシノを見ていたのであまり周囲は見れていないが、待合室にいた老人達は他の治療師によって治療されていったようだ。正直、こちらも見たかった。



「今日はのどかでいいわぁ」

「そうですね」

 欠伸混じりのネイトに、ヨシノが同意した。

 誰かが怪我をすればいいとは思わないが、それだと僕が法術を見ることが出来ないので残念な気もする。



 患者もいないし、先程までの治療の考察をしておこう。


 まず、どれも流れとしては問診から場合によっては触診、そして法術による治療である。治療が法術によるものな事を除けば、前世での医者の診察と変わりなかった。

 法術の使用は、……やはり見てもわからない。

 端から見ても、魔力を患部に集中させて祈りの言葉を唱えているだけなのだ。ただそれだけで使えるのならば、僕も昨日使えているはずだ。

 僕の魔法と同じく、何かを作り出しているのか、それとも念動力のようなものでどうにかしているのかもわからない。


 治療中に、患者の体内に僕の魔力を通して様子を把握してみようか。

 そう思ったが、展開した魔力内に違う魔力があれば流石にわかるだろう。却下だ。



「……お願いします……」

 そうしているうちに、次の患者が来た。

 ネイトの欠伸をして緩んだ顔が、それなりに真面目な表情に戻るのは褒めるべき所なのだろうか。


 患者は青い顔で病状を訴えていた。

「……屋根の、修理をしていたら、こう…………ずるっと……足が、滑って……」

 途切れ途切れに話すのは、腕の疼痛のせいだろうか。というか、話さなくても異常は一目でわかるレベルだ。

 関節が、一つ増えている。


 実際には関節じゃないだろう。折れているのだ。前腕が、ポッキリと。

「そこだけ? 頭を打ったりしなかった?」

「は、はい……、尻餅をついた感じですけど、そっちはあまり痛みは……」

 ネイトは腫れや脈を確認すると、ヨシノに指示を出す。

「痛みの部位が腕だけとは限らない。とりあえず、腕を治しちゃって」

「は、はい!」

 患者の痛みを想像したのだろうか、顔を歪めていたヨシノが元気よく答える。

 そしてすぐに、手を当て祈りの言葉を唱えた。

「我が名ヨシノが神の名において命ずる……」


 患者の顔が穏やかになった、比較的痛みが治まってきたのか。

 しかし、腕は曲がったままだ。


「痛みはまだある?」

「い、いえ……!」

 ネイトが問いかけると、ハッとしたように患者は答えた。

「じゃあ、今他に痛い場所とかは?」

 そう聞かれた患者は、あちこちに手を当てて探る。もう、両手が動かせている。

「いえ、もう無いみたいです……」

「そう、じゃあもう大丈夫ね」

 ヨシノは、鼻息荒くして得意げにネイト達の会話を見守っていた。


「後になって、「やっぱりここも痛い」とかあるかもしれないから、そうしたらまた来るように」

  治療も終わり、患者も帰る。痛みはもう無いようで、冷や汗も止まったようだ。

「はい、ありがとうございました」

 そして、深いお辞儀をして立ち上がった。



 え?もう終わり?

 いや、まだあるだろう。具体的には、骨が曲がってくっついているのだ。

 小さい子供ならいいだろう、ある程度修正されると聞いたことがある。いや、駄目だ、あれは治癒途中に徐々に形が治るのだ。

 しかし、今の男性はもう青年で、しかも折れていたのは骨幹部ど真ん中だ、整復しなければそのままの可能性が高い。

 その上、法術でもう治癒している。偽関節や遷延治癒はしないだろうがもう改善もしない。なにせ、もう治癒してるのだから。


 僕の頭の上で疑問符が飛ぶ。

 靭帯の損傷を診断できるほど、手技も発達しているのだ。整復くらい出来るだろう。何故しないのだろうか。

 もしかして、代金、いや寄付金が足りなかった?

 いや、そんな感じではなかった。受け取ったのはヨシノだが、その金額についてネイトと相談してたり、アイコンタクトもしていたようには見えない。

 では何故だ?

 出来なかった? それとも、しなかった? 考えついていない?

 わからない。

 質問がしたいが、不法侵入中の僕には出来ないのがもどかしい。



 悩んでいる最中にも、患者は来る。

「お腹が痛いって言って蹲って……それから動きたがらないので……」

 母親に抱えられて、小さな子供がやってきた。

 青い顔をして、お腹を押さえている。少し震えもあるようだ。


「とりあえず、寝かせてあげて」

 ネイトの指示に、母親が頷き床に寝かせる。そして、お腹を押していき、質問を投げかけた。

「ここ押して痛い?」

「……いいえ……」

 小さく女の子が答える。喘ぐように、小さな声だ。

「……反跳痛はないし……うーん……」

 悩み、ネイトは答える。

「ただの腹痛ですね。震えもありますし、五腑(胃腸)の腫れでしょう」

 それだけ言い、ヨシノのほうを振り返る。

「あとは任せるよぉ」

「は、はい! 《中和》からの《消炎》でしょうか……!」

 元気よく答えるヨシノが、寝ている女の子のお腹に手を当てようとしたそのとき、後ろから手が伸びてきた。


「待て」

 見上げるような上から響くその声は、淡々としていて冷たいものだった。

「よく見ろ。痣がある」

 その声にヨシノとネイトが女の子のお腹を見ると、右下腹部に小さな痣があった。

「あ、それは、一昨日くらいに転んだとき、石にぶつけたらしくて……」

 母親が説明するが、その声を聴いているのかいないのか、その声の主は二人の治療師を押しのけて女の子の前にしゃがみ込む。

 そして手をお腹に当てると、何かに気付いたかのように顔を上げた。

「やはり、破裂している」

「え!?」

 ヨシノが声を上げる。口に手を当て、無言でネイトも驚いていた。

「腹部に衝撃を受けた後、内臓は何日かおいて破裂することがある。今度は、気をつけることだ」

 そう淡々と言うと、手をお腹に当てたまま数秒間固まった。そして、静かに立ち上がる。

「帰って良い」

 そう告げられた母親は一瞬理解出来なかったようでポカンとし、それから大げさに頭を下げて、「ありがとうございます!」と叫んだのだった。



 黙って母親を見送るその男は、やけにひょろ長い男だった。

 二メートルは超えている長身に、その手足は細く、筋張っていて筋肉が感じられない。そして、その肌は白く不健康そうなことこの上ない。ギョロギョロした目の下の隈が、さらにその不健康さを際立たせた。


「院長、ありがとうございました」

「いい」

 ネイトが頭を下げると、そう一言だけ言ってクルリと休憩室の方に歩き出した。その奥に、いわゆる院長室があるのだろう。


 去って行く後ろ姿を二人は見送る。

 院長が見えなくなると、ネイトは頭を掻きながらヨシノに謝った。

「ごめんねぇ。誤診するなんて、教育係としてなってなかったわ」

「い、いえ」

 そう、胸の前で両手を振って否定するヨシノの顔には、困惑が見て取れた。


「院長の治療って、変わってますね……」

 しみじみと言うヨシノに、ネイトは自慢げに微笑む。

「あれ? ヨシノは院長の治療見たことなかった?」

「はい。魔法使いの治療師ってことは聞いていましたけど……」


 『魔法使い』の『治療師』?

 また新しい情報だ。


「うん、このイラインでも一人しかいない、魔法使いの治療師! それも三本指! いいよねぇ……手を当てれば患部がわかるんだもん……」

 そうしみじみと口に出すと、自らの頬を両手で張った。

「だー! 私もいつかあんなふうになるんだ! 頑張るんだぁ!」

 叫び声を上げるネイトに、ヨシノは苦笑いを向けていた。




 色々と考えることが増えてきたようだ。


 わからない単語は、あとでグスタフさんに聞いてみよう。よく考えてみれば、魔法使いの定義も魔術と魔法と法術の分類もよくわからない。三本指とは何だ。

 わからない単語を、脳内でメモしていく。


 あとは、あの院長の治療に関してもだ。

 ネイト達と明らかに違う点がいくつもあった。

 僕は目を閉じて情景を思い出す。


 まずは、ろくな触診をしていないというところ。

 お腹に手を当ててはいたが、押したり体温をみたりしている風ではなかった。それこそ、ただ手を当てただけだ。お腹の痣を見て、手を当てただけで内臓……おそらく肝臓の破裂を見抜いたのだ。

 それに、治療をしたようだったが祈りの文句がなかった。ただ手を当て、数秒間動きを止めただけで治療が完了した。

 明らかに、他の治療師とは違う。



 法術を学びに来たはずなのに、謎が増えていくばかりだ。

 やはり、姿を見せられないのはもどかしい。





実は法術編というより、解説編

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